14 揺蕩う産声
メイズが『千里眼』を使用してもなお、『独行の羽根』が既に陥落していた事実に気づけなかった理由。
暗闇が主な理由であることは論を俟たないのだが、間接的に存在する理由が二つほどあった。
一つ目は『目的は口封じ以外ありえない』という、現状所持している情報によって辿り着く、当然の帰結に囚われたから。『独行の羽根』が共犯者に裏切られる可能性など、全くもって想定できていなかったのだ。
もし、刺客側が共犯者であることを予測できていれば、アンズやメイズの行動も打って変わって慎重になれていたのだろうが。『独行の羽根』の口が堅いことは種族の隔たり関係なく、共通認識であることを皆知っていた。そんな可能性、頭によぎるはずもない。
二つ目は、『独行の羽根』を仕留めた後もその場に留まり続ける、などという──不合理極まりない、『動かない視界』の所為だった。
*****
「──総員! 全力で自身の身を守れ!」
アンズの叫びが、戦闘の火蓋を切った。
後方の隊員二名が即座に反応。一名は前線組のアンズ、メイズ、ルカを重点的に、皆を守る形で中位氷魔法『雹』を発動させる。隊員達の眼前に、氷の粒が降り注いだ。
もう一名は中位岩魔法『尖岩』で、鋭い刃を持つ一つの柱を創る。アラシの『ツインレイ』と血に塗れた『独行の羽根』の間に、距離を作らせた。
後者に関しては、もし間に合うようであれば他の隊員達が保護に動けるよう、保身より使命を優先して立ち回った結果だろう。
前者は皆の命を守ることに、後者は状況をこちらのペースに持っていくことに努力している判断だ。
「あハっ、ははハひ!」
「一体、何が起こって……チッ」
不協和音を奏でながら笑い続けるアラシの『ツインレイ』は、中位風魔法『疾風』を発動させる。同時に、『白夜』の隊員達が『独行の羽根』とルカを巻き込ませない形で、それぞれの魔法を行使し始めた。
『固有魔法』を使用する者は、ロルフ・アンズの二名が主になっている。後方の隊員達は『固有魔法』の練度が低いか、経験値があるために練度は高くとも、『固有魔法』が戦闘向きではない者が多い。
故に、熟達した通常魔法で戦った方が有力な対抗馬になり得るということだ。
メイズは風魔法で、ロルフの『金属生成』からの飛翔の動作を円滑にさせる支援を行う。風魔法の支援を受けた剣身が、アラシの『ツインレイ』に向かって放たれた。
しかし、視認してから軽々と身を翻し、避けられた。
「落ち着け、」
状況を確認しながら、メイズは何とか冷静さを保とうとする。が、眼前で風魔法を行使して、攻撃をいなしているアラシの『ツインレイ』を見ていると、意図せず嘆きの言葉が口から溢れていた。
当然だ。理不尽極まりない、不合理な存在が立ち塞がっているのだから。
「……何故、裏切った? 殺すことが目的なら、何故ここに留まっているんです」
メイズが『千里眼』を発動していた間、アラシの『ツインレイ』は少しも暗闇の中から視界を動かしていない。つまりは、アンズ達が到着した頃には既に、『独行の羽根』を仕留め終わっていたと考えていい。
だというのに、アラシの『ツインレイ』はその場に留まり続けている。メイズが『千里眼』を使用した際の立ち位置から、一切変化していなかった。
何故、姿をくらまさなかったのか。全く理解できない。もしこれが合理的な行動で、合理的な判断なのだとすれば、あり得るのは──、
「……何かを待っていた?」
「メイズ! 『独行の羽根』保護に動け!」
「了解」
アンズから指示を受けたメイズは、一旦思考を途切れさせて投棄。メイズを守ろうとする隊員達の魔法の渦中をくぐりぬけて、『独行の羽根』の元へ走る。
漂う血生臭さが本能に不快感を訴えかけさせるが、そんなことは気にしている場合ではなかった。メイズは抱えようとして『独行の羽根』に触れる。
「うっ?」
指先の感覚に違和感を覚えて、メイズは『独行の羽根』から手を引っ込めた。
感触がヒトのそれではなかった。メイズが至近距離でよくよく観察すると、出血部分の腹を強くおさえつけるようにして、『透明な糸』が巻き付けられている。
流石と賞賛すべきか、恐るべき執念と慄くべきか。応急処置は自らの手で済ませているようだった。
「間に合うか間に合わないか、判断しかねますね。微妙なラインです、っと」
メイズは『独行の羽根』を背負う。
傷を癒せる中位光魔法『治療』、もしくは上位光魔法『快復』を扱える者は、この場で一人だけ。全属性の通常魔法を扱えるロルフだけだ。
容易に回復が間に合うだろうとは楽観視できない。何も考えず、無闇にロルフが戦線を抜ければ、当然アラシの『ツインレイ』もその隙を優先的に狙って攻撃してくる。前線で接近戦を挑むアンズに、集中砲火が始まるだろう。
アンズが崩されれば、前線要員が一人いなくなる。いなくなれば、その影響は計り知れない。
『独行の羽根』を素早くロルフの元へ送り届け、素早くロルフを前線に戻す。それがこの戦場において、『白夜』が最低限達成しておきたい目標だ。
