8 会議前
「アラシの『ツインレイ』について話す、一人の証人として会議に参加することになったとはいえ……私の発言は、一体どこまで影響があるんでしょうね」
「最高治療術師として働いた実績は確かなんですから、相当あると思いますよ。影響力。実際、リルさんが人脈を使って、反乱でも目論むことになれば厄介ですし。無闇に太刀打ちはできないと思います」
リルが馬車の中で、独り言を呟く。メイズがリルの独り言を拾い上げて、返答を渡した。
ルカは馬車に揺られながら、静かにその会話へと意識を向ける。
「……それはちょっと、大袈裟だけれどね。私が助けるのは仕事の関係上『白夜』の隊員が多いし、人脈は必然的に一般人よりも『白夜』内に偏るもの。よっぽどのことがない限り、『白夜』を害するような真似はできないわよ」
「いや、逆です逆。『白夜』内に人脈があるからこそ、怖いんじゃないですか。リルさんが声を上げるだけで、『できる限り手助けしたい』と考える人は。少なくないんじゃないですか」
「それはそうかもしれないけれど。それぞれの信念があって、『白夜』に所属しているんだもの。一般人の不満を煽って反乱、とは難易度の格が違うわよ。隊員を使っての反乱は」
短期間、ルカが『白夜』を見てきた限り。隊員達は良くも悪くも個性豊かであり、何らかの信念を持っている様子が多く見受けられた。
反乱を起こす上での常套手段である、不安を煽るような行為は難しいと考えられる。自身のための目標、自身のための信念を持つ者を手玉に取るような真似は、そう簡単にできないだろう。
ルカはリルの淡白でいて情熱的な部分を秘めている説明に説得力を感じて、頭の中で首肯する。が、メイズは未だに、戦々恐々とした表情でリルを見つめていた。
「リルさんの言葉を借りるなら。その『よっぽどのことがない限り』の、もしよっぽどのことが起きちゃった場合が怖いんですよねぇ……俺は。時に生物は、目標や信念のためならどこまでも盲目的になれますから」
メイズはリルの考えとは全く異なり、『信念』『目標』を重んずる白夜の隊員達の思考を、寧ろ脅威に感じているようだった。
ルカはメイズの言葉を聞いて、心の隙間を這う忌避感と、痛みを伴う何らかの手応えを感じ取った。
──共感したのか。……共感を?
「……?」
「ルカくん? どうかした?」
「いえ、特には」
ルカは首を振った。
また、情緒不安定に近い錯綜とした思考だなと感じる。リルの説明に説得力を感じているくせに、メイズの言葉に共感している。
何故、こうも矛盾するのだろうか。どちらも正しい言い分で、考え方は人それぞれなのは確かだ。どれだけ優柔不断な人間であっても、思考があるのならどの思考が『近い』『近くない』のかくらいは、あるはずなのだ。
例えこれまでは『あっち』の思考に近くとも、説得されて今日からは『こっち』の方が近くなる、なんてことはザラにあること。
ならば、ルカにだって『どちらの思考が自身の思考に合うのか』くらいは、考えられるはずなのだが。
何も考えられない。頭が真っ白だ。
「……なんなんだ、もう」
疲れているのだろうか。
思考を遮断される感覚に襲われて、ルカは目を閉じる。意識が少しずつ希薄になって、音が遠のいていった。
ルカが目を閉じて無理やり休息をとっている最中でも、リルとメイズの会話は続いていく。
「それにしても。あの『マールム』の少年。雰囲気ちょっと変わりました? 俺が知ってた限りでは、もう少し目が死んでましたが。アンズさんが平然と話してるところ見て、ビビりましたよ。俺」
「そうなのかもね。変わった、のかしら? まだあまりルカくんのことを知らないから、変わった変わってないの話は難しいわ。最終的に偏見で終わってしまいそうだもの」
「なんか知ってます?」
「いいえ、別に。でも、特に言及する必要はないとも思ってるわよ。経験したものが村の人間皆殺しの……アレだったからね。言動や性格が変わろうが、漸く素を出せるようになってきたのだと考えたら。おかしくはないでしょう」
「リルさんらしい回答。……俺も面倒なんで、本人に対して言及をする気は、はなから無いんですがね」
