7 思案しましょう、退屈だけど
「──けほっ、けほ、アンズ、ルカくん!」
リルは爆発直後による煙で咳き込む。生理的な涙で視界を歪ませていく。
しかし、そんなことにかかずらっている訳にはいかない。煙を吸ってしまうことを承知で、声を張った。
「あァ、くそ……」
煙が晴れて、全体図が露わになった。
アンズが咳き込みながら座り込んでいる。メイズの身体が、小道に入り込む前の建物の壁に投げ出されている。
アンズの身体の上に被さった大きな物、否、物ではない──、
「ルカくん!」
アンズの肩に頭を寄りかからせて、右腕をぶら下げながら覆い被さるように倒れている。左肩から先──左腕が無い、ルカだった。
リルはすぐさま固有魔法『復元』を発動し、ルカを治療し始める。
*****
「ふ……ぁ?」
ルカは瞼の重さを払い除けて、まだ眠気の抜けきらない意識を浮上させる。
眼前にアンズの顔があった。誇張は一切無しで、だ。
「起きやがったか。まァ、呼吸が一回乱れたからな。そうだとは思っ、」
ルカは勢いよく上体を起こした。
「うああああああああああ!?!?」
「起きて早々うっせェんだよ!」
数秒硬直した後思いっきり叫んだルカに、アンズは怒鳴りつけながら、手に持っていた雑誌で頭を叩く。ルカは頭を両手で押さえた。
目覚めて、殆どゼロ距離の顔と目があったら。誰だって叫ぶだろう。理不尽もいいところだ。
「え、あ? 何処、此処?」
「仮拠点の一階、治療室、ベッドの上」
「ああ、ハイ」
ルカが状況把握のために周囲を見渡す。
窓から月光が覗けた。治療室に複数ある椅子のうち、一つが動かされたのか、空間に不自然な余白があった。
一つの椅子がルカが眠っていたベッドの付近に置かれていて、その椅子にアンズが座っていることがわかる。
「──はッ」
ある程度頭の混乱が収まってきたルカは、自身の左腕をまじまじと確認する。
雑誌で頭を叩かれ、つい反射的に『両手』を使って頭を押さえた。が、それはおかしいと違和感に苛まれる。固有魔法『結界』を発動させてアンズを庇った際、意識が途切れる直前に、左腕が爆発で吹き飛んだのをルカは覚えていた。
ルカの練度では、固有魔法『結界』を使用しても防ぎきれなかったのだ。
「両腕、ある。片腕、吹き飛ばされてなかった?」
「最高治療術師のリルがいて助かったな。片腕くらい『固有魔法』でホイホイ生やせる」
「生える……」
アンズの言い回しに、何回も腕を生やさせるリルを想像して、なんとも言えない顔をするルカ。ルカは頭を振り、想像を霧散させた。
ルカが黙り込んだことで会話に間ができると、アンズは声を落として言葉を残す。
「テメェが庇わなくたって、問題はなかった」
「……僕が庇いにいかなかったら、間違いなく、全身丸焦げ両腕吹き飛びコースだったと思うけど。どうせリルさんに治してもらえるから、って意味合いをはらむ言葉、だろうか?」
「ちげェよ。本当に必要なら肉壁をやらせることくらいできるわ、俺なら。今回のは『固有魔法』を加味しての話だ」
「……え。もしかして自分の身を守れるタイプ、だった? いやでも、なんらかの魔法が働いて、相殺された感覚はなかったような」
「俺の固有魔法は『魔法無効化』だ。発動条件は魔法、または魔法使用者への接触状態。んで、テメェが俺を庇いにきて覆い被さったお陰で、羽根──正確には、羽根に巻き付けられていた透明な糸から、俺は手を離しちまった」
「要するに」
「テメェの怪我は無駄骨。爆発自体、俺の『魔法無効化』がありゃァ、事前に防げてたもんのはずだったんだがな」
「予想ななめ上、想定より足引っ張りまくってた」
ルカは額をおさえて、天を仰ぐ。
あの場での最善手はルカの『固有魔法』で相殺することだと思い込み、アンズを庇いに行った。が、実際の最善手は、リルがアンズの名を叫んだ時点でアンズが『固有魔法』を発動させることだったのだ。
「今回は爆発の規模が元々小さかったし、負傷者がテメェしか居ねェから、最低限マシな形で収まってはいるものの。ああいう場面で先走りやがって……これだからガキはよ」
