10 頑張っていきましょう
「はあ」
「やっぱり、不安?」
「え?」
「保護を望んでいないのなら、一ヶ月で証明したいのでしょう? 自身の身を守れるってことを。やっぱり不安?」
ルカは廊下の窓から差し込む、月光を浴びながらリルの顔を窺った。
本拠地の個室をそれぞれ割り当てられたため、自身の個室の扉を開けようと取っ手に手をかけたところに。同じく廊下で個室に向かっていたリルと遭遇したのだ。
「そうですね。猶予は一ヶ月ですから。きっとあっという間ですし」
「そう。でも、私個人としては。ロンシェさんの判断には助けられたと思っているわ。ロルフくんの意見が反映されていないもの。……アンズを庇った件を業務妨害と看做して、ルカくんの要望を通さない。なんてことは、無かったようね」
「あー」
ロンシェの判断を聞いて、リルが安堵の息を吐いたのはそういうことらしい。自身の失態により、肩の力を入れさせてしまったリルへの申し訳なさが、沸々と湧き出てくる。
ルカは居心地悪そうに手遊びをした。
「あの人の意見も、多少反映されているとは思いますが」
「あら、それはどうして?」
「要するに、仮入隊して一ヶ月は僕を見極める、監視の期間でもあるわけでしょう? 情報収集のために変な行動を取ったら即刻見つかります。だからといって。僕が契約をしているとしたら、不履行で殺されるわけにもいきませんから……一ヶ月間、行動を起こさないってわけにもいかないでしょうし」
「それはそうかもね。それならそれで、証明も容易い環境下なのだから、堂々としていればいいわ」
「ポジティブですね」
ルカはリルの性格と自身の性格の相違をまざまざと思い知らされ、苦笑する。
誤魔化すようにして笑ったルカを、不安がっていると判断したリルは微笑みを返した。
「大丈夫よ。怖がらないで」
「──はい」
ルカはリルに軽く会釈してから、個室の扉を開けた。
必要最低限のもの以外は何もない、殺風景な部屋を見渡す。殺風景な部屋の中では一際目立つ大きめのベッド、糊の利いたシーツの中へと飛び込んだ後。ルカは仰向けになった。
会議室で話し合われた、アラシの『ツインレイ』討伐についてを思い出していた。
「『独行の羽根』メナリス、ね」
*****
「白い片翼に『視線操作』か。間違いないな」
「ええ、間違いなく。当代『独行の羽根』、メナリスの仕業かと思われますね」
「これまた厄介な相手が来ちゃったもんすけど。相手の足取りを掴むチャンスって考えれば、マシですかね?」
アラシの『ツインレイ』と交戦し、敗北したメイズが意識を失う前に、曖昧な視界で確認した白い片翼を持った女。更に、ルカ達が見た白い羽根、リルの『見せられた』という発言と違和感。
それら全てを照合し、皆の表情には確信が漲っていた。たった一人を除いて。
「すみません、『独行の羽根』メナリスって?」
ルカの隣にいるリルが、ルカの疑問を拾う。
「一言で言えば、何でも屋さんね。──鳥人族でありながら、鳥人族全体の意志からは完全に独立した片翼の一族、『独行の羽根』。一人分のツインレイを一族で継承し続けていて、その継承固有魔法が『視線操作』」
となると、爆発した『透明な糸』の方は、当代『独行の羽根』本人の固有魔法だろうか。
ルカはふと、『継承』という言葉が頭に引っかかる。
「……そういえば、アンズさんもさっきサラッと『継承』って言っていましたが。ツインレイって継承できるんですか?」
「できるけれど、例外と考えて貰って構わないわ。元々『ツインレイ』の使役は難易度が高い上、他人の『ツインレイ』の使役ともなると。相当温厚で、話の通じる『ツインレイ』じゃないと無理だもの。下手に継承して、殺されたり足を引っ張られても困るし、」
──それもそうか。
ルカは『ツインレイ』に対する感覚が麻痺してきていることを実感する。
元々、『ツインレイ』を使役できること自体が異常なのだ。他人の『ツインレイ』を使役する難易度の高さは、想像を絶することだろう。
「それに。『ツインレイ』が討伐された場合の代償のことも、考えなくちゃいけないから。もし継承するにしても、死ぬ直前くらいでしょうね」
リルのその小さな声は他の声でかき消され、考え込んだルカの聴覚には届かなかった。
「『独行の羽根』が動いたということは。依頼主は、働きに似合うだけの対価を支払ったってことになるんすけど。人族の領土内襲撃って、相当ヤバめな依頼っすよね? 対価なんでしょう?」
「──『独行の羽根』の動機は依然として、現在の我々の理解が及ぶ部分ではない。が」
