24 ゴーゴー! レイト号!(Part2)
「え、ジーク様が脱走!?」
馬車で鳥人族領土に向かう道中、魔力で光り輝く至宝の魔道具『談の宝石』で、本拠地にいるロンシェと遠隔会議を行なっていた所に。『白夜』、人族にとっての大爆弾を落とされた。
「な、なんでです? 普段、外に出ることすら億劫だとおっしゃってる方っすよね?」
『ティーナ様から情報を取り入れて、鳥人族と魚人族の調査に向かったらしい。最初に魚人族の調査を行なっている、とのことだ。……流石に、想定外としか言いようがないな』
心労が如実に現れているロンシェの口調に、レイトは同情の意を示しながらも。レイト自身も大いに混乱しているため、満足に配慮できないまま、質問攻めをしていた。
ロンシェはレイトのその様子を特に咎めることなく、心労を端に追いやってから回答を紡ぐ。
「えっと、どうします? 今から準備させて、向かわせたりするんすか?」
『いや、今から準備して出発しても無意味だ。時間が経ちすぎている。辿り着いた頃には既に、調査を終えていることだろう』
「俺と『独行の羽根』が、今から向かうっていうのは……?」
魚人族の領土と鳥人族の領土は隣接している。人族の領土から向かうとなると時間がかかりすぎるが、鳥人族の領土付近から向かうとなれば時間はかからない。
そう考えての発言だが、レイトだってそれが相当無茶な話であることは承知している。案の定、ロンシェからダメ出しが入った。
『ダメだ。『独行の羽根』はキミと魚人族の間に干渉することをよしとしない。となると、キミ一人で、広大な土地を、手がかりもなしに人探しすることになる。更に補足すれば、例え現在地を把握していても、ジーク様の移動、身体能力についていかなくてはならない。包囲網を張っても難しいというのに、無茶な話だ』
「デスヨネー」
この提案に対して、ロンシェからどのような回答が返ってくるかは、漠然と見当がついていたが。ここまで清々しく一刀両断されると、悲しいものがあった。
レイトは肩を落とす。肩を落としてから数秒間沈黙し、感情を整理し終えると。レイトが首を振って、感情の残滓を振り払ってから、一番の疑問を発した。
「……どうして、こんなにも発覚が遅れたんすか? それこそ昨日に発覚していれば、こんなことにはなっていなかったはずなんすけど」
『ルネア様も一枚噛んでいた。発覚が遅れたのは、断じて隊員達の不手際が原因ではない』
「ルネア様って、え? いや、まさか、」
『そのまさかで合っている。──ルネア様の『言霊』による影響だ』
鳥人族に魔力を一切使わない飛行能力といった、圧倒的アドバンテージがあるように、人形族にも特有のものに該当する能力があった。それが『言霊』と呼ばれるものになる。
冠するその名の通り、自らの口から発した言葉で、相手を操れる力という内容だ。ただし、当然無制限というわけではなく、思考を経由する複雑な命令を聞かせることは不可能である。
そこにあるカバンを取って欲しいといった命令は、無意識下で行えるために可能。だが、情報を吐けといった命令は、正気時の思考を経由しなければならないために不可能だ。
あくまで、真っ白な機械的思考へと塗り潰し、肉体を短期間操る『言霊』であって。思考を支配する『洗脳』ではない。
──ではないのだが。ルネアが発する『言霊』は、少しだけ事情が異なってくる。
「ルネア様が『言霊』を使用なさったんすか? 緊急時でもないのに? ……その、精神状態というか、フラッシュバックというか。色々と、そっちの対応大丈夫でしたか?」
『問題ない。否、正確さを欠いたために訂正する。問題自体はないわけではないが、現状ルネア様の精神状態に関しては問題ない。依然として、『言霊』の使用への抵抗感はあるようだが。ティーナ様のために使用した件については、そこまで辛い思いはなさらなかったようだ』
