11 ゴーゴー! レイト号!
「勝敗を決める基準、どうします?」
「三分間逃げ切れば、お前の勝利にするとしよう。俺の攻撃に一度でも当たりそうになれば、寸止めで攻撃を取り止める。その場合、俺の勝利だ」
「おっけぇーです」
「あと」
ロルフが悪辣に口角を上げる。
気味が悪いほどに端正な笑みで、ルカは全身に鳥肌が立った。自身の身体を庇うようにして、両手を交差させながら両肩に置く。
「『ソレ』も、固有魔法使用可だ」
「んー、いいんすか? ルカくんも使っちゃって。『結界』を許可するからって、致命傷になる攻撃はダメっすよ?」
「無論のこと」
「…………」
ロルフの態度にルカは辟易としながら、様子を窺う視線をレイトに合わせた。レイトは片目を閉じてルカの視線に応じる。
気取った仕草をレイトがやると、自然と不安や不快感が湧いて出てこないのだから、不思議なものだ。
「大丈夫っすよ、任せといてください」
「素がカッコいいタイプなのか」
「茶番はいい。今から始めるぞ」
心の声が漏れ出たルカに、眩しい満面の笑みを浮かべたレイト。その二人の戯れ空間を無情に切り捨て、ロルフは距離を取った。
ロルフが立ち止まる。立ち止まった場所から少し声を張った。
「俺は此処からスタートだ」
「んじゃ、ルカくん。もーちょいこっち寄ってくださいね。俺が守れるところに」
ルカがレイトの元へと近寄る。レイトはルカを横抱きにしようとしたが、ルカが全力で拒否したため、ルカは小脇に抱えられた。
レイトが頷いて、準備万端であることを示す合図を送ると。ロルフはカウントダウンを始めた。
「サン、ニー、イチ、」
ロルフが片手を掲げる。
「ゼロ」
「──ぇあ?」
ルカとレイトの頭上に影が被さる。剣身の切先が下の、ルカとレイトの頭に向けられていた。
「しっかり掴まっててくださいねー!」
レイトは裾を翻して、身軽に剣身を避けた。金属が勢いよく床に突き刺さった音がして、ルカは身体を一度大きく震わせる。
音に意識が引き寄せられて、床に刺さった剣身を視界に入れた。すると、通常剣には無くてはならない、鍔がなかった。
「ぇ」
「ロルフくんの固有魔法は『金属生成』。発動条件は『生成したい金属に触れ続ける』ことっす」
レイトの背後と眼前と左右に、それぞれ剣身が現れる。
「鍔がないのは、手に持つわけじゃないから。必要ないってだけっすよ」
レイトの眼前と背後にある剣身は、くるりくるりと舞いながら一歩二歩動いて避ける。左右にあった剣身は、レイトが「重力増加」と一言唱えた後に、剣身が不自然に軌道を変えて床へと落下する。
「『接触状態の金属を生成』できるって、まさか。金属製の身飾りつけてるだけでも……?」
「お、そうなんすよ」
ルカが視認できる範囲だけでも、ロルフには金属製のピアスと、チョーカーに付いている金属製の飾りがある。発動条件に縛られて、『固有魔法』を使用できなくなるような事態は滅多に無いだろう。
二つ分の剣身が、レイトの足元付近から生成されて落下する直前。軌道を変え、レイトの両手目掛けて上へと突き刺していった。
レイトが後ずさり、剣身は空気を裂いて役目を終える。剣身が地面を貫く棘のように残留した。
「さっきから『生成』のはずなのに、金属を『操って』ませんか……?」
「んや、それは違うっす。通常魔法で後天的に、花火の要領で『打ち上げてる』んすよ。上下左右、関係なくね」
打ち上げる? 花火?
