12 お誘い
「? その依頼は第三部隊副隊長が」
「ああ、その依頼に関してだけど。もう解決したよ」
「終わったから、休んでていいよー」
「第三部隊副隊長のロルフさんが駆けつけたらしいので、問題ないかと」
「あ、お菓子食べます? それとも飴ちゃん派でしたか?」
*****
「ふざけてるのか、もう」
ルカが『白夜』として活動し、一日足らず。たった一日未満。僅か一日未満。
既にルカの心は挫けかけていた。ブラックでした、とかではなく寧ろ──、
「どうなってるんだ、活動量の配分。僕に一体、何処で、いつ、活動しろと?」
そう、ホワイトすぎる。活動量が無さすぎるのだ。
ルカも共に動くことになるはずだった、領土内の治安維持依頼を、七割ロルフ・三割他の隊員という割合で、先んじて解決しに動かれている。
そして大抵トラブルも無く、綺麗に解決。稀にトラブルがあったとしても、見事にその場を収めて帰ってくる。全くもってルカに依頼が回ってこない。依頼がないから、『白夜』として活動できないのだ。
こんなところで、アンズの『ロルフは元々ワーカーホリック野郎』発言の伏線回収などしなくていいのだが。
とりあえず速急に、副隊長・隊長クラスは本拠地から離れてもらわなくては。でないと、ルカの分の仕事が無い。
いや、というより根本的に、元々『白夜』に所属する隊員達──詳しく言えば、特に本拠地付近にいる隊員達が有能すぎて、出る幕がない。そもそもの話、そこからだった。
「一ヶ月で自身の身を守れるか証明する、どころの話じゃないんですが……? そもそも、活動すらできないこの現状。もはや、僕がこの場に存在していること自体を証明しないとダメなんですが……? どうしろってんですか……?」
ルカは忙しすぎて目を回す準備はしていたが、暇すぎて目を回す準備はしていなかった。
暇を持て余しすぎて膠着状態だったルカは、本来隊員のやることではない、本拠地内の掃除に手をつけ始めている。
そして、通りがかりの隊員達に決まって生暖かい視線を向けられ、不器用極まりない掃除を見守られていた。
──何、この拷問。
「これ、流石に。ロンシェさんに直接抗議していいよね……? ロンシェさんは寧ろこの状況下で、どうやって僕に活動させようとしたんだ……?」
『ルカの監視期間』という名目を含んでいる以上、本拠地で活動させるのは致し方ない部分がある。が、それを加味しても、活動量の配分に関してはどうにかならなかったものか。
依頼内容は本来、所属する部隊の隊長から配分される。そして現在、ルカが所属する部隊は『未定』になっているため、積極的に隊員達の方から、ルカの手を借りたいと話しかけて貰う──はずだったのだが。なんせ、皆が有能すぎていらない。
待つ姿勢こそが図々しく、疎遠にされる原因なのか。ならばと、ルカの方から積極的に話しかけても「大丈夫」と、軽い口調で遠慮されて微笑まれる。
「泣きそう……居場所どこ?」
昼休憩の時間。ルカは本拠地内から、門によって仕切られている外の空間へと出た。気分転換で外の空気を存分に吸いこんだ後、昼食を食べに行こうと考えていた所で──、
「あれ?」
ルカの視線がとある一点に留まる。
直近の記憶の中で、鮮明に刻み込まれていた人物が見えたのだ。
「ルカか」
「ロンシェさん? 奇遇、ですかね」
アンズやメイズ、リルが出歩く姿はよく見かけたのだが、ロンシェが本拠地内から出ている姿を見るのはこれで初めてだった。何故外にいるのか、好奇心をくすぐられる。
ロンシェはルカの心情を汲み取って、「ああ」と首を縦に振り、納得の意を示す。
「馬車や武器の準備、指示を執り行っていた。夕刻に『大結界』近くの仮拠点へ移動。明日に先遣隊が『独行の羽根』の拠点が変わっていないか情報収集。明後日に、鳥人族の領土内へ本格的な調査となるからな」
「まさに指揮官って感じですね。……すみません、浅い感想しか出てこなくて」
「構わない。謝られるようなことでもない」
ロンシェの独特な雰囲気に気圧されて、辿々しい態度になるルカに構うことなく。ロンシェはルカの頭から爪先までを確認した。
「あの?」
「キミ。『大結界』を越えるための魔力は取り込み済みか?」
「? いいえ。調査任務に出かける予定もありませんし、まだ正式な入隊とは言えないので」
「キミを、先遣隊の一員として採用しようと思っている」
「へぁ」
ルカはその場で硬直し、気の抜けた声を溢す。
「……どういう」