メイズは「はは」と乾いた笑いを混えて、軽薄さを態度に滲ませた。リルもメイズの軽薄さには順応していたために、メイズに特別注目はしなかった。
だからこそ、
「……ここまで変わるというのは、少々不気味だと思うけどな」
メイズの眼だけは、隙も油断もない警戒の色で染まっていた。
*****
人族の領土でもっとも栄えている都市『ラズリート』。
『白夜』の本拠地は、都市『ラズリート』の真ん中辺りに存在しており、誰が見ても本拠地が一体何処にあるのかを把握できる。
一般人が痛いほどの不安に駆られたとしても、いつでも本拠地を見据えることが可能だ。
「ほーい、起っきろー、おーきーろー! 目的地着きましたよー!」
門番に話を通して、門を通り抜けたことを確認したメイズが、声をかけながら眠りこけているルカを揺さぶる。
ルカは座り込んで眠っていた影響で、身体全体が強張っていることを感じながら、瞼を震わせた。ゆっくりと目を開ける。
眼前にメイズの顔があった。誇張は一切無しで、だ。
「…………」
「驚かないんだなぁ。驚いてくれません? それなりに悲しいですよ、それなりに」
「いや、デジャヴだなと」
「あ、既にアンズさんで経験済みだったか」
「よくわかりましたね、アンズさんだってこと」
「あの人、誰彼構わず起きてるか寝てるか確認する癖あるんですよ。アンズさんと関わるんなら、嫌でも慣れることになるんで。せいぜい頑張ってください」
「誰にでもやってたのか、あれ……」
「元々居た環境が環境でしたからね。確認しないと落ち着かないのかもしれません、っと」
馬車からメイズが真っ先に降り、地面に足をつける。後に続いてリルとルカが降り立った。
メイズは本拠地を見上げる。
「いやー。本拠地はいつ見ても壮観というか。緊張しますね」
「私は殆ど本拠地か本拠地付近にいるから、見慣れちゃってるわね。それでも、威圧感はあるなと思うけれど」
「最高治療術師ですもんね。居場所はある程度固定されちゃいますか」
「まあね。肝心な時に治療術師本人が見当たらない、なんて大問題だもの。今回はちょっと異例だから、特別に長距離の移動をしているけれどね」
リルが率先して歩き出し、メイズの前へと進み出る。メイズとルカはそれに甘えて、リルの背後にくっつく形のまま本拠地に入った。
両開き扉を開けると、玄関ホールで多くの隊員達が忙しなく会話を交わしている。絶え間なく音が供給され、『白夜』が活動する上での中心になる場なのだということを、必然的に示された。
「人が沢山いる……凄いな」
「村から出てきたばかりで、これは驚くわよね。わかるわ」
「リルさんも村育ちなんでしたっけ?」
「ええ。初めてこの光景を見た時は、ルカくんと似たような反応をしたわ」
リルはメイズとの会話をこなしながら、玄関ホールをおおよそ見渡し終えた後。一人の隊員に視線を固定した。
相手もリルに視線を送られていることに気がついて、幾度か瞬きを繰り返した後に足を動かした。
「リルさん、お久しぶりっすね!」
「ええ。お久しぶりね、レイトくん」
「その子が、今回の議題に出てくる子っすか?」
「そう。ルカくんね」
「はじめまして! 自己紹介させていただきます、ルカくん。俺の名前はレイト。よく威厳が無いって言われるんすけど、第二部隊隊長をやらせていただいてるっす。よろしく!」
レイトが右手を差し出して、暗に握手をねだる。ルカがそれに応じようと控えめに右手を出した。
強引に差し出した右手を掴まれて、レイトによって上下に揺らされる。
「ウチの副隊長、アンズさんどうでした? 怖くなかったっすか? なんか嫌なこと言われませんでした? あの人根は悪い人じゃないんすけど、なにせチョット陰険な所があると言いますか。嫌いにはならないで欲しいんすけどね」
「……元気な人、ですね」
「アンズさんが!?」
「いえ、あなたが」
──この人、苦手なタイプだな。
『マールム』に対する差別意識も、初対面の人間に対する恐怖や遠慮も全くもって感じられない。ルカにとっては、話をしているだけで目眩がしてくる人種だ。
握手している右手を上下に振られながら、ルカは腰を引かせていく。見兼ねたリルがルカの頭を撫でて、レイトにさりげなく制止の一瞥を与えた。レイトが「わっ」と慌てて右手を離す。