花火を打ち上げる要領と言うと、打ち上げ筒や打ち上げ火薬、着火してガス圧を発揮させる役割のものが必要になるが。
そもそも花火玉のような、丸い形状でないものを綺麗に打ち上げることなどできるのか。そもそも、それを言うならどちらかというと、棒火矢の方が近いのではないだろうか。
ピアスとチョーカーの二種類の金属を付けているのは、先端は重めの金属を。末端付近は軽めの金属を選ぶためだったのか。片方が壊れた場合の、保険の意味合いもありそうではあるが。
ルカが考え込んでいるうちにも、剣身はレイトの足元から生成されて上の空気を裂いていった。
段々と、レイトが最低限の動きで避ける際に邪魔になるよう、設置場所に小細工がされている。
「実際、金属を操れるのなら。飛翔状態でも安定する球状の金属を複数、魔法で放り投げて追尾式の金属攻撃。拘束やら殺害とか、もっと怖いことできると思いますよ、っと」
「平然とすごく怖いこと言う」
「だからこそ、『金属生成』で金属を打ち上げるロルフくんにはロルフくんなりに。ちゃんと隙があるんすよ」
「……?」
「通常魔法には、効果が減衰する減衰しないの、適切な距離ってもんがあるっす」
レイトは時々剣身に向かって「重力増加」と口にしながら、ロルフの方向へ顔を向けた。
「ロルフくん、さっきから殆どこの距離感を維持してるでしょ? この距離感が一番、通常魔法で攻撃を打ち上げるにゃあちょうどいいんですよ」
「近づいた場合と、遠ざかった場合は?」
「近づいた場合は、ロルフくん自身が武器を創って戦うか。ロルフくん自身付近に放出マシーンを創って、金属ふっ飛ばして威嚇ですかね。──それで、遠ざかった場合は」
レイトが前触れなくロルフを指さして、「重力増加」と唱える。ロルフは抵抗するも、耐えきれず身体が地面へと崩れ落ちた。
レイトは邪魔な剣身を避けて、走って、また避けてを繰り返し、ロルフの元から離れ始める。すると、レイトがちょうど走り込んだ地点に先回りして、剣身が一つ。一歩避けた後にまた一つ。二歩避けた後にまたまた二つ。レイトを切り裂きに突き上がってきた。
その後、
「先回り。ロルフくん復帰の時間稼ぎをされまして」
地面を踏み込んで、踏み込んで、踏み込んで。避け終わったレイトの頭上に剣身が現れる。
生成した剣を持ったロルフが、レイトを切り込みに接近。レイトは頭上の剣身を二歩で避けた後に、ロルフに向かって「重力増加」と唱えた。
ロルフはその距離感で立ち止まる。剣をその場に手放したロルフは、無表情を崩さない。
「こうして接近されるわけですね。やっぱり痛いところ突くなぁ」
「? ただ接近しにきただけでは?」
「違うっすよ〜」
レイトはロルフが膝を折って耐え忍んでいる姿を確認しながら、ため息を吐いた。
「俺の『重力増加』は指定型なんすよ。指定の人、指定の物、指定の範囲。んで指定型っていうのは得てして、咄嗟ってのが大変でして。『指定』を頭で処理してから発動するもんだから、複数『指定すべきもの』があるとしんどいんすよ。そこを良い感じに突いてくるんですよね」
「範囲を広く指定して発動した場合は?」
「俺もルカくんも巻き込まれるっすね」
──なるほど。
ロルフは剣身を複数レイトが避けた地点に設置し、『重力増加』の使用を誘う。地面にある剣身に『指定』をしている最中のレイトは、頭上に剣身があることに気付くことは難しい。たとえ避けられた場合でも、レイトの足場を制限させる。
ロルフと武器の接近。ただ単に接近して金属を放出するのではなく、ロルフが切り込みに来たのは。放出攻撃を、レイトの認識に散々植え付けたことを加味した結果だろうか。
「……いやでも、足場も悪いんだから接近して切りつけるのは難しいし。放出した方が攻撃速度は早いしで、愚策では?」
ロルフが立ち上がる。
金属生成で、次々と剣身──ではなく。球状の金属を創り出し始める。地面に金属の球が転がる。
そんな状況にお構いなく、レイトは笑って話し続けた。
「金属生成時間でバレちゃう問題もありますし。そこら辺は、価値観の問題じゃないっすか。ロルフくんは『意表を突く』ことに、ルカくんは『安定して攻撃する』ことに重きを置くって感じの」