「本当に、返す言葉もない」
アンズは目を見開きながら、ルカの額を抉るようにグリグリと人差し指を押し付ける。
暫くして、アンズは手を下ろした。ため息を吐いて──、
「……さんきゅー」
「む」
「今回のは完全に空回りだ。俺の『固有魔法』を知らなかったとはいえ、それでもあの場の判断としちゃァど底辺なのは変わらん。やり方が自己犠牲精神の塊過ぎるのも、ど底辺一直線具合を加速させてらァ。リルに死ぬほど怒られとけ」
「あー」
「だが。どうやっても存在することになるであろう負傷を、できる限り軽くさせようと動いてたのもわかってる。だから……テメェがこれから散々怒られて、正論をぶつけられるなら。少なくとも庇ってもらった俺だけは、さんきゅーを言ってやらにゃァ、筋じゃない」
「さんきゅー」と言いながら、アンズは頭を下げる。ルカは首を振った。
「いや、反省点多すぎるので。ありがとうなんて、本来言ってもらっていい立場じゃないと思う」
「そりゃァな」
「あっさりと肯定された」
「庇ってもらった立場でなけりゃァ俺も今頃怒鳴ってるところだ阿呆がよ」
アンズに一息で捲し立てられると、ルカは項垂れて肩を落とす。アンズは鼻で笑った。
治療室の扉が開かれる音がルカとアンズの会話に介入して、自然と扉の方向へと視線が集まる。
「起きたのね、ルカくん。よかった」
「あ。リルさん、すみません。結局僕は、足を引っ張っただけで終わりましたね」
「そうね」
「清々しい即答」
「逆に、あんな行動を私が肯定するとでも思っているの? まったく」
リルが椅子を動かして、ルカのベッド付近に置く。椅子に座った。
「本拠地で開かれることになった会議の日程。いつになった、リル」
「明日の昼ね」
「……? 暴走状態の『ツインレイ』を置いて本拠地に出発して大丈夫、なんですか?」
ルカが首を傾げる。
てっきり、アラシの『ツインレイ』を討伐するまでは、この仮拠点から出られないだろうとルカは考えていた。凶暴性が高い上に、以前話していた通りオリジナルが『白夜』の隊員なのだ。評判にも関わるため、そう簡単に放置は許されない存在である。
「あー。アラシの『ツインレイ』が『大結界』を越えちまって、どっか行ったらしいからなァ。当初想定していた期間よりも、遥かに長期戦だし……」
「──実は、掴んだ情報でわかったことを調査した方が、手っ取り早いかもしれないって話にもなっているのよね」
「まァ、そう。だから、一旦会議優先だ。別の隊員がこっちの仮拠点に常駐することにはなるらしいから、無防備ってなわけではねェよ」
アンズは煮え切らない態度で説明する。
アンズ自身、暴走状態の『ツインレイ』が出没した場所から離脱し、本拠地に向かうことをあまりよく思っていないらしい。口調に躊躇いのようなものが見え隠れしている。
「それで必然的に、ルカくんのことも優先順位が高くされるわけね。隊長・副隊長クラスが集まる機会って、本当に貴重だもの。言い方は悪いかもしれないけれど、やるべきことはある程度まとめちゃって、パパッとね」
「なるほど」
「本来、ルカくんに怪我なんてされなければ。今日本拠地へ移動して、夜に会議ができるはずだったのだけれど。うふふ、ルカくんが想定外の怪我をしちゃったし、ね? 今日はちゃんと、安静にしてもらうわよ。うふふ」
「アッハイ、スミマセン。ハイ、ホントに」
顔を覗き込んでくるリルの目をまともに見れず、ルカは顔を背ける。アンズは無言で冷や汗をかいている。
なんだかんだ、怒らせたら一番怖いのは。この人なのかもしれない。
「まァー。今回の件で最低限『固有魔法』の有用性を示す事例作りはできたろ。ガキにとっちゃァ、このタイミングでの会議は悪くねェ話じゃねェか?」
「いや寧ろ、業務妨害で印象最悪なのでは?」
「それは考え方によるわね。ロンシェさんがどう解釈するか、でしょう」
「その……ろんしぇ、というお方は。お二人の予想の中では、どう解釈すると思います?」
