5 あーあ
早朝の都市に、悲鳴が上がった。が、悲鳴を上げた人数は事態を鑑みると少ない方だ。
もしかしたら、『白夜』の隊員同士が喧嘩している程度に思っている人間も、少なくないのかもしれない。
だとしたら、心外も良いところだが。
「──吹き飛べ!!」
メイズが中位風魔法『疾風』を発動させる。
指向性のある複数の風の刃が、アラシの『ツインレイ』に向かっていった。が、不可視であるはずの刃は、身軽に数歩動くことで避けられていく。
「酷イぞ? ガチかよ」
「チッ」
──魔法の知識はそれなりにあるな。
メイズは人の目を気にせず、舌打ちする。
近寄らせず、様子見をするために放った風魔法ではあったものの、全て避け切ることができている所を見るに。中位風魔法『疾風』の挙動を、ある程度理解できているのだろう。
中位・上位魔法は下位魔法とは異なり、過去の天才魔法使い達によって定められた枠組みがある。
よって中位・上位魔法クラスになってくると、多くの知識を蓄えれば、どの魔法がどんな挙動をするのかを知ることができる。どんな挙動なのかをあらかじめ知っているのであれば、相手の行動に対して『予測』という行為が可能になる。
どのような物事にも言えることだが、強いと呼ばれるモノには定石と呼ばれる法則性が何処かにあるのだ。
だからこそ、魔法使い達はその場その場で柔軟に『相手は何を使えるのか』、『此処で何を使うべきか』、『己の実力で淘汰できる魔法の強さなのか』を客観的な情報と共に考えるのだ。
そして、この『ツインレイ』もちゃんとそこら辺は『魔法使い』をこなせている。考えなしに突っ込んではいない。
「オリジナルが元々『白夜』の隊員である分、そりゃ知識はありますか。おかげさまで、めちゃくちゃに足引っ張られてますが……」
「やっぱり、最後は血で仕上げナいと、綺麗じゃないよなぁ」
独り言を垂れ流すアラシの『ツインレイ』は自分の世界に閉じこもり、メイズの恨み言に一切耳を貸していない。
アラシの『ツインレイ』は中位風魔法『風陣』を展開する。地面を所々切り刻みながら自身を囲って守り続ける、風の刃の丸い道筋が出来上がる。
風の刃に囲まれたまま、アラシの『ツインレイ』は姿形を歪ませていって──、
「……ああ。漸く『擬態』を解きましたか。『ツインレイ』」
「あはぁ、ハハはッぁ」
アラシとしての人型を保つのをやめ、『ツインレイ』としての異形の姿を露出させた。
口は縦と横の十字に大きく裂けて、真っ黒な舌。角膜と結膜の色が反転し、黒目が白目へ、白目が黒目へ。まばたき一つせず、口を開けたり閉じたりすることで生きているであろうことを伝達させる仕草。
これが、アラシの『ツインレイ』本来の姿なんだろう。
「キレーぃにす、すスすす、すル、な」
右手らしきものを差し出して、中位風魔法『斬』を発動する。大きな半円形の風の刃が一つ、メイズの首元に迫った。
相殺しようと魔法発動のための魔力を循環させたが、経験値によって培われた危機感が働く。
「────」
メイズは風の刃を、都市への被害を覚悟で相殺せず跳躍で躱す。と同時に、アラシの『ツインレイ』の姿が『透明化』により見えなくなる瞬間を視界に収めた。
もし、ここで相殺していれば『透明化』した瞬間を捉えられず、通常の視界で探し出そうとする隙が生まれたかもしれない。
『千里眼』は脳に大きく負担がかかる『固有魔法』であるために、使用頻度・索敵範囲は最低限で済ませなくてはならないのだ。必要であるか否かを瞬時に判断することが大切であり、『透明化』を使用しているかどうかは常に知っておきたい。
「避けて正解だな」
メイズは固有魔法『千里眼』を発動させる。
どれか異常な運動神経で、視界が大きく動いていたりはしないか。メイズを見張っている視界はないか。アラシの『ツインレイ』が先ほどいた位置に近いものはないか、を基準に、淡々と目を光らせる。
「そこ」
中位風魔法『疾風』により、複数の風の刃が生み出される。
複数の風の刃が、一般人を巻き込もうと走り込んでいたアラシの『ツインレイ』に向かっていった。中でも、三つの風の刃は重点的に足らしきものを狙っている。
アラシの『ツインレイ』は咄嗟に中位風魔法『風陣』を展開しようと身じろいだが、展開が間に合わなかった。足らしきものを狙っていた風の刃は全て防ぎ切ったが、分散されていた他の風の刃が被弾。脇腹らしき部分に切り傷ができて、その上、右の手首らしき部分より上が刎ね飛ばされる。
「相性ォー、悪りぃナあぁ。魔法が、効カカ、なィい」
手首らしき部分から噴き出す黒い血を眺めながら、アラシの『ツインレイ』は暢気にも首を傾げる。
アラシの『ツインレイ』の様子などお構いなしに、メイズは魔法の威力が落ちない範囲に入り込むため距離を縮める。中位風魔法『斬』を距離を縮める際に一回、縮め終わった後に二回目を発動させた。
「仕方ないヨなぁ」
アラシの『ツインレイ』が突然、噴き出す黒い血からメイズの方へと焦点を合わせる。
アラシの『ツインレイ』の顔らしきものを見て、メイズは瞠目した。
紅い花が、咲いていたのだ。
「ッは? なん、」
──なんだ、それは。
そう口を動かした。が、距離をゼロまで縮めてきたアラシの『ツインレイ』から、もろに腹へ蹴りを入れられて、メイズの言葉は最後まで紡がれなかった。受け身を取ることもできないまま、建物の壁に身体を勢いよくぶつける。