ロルフの勝利条件は『一度だけでも攻撃を当てられる状況に持っていく』こと。安定よりも意表を突く方が、合理的とは言えるかもしれない。
ただやはり、価値観は合わないと思う。
「狡猾というか、陰湿……」
「あっはっは」
「──そんな暢気に談笑していて、大丈夫か?」
ロルフが球状の金属を生成するのを止めると同時に、二人の間に水を差した。
レイトが言葉一つかけずに、突然ルカを小脇に抱えるのを中断して下ろした。
「……あの?」
「さて。ルカくん、」
レイトが満面の笑みで、ルカの肩を叩いた。
「今すぐに、全身全霊で結界を張ってください。俺も頑張るんで」
「え?」
地面に突き刺さった金属の剣身、地面に転がる金属の球。
ロルフ付近を除く全ての金属から、爆炎が上がった。
*****
「ほんと、容赦ないっすねぇ」
ルカが張った結界が割れ落ちて、魔力として変換される。魔力の結晶が散っていく。
空気中に漂う魔力と魔力の結晶が合流していくその光景は、炎の中で舞う火花と美しく錯綜して、幻想的である。
「『重力増加』で炎を変形させて。まだまだ未熟とはいえ、固有魔法である『結界』を張って。……これ、なんすよね。怖い怖い」
ルカは咳き込みながら、煙の中にあるロルフの影を確認する。
ロルフは煙を手で払いながら、姿形を明瞭に現した。
「当たってはいないようだな」
「あのイヤな『金属の球』に、見覚えがあったからっすね。俺に気づかせるために、わざとこの形状を創ったんでしょう?」
「当然だ。致命傷になったら困る」
「うわ、嫌味? って感じっす。俺隊長クラスなのになぁ、置いてかれちゃうっすねぇ」
レイトが肩を竦める。ロルフはレイトの突き刺すかのような抗議の視線を払い除けて、ため息を吐いた。
「とはいえ、今回は俺の敗北だろう? 三分は経ったはずだ」
「そーっすね。こんな光景見せられたら、勝った気しませんけども」
「あっはっは」と笑い飛ばしながら、レイトは座り込んでいるルカに手を伸ばした。
ルカは二人の平静ぶりに唖然としながら、首を傾げる。
「さ、最後のなんだったんですか?」
「『金属生成』の時に、ロルフくんがわざと金属に余分な魔力を仕込んでおいて──魔法起爆、どっかーん! っていう仕組みっすね。元々、球状を創らずにわざわざ剣身を創るのは。金属に仕込める魔力量を増やすためっすから」
飛翔状態で安定した威力、安定した軌道を保っていられるのは球状だ。
本来、花火のような打ち上げる方法を取るのであれば、球状で飛ばした方が安定する。それを分かった上で選ばないのは、『金属生成』で創る金属の体積を、飛行に支障が出ない程度で増やすため。金属の体積を増やすことで魔力の含有量を増やし、魔法の効果を底上げするためだった。
「魔力を仕込むという手法は、存外使いやすいからな。愛用している」
誰に言うともなく、ロルフはレイトの言葉に返答を呟いた。
ルカは目を細める。
「やっぱり、なんというか。『固有魔法』の派手な名称に反して、発想が地味というか。狡猾というか。……陰湿では?」
「ルカくん、ロルフくんの発想力は本当に凄いんすよ。陰湿だけど」
ルカが訓練場に来た理由の中には、ロルフとルカの関係値を気にしているレイトからの気遣い、というのも入っていたはずなのだが。
どうして寧ろ、好感度が右肩下がりになるような事態ばかりに陥っているのだろうか。
「はあ……」
「ほらほら、お二人さん。後片付けをとっとと終わらせますよ。朝食食いそびれるっす」
「あ、そうですね。忘れてました」
レイトが小気味良い音を立てて手を叩いた。
朝食前の暇つぶしとして来ていたのに、肝心の朝食を食べ損ねたら笑えない。そう思って同意したルカも、レイトに従って動き始める。
レイトは足元に落ちていた金属球に触れないように足を動かして、「うへえ」と如何にも嫌そうな顔をしながら声を上げた。未だに残っている炎に、下位水魔法を使って火消しを始める。
「ロルフくんの魔法使用後って、後片付けめんどいんすよね〜」
「一緒にやれとは言っていないのだが」
「そんなこと言わずに、仲良くしましょ。いつでも誰相手でも、ラブアンドピースが一番なんすから」
「…………」




