6 起点
「メイズくん!」
建物に寄りかかるメイズを発見し、リルが駆けていった。
リルはメイズの身体の前へ手を翳し、中位光魔法『治療』の光を灯すための魔力を巡らせる。
「身体全体を強く打ち付けてしまったようね」
「命に別状は?」
「ないわ。頭を打っているようだけど、『固有魔法』を使わなくとも問題ない範囲……中位魔法でなんとかなる範囲だもの」
「へぇ」
──生かされた?
ロルフは、黒と白のオッドアイの目を細めて、眼光を鋭くさせた。リルの背後で、メイズの頭から足先までを静かに観察する。
アラシの『ツインレイ』はオリジナルを殺害して独立・暴走状態に陥った『ツインレイ』だ。凶暴性は相当高い『ツインレイ』としての側面が目立ち、討伐対象として最大の警戒をされている。
しかし、メイズには目立った傷もなく、意識を失っているだけ。命に別状はない。その上、真っ先に駆け付けた人間がリルではなくとも助けられるよう、中位魔法で助けられる程度にまで加減されている。
どうも、ロルフが現時点で所持している情報を基に考えられる性格と、アラシの『ツインレイ』の実際の行動が噛み合わない。
「……不気味、としか言いようがないな」
リルと必要最低限の会話を交わし終えたロルフは、白髪を耳にかける。耳に付けている金属製のピアスと、チョーカーに付いている金属製の飾りに触れた。
戦闘前に自身のアクセサリー類が外れたり、壊れたりしていないかを確かめる、ロルフの手癖だった。
ロルフはつつがなくこの場に到着できたことを、手癖によって確かめ終わる。確かめ終わった後は、怯え切った目でリルとロルフを見つめている一般人に、早足で接近した。
「ひッ」
「何処に行った。『ツインレイ』……いや、発音が辿々しい男は」
「わ、わからない! 知らない! 消えた、消えたんだ! 目の前で!」
「……『透明化』か」
ロルフは周囲を見渡す。
もしこの場にアラシの『ツインレイ』がいた所で、『透明化』によりロルフとリルは気づくことができない。その事実に、警戒心、むず痒さがロルフとリルの間で漂い始めている。
ロルフとリル。双方殺意に敏感な方ではあるが、逆に言えば殺意を向けられるような感覚でもその場にない限り、メイズのような抵抗をすることは──、
そこまで考えて、ロルフははたと思考を止めた。当然の帰結、当然の疑問に辿り着いた。
「メイズは何故敗北した。油断していた、とでも言うつもりか? もしそうであるのなら、間抜けの度を越していらっしゃることだ」
そんなことはあり得ない、というのがロルフの結論だ。
メイズのことは鼻につく、気に食わない人間だと評価している。が、だからといって、実力を素直に認められないわけではない。
実際、都市への被害の規模は小さく、メイズの戦闘能力と判断力を感じられる。風魔法で切り刻まれた跡は残っているとはいえ、一人でよくここまで破壊痕を残させなかったと褒められるべき点だ。
「固有魔法は『透明化』ではないのか? あくまで、『透明化』は副産物である可能性も否定はできないな。空間指定系統の固有魔法であれば、メイズの『千里眼』とも相性が悪い。その上、内容によっては『透明化』と誤認することもあり得る……」
「断定して話を進めるのは早計よ、ロルフくん。仮説でしかないのだから、考えるのはそこで打ち止めにしておきなさい。──後々、メイズくんから話を聞くことに専念すれば良いわ」
リルはメイズの元を離れ、ロルフに声をかける。ロルフはリルの声の方向へと振り返った。
いつ、何処で『透明化』を使用した『ツインレイ』が現れるかわからないというのに、メイズから目を離すなど──と、ロルフは注意を促そうとしたが。リルはメイズから目を離さず、最低限声が届く範囲まででロルフに近づくのを留めている。
流石に杞憂だったな、とロルフは自身を恥じた。
「早いな」
「あの程度の治療ならすぐに終わるわ。それより、メイズくんを仮拠点に運ばないといけないから、手を貸して」
