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ツインレイ  作者: 恥晒せ
15/25

15 腐食の狭間で舞う


■■■は愛を知って、愛を殺したい。


*****


『お母様?』


脈打つ追憶の破片。永劫に紡がれる断罪の破片。艱難の開演を告げる破片。

 ありとあらゆる名称を併せ持ったその破片の声は、■■■にとって親しみがある。昔はよく耳に馴染んでいたものだった。

 それは、幼き少年達と母の声だ。


『えーっと、そちらの方は?』


『■■■、ソラ。よく聞いてちょうだいね。少しの間、この子を預かることになったの』


母の眼前にいる二人の少年の反応は、おおよそ同じだった。顔を二人で見合わせてから、母の方に向き直って首肯する。


『ええ、わかりました! お母様』


『──────。───』


汚濁のノイズが酷く、二人の少年のうち一人の声が、言語として聞きとれない。

 ■■■がこの破片を覗き見るたびに、決まってそうなるのだ。今更、その事実に対して湧き上がる感情など、何一つとしてなかった。


 ──いや。


それは少しだけ、嘘だ。湧き上がる感情が何一つとしてない訳ではなかった。

 汚濁のノイズで聞き取れないことに関して言えば、感情など噴き出ない。が、最後の一言だけは汚濁のノイズに穢されない、その事実に漠然とした嫌悪を抱いていること。それは否定できない事実だった。