「第一部隊副隊長なら、結果が伴わなくともそこら辺大丈夫だろ。真面目ではあるが、融通利かねェタイプの真面目ってなわけじゃねェしよ」
「ロンシェさんだし、大丈夫だとは思うけれど。ここ最近は精神状態が健全とはいえないから、なんとも言えないわね」
「それは否定しねェが」
アンズとリルがロンシェへの認識についてすり合わせをしていた最中に、扉から誰かの声が微かに漏れ出ている。
扉の前で、言い争っている声が絶え間なく続いていた。
「大丈夫──言っ──るだろう」
「小さな傷でも、違和感があるというのなら。きちんと報告はしておくべきだとこの自己は思うね」
扉を開けられたことで、声が明瞭に聞こえるようになった。
扉を開けたのは、短い銀髪と紅色の目が特徴的な少女。その少女の背後で言い争い、今もなお嫌悪で顔を歪めているのは、ロルフだった。
「ユーティットちゃんに、ロルフくん?」
「忙しいところ悪いね、リル。非常に申し訳ないとは思うが、彼を診てはくれないかな?」
「……また、怪我を隠していたの? ロルフくん」
リルがロルフを睨みつける。
『また』と言っていたり、リルの剣呑な雰囲気を見る限り、ロルフは怪我を隠す常習犯なのだろう。
「人聞きが悪い。隠していたのではなく、情報の取捨選択をして、報告の必要性はないと判断しただけのことだ」
「変わらないわよ。少しでも何か体調に違和感を覚えたのなら、診せに来なさい。アナタはそういうのに鈍感なんだから、来すぎるくらいの間隔がちょうどいいのよ」
リルが立ち上がり、机近くの椅子に座るようロルフとユーティットを誘導する。
ユーティットはリルに軽く頭を下げながら素直に椅子へ座り、ロルフは渋々従って椅子に座った。
「教えてくれてありがとう、ユーティットちゃん。よくロルフくんの怪我に気づけたわね」
「しきりに肩を気にしているようだったからね。気になって訊いてみたのさ」
「肩、ね。ロルフくん」
「……見せろ、と言うのだろう? わかっている」
リルにロルフは背中を向けて「右側だ」と、業務的な口調で傷のある場所を説明する。
リルは服を退けてロルフの右肩を見ると、怪訝そうに目を細めた。
「──注射痕? に、近いけれど。一応訊いておくわ。アナタ、」
「注射を肩に打ったりなどしていない」
「そうよね」
リルはロルフの右肩に手を翳し、中位光魔法『治療』を発動させる。ロルフの右肩に小さく光が灯った。
僅かな時間で小さな光は消え失せる。
「とりあえず、傷は治しておいたわ」
「この程度の怪我、仕事に支障は出ない。お前達はいちいち過保護すぎる」
「そんなこと言わない。実際、しきりに肩を気にしていたことを、ユーティットちゃんに気づかれているでしょう? 注射を打たれた後のようなぎこちなさ、違和感はあったんじゃないかしら。支障出てるじゃない」
「────」
ロルフは口を無意味に開けたり、閉じたりを繰り返す。やがて、舌打ちした。
図星である、ということをリルやその場の人間達が察するには、十分すぎる態度だった。
「こんな小さな怪我に『最高治療術師』を使っていたら、キリが無くなるだろう。第三部隊副隊長である俺が甘えるような真似をすれば、下の人間も影響される。上司である以上、悪い先例を残すのは愚策だ」
「いや、ユーティットちゃんに気づかれて心配されてるんだから、どっちにしろダメでしょう。『心配させる』っていう負の影響を与えてるわよ。そもそも。何処から、どんな風に受けたのかもわからない怪我を心配するのって、そんなにおかしいことなの?」
「…………」
「理屈をこねて正当化しないで頂戴。『最年少副隊長』様。……怖くて、たまらないだけでしょう?」
「利いた風な口を利くな」
ロルフは淡々とさせていたはずの口調に僅かな怒気を滲ませて、椅子から立ち上がる。扉を開けて、すぐさま退出していった。
ユーティットは飄々とした仕草で、肩をすくめる。
「やれやれ。機嫌を損ねてしまったようだ」
「気にしなくて良いわよ。ちゃんと口に出さないと、こういうのは伝わらないもの」
