19 甘すぎた
「な、んで、テメェが……?」
「ロンシェがどうも、変わった編成を組んでいると聞いてね。『妖精族』との交流も終えたことだし、助太刀に来てみたんだけど」
レオンはアンズの疑問に微笑みながら答える。答えてから、その微笑みの矛先をロルフの『ツインレイ』へと変更した。
ロルフの『ツインレイ』を見るレオンの目は、哀愁漂う優しげなもので。決して、ただの『敵』を見る目ではなかった。
「──どうやら、私が助太刀に来ておいて正解だったようだ」
レオンは背後にいたルカをアンズの元へ送り届け、「よろしく頼むよ」と軽い一言を告げる。保護体制を整え終わると、ロルフの『ツインレイ』にレオンは単騎で挑み込んだ。
『白夜』の隊員達はそれを当然の事実として受け入れており、サポートに回ろうとするそぶりすら見せない。
ルカは、遠慮なく前方組と後方組で合流させる旨の指示を出したアンズと、指示に従って前方組と合流し、待機するメイズの二人に囁きかける。
「さ、サポートしなくていいんですか? 皆、普通に傍観してるみたいですけど」
「問題ねェよ。……ロルフ如きに、レオンが負けるわけねェし」
「寧ろ、弱点一点突破で破壊して、間違えて討伐しちゃわないかの方が心配になるレベルですね」
「えぇ……」
アンズは苦虫を噛み潰したかのような表情で、メイズは飄々とした態度で。異口同音にこの場への評価を下した。
「────」
レオンがロルフの『ツインレイ』の前に立ちはだかってもなお、ロルフの『ツインレイ』の目は変わらず、ルカの姿を追い続けている。
レオンはロルフの『ツインレイ』のその様子を把握すると、徐に目を伏せて、誰に言うともなく呟いた。
「ロルフくん。君は相変わらず、寂しがり屋だね」
単眼狼達は、主人にとっての一番の獲物であったルカを横から盗られて、憎悪を露わにする。
単眼狼達はアンズやレオン達に見境なく吠え続け、主人は単眼狼達の行為を肯定するかのように『金属生成』を始めた。
レオンは『金属生成』で上下左右、ありとあらゆる方面に生成され始めた剣身を、流し目で注視。下位風魔法でレオン自身の腕を傷つけて、血を流して、
「『血操』」
レオンは、剣身が放出されるタイミングを見計らい、放出された剣身を全て粉砕した。
ルカの目では追えない速度であったために、剣身がある方向を、赤い線がなぞったようにしか見えなかった。ただただ突然、剣身が破片一つ残さず、塵になった事実がルカの眼前には残留している。
血液を流し続けるレオンの腕には、常に光が灯っていた。
「生憎と、私は『固有魔法』の都合上。中位光魔法『治療』を使い続ける必要性があるんだ。──君の後悔や、悲しみ。それら全てを、此処で受け止めたいのはやまやまなんだけど。この場では手短に、収めさせてもらうよ」
懇切丁寧に、ロルフへ向けられた並々ならぬ神妙な想いを告げた後。レオンは固有魔法『血操』で、赤い線の道筋を織りなし、単眼狼達に痛みが起因の鳴き声を上げさせる。切先を制した。
単眼狼達は、複雑な赤い線の道筋に足を貫かれたことで、何度か左右にふらついてから倒れ込む。
主人は単眼狼達を無力化させた脅威であるレオンに注目、『金属生成』で剣身をレオンの足元に生成。剣身で足場の制限による、破壊行為の強制を課した。
主人が金属製の剣を手に持ち、レオンに差し向ける。レオンは足場に生成された剣身を、即座に赤い線で破壊。身を捩り、斬撃を軽々と避け続けた。主人が手に持っている金属製の剣を、上位影魔法『遮断』で切断する。
聴覚や嗅覚、触覚等の感覚の干渉を一切受け付けない、この世で最も静かなギロチンが、一枚の影として振り下ろされた。
「もう、大丈夫だよ」
感覚が一切与えられないまま切断された剣を凝視する主人に向かって、レオンは莞爾として笑った。
主人の弱点判定である心臓を貫かないように気をつけながら、レオンは手足らしきものを赤い線で貫く。
赤い線で貫く、貫く、貫いて、貫く。やがて、身体らしきものが空洞だらけになって、
「────」
主人と双子の単眼狼──もとい、ロルフの『ツインレイ』達は姿を消した。
