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ツインレイ  作者: 恥晒せ
16/25

16 布かぶり姫


人族と同じ『下位種族』に分類された唯一の種族、獣人族。

 獣人族の領土内には『マールム』達が住まう場の中で、最も栄えた集落。便宜上『リンゴ村』と呼ばれる村があった。


『これは酷いわね。……流石に、吐き気がしてくる』


 ■■■の母が『リンゴ村』に存在する、とある一家の惨状を目の当たりにして、呟いた。


『これ、全部。人だったのよね?』


男児だった『物』。女の、それも恐らく妊娠していた『物』。小柄な男だった『物』。

 ■■■の母の眼前に広がっていたのは、『物』と化した元人間。骨が所々覗く肉塊の集合体だった。

 血生臭い匂いも、腐敗が進行する臓物の匂いも、分泌されていた尿も、胃酸の酸っぱさが入り混じった胃の内容物の匂いも、何もかも全てが混合して。吐き気が止まらない。


 一度えずいて、吐き気の衝動を気休め程度に和らげてから、肉塊達を見渡した。


『現状繁殖期である分、栄養を求めて食い荒らすのは理解しているけれど。こんな食い荒らし方は初めて見たわ』


■■■の母、もとい『白夜』が獣人族の領土へ出向くこととなった理由。

 それは、獣人族の繁殖期が近くなったが故に、凶暴性を増す獣人族への生態調査・偵察をするため──というのは建前で、『マールム』達が集って、妙なことを考えていないかの監視のためだった。


 監視、と言う言葉選びだと、『白夜』側が非常に物騒に感じるだろうが。別に『マールム』自体を忌み嫌っているからだとか、都合よく支配したいからだとかではない。

 以前、『白夜』の隊員が『リンゴ村』を訪れた時。『白夜教』とかいう名前の、危険な宗教が生まれていたから、不本意ながら労力を割いて監視をやらざるを得ないだけだ。


 あからさまに筋が通っておらず、その上、空想による魅力の固め方もお粗末で。ただただ危険な思想を持っただけの宗教。それが全会一致で『白夜』の隊員達が下した、『白夜教』への評価だった。

 『白夜教』が持つ危険思想の内容を、おおまかに要約すると。邪悪なる気を持つ獣人族に、聖なる『白夜』の隊員一人を捧げることで、獣人族の気を鎮めさせる、というもの。

 この危険思想のおかげで、一部の『マールム』達が潜伏して『白夜』の隊員に襲いかかる、という事件があったのだ。『白夜』の隊員側からすれば、なんの心当たりもなく襲われるのだから、たまったものではない。


 だから、監視をするために此処へ来たのであって。こんな肉塊達の展覧会を訪問するために、調査へ来たわけでは断じてないのだが──、


『はぁ。ここら辺に住まう獣人族に、そういう加虐趣味持ちがいるのかしらね。流石にそれは放っておくわけにもいかない、』


物音がした。

 ■■■の母は即座に反応し、物音がした方向に視線を向ける。不自然に衣服や布を被せた、収納の棚が目についた。

 衣服や布を退けると、「ひっ」という甲高く小さな悲鳴がこぼれ落ちる。


『……そう。生き残りがいたのね』


『ひぅ、ぁ。いぁ、や……しに、しッ。しにたくな、しにたく、なぃい。しにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくない、し、んで、しに、しん、』


『…………』


骨が薄らと見えるほどに痩せ細っている、短躯の女児が居た。女児は、歯の根を合わせられずに、涎を口の端から垂らしながら蹲っている。

 ■■■の母が頭のてっぺんから足のつま先まで、隅々まで細やかに見届けると。この家で元々、人から暴力を受けていたのであろう痕跡が垣間見えた。

 薄い布切れから覗く、身体のあちこちに、目立たないように作られた痣がある。


『皮肉な話ね』


掠れた声で悲痛な呟きを繰り返し続ける、狂った女児の荒れた唇を見ながら。■■■の母はあくまで冷静に、状況証拠を元にこの場を分析する。

 恐らく、この女児は『見つからなかった』わけではない。獣人族にも知能の個体差はあるが、この程度の小細工で気づかれなかったとは思えない。例え視覚を騙せたとしても、嗅覚を誤魔化せたりはしないのだから。