「了解」
ロルフはリルの前へと進み出て、メイズに肩を貸す。リルは周囲を常に警戒できるよう、ロルフとメイズの二人から距離を取って見張り続けた。
本来、戦闘能力のないリルがメイズに肩を貸し、ロルフを見張りにした方が危険性は低い。が、リルの筋力たった一つでメイズを運ぶのは荷が重い。歩行速度低下による警戒時間の延長と、ロルフの『固有魔法』による攻撃方法を考慮に入れると、この構図が一番無難になる。
「はっ、はっ、はっ」
「はあっ、はあっぁ、はァッ……」
暫くの間、仮拠点に向かって業務的に歩いていたロルフとリル。
そこに、一定のペースで走り慣れたアンズと。呼吸を乱して、足を遅らせたり速めたりと、アンズとの距離を縮めることに必死なルカが合流する。
ロルフは、ルカと目を合わせた一瞬に眉を顰めた。が、すぐさま表情を切り替えて、アンズに視線を移す。
「メイズは俺が持つ。アンズはリルと共に周囲の警戒をしろ」
「メイズはガキに持たせとけ」
「信用できない」
「そのガキの固有魔法は『結界』だ。この場で一番適してらァ」
ロルフは動揺で、若干足の運びを鈍くさせた。
「…………」
「びっくりだろ? まさか、こんな都合の良い『固有魔法』使いがいるなんざァ思わなんだ。大人しく、ガキに渡しとけ」
ロルフはルカを睥睨し、メイズを引き渡すことに躊躇いを見せる。が、肩を貸しているメイズを一瞥して。ため息を吐き、乱暴な手つきでルカにメイズを引き渡す。
「よっ……こらしょ」
「落とすなよ、『マールム』」
「僕の名前はルカだ」
ルカの言葉には一切耳を貸さず、ロルフはルカを即座に視界から排除して離れた。アンズとリル双方に聞こえるように声を張って、ロルフは伝達する。
「アンズが合流し、且つ他の人間がメイズに肩を貸すのなら、俺はここに残る。戦闘直後である以上、『ツインレイ』が付近に残っている可能性が高い。一人は残っていた方が、一般人の不安は薄まるだろう」
「了解」
「了解」
アンズとリルが同時に頷き、返答した。
ロルフは道を引き返していく。ロルフの背後を少しの間ルカは見届けて、仮拠点の方向へと視線を戻した。歩みを進める。
「……これ、僕が来た意味あったかな」
ルカはリルとアンズが周囲を警戒している姿を順々に見ていった後、ぽつりと呟く。
ルカとしては、固有魔法『結界』の有用性を示せる事例作りをしたかったのだが。ルカが駆け付けた時には、既に事が片付いていた。
「いや、被害がこれ以上出なかったことを喜ぶべきか」
保身に走るあまり、視野が狭くなっている。被害が出ないのなら、それが一番だ。
ルカは自身に活を入れるため、両頬を叩こうとした。が、今はメイズに肩を貸していたということを、のしかかる身体の重さで思い出し、身じろぐだけで終わった。
「……?」
リルが突然立ち止まる。
真っ先にアンズがリルの様子に気が付き、リルの元へ駆け寄った。ルカはメイズに肩を貸していて身体が重たいため、リルとは少し距離を縮めた程度で終わらせた。
「どうかしたか?」
「いや、そこの小道に白い羽根があって。なんとなく気になった……? のよ。……多分、そのはず」
「疑問形な上に、やたらと表現が曖昧だな。テメェ、気ィ抜けてんじゃねェのか」
「そう、なのかしらね? 上手く言語化できないのだけれど。なんとなく違和感があって……無理やり『見せられた』ような、気がするというか……? うーん」
リルは戸惑いで言葉を詰まらせながら、自身の感覚を必死に伝えた。
リルの尋常ではない様子に、そこまで言うならと、アンズが白い羽根に手を伸ばして拾い上げた。すると、アンズが「あァ?」と小さく声を上げる。
地面に落ちていたものにしては、随分と綺麗な白い羽根を矯めつ眇めつ観察し──、
「──鳥人族の羽根じゃねェか。なんで人族の領土内にこんなもんが、」
アンズがこの場に存在するにはふさわしくない、異質な羽根に首を傾げた──瞬間だった。
「ぁ?」
