3 ちゅーとりある?
長らく馬車で移動をしていたルカ達は、仮拠点内の一階にある食堂で、温かい食事を与えられた。
「調査からの帰還直後で悪いのだけれど。暴走した『ツインレイ』についてお話させて貰うわ」
食事を業務的に口の中へ放り込み、栄養を補給しているルカを横目に、リルが話を切り出す。
ルカ自身の事情に深入りして欲しくないルカにとっては、気遣ってもらうよりも、仕事の話をしてもらった方が助かる。ルカは息を殺して、情報に耳を傾けることを決意した。
「はいはい、待ってましたよ。色々と気になることがありましたからね」
そう言って、メイズは食事の手を止める。
それを皮切りにアンズとルカも食事の手を止めて、物音一つしない静かな空間ができあがった。アンズは口の中に入っていたものを飲み込み終わった後、低く静かな声で疑問を投げかけた。
「──なァんで、第三部隊副隊長のロルフサマと、最高治療術師のリルサマが駆り出されてんだ? ロルフは元々ワーカーホリック野郎だから……まー、わからんでもねェが。テメェまで駆り出されるのは相当だろォがよ」
「……実は、相手が白夜の隊員の『ツインレイ』でね。逃すわけにはいかないのよ」
「あー」と、アンズは腑抜けた声と共に息を吐く。
リルのその言葉が一体何を意味するかは、ルカにも漠然と理解することができた。
実際にルカが『ツインレイ』という存在を目にしたことはない。が、村の契約相手である他種族が『ツインレイ』を使役していた、という情報は認知している。
そうすると必然、その『ツインレイ』という存在は、あまりにも驚異的な存在であるという情報も小耳に挟むものだ。
「白夜の隊員の『ツインレイ』が、ねェ。そりゃァ、必死になるわけだな。『白夜』の評判に関わるってなわけか」
「そう。『ツインレイ』が突然発現、オリジナルを殺して独立状態に変化、逃走したのよ」
「バカ迷惑な話だなァ……」
「まあ、元々『ツインレイ』ってのはそういうもんでしょう。『ツインレイ』を使役できる人間なんて滅多にいませんし。仮に使役できたとして……『ツインレイ』使役による、『固有魔法』の会得のメリットに拘泥されすぎるのもね。困りものですよ」
──どっちにしたって、面倒なものじゃないか。
率直に、ルカが抱いた感想だった。
しかし、幾ら面倒なものであるとはいえど。この場にいるメイズとアンズは『ツインレイ』を発現させて、尚且つ『ツインレイ』を使役済みであろうことは容易に想像できる。
『固有魔法』と『通常魔法』を比べると、『固有魔法』が圧倒的に強力で、一目瞭然の差があるらしいのだ。人族の領土外に調査へ出る人間が、『固有魔法』を所持していないとは考えられない。
他種族と関わる時点で危険性は凄まじく高いが、『ツインレイ』を使役している他種族と関わるのはまた危険度の格が違う。領土外に出て調査を行うようであれば、『ツインレイ』を使役している他種族と関わる機会も決して少なくはないだろう。
『ツインレイ』使役はこなしておかないと、調査に出て犬死には日常茶飯事になるのではないか。そんな風に思考が自然と辿り着く。
「その発現しちまった『ツインレイ』の特徴はわかってんのか?」
「ええ。目撃情報からある程度はね。討伐対象はアラシという隊員の『ツインレイ』。特徴としては、まだ言語の発音が辿々しいこと。自らの身体の透明化が可能であること、ね」
「ふーん。透明化か。……アラシとかいう隊員がもし使役できてりゃァ、特別性の隠密隊員が一丁出来上がってたわけか。惜しいなァ」
「無茶言わないでくれるかしら。大抵の『ツインレイ』は極端に凶暴。運が良ければ静観、くらいの存在なのよ。使役に対するアナタの感覚が狂ってるから、そういうことを言えるだけ」