 だとしたら、結論は単純明快。この女児は『見逃された』のだ。食べても大して栄養価が無くて美味しくない、可食部分も少ない肉のゴミなど、いらないと。


 この家で暴力を受けて、この家でまともにご飯にありつけず、この家で酷い目にあったからこそ。この女児は生き残ってしまった。

 これを『皮肉な話』と呼ばずして、なんと呼べばいいのだろうか。


『ねぇ、あなた』


■■■の母は女児の震える手をとって、口づけた。

 それは、臓器や目玉が平気でまろびでている、骨混じりな肉塊だらけのこの家でやるにしては。随分と神聖で、綺麗な所作だった。


『──私と一緒に、来る?』


*****


ロルフの『ツインレイ』は、小さな微笑みを無くした。

 単眼狼達が憤怒の咆哮を、アンズに向けて浴びせる。憤怒の咆哮が黒い葉を、地面を、森全体を揺らした。


「やっぱ、露出した心臓部分が弱点判定か。大変わかりやすくて助かるもんだ」


「弱点を突いてくれたおかげで、めちゃくちゃ怒らせてますけどねぇ?」


「仕方ねェだろ。確認のための致し方ない犠牲だ。コラテラル・ダメージ、コラテラル・ダメージ」


アンズとメイズが軽口を叩いているうちにも、単眼狼達は地を這う唸り声を放ち続け、ひたすらにアンズを睨め付ける。

 『主人』は狼達の唸り声に応えるかのように、軋めいた大きな音を立てながら、骨が見え隠れする片腕らしきものを挙げた。


「────!」


アンズを中心とした円状に、剣身が地面近くで生成され、若干角度をつけたまま一斉に空中へ放出される。空中に放り出された剣身達が、中途半端な角度と先端の重さに従い、鋭くとがった刃を下に向け、アンズに降り注いだ。

 アンズは致命的な頭を狙う剣身を『魔法無効化』で捌いた。木の葉で空中を見渡しにくく、アンズが捌ききれなかった分は、隊員達が通常魔法で軌道をずらして捌く。

 剣身は地や木に落ち、深く深く突き刺さった。


「……アンズさん、メイズさん。これ、よくよく考えなくてもヤバそうじゃないですか?」


「ヤベェな」


「ええ。少しずつ戦う場所をずらしたい、ところなんですが。寄り添う単眼狼が、許してくれそうにないんですよね。元々、そういう立ち位置なんでしょう」


ルカ、アンズ、メイズの三人が、一体何を危惧しているか。

 それはいくら勘の鈍い人間だろうが、『白夜』に所属する人間ならば嫌でもわかる。ロルフの得意技、剣身からの魔法行使だ。


メイズが主人の元を離れようとしない、一匹の単眼狼を見る。

 メイズはアンズを一瞥した後、中位風魔法『斬』を三回分発動。不可視の大きな半円形の刃が二回分単眼狼に迫り、一回分主人へと向かう。

 主人が中位水魔法『沈水』で、薄く張った水の即席盾を創る。水飛沫が舞いつつも、『斬』を相殺。

 一匹の単眼狼は、主人を巻き込まないよう避けようと、左右を軽快な動作で踏み鳴らして後退を──、


「『黒膜』」


後退を選んだ単眼狼を確認したアンズが、中位影魔法『黒膜』で、単眼狼を小さな黒い丸で追跡。黒い丸は、追いついた際に内側から溶け出した。

 溶け出した黒は霧へと変貌し、視界が黒で覆われ、単眼狼は方向感覚が狂わされる。


「対抗を選ばないあたり、単眼狼は魔法が使えないんでしょうね。良いことを知りました」


単眼狼との分断に気がついた主人が、一匹の単眼狼を連れ戻すために、二つに分岐している大きな鎖の一つを手に取る。

 大きな鎖を単眼狼がいるであろう黒い霧の中へ投げ出した所に、三人の隊員のうち二人が、中位風魔法『疾風』で妨害を試みる。鎖に複数の刃が当たり、見当違いな方向へ飛んだ。

 三人の隊員のうち一人は一息遅れてから、中位氷魔法『雹』による氷の粒を生成。単眼狼かその付近に降り注ぐよう、黒い霧を目安に指定の場を攻撃した。


「分断は成功、一人見張っててください。霧から抜け出そうとしたら妨害で」


一人が単眼狼を見張るために離脱。魔力を循環させながら、前方のことも気にしつつ待機となった。

 できることなら、主人側は相手どりたくない。単眼狼側に時間を割いて、攻略方法を探したいところではあったが。足止めをするので手一杯な後方組は、そんな余裕もなかった。


「少しずつ移動しましょう。剣身から何が飛び出すかわからない」


前方組にも聞こえるように、メイズが声を張る。

 前方組は元々主人と戦っていない分、剣身の被害も受けづらい。よって、移動する距離も僅かで済み、単眼狼からの妨害を受けつつも、少しずつ前へ戦場を移動させることができた。