「無事、『使役者』の元へ帰ったようだね」
ロルフの『ツインレイ』が姿を消し切った場面を見守って、レオンが安堵の一息を吐く。レオンは腕の傷を、中位光魔法『治療』で塞ぎきった。『治療』を終えると、ルカや隊員達が傍観している方面に、視線を移す。
ルカはレオンと目が合って、思わず、レオンとロルフの『ツインレイ』との戦いを見ていて、真っ先に思い浮かんだ感想を口にした。
「ツインレイって、現れるのも突然だし、過ぎ去るのも突然なんだな……嵐みたいというか、なんというか」
「暢気で阿呆な感想を言うその前に、テメェにはまず言うべき言葉があるよな? クソガキ」
「……はい、危うく唯一無二のこの身命を落としてしまうところでした。お手数をおかけして申し訳ありません、汗顔の至りでございます。救助に入っていただき、ありがとうございました」
ルカはまず、アンズや隊員達がいる方向に一度頭を下げる。アンズに頭を引っ叩かれたその次に、レオンがいる方向に頭を一度下げた。
レオンはルカとアンズに苦笑しながら、手を振る。
「差し支えないさ──とは、口が裂けても言えない事態だね」
「……はい、すみません」
「とはいえ、現状。他に最優先事項がある。敢えて今は、よく頑張ったねとだけ伝えておくことにしよう」
レオンはルカから視線を外し、アンズに向き直る。アンズは背筋を伸ばして、レオンの視線に応じた。
「お疲れのところ、非常に申し訳ないんだけど。ロルフくん本人は今何処にいるのか、案内をお願いしたい」
「了解」
アンズが先導して、ロルフ本人を置いていった地点までレオンを案内した。
*****
虚ろな眼の女児が、ロルフの声がした方向を見て、お互いの目が合った。
ロルフが空虚な一言を告げてから、女児相手に肉薄するために一歩足を運んだ。
『──なんで』
何故あの時、俺は包丁を手に持ったマコトに近づいたのだろう。
結末は変わらない。結末を知っている今では、無論理解できている事実だ。
しかし、あの状況下に置かれた直後であれば、逃げることを第一に考えるべきではないのか。
混乱を加味するにしても、実に合理的じゃない。実に愚かしい。実に、嘆かわしい。
殺戮が一通り終わって、異形の動作が止まると。マコトは震えた声で、異形を──否、ロルフを呼びかける。
『なんで、わたし、を。いかしたの?』
何故あの時、俺はマコトを殺さなかったのだろう。
異形を制御しきれていなかったから? それはその通りだ。だからこそ、疑問視されるべき事実なのだ。
あの時点ではまだ、制御しきれていなかった異形であるのだから。本来獣人族を追って、肉盾にされたマコトに切先を向けた時点で、殺害することがあの異形にとって最も自然な動きだったはず。
けれど、殺さなかった。そうはさせなかった。それはつまり、何よりも強く願った、何らかのロルフの意思が働いている。
合理的じゃない。愚かしい。嘆かわしい。俺の手で殺すべきだった。何をしているんだ。何を知って、どの面下げて息をしている。
そんなんじゃ、あの世で、母とソラに顔向けできないだろう。
*****
「ぅ……」
「お目覚めね。お寝坊さんのお馬鹿さん」
「どこ、だ。ここは」
ロルフが意識を浮上させて、目を開けると、椅子に座っているリルと目が合った。ロルフはベッドから上体を起こして、辺りを見渡す。
ロルフにとっては記憶に幾度も刻み込まれている、見覚えがありすぎる椅子の意匠や部屋の構造だった。
本拠地ほど設備は整っていないが、外傷を治療するには十分すぎるほどの物資が揃えられた場所。仮拠点の一階にある、治療室だった。
「先遣隊が予想よりも早く帰ってきたーと思って、本隊枠の子達が喜んでたら。『独行の羽根』本人とロルフくんが、おんぶに抱っこしてる状況と対面。ロンシェさんに連絡しなくちゃいけない事項を遠慮なく、続々とつぎ込まれる。……私達の気持ちも考えて欲しいわね。疲れたわ」
「なにが、あった?」
「あら、覚えていないの? 手綱手放されて暴走してたのよ、アナタの『ツインレイ』」
「ぼうそう? てづなを、手放した? 俺がそのような愚行、するわけが、」