「アンズッ!」
白い羽根に巻き付けられていた、透明な糸が。その場に光を氾濫させた。
──爆発音が、辺りに響き渡った。
*****
「依頼内容はこれで遂行、か」
白い片翼を持った女は、小道近くの屋根の上で、淡々と事実確認の呟きを溢していた。
「──『白夜』の隊員に爆発を喰らわせてしまったが……まあ、死にはしない程度に調整はした。文句はつけられないだろう」
事実確認を終えると、身体の中へと片翼を小さく収納する。
同時に、道化師じみた大仰な口調で話す、今度の依頼人のことを女は思い出していた。
『少しでも長く、『白夜』の隊員を引き留めていて欲しいんだよネ〜』
「……これで十分だろう。透明化できる『ツインレイ』の情報に加えて、私が起こした爆発があれば。そうそう『白夜』の隊員も下がれない」
女は自身が起こした爆発によって、一般人が混乱する様を見届ける。暫くして、女は顔を歪めた。
罪悪感によって顔を歪めたわけではない。ただ、女自身が依頼人と話していた際の様子と、一般人の様子を無意識のうちに重ねてしまったのだ。
『──ア、『この子』も連れていくから。人目を気にしているようなら、心配ご無用だヨ〜?』
『この子』と言いながら、道化師じみた依頼人が見せてきたのは『ツインレイ』だった。
それも、従順すぎるほどには命令を聞き入れる、不気味な『ツインレイ』。女は、眼前にいて、同じ理性を持って、同じ言語を持っているはずの依頼人に、背筋が凍りつくような恐怖を植え付けられた。
まるで本能が忌避するかのような、相対してはならないあの恐怖は。きっと生涯忘れられない。
「今度の依頼人は、行動が読みきれない危険人物。その上、依頼内容も随分と酷いものだ。もう、次からは引き受けたくはないな」
人族が嫌いだとか、人族に何かを企んでいるとかで、この依頼を受けたわけではないのだ。ただ、あの依頼人が必要なものを持っていたから、求められたことをやり遂げた。たったそれだけのことだった。
だというのに、何故、こうもあの依頼人に対する恐怖が拭いきれないのか。何故、引き受けなければよかった、なんて思考が生まれるのか。
あの依頼人に何かを求めること自体が、生あるものの罪であるような気さえしてくるのは、どうしてなのか。
「……馬鹿らしい」
女は、背中を見られないように薄暗い小道を進んで選びながら、『大結界』の方向へと向かった。
女は『大結界』を越えられないが、依頼人と白夜の隊員であったアラシの『ツインレイ』は『大結界』を越えられる。
よって、女が人族の領土内・領土外を行き来するのは存外容易なことになっているのだ。
領土内に入りたい場合は、どちらかにあらかじめ迎えに来てもらえれば越えられた。領土内から出る場合は、『大結界』の性質があくまで『外部の者を弾く』であるために拒絶反応が起こらず、迎えが必要なかった。
だからこうして、女は『大結界』の存在を軽視していても問題がない──、
女はふと、足を止めた。
「……そういえば」
──あの依頼人は何故、『大結界』を越えられるんだろうか。
*****
遠くから爆発音が響き渡った。
「──な」
ロルフは即座に、仮拠点の方向へと駆け出す。
爆発音が遠くであるため、わかりづらくはあった。が、間違いなく方向は仮拠点の方だった。
「何故、俺が離れた途端にこうなる……!」
ロルフは無益であるとわかってはいても、思わず、誰に言うともなく恨み言を吐いた。
──チク。
「ッ?」
ロルフは咄嗟に足を止めて、背後を振り返った。背後に何もいないことを確認してから、肩の後ろ側に触れる。
指に、滲んだ血が付着していた。
「……?」
小さい針で刺されたような痛みが、突然肩の後ろ側に走ったのだ。実際、僅かな血が滲んでいる。勘違いではないことは確かだった。
しかし、小さな傷を負うことなど『白夜』の隊員にとっては日常茶飯事。今優先すべきは自身の怪我よりも──、
「命だ」
ロルフは再び、駆け出した。