皆がいずれは抱くことになった疑問、もしくは現在進行形で抱いた疑問をレイトが代弁すると。ロンシェは会議室を見渡して、
「鳥人族の領土に向かうことは必須だ。『独行の羽根』の拠点へ直接赴き、事情を訊かねばならない。共犯者であるアラシの『ツインレイ』と、依頼主の現在地の心当たりと共に」
そう言った。
*****
「んぁ」
ルカは考え事をしているうちに眠りについていた。綺麗だったシーツに皺がついて、使用痕があからさまに残っている。
ルカは上体を起こして、暫く微睡みに浸った。漠然とした意識の中、考えるよりも先に言葉が口を衝いて出る。
「明後日、鳥人族の領土内に調査へ向かうと言っていたけど。僕を連れて行きはしないんだな。なんとなく、行く気になっていたけど」
当然と言えば、当然の話ではあるが。
ルカのような『白夜』初心者を、初っ端から命の危機やら他種族云々が絡む調査任務に突っ込ませるわけもなく。ルカのお役目は、監視のため本拠地中心に一ヶ月間過ごしてもらい、その上で無難に領土内の任務をこなすこと。
ルカが会議室にいたのは、あくまで自身の処遇を話し合うことと、白い羽根に関する情報提供のため。決して、調査任務に行かせるためではない。
「……一ヶ月、頑張るか」
ルカは個室に備え付けてあったポットで、一杯分の水を入れて飲み干した。それから、クローゼットの中に用意されていた、『白夜』の隊員が着る服装へと着替える。
「絶望的に似合わないな。デザインした人に全力で文句を言ってやりたい」
鏡を見て、ルカは恨み言を吐いた。
時計を一瞥してから扉を開け、個室を退出する。窓から見える空の色が眩しく感じ、自然と目を細めた。
「朝食は六時から、なんだったか。まだ早いかな」
食堂に向かうには早い時間帯に、どうするかを考える。手ぶらで暇を潰せるほど、ルカは一人遊びを熟達させていない。
昨日の記憶を辿ると、現状のルカに適した言葉がすぐさま浮かんできた。
「本拠地にも書斎があったはずって、アンズさんが呟いてたな」
二階にあるという書斎を探して廊下を歩き、部屋を見て回っていると。ルカは肩を数回優しく叩かれていることに気がついた。
背後を振り返ると、レイトが軽く手を振りながら、穏やかな目つきで笑みを覗かせていた。
「随分と早起きなんすね、ルカくん。感心感心っす」
「今回はたまたま目が覚めただけですよ、レイトさん。レイトさんも似たような感じですか?」
「んや。俺はちゃんと目的があって早起きしてるんすよ、珍しくね」
「? 目的?」
レイトが床、つまり下を指さす。
「『白夜』本拠地の地下には、訓練場があってですね。手合わせしてたっす」
「地下、手合わせ。早朝から汗をかくようなこと、よくできますね」
「ふふん。朝型人間の中でも超凄いバージョン、それがレイトさんなんすよ」
「一体、誰と手合わせを? アンズさん? メイズさん? ロンシェさん?」
レイトは何処か所在なさげに、躊躇いの間を空けた。が、それも刹那のできごとで終わらせて、声を明るくさせる。
ルカはレイトとの会話の変化を敏感に感じ取りつつ、深くは追及しなかった。
「アンズさんは戦うの好きじゃないし。メイズさんは戦闘能力特化じゃないので、隊長クラスの俺とは、好き好んで手合わせはしないでしょうね。ロンシェさんは強さの格が違うので、俺がぶっ飛ばされてお終い。お互いのためになりませんから、戦わないっすね」
「リルさんではないですよね。前線に出るタイプではありませんから。となると」
「ロルフくんっすね。あの子、常時動いてないと落ち着かないタイプです」
レイトが刹那話すのを躊躇った理由は、ルカと話しているのにも関わらず、会話内容にロルフが出てくるからだろう。誰だって自身を嫌っている人間の話を出されるのは、忌避感があるものなのだ。ルカとの会話でロルフの名前は控えた方がいいとの判断が、頭によぎったのだろう。
ルカは密かに、気遣いができるレイトに対する好感度を上げる。頭の中で敬意を払うことを決意した。
「別格のレオンさん、ロンシェさんを除いた場合。ロルフくんは隊長・副隊長クラスの中で戦闘能力トップなんすよね。プレッシャーにも負けないよう、頑張って特訓してるんでしょう」
「そうなんですか」
「……あー。えーと、話のチョイス間違えちゃいましたかね? すんません」
「いえ。寧ろ、気遣わせてしまってすみません。僕とあの人のことは、あまりお気になさらず」
「あの人、か」
レイトはルカの言葉を拾い上げて、小さく呟く。