ロルフは額をおさえる。頭の奥で響く鈍痛と共に、黒い葉に覆われた森の中で、道を引き返していた頃の記憶が蘇った。
ロルフが道を引き返していた最中。突然右肩の方から、身体全体に広がる脱力感に襲われ、目眩がした。
目眩がしたために俯き、疲労が溜まっているのかと思考を回した時には、既に意識が朦朧とし始めていた。いつ明確に意識を失ったかは、記憶が定かではない。いつの間にか倒れていた。
そして、目を覚ました頃にはこの通り。何もかもが終わった状況下に置かれている。
「一体、何が起こった? ……いや、心当たりが全くない、わけではないか」
「とりあえず、どんな背景があろうとも、ロンシェさんへの報告義務はあるから。一度、本拠地には行ってもらうことになるわよ。──ルカくんを最優先に危害を加えていた事実もあることだし。事情を話しても、軽い謹慎処分は食らうかもね」
「……甘んじて、とまではいかないが。そう判断を下されるようであれば、受け入れよう」
リルは椅子から立ち上がり、背伸びをする。動かしていた椅子を定位置に戻した。
ロルフが目覚めた旨を、レオンや隊員達へ伝えるために、リルは扉へ向かおうとしたが。その前に、ロルフが俯いて考え込んでいる姿を見て、指を差した。
「今日は激しい運動禁止。最低限歩くまでね。わかった?」
「……『固有魔法』の使用は控えるつもりだ。しかし、身体の方は鈍らないよう軽い運動を、」
「わかった?」
「…………」
悪あがきも虚しく、言い切る前に一刀両断され、ロルフは了承の沈黙を選んだ。
リルは呆れの滲むため息を吐きながら、今度こそ扉に手をかける。治療室から退出した。
「心を読まれている感覚だ。それとも、俺の行動原理がわかりやすすぎるのだろうか」
リルが退出したことを確認し、ロルフが首を振ってからひとりごちる。
リルは人嫌いなロルフにしては珍しい、長い付き合いである人間の中の一人だ。ロルフが人と普段付き合わないからと言って調子に乗ると、リルから情報を提供されて、知らないうちに囲い込まれていることもしばしばある。
もし今から治療室を退出して、外へ出て、仮拠点の門内で身体を動かそうとすれば。間違いなく、リルからの指示を受けた隊員達に、引き摺られて戻される。その光景が具体的に見据えられる。
リルは誰に対しても臆さない、話をしようとする、執拗に世話を焼く。そういう人間である。
「たかが他人に、そこまで世話を焼くのは、もはや病的だと思うが。だからこその、最高治療術師でもあるのだろうな」
扉越しに治療室へ近づく足音に気がつき、ロルフは口を噤んだ。物音をできる限り立てられずに扉が開けられて、足音を立てていた張本人である人物が入室する。
入室した人間──レオンが、ロルフに微笑みかけた。
「やあやあ。無事目覚めたようで、なによりだよ。ロルフくん」
「レオン隊長。随分と早く、駆けつけられましたね」
「君が目覚める時を、待ち侘びていたからね。無意識に、治療室の近くに居座っていたのかもしれないな」
「多大なるご迷惑、ご心配をおかけいたしました。それに、第三部隊の顔に泥を塗るような真似さえもしてしまい、本当に弁解の余地も、」
「小難しいことを考えすぎないでおくれ。まずは君自身の無事を、素直に祝っておくべきだ」
レオンが机近くの椅子へと腰を下ろす。
負い目を感じて揺らいでいるロルフの瞳を、レオンは真っ直ぐ見つめ返した。一時的に微笑みを消して、声を落とす。
「──それに、君が真っ先に謝るべき相手は、私じゃないからね。きちんと後で、『彼』に誠心誠意謝ってから、私に声をかけて欲しい」
「……はい。承知、しております」
ここで言う『彼』が、一体誰を指すのか。レオンにわざわざ名を出されなくとも、ロルフには察することができる。共通認識なのだ。
レオンは幾度か頷いて満足し、表情に優しい微笑みを取り戻した。
「うん、素直で大変よろしい。素直に謝れる偉い子には、ささやかなご褒美があるよ」
「俺が偉い子という定義内におさまるかどうかは別として、ご褒美とは?」
「君が現時点で一番気になっているであろう、『独行の羽根』についての情報を、開示するとしよう」
