4 困難が立ち塞がるなんて、まるで主人公みたいじゃない?
「『マールム』の子供を保護いたしました」
夕方、仮拠点の二階にある魔道具越しにリルは、本拠地に居る第一部隊副隊長──ロンシェに、ルカの存在を報告した。
紙を捲る音がリルの聴覚に届く。
『先ほど、レイトからも似通った報告が上がっていた』
「ああ。アンズさんが先んじてレイトくんに報告していましたからね」
『キミ達の報連相を怠らない心意気は結構。だが、報告は一度限りで十分であり、現状時間の無駄遣いであることも確かだ。仲間内での意思疎通を躊躇っており──情報伝達が滞っている様子が窺える』
「……はい、仰る通りです。面目ありません」
『次回からは心がけることを、ゆめゆめ忘れぬように』
「承知いたしました。周囲の人間にも、私から言い聞かせておきます」
魔道具越しであると理性ではわかっているにも関わらず、リルは反射的に頭を下げた。
ロンシェにはリーダーを務める人間の宿命とすら言えるもの、所謂威圧感と呼ばれるものが備わっている。どんなに凶暴な隊員であっても、『白夜』に所属する人間であるなら、ロンシェを一目見れば誰もが襟を正す。ロンシェから一言かけられれば、誰もが背筋を伸ばし礼を言う。
しかし、それは単純な恐怖による支配というわけではなく、畏怖によって規則という鎖を繋ぎ合わせているような。そんな、ロンシェという人間の生真面目さが滲み出ているような体制が、自然と作られていくのだから不思議なものだ。
実際、ロンシェを『苦手』だと言う人間は多くいるのだが、ロンシェを『嫌い』だと言う人間はなかなかいない。
それだけ尊敬に値する人間であると、皆に察知させるだけの力があるのだろう。
「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」
『構わない。報告、ご苦労』
ロンシェが魔道具の動作を止める音が、リルの耳元で微かに響いた。リルは魔道具が動作の停止を行い、ロンシェとの繋がりが絶たれたことを、魔道具を見つめることで再確認した。
リルは無意識に詰めていた息を大きく吐き出したことで、自身が予想していた分よりもずっと緊張していたことに気がついた。
「はあー。ロンシェさん、最近ずっとあんな感じよね。……いつか倒れてしまいそうで、凄く心配よ」
元々ロンシェと話すには勇気がいるが、ここ最近は特に緊張する。刺々しいともまた少し違うのだが、ロンシェの雰囲気が顕著に生真面目すぎるというか、硬すぎる。岩肌を撫でさせられている気分になってしまうのだ。
リルはこの件について、リルの偏見だけが原因であるとは考えていない。
それは何故なのかというと。リルはその原因について思い当たる節があり、皆の心労の起点があるからなのだ。
ロンシェがあそこまで思い詰めて、あそこまで過剰に生真面目な振る舞いをしてしまうのは。間違いなく──、
「本当、何処行っちゃったのかしら……リズちゃん」
第一部隊隊長、リズの失踪が原因だ。
元々、リズはロンシェの生真面目さを和らげる緩衝材のような存在だった──否、それは違う。訂正だ。決してロンシェだけではない。皆の、緩衝材だったのだ。
誰にでも愛されて、時には他種族にすら手を差し伸べて、直属の部下にしてしまう。太陽の光、神の後光を想起させてしまう子。それがリズという、正真正銘『白夜』を率いてきたトップの人間だった。
リズがいない今、『白夜』を主に率いていくのはロンシェで、隣で支えてくれる人も満足に居ない。『白夜』を率いる者としての責任が、ロンシェの肩に重くのしかかっている。
要するに、生真面目の塊であるロンシェに、責任を感じるなと言う方が無理な話で。態度が硬くなるのも、仕方がないと言えば仕方がないのだ。
「私は誰一人として、孤独を味わわせたくないわ。ロルフくんにだって、ロンシェさんにだって……ルカくんにだってね」
*****
「本拠地に出発するのは、いつにするつもりなのかしら? アンズ」
それぞれに割り当てられた二階の個室の中で起床したアンズは、書斎にでも行こうかと早朝から廊下に出た。
すると、個室の扉が開かれる音に反応したリルとアンズの視線が自然と交錯し、リルが口を開いた。
「そうだなァ。本拠地に早く向かった所で、あんまし意味ねェんだよなァ。本命の会議が開かれんのは、ロルフを含めた副隊長・隊長クラスが揃ってからだろォからよ。多少『ツインレイ』討伐に力を貸して、解決に目処が立ったらって所だ」