「君は立派だね。──君のような、人の命を扱う医者というものは得てして、非常に優秀だと思うよ。頭が良い、仕事ができる、という意味合いでも無論そうだが。『一人の意志ある者』として、非常にね」
「ありがとう、ユーティットちゃん。ちょっと照れくさいけれど、素直に受け取るわ」
「他でもない、君が受け取るべき賞賛だよ。そうしてくれると、届くべき相手へ届いたことに、この自己も喜ばしく思う」
「ふふ」と手を口に当てて笑うリルに、ユーティットも微笑みを返す。
ユーティットが椅子から立ち上がり、扉に向かった。扉を開けて退出する前に一度振り返って、「またね」とリルとアンズ、それからルカにも手を振った。ユーティットが治療室から退出する。
「えっと。今のどちら様でした? アンズさん」
「第三部隊隊員、ユーティット。訳アリで、保護に近けェ扱いを受けてたらしい……が、それなりに優秀だったために、現在は隊員として働かせてもらってる、らしい。実際、ロルフとああやって話せてる時点で、優秀なんじゃねェか?」
「言葉の端々が凄く曖昧……」
「俺も詳しくは知らねェよ、部隊ちげェし。あちらこちら仮拠点を行き来するから、鉢合わせんのも難しい。リルの方がよっぽど詳しいだろォから、詳しく聞きたけりゃリルに聞いとけってんだ」
リル、ユーティット、ロルフの会話へ無闇矢鱈に口を挟まないよう黙り込んでいたルカとアンズは、手を振られたことを皮切りに話し出す。
リルはユーティットを見送った扉から視線を移し、ルカとアンズに合わせた。
「ロルフくんの刺々しい態度にお構いなく、土足で入り込めるタイプの優秀で貴重な隊員さんよ。本当に」
「言葉に恨み節が滲んでねェか。リル」
「仕方ないでしょう。これでロルフくんが怪我を隠した回数、幾つだと思っているの?」
「わからねェし、数えてェとも思わねェな。数え出したらマジで終わらんだろ」
「一体、私は何回言い聞かせることになるのかしら」
リルはため息を吐いた。アンズは投げやりな物言いで、リルのため息に返答を与える。
「ありゃァ、何回言い聞かせてもダメだろォよ。リル。本人が心変わりしようと本格的に思うまで、待つしかねェのさ」
「随分と断定的で確信的な言い分ね、アンズ。そうだとしても、何度でも言い聞かせるべきよ。いつ心変わりしようと思うのか、なんてわからないのだから。身近な人間が諦めたら本人にも伝わって、本人も諦めてしまうわ」
「熱血系教師かよ、そういうの現実じゃァ殆ど通じねェだろォに。人によっちゃァプレッシャーにもなるしな。……今、俺が見た感じの様子じゃァ、諦めようが諦めまいが、暫く無理だわ」
「根拠。勘とか言ったらひっぱたく」
「過去のリル」
「────、──。ノーコメント」
リルは暫く悶えた後、言葉を口から捻り出す。
多分、心当たりがあったのだろう。というか、心当たりしかなかったのだろう。本気で落ち込んでいる。
「……会議でのロルフくんの様子を考えただけで、今の私は胃が荒れそうね。私のあの言葉で怒って出ていくくらいだから、間違いなくルカくんに辛辣な態度を取るわよ」
「ガンバレェ」
「いや他人事じゃないのよ、第二部隊副隊長」
「なんというか、すみません。色々と大変な時期に僕が割り込んだらしいですね」
「ん? あ、いやいや! 気にしなくていいのよ」
ルカが頭を下げると、リルは過剰に反応して首を振る。
リルの性格からして、頭を下げられたくないのは重々承知している。が、それでも一度はリルに頭を下げなくてはならない立場であると、ルカは自身の立場を弁えている。
「ロルフくんのこれは、元々『白夜』の中でも問題視されていたものだし。アラシの『ツインレイ』に関しては、タイミング悪くかちあっただけだもの」
「それは、そうかもしれませんが」
「まー、寧ろ、良い機会でもあるだろォしなァ。あいつにとっても。良い加減向き合うきっかけくらいは与えてやらんと、ずっとあんな感じだろォしよ」
アンズは静かに窓を見つめて、明日へ想いを馳せた。