ロルフはレオンの言葉の意味を認識して噛み砕くまでに、数秒の時間を要した。意味を理解していくと、徐々に瞠目し、ベッドから身を乗り出す。矢継ぎ早に疑問をぶつけた。
ロルフのこの反応は想定内だったようで、レオンは一つ一つの疑問へ、静かに耳を欹てていた。
「どうなりましたか? 依頼主に関して聞き出すことは無理でも、何故共犯者から裏切られたのか、対価はなんだったのかは聞き出せましたか?」
「いいや。それらに関しては、依然として沈黙を貫いている。どれもこれも、依頼主を特定し得る判断材料だと言ってね。由緒正しき便利屋は口が堅くて、参ってしまうよ」
「そう、ですか」
ロルフは熱された思考に現実的な回答、冷や水を浴びせられて、一度冷静になる。
身を乗り出していたことに気がついたロルフが、姿勢を正して座り直した。すると、レオンは話の続きを聞かせる。
「だけど。収穫が全くないわけじゃない」
「収穫?」
「何故、彼女が依頼を引き受けたのかはわかった」
「……それは、対価に関する情報とは異なるのですか? 大いに関わってしまう、『独行の羽根』にとっての禁忌なのでは?」
「うん。対価内容と密接な事実関係にあることは、確かだろうけどね。彼女に、何故話してくれたのかと問いてみたが、『どの道、キミ達ならば知ることになる事実』だからだそうだ」
「どの道、知ることになる? 何故依頼を引き受けたのか?」
レオンは窓の外を指差す。
レオンの指先、窓の外には蒼穹が広がっている。とっくの昔に堪能しきって、見慣れきった色達だ。
「鳥人族と魚人族、双方の種族間で。未知の病が蔓延しているらしい」
「──病、ですか」
「君には……いいや、私達には。多少なりとも心当たりがある話だろう?」
『どの道、キミ達ならば知ることになる事実』。それは『独行の羽根』の予測通りで、全く間違いはないだろう。
ロルフが記憶を辿ると、大いに心当たりがある。『独行の羽根』の拠点を探りに行くために、鳥人族の領土内に侵入する前のことだ。
「鳥人族領土前。鳥人族が見張っていませんでしたね」
「そう。普段通りなら、目視できる範囲だけでも二人や三人は空に見張りがついている。何故なら、鳥人族は天然資源を大切にする、テリトリー意識の強い種族柄であること。何より、天敵の『魚人族』がいるからだ」
「好戦的な『鳥人族』が、天敵を威嚇、見張るためのリソースさえも割けない。間違いなく異常事態であるとは、その場にいた皆が感じとった事実でしょうね」
「勿論だとも。その上で、もう少し深く考えてみよう。もし、私達が『魚人族』の立場であったなら、どうする?」
ロルフは即答する。
レオンから飛んでくる質問であろうと、予想していた通りの質問だったからだ。
「好戦的な『鳥人族』がぱったり戦をやめた、それも見張り制度すら撤廃させたともなれば。弱っている今、攻め入る絶好のチャンスだと考えるでしょうね」
「その通り。『魚人族』が普段通りであれば。そういう理屈で今頃は、攻め入っていたんじゃないかな」
一つ一つ事実確認していけば、なんとも単純でわかりやすい話だ。『白夜』が調査に一度でも出向けば、一度で理解できてしまうような内容だろう。
ロルフが誰もいない蒼穹に遭遇した当時は、『鳥人族』内で権力争いでも激化しているのかと考えていた。それこそ見張りすら立てられないほどの、種族存亡を賭ける規模の戦争を目論んでいるのかと。
そう仮定すれば、『魚人族』が動かない理由付けもできるからだ。勝手に滅ぶ自滅一歩手前まで進んでくれるのなら、それに越したことはないだろう。
しかし、それはよくよく考えればないと考えられる。何故なら、そこまで激化していたと仮定すると、領土内があまりにも静かすぎた。
鳥人族の骨や死骸を埋められた痕跡は無い。領土の中央で戦争を執り行うにしても、鳥人族達が空を飛んで、物資供給をする動きが全く見えなかった。
ならば、空から気づかれないよう、森でわざわざ地を歩いているのか。だとしたら、一人くらいは『白夜』の隊員と遭遇してもおかしくはない。その上、鳥人族は視覚と聴覚が優れている。森でわざわざ地を歩いても、メリットとデメリットがつりあうとは到底思えない。