「へいへェい。俺が悪ぅございましたよ」
アンズは右手で払うような仕草をして、リルの鋭い追及を受け流した。
リルはアンズとメイズ達が持つ独特な雰囲気にも臆さず、意見を言えるタイプなのだろう。メイズが苦笑している。
「兎も角。目撃情報が此処らへんにあったのは確かなんでしょう? リルさん」
「ええ。聞き込みをしたのだけれど、『大結界』を抜けようと動いていたらしいのよね」
「? それまたどうしてです」
「よくわからないわ。オリジナルの影響を強く受けたのかし──」
リルの言葉尻を遮るようにして、食堂の扉が開く音がした。
扉を開けた相手を確認すると、アンズはあけすけに眉を顰め、メイズは「あーあ」と低い声を溢す。リルは変わらない微笑みで、扉を開けた相手を迎えた。
「ロルフくん。よく此処にいることがわかったわね。隠しているつもりではなかったのだけれど、特に言うこともなく来ちゃったから。驚いたわ」
「時間帯を考えれば、誰でもある程度察するものがあるだろう」
ロルフが空いている席に座ろうと手を伸ばした所で、ルカと目が合う。
途端に、ロルフの雰囲気が変わった。その場の空気が張り詰める。
「……へぇ。若干一名、調査帰りの隊員ではないらしいな。随分と薄汚れた子供のようだが」
侮蔑の感情を隠そうともせず、ルカを一瞥する。が、即座に視線を逸らした。
それはルカの仄暗い目に臆して屈したからではない。ルカを一秒たりとも視界に入れたくない、蛇蝎の如く嫌っている、という感情の現れだった。
「食事の後、ロルフくんと本拠地の方に報告をしようと考えていたのよ。仲間外れにされちゃいました、なんて考えないでね。──さて、紹介するわ。彼の名前はルカくん」
「名前なんてものはただの識別番号だ。そんなことは心底どうでもいい。俺が知りたいのは、ただ一つの事実だけだ。『ソレ』は、『マールム』か?」
邪魔な置き物を扱う要領で、『ソレ』と暗にルカを指名するロルフ。リルは黙り込み、微笑みが段々と薄くなった。
リルは静謐な、感情を見せない単調さを瞳に乗せ──、
「それを聞いて、一体どうするというの?」
「決まっているだろう。『ソレ』を此処から消し去る。今、すぐにだ」
「……まあ、大方予想通りね。言うと思ったわ」
リルはため息を吐いて、席から立ち上がる。
鬼気迫る雰囲気を纏うロルフの視界の中心へと意図的に映り、ルカの姿を遮るようにして庇った。
「アナタの『マールム』嫌いは、よく知っているわ。でも、アナタが今此処にいる理由は『ツインレイ』討伐であることは忘れないで頂戴ね。此処で無害な『マールム』に手を出そうものなら、どんな処分を下されるか。わからない訳じゃないでしょう」
「『ツインレイ』討伐に『マールム』は関係ないな。呼吸をして、生きている時点で、人族にとって有害な物でしかない。無害な『マールム』なんてものは存在しない」
「『マールム』だって、心を持った人でしょう」
「『ソレ』を、俺は人間などと考えたことはないが?」
耳を貸そうとしないロルフに対して警戒心を強めたリルは、視線でメイズに合図を送る。
メイズはリルの視線に呆れながらも応えて、ルカの傍へと近寄った。
「メイズも『ソレ』を庇うのか?」
「あー。いや、ロルフさんが持ってる差別意識みたいなものは無いですが。『マールム』の対応に関する意見としては、俺もロルフさん寄りですね」
「メイズくん」
「リルさんには悪いんですが、俺個人としては元々『マールム』保護に乗り気じゃないんですよ。こいつに関しても、アンズさんが勝手に連れてきただけなんでね。ただ」
メイズはそばに居たルカを一瞥する。
メイズがアンズの説得に応じた理由は、ルカの危険性の低さだけではないと、ルカは察知する。メイズの眼には、狡猾そうな妖しい光が宿っていた。