『ありがとう。少しの間だけど、きちんと仲良くしてね。喧嘩はダメよ』


『大丈夫ですよ、お母様。オレは……まあ、ともかく。■■■がそんなことする訳ないですし』


『そこはソラもそんなことしないって、きちんと言って欲しいんだけどなぁ?』


『あ、あはは。大丈夫です、好物さえ取られなければ。そう簡単に怒ったりしませんから』


母とソラが莞爾として笑った。破片の中の■■■も釣られて、口角を微かに上げている。

 ソラは少しの間笑いあった後、母が連れてきた子供が笑っていないことへ、目敏く気がついた。母の背後にいたその子へ視線を移して、ソラは恭しく頭を下げる。


『よろしく! 仲良くしよーな!』


すぐさまソラが右手を差し出して、握手をねだる。子供が戸惑いながらも、その手を握り返そうとして──。

 同時に、■■■の聴覚が、視覚が、世界が。歪にひしゃげていった。


『──なんで』


破片達の声は。■■■が発した木霊する空虚によって、完全なる終演を迎えた。


*****


黒い葉に覆われた森の中で、『独行の羽根』を背負ったルカやアンズ達は道を引き返していた。馬車の元へ帰還しようと、ひたすらに木陰を踏み締めている。

 すると、不意にルカが足を止めて、背後を振り返る。


「あれ、ロルフさん?」


ルカの背後を歩いて、後方の警戒を担っていたロルフの足音が止む。メイズやアンズは足音が止んでも、気にせずに前を向き続けていたが、ルカは怪訝そうに声をかけた。

 ロルフは俯いて、立ち止まっている。


「ルカ、どうかしました?」


護衛対象のルカが立ち止まったことで、メイズが反応する。

 ルカの視線の先を追って、メイズも俯いているロルフに視線を固定した。


「ロルフさん。体調が悪いようでしたら」


「待て」


アンズは、ロルフに近寄ろうとしたメイズの肩を掴む。メイズが不服そうに振り向いてもなお、アンズは肩から片手を離すことがないまま。手で制した。

 アンズがロルフに呼びかける。その声色には、警戒と敵意が込められていた。


「──どういうつもりだ? テメェ」


「ぇ」


アンズがロルフに呼びかけた、刹那。ルカは思わず、一つのため息にも近しい呟きを落とした。

 俯くロルフの隣に、突然顕現した存在を目にしたからだった。


「なん……ですか? あれ」


乳白色の皮膚が中途半端に剥がれ落ち、露出した肋骨と心臓。

 両瞼が乱雑に縫われていて、白の睫毛と共に垂れ下がる黒糸。

 地面についてしまうほどの、長い長い白髪。

 白髪で見え隠れし、白で埋め尽くされた色達を一蹴した、異端的な雰囲気を放つ黒色の首輪。

 黒色の首輪に繋がる、二つに分岐した大きな鎖。

 二つに分岐した鎖は、佇む『主人』に寄り添う、黒眼と白眼の二匹──双子の単眼狼に、巻き付けられている。


「ガキ、メイズ。……嫌な予感がする。下がれ」


「奇遇ですね、アンズさん。俺も、イヤな雰囲気だなぁって思います」


乳白色の皮膚と、指先の骨が混じる『主人』の手が、寄り添う単眼狼の頭を撫でる。

 その手つきには一切乱暴さがなく、単眼狼達は低い位置に尻尾を置いて、落ち着きを得たまま『主人』を見つめている。

 ルカの眼は、それを隙として映すことはなかった。寧ろ、眼前に居る者達を屠ると決意したが故の、栄誉ある旗持ちを定める儀式かのように感じて。ルカの精神を逆撫でするだけの動作だった。


「ツインレイを発現させても『使役』を維持できるのは、現状レオンさんとロンシェさんだけ……ですもんねぇ」


メイズは淡々と──しかし、警鐘の意味合いを大いに滲ませた声を、隊員達に『逃亡』を選ばせるための足がかりとして呟き。足を一歩、また一歩と背後へ運ぶ。

 誰もが『それ』から目を逸らさず、ただ足を静かに背後へ動かし続けるだけなのは。眼前に居るモノから目を逸らせばどうなるのかを、本能で察しているからだ。


「通常、ツインレイの力を百パーセント扱うために、『使役者』が『ツインレイの完全発現』を押し通しちまうと。『使役者』の方が引っ張られちまって、自我が呑まれて……人呼んで『ツインレイ化』とやらに陥る。例外は二名ほど居るっちゃァ居るが。ロルフはそれに当てはまらな、」


小さな笑い声が聞こえた。小さな笑「くす」みを溢した。小さな「くすくす」慈悲の微笑みを浮かべました。

 双子の単眼狼は、『主人』の愛の囁きに、咆哮で応える。咆哮と同時に巻き付けられた鎖が不自然に解け、双子の単眼狼は自由になって、自由に掲揚した。

 自由な愛を掲揚して。愛を掲揚した。掲揚し掲揚して掲揚する掲揚の愛を掲揚して掲揚してばかりで掲揚を繰り返す「くすくす、」愛の掲揚を愛で塗って潰し掲揚の裏を視て廻り掲揚の姿態を示して掲揚を現像し、