「あら。力を貸してくれるの?」
「俺らに拒否権あんのかよ? どうせそこら辺も、第一部隊副隊長から指示貰ってんじゃねェのか?」
「ピンポンピンポンピンポーン、大正解。ロンシェさんから伝言よ。私やロルフくんに力を貸すようにってね」
「やっぱはなっから拒否権ねェじゃねェか。いや、そんなこったろうとは思ってたがよォ」
後頭部を掻きながら、アンズは恨み言を溢す。
リルはアンズの平常的な態度を見て、自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
「……案外、私も疲れてるのかしら」
「なんか言ったか?」
「いや、おバカさんを見てると一周回って気が楽だなって思ったのよ」
「はァ? 突然喧嘩売ってくんじゃねェよ」
アンズは目を眇めつつ、屈みこんでリルの顔を覗き込む。少しの間は睨みつける視線だったが、やがてわずかに瞠目し、呆れの籠った力のない視線に取り替えていく。
リルはアンズの様子に目敏く気がつき、声色を鋭くさせた。
「……? 何?」
そんなリルに、アンズはつける薬もないと言わんばかりの深い深いため息を吐いた。
「テメェ、終わってんな。無自覚か」
「え?」
「顔色があんまり良くねェな。夜更かしでもしたか?」
「きっちり八時間睡眠なのだけれど……」
「じゃァ、余計なことでも考えながら寝やがったんか。ろくすっぽまともな睡眠は取れてねェな」
リルの肩が一度だけ、小さく震えた。
「図星かよ。阿呆が」
「……目を閉じると、色々と考えちゃうお年頃なのよ。それなのに、乙女の繊細な心に遠慮もなくズカズカと。恥ずかしいと思わない?」
「思わん」
「アナタ間違いなく、子供に嫌われるタイプの父親像そのものよね」
窓から見える鳥達の方が、よっぽど教育に良いだろう。
リルは窓に反射した自身の顔色を、目立たない範囲で確かめながら微笑した。
「でェ? 何を考えてた」
「主にロルフくんのこと。ルカくんのこととロンシェさんのことも、ほんのちょっとだけ」
「余計な世話だわ」
「言うと思った。でも、これが私なのよ」
「俺の経験に基づいて言わせて貰えば、テメェみてェな奴は早死にすんぜ」
「私が私を否定してどうするのよ。仲間を大切にしたいっていう気持ちは、そんなにも変なこと?」
「ロルフと第一部隊副隊長はまだ百歩譲れるにしても、あのガキはまだ仲間ですらねェだろォがよ」
「アナタが連れてきた子のくせに。酷いことを言うわね」
リルは、ルカがまだ眠っているであろう個室の扉に目を向けた。
ルカは正式な仲間ではない。現状『白夜』の隊員ではないのだから。それは確かにその通りなのだが、美味しいご飯を食べて暖かい布団の中で眠っていて欲しいと願っている時点で、心意気は既に仲間なのだ。
決して、その感情は軽視されていいものではない。
「私が笑っていて欲しいと願えたのなら、それは仲間よ。形式なんてどうでもいい」
「それなら、世界中の人間が殆ど仲間になっちまいそうじゃねェか。テメェの場合は」
「そうかもね。それならそれで、上等よ」
「そんな覚悟いらねェよ。世界中の人間を同時に愛するなんざァ、無理な話だ。相容れない人間同士ってのは存在する。例えテメェにとっては双方仲間であったとしても、どちらの方が仲間として上なのか。優先順位をつけなきゃならねェ瞬間が、いずれ来ちまうもんなんだよ」
「そんな日、来させないわよ。個人個人で優先順位があることは別に構わない。けれど。私の中で、仲間に対して上下を定めるつもりは毛頭ないわ」
「じゃァ、ロルフがルカに『くたばれ』っつったらどうする」
子供に言い聞かせるようなアンズの口調に、リルは息を詰まらせた。
アンズがリルの価値観に危機感を抱いているのは、なんとなく言葉の応酬の中でリルは理解していた。が、それにしても随分と痛い所を突くと、リルは歯噛みする。
「酷いわね。わかってるくせに。目下の悩みだってこと」
「わかりやすい例の一つとして出してやっただけだろォが。アレらは典型的な例だ。ガキ……ルカは『死にたくない』、ロルフは『他種族・マールムはまとめて殺してやりたい』って考えだ。どちらかが意志を曲げることはねェだろうし、排反しちまう。だったら、優先順位をつけてやるしかねェだろ?」
「……アナタは」
「あァ?」
「……いえ。これは意地悪すぎる問いだし、無意味ね。やめておくわ」
──アナタは、どちらを優先するの?