「すみません、早口で捲し立てるような真似して。緊張させたっすね」
「あまり、お気になさらず。元々僕は人見知りですから」
謝罪の言葉を口にするレイトに、両手を掲げてルカが遠慮がちに応対する。
そこで、レイトの視線がルカの背後に移されたことに気づいた。
「あ。噂をすればなんとやら、ってヤツっすか。アンズさん」
「げェ」
ルカとは別の馬車に乗っていたアンズが少し遅れて到着する。
レイトと目が合うと、不倶戴天の敵と遭遇してしまったかのような、低く唸る声を上げた。
「レイト……」
「そんなにイヤそうな顔、しないでくださいよ。久しぶりに会話ができて嬉しいっす」
「ちょっと前に魔道具越しで話したろォが」
「あれは会話じゃなくて報告っすよ。会話と報告じゃ話が違います。そもそも、顔を合わせるってのが大切なんじゃないですか」
「わからねェ。知らねェ。相変わらず理解が及ばねェ」
「えー」
レイトの持論を聞いてもなお、納得したそぶりは見せず、アンズが舌を出す。
「本当に噛み合いませんね。レイトパイセンとアンズさんは」
「逆にこの性格と俺が、和気藹々の仲良しこよしやってんの想像できんのか?」
「ムリですね、はは。凄くわかりやすく、花形役者と日陰者って感じの雰囲気が醸し出されてます」
「ぶっ飛ばすぞ」
「そうにしか見えないんですから、事実を事実として言って何が悪いんですいでででででで!」
メイズが言葉尻を言い切る前に、アンズはメイズの爪先を執拗に踏み躙る。メイズは呻吟の声を上げた。
揶揄いあっている様子を優しく微笑みながら見守っていたリルは、階段の方を指さし──、
「私個人として言うならば、戯れ合う時間は好きなのだけれど。そろそろ会議室に向かうべきかしらね」
「あっ、そうっすね。遅れたら洒落にならないんで」
二階へ向かうように促すリルの言葉によって、レイトは手のひらにポンッと握り拳を置いた。メイズとアンズも行動を中断して、リルに首肯、同意の意思を表明する。
リルとルカが並んで階段を使い、二階へと上っていく。
「あ」
ちょうど、廊下の奥でロルフが会議室に入る所を目撃したリルが、息をもらすようにして小さな声を出した。ルカもそれに共鳴して、刹那的に身体を硬直させる。
「どうかしましたか、お二人とも。何か思い出したことでも?」
続いて階段から上がってきたレイトが、二人の様子を敏感に感じ取って首を傾げた。
「いえ。悩みの種が擬人化したとしか思えない、困った人物をちょうど見かけたものだから。ついびっくりしただけよ」
「リルさんの悩みの種、となると。ロルフくんかリズ様っすよね? ……ん。ああ、いやぁ、なるほど。ロルフくんか、うん。確かに彼の『マールム』嫌いは、相当根深いですからねぇ」
ロルフの名前を思い出すと同時に、リルの心情を察しよく理解したレイトは苦笑する。
リルはレイトの言葉に頷き一つで返事をして、会議室に入った。
「遠路はるばるよく来てくれた。ご苦労」
リル達が会議室に入り、ロンシェと目が合った途端。ルカの周囲の空気が、冷えるような感覚があった。ルカは自然と背筋を伸ばす。
ロンシェという人物が隊員達にとってどのような存在なのかを、垣間見ることになった。
それぞれが空いている席に着席する。
ロンシェに席を指定されたわけでもないにも関わらず、皆が一斉に特定の席へと向かって座った。
着席したメイズは、ロンシェに頭を下げる。
「第一部隊副隊長。お目にかかれて光栄に存じます。本日は不肖の身でありながらこの場で発言をお許しいただけたこと、心より感謝申し上げます」
「第二部隊隊員、メイズ。隊長・副隊長クラスが集まる会議だが、だからといって遠慮はするな。キミの意見を求めるが故、我々はキミを此処へ呼んだ」
「ご期待に添えるよう、尽力致します」
ロンシェは個性豊かな隊員達の顔を一人一人見た後、静かに瞑目する。息を短く吐いて呟いた。
「……会議まではまだ少々時間がある。そこまで緊張しなくていい」
静まり返った空間に、少し堅さを和らげた声をロンシェは残す。
リルとアンズが同時に、
「……これで緊張するなっていうのは無理だと思うけれど」
「……これで緊張するなは無理な話だと思うがな」
似たような感想を、忌憚なく述べた。