 後方組もそれに続いて、少し前へと戦場を移そうとして──、


「わっ、と」


主人が『金属生成』で剣身をルカの頭上で生成、下を向いた剣身がルカを串刺しにしようと襲いかかった。が、付近にいたアンズが易々と『魔法無効化』で庇う。剣身は塵となった。

 アンズは眉を顰める。


「? なんの意味があんだ」


「──アンズさん。僕のことはいいので、相手を」


ルカに視線をやって、アンズが主人から目を離した瞬間に。ルカが瞠目していた。

 アンズは即座に、ルカの視線の先を追う。


 紅い、紅い。


「……花」


見覚えがあるなんてこと、暢気には言えない。アンズの目と頭は、見て、知ってから、そこまで時間は経っていない。

 つい先ほどのアラシの『ツインレイ』との交戦で目にした紅い花と、全く同じ形状、全く同じ色味の花が、首輪に咲いていた。


「どういうことです……?」


『ツインレイ』の特徴は千差万別。とはいえ、花という特徴を持つ『ツインレイ』は、確かに複数体存在はするのだろう。

 しかし、全く同じ特徴の花を持った個体を、同じ日に二体遭遇。何よりも、『後天的に咲き、力を持った花』という、これまでの事例にない未知の力を踏まえると、不穏さをひしひしと感じとれる。

 アンズにとっても、メイズにとっても、異様としか言いようがなかった。


「危ないっ!」


考える暇も与えず、主人は単眼狼を見張る一人の隊員へ、真っ先に『金属生成』で剣身を足元付近に生成。余所見をしている隊員を切り裂こうと放出される。

 そのパターンをレイトと共に、嫌というほど経験したルカが反応した。ルカは『結界』を発動させた後に駆け出し、隊員を突き飛ばす。

 『結界』は割れこそしなかったが、剣身を掠らせて僅かな亀裂が入る。ルカは『結界』を解いた。


「……威力、上がってるな。掠って亀裂か」


「飛び出さないでください、ルカ! 『足元』とだけ言ってくれれば、反応できたでしょうから!」


「す、すみません!」


大声でルカを叱るメイズに、ルカはすぐさま謝罪した。

 咄嗟にルカは「危ない」と叫んだが、訓練された隊員達なら、明確な言葉にして注意を促しておけば、避けるなり魔法でいなすなりできたことだろう。メイズの注意もご尤もだ。


 自己犠牲精神がまた足をひっぱっていることを反省しつつ、主人の様子を窺った。


「え?」


目が、あった。

 黒糸で綴じられていたはずの目と、ルカの目があった。


 ──あ、ヤバい?


恐怖で思考が鈍り、暢気なことを考えたルカ。

 そんなルカ相手にも無慈悲に、次の瞬間には、四方八方にルカを囲い込む剣身が生成されていた。


*****


『おかえりなさいませ、奥様』


■■■の母を玄関で出迎えた使用人達が、皆頭を下げて異口同音に挨拶の言葉を使う。

 ■■■の母が優しく微笑みながら、いつも通りと同じように「ありがとう」と感謝して、いつも通りと同じように──、


『? 奥様、そちらのお客様は?』


いつも通りと同じように対応しようと、足を動かした一人の使用人の足は、軽く足踏みをするだけで終えた。

 ■■■の母の背後で隠れる、一人の女児に気づいたからだ。


『少しの間、私が預かることにしたわ。児童養護施設へ即座に入れるにしては、ちょっと怖がり屋さんだしね』


『承知いたしました。それでは、子供部屋を一部屋分。御夕食の間にご用意させていただきますが、宜しいでしょうか?』


『あー……うーん』


■■■の母は、背後の女児に視線を送る。

 案の定、怯え切った女児が孤独を恐れて、ひたすらに身体を震わせて俯いていた。何も言わずに、■■■の母の衣服を弱々しく摘んでいる。


『いいえ、用意しなくていいわ。私の部屋で寝かせておく』


『承知いたしました』


今度こそ、使用人達の足は普段通りに動く。■■■の母を部屋着に着替えさせるため、付き添え人として動く者。夕食を机へ並べさせるために厨房へ動いた者。

 使用人達のしなやかな足運びは、芸術性すら感じさせるものだった。


『ほら、おいで』


『ぁ、う』


■■■の母は女児にも服を着替えさせるために、手を繋いで共に部屋へと向かった。

 その二人の一歩後ろを付き添い人が歩き、女児の辿々しい足取りを見届ける。


 女児の着替えはどうしたものかなと考え、記憶の中にある、ありとあらゆる■■■とソラの服を、付き添い人は思い浮かべた。

 やがて、頭の中で吟味し終えて、服の候補を定めた。それとついでに、服を買うという話になった時に、どの服を■■■の母に提示するかの候補選びも済ませておいた。

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