「──ッ、逃げよう!」


ルカは一息遅れながらも、ロルフの『ツインレイ』から発せられる偏執的な笑みから目を逸らし、叫んだ。

 一瞬だけこの場の感情を乗っ取ったことで、アンズが硬直するメイズを引っ叩く。引っ叩かれたメイズが、一人の隊員を引っ張る。

 一人の隊員の反応に影響されて、一人が物音を立てる。また一人、またまた一人と、連鎖し合って硬直を取り払った。


 メイズは『千里眼』を発動させるのと同時に駆け出し、隊員達は即座に駆け出す。隊員達が駆け出すと同時に、ロルフの『ツインレイ』も緩慢な足取りで動き出した。


「なんでロルフさんが敵対行動、いや、『ツインレイ』に暴走をさせてるんですか! 本人はあのまま置いていってよかったんですか!?」


「暴走についてはよくわかりません。が、そんなこと言ってる場合じゃないのは確かですよ、ルカ! 事情は『本人』に、後でこってり聞き出せば良い」


「────」


木の葉を踏み潰して走りながら、ルカが嘆きを表明すると、メイズは即座に返答する。

 『ツインレイ』が本体を殺すかもしれないというルカの懸念。それに関しては、遠回しなメイズからの励ましによって、心配無用であることをルカは理解した。

 メイズは根拠なく、口八丁に人を励ませるタイプではない。ルカは少しだけ安堵するが、頭で理解してもなお、胸中に蔓延する不安は晴れないままだ。


「オイ、何してんだ。ガキも早く前に行け」


メイズと一通り喋り終えたルカへ、アンズが呼びかける。

 ルカはアンズに前へ出ることを促されるが、ルカは目を伏せただけで、指示に従わない。


「……あー。いや、それは、やめておいた方が」


「特にガキに関しちゃァ、保護対象だろォが。お荷物な『独行の羽根』とっとと誰かに預けて、できるだけ早く走れ。俺が背後側に回る」


アンズはルカと後方の隊員達を、ロルフの『ツインレイ』から遠ざける前方へと誘導する。

 アンズは『魔法無効化』持ちであることを理由に、注目を集める役割を名乗り出たが、メイズは首を振った。


「……いや。最悪なことにダメそうというか、許されなさそうですね。ルカが前に逃げるのは」


「あァ?」


「『あれ』、いや。狼らしきモノ達も含めれば、『あれら』か。……『あれら』、ルカのことを優先して狙ってきてますよ」


「──ああ、やっぱり。気のせいじゃなかったんですね」


メイズにとっては『千里眼』を単眼狼達に数秒発動させてから、漸く気がついた事実だった。が、ルカは違った。

 仕える単眼狼達が、ルカから目を逸らすことはあっても。視覚がないはずの、ロルフの『ツインレイ』が偏執的な笑みを向ける方向は、常に定められていて。ルカ自身が気付けないわけがなかった。


 アンズは舌打ちをした後、ルカの背にいる『独行の羽根』を一瞥する。


「傷口が開かねェよう丁重に扱え、ね。テメェが破ってどうすんだ、ロルフ」


「どうします? どう考えても、ルカを前に逃すのは難しそうです、」


「が」と言い切る前に、メイズは背後を振り返る。アンズも同時に振り返り、そして──、


「だァ!!」


傍にいたルカを突き飛ばす。

 アンズは飛来する『剣身』を手の中に収め、『魔法無効化』で霧散させる。剣身だったものは、魔力の結晶として空気中に合流していった。

 突き飛ばされたルカは、背にいた『独行の羽根』の頭は守れるように、身体を捻りながら倒れ込んだ。片腕を差し出したことで、『独行の羽根』の頭の下敷きになったが、擦った程度の痛みで収まる。


「怖かッ、じゃなかった、すみません! ありがとうございます!」


ルカは立ち上がる時に、『独行の羽根』を再び背負おうとして、一人の隊員に止められる。一人の隊員がルカの手から『独行の羽根』を回収したことで、ルカは手ぶらになった。


「ガキに完全な一点集中だなァ、ロルフ。どうやってガキを判別してんだ」


「偶然か、はたまた狼達の単眼、鼻か。……まあ、どちらにせよ。狙いがわかっている分、守りやすいっちゃ守りやすいかな。狙われる対象がルカでさえなければ、より一層、助かったんですがね」


メイズは『千里眼』で数秒間、再び一定範囲内を探知する。

 すると、メイズは静かに息を呑んだ。右手で前を指差し、左手で背後を指差す。


「双子の単眼狼のうち、一匹は背後で歩いているようですが。もう一匹は、前方の道を見張ってますね。視点的に、森の中で待ち伏せしてるんでしょう」


「森ん中突っ切って先回りしたか。本格的に狩りみてェなことしやがって」


「剣身を飛ばしたのは。狼が先んじて前に辿り着くための、足止めだったんでしょうねぇ」


「ただの足止めにしちゃァ、随分と殺意が込められてたけどな。……まァいい。結局、馬車に逃す気はサラサラねェってこった」


メイズの言葉により、アンズは馬車に向かわないことを選んだ。背後を振り返る。


「前方は二人、後方はアンズ・メイズを含めた五人で対応する。ガキは後方寄り、『独行の羽根』持ちは前方寄りで待機してろ」


単眼狼達が何の役割を担っているのか、何ができるのかが明瞭に判明していない以上。馬車に向かう道を突破させる前方組には、できるだけの戦力を割きたいのは山々。

 しかし、後方の『主人』と恐らく傍に居るであろうもう一匹の単眼狼の足止めを鑑みると、前方組に戦力を割くことは難しい。大いに戦力を割いて短期戦で済ませようにも、前方の単眼狼だけに負担を押し付けるような真似を、『主人』が許せるとも思えない。

 アンズの思考としては、こんなところだろう。


 メイズはアンズの指示に渋々従って、アンズの隣に並んだ。嘆息を隠そうともせずに混じらせながら、メイズは小声で呟く。


「結局、こうなるんですねぇ。『あれ』と戦えって、相当無茶だと思うんですけど」


「前方組が、狼を物理的に討伐しちまうか。もしくは、誰かが特徴を掴んで、狼を実質的に完全攻略しちまうか。それまでは抜け出せないとはいえ、無理に戦わせるつもりはねェよ」