そう言いかけて口を開けたが、寸前でリルは口を噤む。
そんなことをアンズに問いかけた所で、リルにとってあの二人が大切にしたい存在であることには変わりがない。ただ、アンズに責任を問うかのような嫌味になってしまうだけだ。
碌に答えも出せていないのに、それはあまりにも卑怯だろう。
「……テメェは、ちったァ考えておいた方が良い。世の中、皆好きだから皆守る、じゃァ通らねェこともあんだってことをな」
「私は、最高治療術師のリルよ。皆のことが好きだから、できる限りの人を治療したい。どれだけ現実を突きつけられて、どれだけの人を結果的に助けられなかったとしても。きっとそれだけは変われないし、変えるつもりもない」
「あっそ」
リルの横を通り抜けて、アンズは書斎に向かった。
*****
「『大結界』を抜けようと動いていた、か」
メイズが誰に言うともなく呟く。
メイズは早朝に、仮拠点から僅かに離れた地点──リルが聞き込み調査を行なっていたという、『大結界』境界近くの都市の中で立ち止まっていた。
「オリジナルの影響を強く受けたのではないかと、リルさんはそう言ってましたけど。討伐対象のオリジナル、アラシは領土外に派遣できるほどの実力者じゃなかった。影響を受けた、と言うにはあまりにも……」
──噛み合わない。何もかもが。
実際、アラシは『ツインレイ』を使役できていなかった。『ツインレイ』を使役できていない隊員を領土外に出すほど、『白夜』はバカでも命知らずの集いでもない。
『白夜』に所属する殆どの隊員は『ツインレイ』を使役していなくてはならないが、一部例外の扱いが存在する。それは、武器の手入れをするサポーターだ。
武器の手入れをする、所謂職人に近しい地位の隊員。その隊員達だけは、特別扱いで『ツインレイ』を使役できていなくとも『白夜』に入隊できる。最低限の魔法を訓練場で教え込まれるだけの存在であり、抜け穴的なシステムであることは否めない。
アラシも、そのシステムを利用した類いであることは明白だ。間違いなく、領土外に出される隊員ではない。
「……どういうことなんだ?」
オリジナルが持ち合わせない思考を得ている『ツインレイ』というのは、いずれも経験を積んだ『ツインレイ』だ。
しかし、アラシの『ツインレイ』は突然発現し、突然オリジナルを殺した生まれたてだ。それはありえない。
アラシが発現済みだった『ツインレイ』を隠して入隊した? いや、それも違うだろう。仮にそうだったとしたら、オリジナルを殺す蛮行を許すほどの制御レベルだったにも関わらず、隠して入隊していたことになる。
もしその程度の制御レベルであるならば、『白夜』に申告し、『白夜』の後ろ盾を得ていた方が本人にとっても──、
「……?」
突然、背中に汗が伝った感覚があった。
メイズはこの感覚に覚えがある。
「ッ! 『千里眼』!」
──殺意だ。
殺意を向けられたことを察知し、即座に『固有魔法』を発動する。
数秒間、メイズの脳に指定した範囲のありとあらゆる視界が取り込まれる。たった一つ、メイズを背後で見ていた視界があったことが判明し、メイズは風魔法を展開した。
風魔法と風魔法の相殺により、突風が吹き荒れる。メイズは自らの視界を塞がないように気を配りながら、吹き飛ばされないよう足に力を入れた。
「おイおい、マジかぁ」
記憶の中を探った所で、聞き覚えはない声だとメイズは断言できる。
しかし、その辿々しい発音と『白夜』の隊員が着るはずの服装を見れば、状況を把握するにはあまりにも十分すぎた。
先ほどの名も無い下位風魔法よりも強力な、中位風魔法『疾風』を発動させて──、
「──吹き飛べ!!」
そう叫んだ。