「うーん、案件が案件なので、良かったって素直に喜んでいい奴かはちょっと怪しいんすけど。とりあえず、それは一安心っすね」
ルネアは『言霊』という自身の能力に、トラウマを持っている。
ルネアが『言霊』を使用した場合。あまりにも強力すぎるが故に、短期間肉体を操るだけには留まらず、正気時の思考にまで侵食。影響を及ぼしてしまう。
身も蓋もなく言うと、力の本質は『言霊』でありながら、ルネア自身の才能によって『洗脳』に片足を突っ込んでいるのだ。
見方によっては、素晴らしい才能の開花と捉えられるのかもしれないが。少なくともルネア自身にとっては、素晴らしくとも何ともない、望んでいなかった才能だった。
良くも悪くも徹底的な合理主義者である、ルネア自身が所属する人形族達に。有用性よりも危険性に軍配が上がると糾弾され、座敷牢に閉じ込められ、種族の繁栄を害する、災厄の象徴として喉を潰されそうになって──リズが保護した、という経緯がある。
よって、ルネアが『言霊』を使用するのは動物相手の練習時と、命を脅かされる、まさにその瞬間だけだと、レイトもロンシェも推測していた。
しかし、どうやら。ルネアは淡々とした口調に反して、レイトとロンシェの予想すら上回る情熱を持っていたらしい。
双方、してやられたと嘆いてはいるが、ルネアが克服の一歩を踏み出したことに、喜んではいけない案件でも内心喜んでしまっている。
「ティーナ様がついていたのなら、心配は無用だと思いますが、一応。ルネア様の『言霊』を受けた隊員の方は、どうっすか? ちょっと強めに影響受けちゃって、暫く地下に行けないかもとかあります?」
『食事をお届けした際の記憶が曖昧なこと以外、特に問題は見受けられない。質疑が物々しい雰囲気であったために、クビにされるのではないかと勘違いさせた程度で済んでいる。……ルネア様とティーナ様の土下座を止めに行く方が、大変だったくらいだ』
「謝罪の言葉通り越して土下座ですか。それはお疲れ様です」
ロンシェの口調に心労が滲み出ているのは、ジークの脱走だけが原因ではないらしい。聞く限り、第一部隊副隊長であるロンシェ本人が出向いて、土下座を止めに行っていそうだ。
レイトは殊更に、あの頑固な二人を相手にしたことへの同情を募らせて、至宝の魔道具『談の宝石』越しに満腔の同情を示した。
馬車が一度、大きく揺れる。
「──あ。えっと、すみません。そろそろ切るっす。着くようなので」
『こちらも報告すべきことは終えた。わざわざ謝罪する必要性はない。……ご武運を』
レイトは至宝の魔道具『談の宝石』に一定の魔力量を注ぎ込んでいたが、会話を終えると同時に、流していた魔力を打ち止める。魔力による輝きを失い、ただの宝石と化した。
レイトの眼前にいる、白い片翼を持った女──当代『独行の羽根』メナリスが、一抹の沈黙を破ってレイトに話しかける。
「人族間での結束に、随分と難航しているようだが。そんな調子で鳥人族の領土に赴いて大丈夫か」
「あ、あははは。返す言葉もないっす」
ジークの失踪、ルネアの克服の一歩。
人族にとっての宝達が自らの意思で、自らが守るべきものを見極めて。その結果が人族にとっての恐るべき事態に繋がっている、だなんて。
「幸先、不安なんだが不安じゃないんだか……意味わかんない気持ちっすね」
*****
「流石鳥人族、とでも言うべきっすか? 少なくとも、歩かせるための道ではないんすよねぇ、これ。ここから入るっすか?」
日差しが葉の隙間から差し込み、森全体を比較的明るく飾ってはいるが。道は満足に整備されておらず、上ったり下ったりの段差が一々無意味に体力を削らせる、明るさとは対照的な過酷さが垣間見える。
木々達が無差別に並び立った似たような景色も相まって、歩くだけで方向感覚が狂いそうだ。