正直、現状のルカを調査任務に派遣するメリットなど、ゼロどころかマイナスだ。『白夜』になったばかりの未熟者であり、足を引っ張る可能性があることもさることながら。『固有魔法』の問題で保護対象でもあるのだから。
保護対象ではあっても役に立てるだけのメリットがあるというのであれば、リスクを重々承知の上で派遣すればいい。が、今のルカに、役に立てると断言できるような何かは存在しない。
そんなことは、ロンシェもよく理解しているはずなのだが。
「理由を、お聞きしても宜しいでしょうか。第一部隊副隊長」
一瞬、ロンシェの目が泳ぐ。ルカは首を傾げた。
「……?」
「キミの力が必要だと感じた。無論、行く行かないを定める権利はキミのものだ。判断は任せる」
ルカはロンシェという人物のことを、よく知らない。
よく知らないが、ロンシェは誠実で冷静沈着。皆に尊敬されるリーダー、という印象を強く受けている。
ロンシェからの説明や決意表明が曖昧であることに、なんとなくルカの頭に浮かんできた言葉は『らしくない』だった。
「うーん」
──どうしたものか。
ルカ個人としては、行きたい寄りだ。
本拠地内での活動が滞っている以上、第一部隊副隊長から直接与えられた依頼は受けたい。ロンシェが初心者であるルカを連れていくと豪語している以上、間違いなく安全性も普段より考慮されていることだろう。
ただ、ロンシェの態度が引っかかることと、危険なことになりふり構わず首を突っ込むなと言う、アンズやリルの顔も容易に思い浮かぶこと。この二つがルカの意志に鎖を繋いでいる。
「あの。すみま、」
ルカはロンシェの思惑も考えず、鵜呑みにすることを拒んだ。が、
『───な──。ルカ』
「……行きます」
拒む思考を覆い隠すように、頭の中へ響いた声で意志を翻した。
「良いのか。安全性に考慮するとはいえど、危険なものは危険なことに変わりない」
「はい。……必要なことだと感じたので」
「そうか」
ロンシェは、ルカの事情に深入りするような真似はしなかった。
「そうなってくると。『大結界』を越えて戻ってくるための、魔力を取り込む必要性が出てくる」
「そうですね。特殊な魔力を取り込むって、何か儀式とか必要になりますか?」
「大仰に考えすぎているな。そんなものは必要ない。至宝の魔道具『源泉』から魔力を掬い上げ、呑むだけの作業に過ぎない」
「掬う……? 呑む……?」
「本拠地の地下に行ったことは?」
「レイトさんと一緒にならあります。……一人でも行けますよ」
淡々と質問をするロンシェに、ルカが意図を汲み取って答える。
ルカはレイトと共に訓練場へ行く際、地下への道筋を覚えている。ロンシェに案内される必要性はないため、あらかじめ伝えておくべきことだった。
「ならば、説明は不要か。地下で待っていてくれ。至宝の魔道具『源泉』がある部屋へ向かうための、鍵を取ってくる」
*****
「それでは、向かうとしよう」
ルカが指示通り、本拠地にある地下で待っていると。ロンシェが岩の束を手にして、階段から降りてきた。
ロンシェの口ぶりから考えると、手にしている岩の束こそが、鍵なのだろうが──、
「……特殊な形状だらけですね。この中の一つが、鍵として当てはまるものってことですか?」
「形状に意味などない」
「え、じゃあ鍵ではないんですか?」
「いいや。鍵だ」
「……?」
ルカの困惑を置き去りにして、ロンシェは広い廊下を歩いて行く。ロンシェが何も無い壁に向かって立ち止まり、ルカもそれに倣って立ち止まった。
ロンシェが岩の束を手放して、指をさした。
「『陽光』」
一筋の光を生み出すことで、岩の束を破壊した。
「え」
「心配はいらない」
ルカが岩の束だった破片達を見下ろすと、輝く薄い石が見えた。岩の破片に埋もれている。
ロンシェが輝く石を拾い上げ、石で何も無い壁に傷を付けた。
「うっ!」
壁が無くなった。
比喩や誇張などではなく、扉一つ分の壁がルカの目の前から消失したのだ。
「ど、どういう仕組み……?」
「第一部隊副隊長であるオレですら、詳しくは知らない。失われた技術だからな。しかし、予測はできる。恐らくこの石に込められている魔力と、壁の魔法に使われている魔力は、同質なのだろうな。魔法に使われている魔力を石へ吸い取らせることで、一時的に魔法を不活性化させているように考えられる」
「…………」
──うん、結局わからない。
過去に『白夜』へ所属していた隊員達も、現在の隊員達と同じくらい、有能人間の集いだったのだろうか。
ルカなりに考えて、頭から煙を上げているうちにもロンシェは考察を呟いている。