メイズが差し向けようと発動していた中位風魔法『斬』二回分に対し、紅い花の咲いたアラシの『ツインレイ』が軽く手を振るった。同じく中位風魔法『斬』を発動し、容易に相殺していったのだ。
あまりにも早すぎる発動と相殺を見届けて、メイズの意識はぼやけていく。
「あんまァあ、使ッいたく、なかっタたんだけどナぁ。機嫌、損ネそうでサさあ。……あ、見て、テ、くれれれレてたのォお? 照れレれるぞ」
アラシの『ツインレイ』は、メイズには目もくれず。『大結界』の方向、即ち人族の領土外を見つめていた。
「怒んナよォお? これも、必要ぉナ、ことだぁっテててぇあ」
その視線の先には、白い片翼を持った──、
メイズの意識は、そこで途切れた。
*****
「討伐対象、アラシの『ツインレイ』が都市に出現! メイズが交戦中だ!」
仮拠点の門番役から情報を聞きつけたロルフの大声が、仮拠点の一階に大きく響く。
一階の廊下に居たリルが即座に反応し、出口である両開き扉の前へと走って向かう。鬼気迫ったロルフの大声に、二階の階段付近にいたアンズも足を止めた。
「都市の何処!」
「お前が聞き込み調査を行なっていた場所だ!」
「了解!」
リルとロルフが真っ先に扉を通り、門番があらかじめ門を開け放っていた所を抜け、都市を目指す。アンズも緊急事態として認識し、階段を駆け降りた。
アンズは後に続こうと、扉の前へ足を動かしたが──、
「……どういうつもりだ? あァ?」
ルカがアンズの服を掴んで、その場に引き留めていた。
「僕も連れて行って」
「断るに決まってんだろォが」
「僕の有用性を証明できるできごとが一つでもあれば。本拠地で開かれる会議で、僕は有利になれる。だから、僕も連れていって」
「ダメだ。ガキがでしゃばって良い場面じゃねェんだよ」
アンズはルカの手を振り払う。
リルとロルフが通った後である、開けられた扉を通り抜けたアンズの背に、ルカは声を張って無理やり耳を傾けさせた。
「僕の『固有魔法』は、『結界』だ」
アンズはルカのその発言に瞠目して、足を止めた。背後にいるルカの方向へと振り返る。
「僕は……『大結界』がどうとか、あなた達の詳しい事情は知識にない。けど、『大結界』に何らかの問題が発生しているのなら。僕の『固有魔法』の内容に、有用性を見出すには、十分だと……思われる」
「────」
「だからこそ、その後押しが欲しい」
──これは賭けだ。
ルカは発言内容の通り、『大結界』の話など何も知らない。
あくまで、ルカは『大結界絡み』という意味深な発言をたまたま耳に入れただけのこと。『大結界』に、具体的にどんな問題が生じているのか、そもそも『大結界絡み』とは『大結界』そのものの問題であっているのか。交渉材料の根幹から何も知らない。
例えば、探知・探索効率系の『固有魔法』を現在は求めていて、『大結界絡み』というのは失踪した『大結界』の関係者を探すこと──とかだけで、『大結界』そのものに手を施す必要性がないのであれば。この場で手のうちようが無い、詰みなのだ。いや、正確に言えば詰みではないのだが。間違いなくこの説得の言葉は響かない。
「どうだろうか」
──何故、僕は。こんなにも生存意欲を出しているのだろうか。
冷静なルカ自身が、頭の中で嘲笑している。ルカ自身の必死な姿が滑稽であると、冷めた目つきで見定めている。
死にたくないから、生きているだけではなかったのか? 自身の待遇なんて、どうでもいいと思っていたんじゃなかったのか? いいじゃないか、動かなくたって。何故そこまでして──、
『───な──。ルカ。─ず、─────を─って───から』
わからない、わからないが。
ここ最近の出来事で何かが心に引っかかっているのを、たった今、感じたような気がした。急に腹が立ったような、気がした。ルカ自身も情緒不安定ではないのかと、感じるほどには。
しかし、感じたものは感じたのだ。ルカを平気で置いていくのを、『当たり前』とでも言わんばかりの皆の背中を見て。心をかき混ぜられたような感覚は強くあった。
ならば、理由などそれだけで良いのだ。動くまでのことだ。
現在、その上で。ルカは知ってしまっている。『マールム』がいかに立場が弱いのかを。
有用性を示す材料が、一つでも多く欲しい。
「……よくもまァ、そんな目できるな。あんなに生きることに対して、全面的な拒否をするようなツラしやがってたくせによォ」
「────」
『でも……しにたく、も。ない』
あれは、自分でも思わぬ形で本音を引き出されてしまった出来事だった。
しかし、今ではああ言えてよかったのかもしれないともルカは思えた。本音を知ったアンズにであれば、賭けを持ち出しても問題はないと判断できたのだから。
「死にてェか? 生きてェか?」
「…………」
「答えろ。ここで明言しておけ。俺にも優先順位ってもんがあんだ、心変わりしない内にな」
今度は、ルカがアンズの発言に瞠目する番だった。
遠回しに、アンズならルカを優先してやれるかもしれないと、ルカの思考次第では解釈できてしまう発言だ。
これに驚かず、何に驚けば良いと言うのか。
──ルカは、今度はきちんと敬意を払って。咳払いをしてから、敬語を扱う。
「今は、生きるって決めました。後々のことは、わかりませんけど」
「わかった。まァ、せいぜい後悔しな」
今度は、背後についていくルカをアンズは咎めなかった。