「私の経験上、ここからが最も鳥人族と遭遇しやすい入り口だ。付近に小さな村が成されており、道が踏み固められている程度の、鳥人族の生息環境として最も適した自然環境が整えられている」
「うん、そこら辺疎いし、とりあえず村までの道案内お任せしとくっす。道中会えなくとも、村まで行けば確実に鳥人族とは遭遇できるでしょうし」
「地図付きの資料は配られていないのか? 私の方から予め、情報提供をしておいたはずだが」
「読みましたよ。読みましたけど、正直専門家がここにいるんだから、わざわざ探り探り歩く必要ないよなぁっていう感覚っす」
「人族達は雁首揃えて、私への警戒心が薄すぎる」
メナリスは小さく嘆息し、無駄口は叩くまいと領土内へ静かに侵入し、歩き始める。レイトよりも一歩先を進んで歩いており、今にも「話しかけるな」とでも口に出しそうな威圧感があった。
しかし、そんなメナリスの様子に気圧されず、レイトは暢気に話を続ける。
「警戒心がないんじゃなくって、中立者としての立場を信用してるだけのことっすよ? 『白夜』はほら、特に先代『独行の羽根』のこともあるわけですし。……俺は実際にお会いしたことないっすけど」
「キミも先代の話を持ち込むか。人族はよほど、過去話が好きなのだな」
「キミ"も"?」
「…………」
「あぁ、もしかしてリルさんかな? あの人は確か、先代と実際にお会いしたことがあったはずっすよね」
メナリスは自ら墓穴を掘る失言に、苦虫を噛み締めた表情をする。
メナリスは前を向くことでレイトの視線から逃れつつ、舌先をのべつ幕なしに動かして、話の幅を広げ続けるレイトに。呆れを通り越して、感心すら覚えた。
「先代大妖精様の殺害者調査。そん時、流石に人族の手だけじゃ足りないなぁって話になって。でも下手に他種族の手を借りちゃうと、大妖精様との貸し借りを独り占めできないから……中立を重んじる先代『独行の羽根』に、『白夜』が協力を依頼したのは知ってるっすよ。対価は確か、あー、なんだったっけな?」
「本来ならば『独行の羽根』が協力して得られたはずの、大妖精からの恩を全面的に『白夜』へ譲る代わりに。大妖精からの協力を『独行の羽根』が得る必要が出た場合、その仲介者として『白夜』が動く、という契約だ」
「そうそう。『独行の羽根』が中立者として動きやすくするために、大妖精様から得られる恩を『白夜』に押し付けたんすよね? 大妖精様から直接恩を得るとなると。中立者として動く際に、後ろ盾となった大妖精の影響が大きすぎる可能性があって、ノイズになるからって」
メナリスは眉を顰める。
会話をさせるために、煽るような言い回しをするレイトにも、そのレイトの思惑通りに、先代『独行の羽根』への風評に過剰反応して会話をするメナリス自身にも。心の底から、メナリスは嫌気がさした。
「押し付ける、とは心外だ。その交渉内容を持ちかけてきたのは『白夜』の方からだろう。当時『白夜』は、技術提供における最恵種族待遇を目指していたからな。大妖精関連の事件には、関わりたくて仕方がなかったのだろう?」
「ま、身も蓋もなく言えばそうっすね。後世に強さを受け継ぎたい、といった種族柄が強い以上。『妖精族』からの技術提供を、人族は人形族と同じくらい特別視してますので」
皮肉口調で話すメナリスにも飄々と対応して、レイトは気分を害した素振りを見せない。レイトの鷹揚な態度に、メナリスは自身の器の小ささを実感し、重ねて嫌気がさす。
いよいよ本格的に喋ることを拒み始めたメナリスの顰めっ面を、レイトは背後から覗き込んだ。
「怒んないでくださいよ〜。『独行の羽根』とペラペラ話せる機会なんて、千載一遇レベルの、超貴重な機会なんすよ〜? しかも当代『独行の羽根』は特にお若くて、記録も殆ど無いので、いっぱいお喋りしたいっす〜……」
「癪に障る。私と話をするためだけに、先代の話を持ち出したのか」
「先代のことお嫌いなんすか? それは気が利かなかったっすね。素直にごめんなさいっす」