「権力争いに夢中になるあまり罠を踏み、中立者が介入しても良い口実を与えさせないため。リスクヘッジで、『独行の羽根』がいるであろう付近を、避けているのかとも思っていたが……」
「『独行の羽根』の拠点付近には、毎度の如く罠があるからね。何があるかを具体的に把握できていなければ、怖がるのもわからなくはない話だ。……でも、空を飛んで通り過ぎるくらいであれば、さして問題はないと考えるんじゃないかな。『独行の羽根』側も、『鳥人族』の怒りを高確率で買ってしまうような罠は、張らないだろうし」
「共存に影が差してしまうような真似はしないでしょうし、それもそうですね。それに、『鳥人族』側が本当に切羽詰まっているようであれば。罠だなんて一切気にせず、一人や二人の命くらい、か弱い子供を喜んで差し出した後。何とか介入に対応するでしょうし」
「サラッと怖いことを言うね、君は」
レオンは肩を竦めて、ロルフの思案内容に苦言を呈した。
ロルフは慌てて思案の中から意識を引っ張りだして、レオンに焦点を合わせる。レオンは苦笑しながら、ロルフの視線を受け止めていた。
「お忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。レオン隊長。レオン隊長からの一足早い情報提供は、今の俺には惜しすぎるほどの、非常に有意義なものでした」
『独行の羽根』の情報は本来、不安定な立場にある現状のロルフには、まだ伝えられないはずの情報だったはずだ。
それを、隊長の仕事で忙しいはずのレオンが、わざわざ足を運んでまで密やかに伝達してくれた。感謝以外の言葉が見当たらない。
「構わないとも。私も君と有意義な話し合いができて、楽しかったよ。次はお茶でもしながら、ゆっくり話そうか」
「はい。お互いにいとまができて、機会があれば。喜んで」
レオンは椅子から立ち上がり、悠然と一度お辞儀をした。続いてロルフも一度お辞儀をする。
レオンが治療室から退出し、ロルフは肩の力を抜く。
「謹慎の身となる、不肖の副隊長相手にも敬礼か。あの人は少々、甘すぎるな」
*****
「……それは、どういった系統の試練なんだ? 似たような食事に対する忍耐力でも試されているのか?」
「あ、あぁ。ロルフ、さん。良いところに」
ロルフが遅めの朝食──というより、もはや昼食──を摂りに、食堂まで歩いてきたところ。中途半端な時間帯で来たために、比較的静かな食堂の中で、ルカはデザートだらけの皿に囲まれて目を回していた。
「これ、食べるの手伝ってもらえません?」
「断る」
「ご、ご無体な」
「甘い物は問題ないが、甘すぎる物は得意ではない。昨今作られている、甘すぎるだけのデザート達は、脳が腐りそうな味がするために進んで食べたくはない。皆の味覚がおかしいとしか思えない」
ロルフがルカの眼前の席に腰を下ろす。ロルフと改めて対面したことで、ルカも口滑らかに話題を語る。
ロルフがルカの存在を許諾して、こうして真正面から向き合うのは初めてのことだった。ルカはなんとなく、この場では自身の素で話し続けることを、心の奥底で決める。
「それは言い過ぎですけども。僕だって、いくら甘い物が好きだからと言って、この量は食べきれませんって」
「俺は病み上がりだ」
「あーあー、こういう時だけそういうこと言うよ、この人。馬が合わない男を地で行きすぎて常に落馬している男、七転八起どころか七転巻き込み八倒の男、個人的ランキング堂々のナンバーワン」
「不名誉すぎるナンバーワンをどうもありがとう、そんなに死にたいなら首を差し出せ今すぐに」
ルカは頬を膨らませて、ロルフに抗議の視線を送る。が、ロルフは涼しい顔をして視線に応じることはない。机をひたすらに凝視していた。
ルカが首を傾げる。ロルフの表情が無表情というより、緊張で強張っているように見えたからだ。
「? どうかしましたか」
「別に。どれが一番マシなのかを吟味していただけだ」
「エッ、本当に手伝ってくれるんです? ヤッタァー!」
喜びを隠そうともしないルカに、ロルフは眉を顰めた。