「……相手が、僕に敵対心を抱いている以上。無理に戦う羽目になりそうなんですが」


ルカは全身に鳥肌が立つ悪寒を感じながらも、身体を冷やす機能を持っているはずの汗が止まらない。

 汗で湿る掌の中の感覚が気持ち悪いとまで思考して、ルカは初めて、自身が手を力強く握りしめていることに気がついた。手の力を抜いてから見てみると、震えていることが一目瞭然だった。


「……笑えないなぁ」


アラシの『ツインレイ』とは違う、威圧感。

 それに立ち向かう心の準備を整えるには、あまりにも時間が足りない。いや寧ろ、時間なんて無くてよかったのかもしれない。

 真正面から向き合える日なんて、きっと、一生訪れないだろうから。


「──来ます」


ルカが意識を彼方に飛ばしているうちに、メイズは『千里眼』で周囲の様子を窺っていた。一斉に皆が臨戦態勢をとる。

 ルカの眼前と背後に、焦らず、気長に、悠然に、獲物を追い詰めた単眼狼が一匹ずつ現れて。同時に現れた主人の威容を、際立たせていた。


「そっちも、準備は整いましたってか? ──上等じゃねェか」


アンズが中位光魔法『円光』を発動させて、小さな円形の光を創り出す。

 円形の光は、ロルフの『ツインレイ』の心臓目掛けて一筋に駆け抜ける。心臓部分で円形の光が爆ぜようとしたところで、ロルフの『ツインレイ』は少し立ち位置を変えた。

 それを皮切りに、ロルフの『ツインレイ』は小さな微笑みを無くした。


*****


■■■は裕福な家系に生まれ、母親と使用人達に愛されて育った子供だった。


■■■の父親は、■■■の自我が形成されてすらいない幼き頃に、財産や子供といった文字通り人生の全てを託して、病死。

 けれど、別に■■■自身、不自由さを感じたことも愛情不足を感じたこともなかった。その事実一つで、母親の強かさと、使用人達の人柄が十分に窺えて。

 ■■■は必ず、母親と使用人達に恩返しをしなければならないと、心に楔を打ち込んでいた。


『ソラ、■■■。ごめんなさい、今日は日帰り出張なの。帰りは遅くなってしまうわ。使用人の言うことをきちんと聞いて、ご飯を食べることも、お勉強をすることも。欠かさないでね』


『白夜』の隊員であった母親は、ちょくちょく出張で帰りが遅くなることがあった。

 そういう時は決まって、■■■は無言で頷き、了承と心配の眼差しを向けていた。


『そうなのですか、お母様。どうかお気をつけて!』


■■■とは異なり、清々しい声色で朗々と答えた人間がいる。兄だった。


■■■には、ソラという兄がいた。

 兄に『恩返し』という言葉を使って、親しみを持つべきかは悩ましいところだが。少なくとも、■■■は兄にも感謝をしていた。

 ■■■と共に育ち、時には食べ物に対する価値観の相違で喧嘩をして、時には仲直りをして、時には花瓶に落書きを書いて一緒に怒られて。

 ■■■と最も対等な存在として会話をしてくれた存在であり、人と関わる上で大切な要点を学ばせてくれた存在だった。


『んねね、■■■。他種族って、どんな感じなんだろーなー?』


朝食を終えたソラが■■■の肩を叩く。

 ■■■は首を振りながら、知りもしないし興味もないという要旨を伝えた。


『えー? うっそぉ。領土外に出たことがある誰かに、直接聞いて見たいーとか。思ったことねーの? 羽が生えてたり、耳が長かったり、鱗があったりする種族の話だよ? 寧ろ興味しか湧かねーだろぉ……』


羽や耳、鱗の話を聞いて、どうするつもりなのか。そんなものの話を聞いたって、持て余すだけだ。結局、人族は人族に変わりない。『世界三大禁忌』でも犯さない限りは。

 ■■■は喉まで辿り着いた、ロマンの欠片もない言葉を、すんでのところで呑み込む。呑み込んで、喉に張り付いた言葉を嘆息に引き換えて、■■■は自室に向かう足を進めた。


『もー、冷てーぞ! あれか? そんなに根に持ってんのか!? お前の分のサンドイッチ間違えて食べちゃったの! 謝っただろ、ちゃんと! もぉーー!!』


 ──うるさい。


根には持っていない。決して、根には。

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