「違う、父上──先代のことは範例として、心の底から敬慕している。だからこそだ」
変わり映えしない光景から、小さな村の家達が見えてきた光景。それらから視線を外して、メナリスは背後にいたレイトに視線を移す。
「だからこそ、無闇に吹聴して回りたくはない。それだけのこと」
「自慢したいな、とかは思わないんすね」
「そのような行為に、一体何の意味がある。『独行の羽根』の名に恥じぬ働きを、先代も、その先代も、怠けることなく繰り返してきた。自慢などしなくとも、皆が知っている誇り高き一族だろう」
「ふーん」
どうも、口八丁に論点をずらされたような違和感があったが、レイトはその件について特に口にはしなかった。
聞いたところで答えなど帰ってこないと知っていたが故の判断。賢明な判断だった。とはいえ、納得できずに不満が募り、思わずレイトはメナリスを凝視する。
「私の顔に、何かついているか」
「いいえ、別に。森の中なのに、こんな小さな村をよく見つけられたなぁって。感慨深くなってただけっす」
違和感については、個人として気になりはするが、隊員としては好奇心よりも使命こそが第一優先事項。
話の腰を折るのであれば、回答などどうせ帰ってこない好奇心に基づいた話題を振って、無意味な時間を過ごすよりも。今眼前に迫っている情報源そのものへの話題を振ることにする。
「私が道に迷うとでも思っていたのか」
「そういうわけじゃないっすよ〜。……迷ったら迷ったで、木の上に登るくらいはしてくれるでしょう?」
「あの村には幾度か訪問している。迷ってしまう心配も、全く見知らぬ者として沈黙を貫かれる心配も無用だ」
「面識があるのはかなり助かるっすね。てっきり、こそこそ傍観してたのかと思ってたので」
「鳥人族と関わるのは、何も代表者との交渉行為に限った話ではない」
本来上空に居るはずの村の監視役達が、領土の境界と同じく全く見当たらないことを確認し終えると。メナリスは村を囲う背丈が高い木柵を、下位岩魔法で踏み台を作ることにより、ひょいっと軽く乗り越えてみせる。
レイトもメナリスに倣って、メナリスが作り出した岩を踏み台に木柵を乗り越え──、
「うわっ!?」
木柵を乗り越えようとしたが、所詮は下位魔法。レイトが片足を踏み出すと、メナリスが踏んだ後で脆くなった岩が、すぐさま崩れ落ちる。
レイトが無防備に落下しそうになった所を、木柵越しにメナリスが地面に下位風魔法を生成したことで、事なきを得た。
「何をしている。危なっかしい」
「下位魔法なんて後片付けくらいにしか使わないから、すっかり感覚忘れてたっす……」
下位魔法というのは、最低限形を整えて、最低限魔力で出力したものを指し示す。先人達の知恵そのものである枠組みを使用しない分、出力が簡単であると同時に不安定な代物だ。
紙粘土をこねること自体に型は必要ないため、手で最低限の形はこねられるが。型があった方が、目的に沿った形の目安や硬度の目安、どれくらいの紙粘土が必要なのかの目安もつけて、臨機応変にこねられる。魔法も、そういうものである。
実際メナリスとしては、レイトに同一の踏み台を使わせるつもりは毛頭なかった。自分自身が使うためだけに生成した岩のつもりだったのだ。
「確かに、下位魔法は滅多に使う機会が訪れないだろうが。それでも、覚えている者と覚えていない者とでは、話が大層変わってくる。魔力の消耗を抑える、最低限中の最低限の立ち回りであり、使えないわけではないのだから。使える物はいつでも使えるようにしておけ、ニンゲン」
「いやぁ、カッコいいなぁ、『独行の羽根』。惚れちゃいそうっす。いやん」
「…………」
メナリスはレイトの冗談には取り合おうとせず、背を向けて村の中へと進んでいく。メナリスが背を向けたことで、レイトは慌てて下位氷魔法の踏み台を作り出し、中へと侵入した。