「一つでも多く食品ロスを減らそうとするのは、当然の行動だとは思わないか?」
「ロルフさんなら『そこら辺にいる奴らにでも配ってこい』くらいは言うものかと」
「協力してもなお、残った分はそうさせる。しかし、これらは恐らく元々隊員達に善意で渡されたデザート達だ。ならば、できる限りその善意に応えられるよう、一つくらいなら協力するのもやぶさかではない」
「なんだぁ、お腹空いてたんですね。よかった」
「話を聞いていたか? 話が噛み合っていないように感じられるが」
ルカがロルフからの苦情を華麗に無視しつつ、「えーっと」と小さく声をもらしながら、ロルフに渡すデザートを吟味した。ロルフは諦めて、ルカに大人しくデザートを選ばせる。
やがて、ルカが一度大きく頷いて、抹茶と小豆のパンケーキをロルフの眼前に差し出した。
「はい、どうぞ」
「はあ」
差し出された十分に甘そうなパンケーキを見て、ロルフは軽い絶望感と目眩を覚えつつも。周囲を見渡して近くに人がいないことを確認してから、フォークとナイフを手に持つその前に、本題を切り出すことにした。
『──それに、君が真っ先に謝るべき相手は、私じゃないからね』
ロルフは徐に立ち上がり、頭を下げる。
「今日までに、差別的言動や行動を繰り返してきたことを、心よりお詫び申し上げます」
「…………」
「この度の件につきましては、命に関わる由々しき事態を招き、加えて致命的な精神的負荷をも強いたことを、併せて心よりお詫び申し上げます」
ルカは何も言わずに、食べる手を止めた。ロルフが顔を上げてもなお、一言も発さずにルカはロルフの顔を見つめるまでにとどめる。
「そうですか」「顔を上げてください」などとは間違っても口には出さないし、まかり通ってはいけない案件だとも理解している。
ルカ自身への名誉毀損も許し難いことであったし、差別意識が多くの善良な人への風評被害に繋がるのは、当然ながら非常に不愉快極まりないこと。
何より、ルカにとって一番腹立たしい事実であったのは。同じく『マールム』であった姉にも、罵倒が当てはまることだった。
あんなにも、善良で優しい笑みのできる人だったのに。『マールム』という枠組みだけで判断され、ここまで罵倒されなくてはならないなどというのは。謂れなき偏見、暴挙だ。
淡々と、無機質に。ルカはロルフの一連の行動と言動を見守って、深呼吸をした。
「──座ってもらえません? 僕だけが座って、あなただけが立ってるのは、僕が凄く目立ちますし。食堂にやってきた人達を、無意味に怖がらせちゃいますから」
「……ああ」
深呼吸をした後のルカは、ロルフに優しく微笑んでいる。
許した、という意味合いではない。とりあえず謝罪を聞きはした、という意味合いだ。
被害者が謝罪を耳にしたのであれば。その謝罪通りに加害者が反省して、反省点に従って動けているのかどうかを、確かめられる権利が生まれる。
決して、被害者の負担になる『義務』ではない。加害者を恨むだけの人生で済ませないための、そういう選択もできるという、一つの『権利』だ。
今はただ、それだけで十分。
ロルフは椅子に座って、眼前にあるパンケーキをもう一度確かめる。ナイフを差し込んで、一口分にカットした。
フォークで刺して、口に入れる。
「存外、甘いな」
『それ』はルカを指す言葉なのか。パンケーキを指す言葉なのか。
あえて、聞かないでおいた。
*****
『……ぶ、ぁえ』
──ふざけやがって。
ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって。
ロルフの中で、ありとあらゆる負の感情が渦巻いて、もはやどの衝動がどんな風にロルフの中で噴出しているのか。自分自身でも全てを計り知ることはできなかった。
──それでも、きっと。
全てを計り知ることはできなくとも、きっと、一番大きかった衝動は。一番大きかった感情は。一番に、願っていたのは。
「お前だけでも、生きてくれればよかった」
きっと、何よりも、不孝不弟なものだった。
*****
■■■は愛を知って、愛を殺したい。
ロルフは愛を知って、愛を殺したかった。