レイトの呟きに、一抹の淋しさが滲んでいたのは。決して気のせいで済む話ではないだろう。初対面時に、アンズへの評価を真っ先に気にしていた人だ。間違いなく気にしている。
「あの。良ければなんすけど」
「はい?」
「今から訓練場、行ってみません?」
「……僕が、ですか?」
ルカは戸惑いを隠せず、声に単調さを乗せる。
それは嫌がっている、という意味合いを孕んだ声色ではなかったのだが。レイトは勘違いをして、両手を大袈裟に振った。
「いや! 勿論、嫌なら嫌で構わないっすよ! 俺の我儘みたいなもんなんで」
「いえ、嫌なわけではなく。少しびっくりしただけですよ。……訓練場への好奇心はあるので、ちょっと覗いてみます」
どうせ暇だし、暇潰しにはちょうどいいとルカはレイトの提案を呑む。
それに、ルカの中で個人的にレイトへの好感度が高くなりつつあるのだ。レイトとの会話を困り顔で終わらせてしまうのも、少し気が引けてしまったというのが理由に微量ながら存在している。
「おっけぇです。じゃあ階段に向かうっすよ」
ルカとレイトは階段へと歩いて行き、二階から一階、一階から地下へと降りていく。
地下もまた、二階一階と同じく広い廊下、広い空間が広がっている。違うことを言及するとすれば、窓がないことと、すぐそばに扉が無い枠組みのみの空洞があることだ。
「あそこのアーチフレーム? 枠組み? が特徴的な空洞の所が訓練場っすよ〜」
「あ、はい」
レイトが片手で方向を案内しながら、ルカを連れる。
足音を響かせながら訓練場に進入すると、ルカが居るであろうと予想していた通りの人物が、武器を振るっていた。ロルフだ。
体幹がブレず、何もわからない素人が贔屓目なしに見ても『綺麗』と言える。思わず、ルカは感嘆の息を吐いた。
「忘れ物でもしたのか、レイト」
ロルフが振り返る。ルカの姿を認識した瞬間は眉を顰めたが、冷静にレイトへ視線を移して、すぐさま無表情に固定させた。
「んや、まだ頑張ってるのかなと思って見に来ただけっすよ」
「冷やかしなら帰れ」
「違うっす」
「だろうな。何故ここに来たのかは大方予想つく。余計な世話だ」
ロルフはレイトからも視線を外して、武器の刃を細やかに確認している。
おそらく、ロルフもレイトの善人ぶりを、嫌というほどよく知っているのだろう。無闇矢鱈に追い返そうとしないのは、レイトの善人ぶりを知っているからこそ。どうせ無駄である、という諦念が根底にあるのではないだろうか。
「もっかい、手合わせしませんか?」
「それは望むところだが。この場で戦って、『ソレ』が無事で済むかは俺の知ったところではないな」
「俺としては、ルカくんをお姫様抱っこしながら戦うんでも構いませんよ」
「ふざけているのか」
「いんやぁ、全然。あ、もしかして、あれあれ、まさかまさか。ビビってるんすか? ビビっちゃってるんすか?」
「まったく」
レイトの煽りに露も怒りを見せることなく、淡々とロルフは払い除ける。両者に火花が散っているような様子は見受けられない。
ただ、聞き捨てならないというか、許してはならない部分があるので、ルカは話にやむを得なく介入した。
「すみません。そもそも僕をお姫様抱っこ前提は勘弁してください」
というか、両手塞がった状態でまともに戦えるのだろうか。この人。別格のレオン、ロンシェを除いた場合、ロルフは隊長・副隊長クラスの中で戦闘能力トップとか言ってなかっただろうか。
ルカの思考をまるで読みこんだかのように、ロルフは呆れを帯びさせたため息を混じらせながら、解答を口にする。
「……いくら固有魔法が『重力増加』だからといって。両手なしで防衛戦は、俺を随分となめていないか? そもそも、先ほどの手合わせでお前は俺に勝てなかっただろう。縛りを設けた場合、差は殊更酷くなる」
「ふっふっふっ。それはどーでしょうね? さっきの手合わせは『どっちが先に攻撃を与えられるか』が勝敗を決める基準でしたので、勝てませんでしたが。俺が本気で防衛戦やるとなると、相当強いっすよ」
「へぇ」
「どうです? せっかくの隊長クラス相手っすよ?」
「──良いだろう」
「え?」
ルカを置いて話が進んでいき、ルカはレイトとロルフの両者へ交互に、高速で、視線を送る。
ルカの困惑を示す態度と努力も虚しく、
「そこまで言うのであれば、『ソレ』を抱えながら。もう一度手合わせしてみせればいい。きっと後悔するだろうが」
「はーいっすよ、楽しくいっきましょー」
「え??」
──え、僕も強制参加?
ルカの無言の訴えは、一切二人に届かなかった。