「もしかしたら、リズの部下に作者がいるのかもしれないな。だとしたら、技術が失われるのも理解できる。後世に受け継ぐという文化が、人族と比べて重要視されていないことが多い」
「あの、ロンシェさん。考察より今は」
「ああ、すまない。奥へ進もう」
ロンシェとルカが、道筋の奥に進むともう一枚壁があった。ロンシェが輝く石で壁を傷つけると、同じようにして壁が消失する。
同時にルカは、様々な色が常に混じり合う噴水を目にした。
「──噴水?」
「至宝の魔道具『源泉』だ。そして、この液状のものが、キミの求める魔力そのものになる」
「これら全ての水? がですか」
「その通りだ。今からその魔力を手で掬い取って、一口分取り込んでもらう」
「……これ、手で触っても大丈夫なのか」
ルカは呟いてから水盤に近づき、少量の液状のものを手で掬い取る。
手のひらの上で、色同士混じり合うことを止めない液状のものを見つめた後。手のひらに口をつけて、悪戦苦闘しながらもその液状のものを呑み込んだ。
「ちなみに、一口分以上の魔力を取り込むと。魔力が蓄積し続けた影響で、身体の内側から爆散する」
「ゲホッケホッケホ」
「冗談だ」
「わかりづらいッ、冗談がわかりづらいッ」
咳き込むルカが抗議の視線を向けると、ロンシェは涼しい顔で朗々と語る。
「至宝の魔道具『源泉』による、魔力の蓄積という概念自体は存在する。爆散はしないが」
「蓄積は本当にあるんですか。余計に冗談か冗談じゃないか、わかりづらい奴じゃないですか……」
ルカは目を細める。
嘘の中に少しの真実が入っていると、嘘は見抜かれづらいと言われている。ロンシェの場合は、無表情と無感情の声色でやり遂げられるのだから、余計にわかりづらいはずだ。
「『魔力蓄積』の原因としては二つ。一つ、自身の身体で生み出した魔力でないと、使用することが不可能ということ。二つ、蓄積期間は通常僅か一日で済むところを、至宝の魔道具『源泉』から得られる魔力の場合は、一生蓄積されているということ」
「……それ、至宝の魔道具『源泉』から得られる魔力を多めに取り込んだ場合。どうなるんですか?」
「何も無い。体内に蓄積されるだけだ」
ロンシェはルカに背を向けて、元々壁があった空洞を見た。
「そろそろ、無くなった壁達が生成され始める時間だ。この場を出るとしよう」
「あ、はい」
ロンシェが歩み出した瞬間に合わせて、ルカも背後について歩み出す。
ふと、疑問に思ったことをルカは口に出した。
「……『大結界』って、この特殊な魔力で構築されてるんですよね? 使用できないなら、どうやって張ったんです?」
「それはリズの『固有魔法』の話になるな」
「やっぱり最終的には、そこに辿り着くんですか」
『大結界』の管理という重大な問題を、余所者のルカに託すレベルの話である。
最終的にはやはり『固有魔法』の話になるだろう、とは考えていた。
「リズの固有魔法は『魔力』。どのような魔力でも扱うことができたために、本来扱えるはずのない特殊な魔力……空気中に漂う自然な魔力や、至宝の魔道具『源泉』の魔力でも扱える。よって、『大結界』の管理もリズの手で行われていた」
「なるほど。……いや、それでどうして僕が代替候補に?」
「今はまだ練度が低いために、不可能だろうが。キミの固有魔法であれば、結界を張る際に、特殊な魔力を練り込むことが可能になる──というのが我々の見込みだ。将来的には、リズと似たような管理方法を行えるようになる」
「な、るほど?」
「まだイメージは湧かないか。それならそれで構わない」
ロンシェとルカが道筋を歩み終える頃には、壁が殆ど元に戻っていた。ルカが振り返り、魔法でできた壁を触る。
触り心地は他の壁と何も変わらない。
「本当に、普通の壁と変わらないなぁ」
「そうでないと、隠蔽の意味がないからな」
ルカが壁を触って戯れているうちに、ロンシェは輝く石に指をさして岩の束を創り出す。
輝く石はあっという間に、岩の中へと収納された。
「昼休憩の時間が終わる前に、戻った方が良い。外へ出てきた時間を踏まえると、昼食を済ませていないだろう」
「……あ」
ルカは顔色を青くさせる。
先遣隊、魔道具、魔力云々のことを考えていたら、昼休憩の時間であること自体すっかり頭から抜けていた。
「す、すみません! 今からダッシュで食堂に行って、頑張って食べてきます!」
「そうするといい」
ルカが階段を全速力で駆け上がる。ロンシェはわずかに微笑みながらその光景を見守った後、表情から感情を抹消した。
ロンシェが静寂に包まれた空間で問いかける。
「……これで満足か?」