「こいつ、多分『固有魔法』持ちなんですよね。無意識に『ツインレイ』を使役してるタイプの。ですので、打算ありきで言えば、『マールム』とか関係なく連れてった方が良いのかなー? なんてね」
「まあ。経緯を考えりゃァ、妥当な考えだな」
「あの村の惨状の中、偶然生き残りましたー、とは流石に考えられませんからね」
「『固有魔法』持ちが貴重であることは認める。が、『固有魔法』持ちであれば『マールム』であっても構わないと、お前はそう言うつもりか? 『マールム』が虎視眈々とお前の背を狙っているわけではないと、果たして言い切れるのか?」
メイズは「はは」と喉奥で乾いた笑いを引き出しながら、ロルフの言葉に幾度も首肯する。が、首肯された所で、ロルフが警戒心を解こうと身じろぐ仕草を見せることはなかった。
「確かに、実はこの『マールム』は俺らの知らない所で他種族と関わっててグルでした。同情を買うためにカワイソウな子供の振る舞いをしてましたー……ってのも、全くありえない訳じゃないですよ。その通りです」
「そこまでわかっておきながら、『ソレ』を放置するとはな。あまりにも、暢気すぎるというものだろう」
「リスクとメリットを天秤にかけて、その上で、俺達には必要になるかもしれない駒だと考えたんですよ。……俺の言いたいこと、此処まで言えばわかっていただけませんか? ロルフさん」
「……大結界絡みか」
「意味を理解して貰えたようで、何よりですよ」
──『大結界』絡み?
ルカは首を傾げる。
ルカが密かに周囲の様子を確認すると、リルもアンズも神妙な顔つきで黙殺している。ルカの知らない共通認識がこの場に存在することは明白だった。
ルカは領土外で生きてきた『マールム』だ。領土内のトラブルを話された所で、それが常識なのか、そうではないものなのかはわからない。領土内については風の便り程度の知識しかない上に、小さな村で得られた風の便り程度の情報なんぞたかが知れている。
何もかもが違う世界のことばかりで、知識には穴だらけで。何もかもに格差があることをルカは実感する。
同じ、人であっても。
「とりあえず。俺は、第一部隊副隊長に連絡してからが本番だと思ってますよ。この『マールム』の処遇に関しては。ロルフさんも一旦、そこまでは判断を延長させません?」
「第一部隊副隊長の判断は甘すぎる、却下だ」
「第一部隊副隊長は甘ェんじゃねェよ。どいつがどんな風に使えんのかを、この世の誰よりも考えられるだけだ。主観の入り混じったテメェの意見よか、よっぽど冷静だろォよ」
「耳触りの良い言葉で飾るな、アンズ。本来必要のない重荷に価値を見出すことを『甘い』と言う──」
喧喧囂囂と意見が交わされ、取り返しがつかなくなった頃合いに、リルはパンッと小気味の良い音を立てて手を叩いた。
一斉に口を噤み、リルに視線が寄せられる。
「そこまで。これ以上話しても、平行線になるだけだわ」
「……だろうな。俺は一切、譲る気はない」
ロルフは肩をすくめる。
「一度、魔道具で本拠地の方に報告を入れたら、どうせ本拠地で会議を開きましょうって話になるもの。そこで改めて、話をすればいいわ」
会話に一区切りをつけたリルに従い、メイズとアンズとルカは、中断していた食事に手をつけ始めた。
せっかく温かくて美味しいご飯だったのに、冷めて勿体ない。ルカは暢気にも、自身の待遇云々の話なんかよりそっちに気が取られた。
「────」
ロルフは食堂から退出するための扉へと向かう。
「? ロルフくん、食事は」
ロルフは言葉一つも溢さず、ただただリルの視線と言葉を背で受け止めただけに留めた。
したがって。憎悪に染まり切ったロルフの瞳を、誰かが目にすることはなかった。