「勿論、それは最低限の目標。討伐もちゃんと、視野に入れます、が……」
血の匂いと血の生温かさが背中にこびりつく感覚に嫌気が差しながら、メイズは後方組と合流しようとする。
「──!」
メイズが飛び退いた。足元にロルフが生成した金属、剣身があったからだ。
同時に、アラシの『ツインレイ』がメイズに向かって、足らしきもので蹴りを飛ばしてきた。上に向けられた剣身の勢いと、足らしきものの破壊力で衝撃が相殺される。
剣身はその場でひび割れて、壊れて、落下した。
「うわあ。まあ、こっち狙ってきますよねぇ」
「帰スすわけには、いかネぇよなァあ」
──さて、どうやって後方に戻るか。
『独行の羽根』を回収しに行く分には、皆の魔法で庇われていたために問題はなかった。が、戻るとなると話は別だ。現状の立ち位置でいえば、隊員達よりもアラシの『ツインレイ』の方が近いのだから。
『独行の羽根』を庇いながら風魔法を発動し、一発貰うくらいならば問題ないか。アンズやロルフも、できる限りのカバーに入ってくれるだろう。
メイズは中位風魔法『風陣』を発動しようと、魔力を循環させ──、
「通サねぇよ」
「……また、それですか」
紅い紅い、花が咲いている。
アラシの『ツインレイ』の顔らしきものには、メイズにとって見覚えのある紅い花が咲いていた。
メイズは反射的に、魔力を循環させた分を中位風魔法『斬』として転用させる。大きな半円形である風の刃が、アラシの『ツインレイ』へ──正確に言えば、紅い花へ向けられる。
しかし、アラシの『ツインレイ』も手を軽く振って構築、中位風魔法『斬』で容易に攻撃を相殺する。
「やっぱり。発動速度だけで言えば、相当上澄みですね」
「ケはは」
──とはいえ。
あの意味のわからない『紅い花』から力を享受していると考えれば、弱点もある程度予想がつく。
メイズはアラシの『ツインレイ』から距離を取るようにして後退した。
『紅い花』が咲いている状態であるアラシの『ツインレイ』自身の動きと、風魔法の軌道を予測しやすくするためだ。前回の二の舞にだけはならないよう、警戒すべき点を頭の中で反芻し続けている。
「────」
「おォっとト、ソレわはダメだぞ」
メイズの動きに合わせて隊員達はメイズとの距離を縮めようと、密やかにその場を一進一退する。が、目を光らせていたアラシの『ツインレイ』が、中位風魔法『疾風』で妨害をする。
たった今放たれた指向性のある複数の風の刃は、『紅い花』が咲く前に放たれた魔法達と比べると、遥かに強力だった。防ぎきれなかった一名の隊員が顔を伏せるが、防ぎきれなかったはずの魔法はアンズの手の中で散る。
固有魔法『魔法無効化』で前線を維持しながらも、アンズは隊員達を度々守っている。
「テメェが会議で言ってた『紅い花』? とやらは! 顔っぽい所についてる、アレであってんのかァ?」
「はい、アレですよ! 気をつけてください」
アンズが大声で確認し、メイズが肯定を返す。すると、ロルフは一本調子な口調で「メイズ」と名前を呼んだ。
「離れろ。『魔法』が使えない」
「了解」
ロルフの言う、『魔法』とは何か。
メイズは察知して、隊員達と距離を縮めることを諦める姿勢を見せた。アラシの『ツインレイ』は首らしきものを傾げながらも、メイズに対する警戒は怠らない。
「失せろ」
「ォあ?」
ロルフが生成し、アラシの『ツインレイ』への攻撃に使用されていた、剣身達。
アラシの『ツインレイ』は剣身に対して、避けるか風魔法で最低限軌道を逸らさせるか程度に対応していた。剣身は刺さっているか落ちているかの差異はあれど、アラシの『ツインレイ』付近を囲うようにして存在している。
ロルフの言葉を皮切りにして、剣身から一斉に爆炎が上がった。
「ィあぁあアアァ!?」
メイズは、爆炎の相殺を風魔法で咄嗟に試みるアラシの『ツインレイ』を横目に。中位風魔法『風陣』による、自身を囲う風の刃で身を守りながら駆け出す。
隊員達との合流に成功したメイズは、安堵の一息を吐いた。
「相変わらず、怖いというか頼れるというか陰湿というか。素晴らしいですね、ロルフさん」
「褒めるか貶すか、一方にしてくれないか」
「狡猾」
「わざわざ貶す方を選ぶのか」
『独行の羽根』をロルフに差し出すため、メイズは背から『独行の羽根』を下ろす。
ロルフは『独行の羽根』の傷口を糸越しに確認し、上位光魔法『快復』を発動させた。
「あーァ。ゲェムオウバーぁ? ってヤツかカ? イたタて、カラダっのねつどがしゃくねつ、オーバーだ。取りかえさ、す、のぁ難しいイだろーし、ナア」
「ゲームオーバーだろォが、コンテニューはさせねェよ。逃すつもりはねェからな」
爆炎で負ったダメージで身体が思うように動かず、重心が揺れるアラシの『ツインレイ』。やがて、揺れが最大値になると、体勢を崩して地に横たわる。
アンズは今が討伐の好機と見た。『透明化』でこの場から逃亡を図ろうとすれば、『千里眼』か『魔法無効化』で対抗する意思を見せている。実際、メイズも負荷を気にせず『千里眼』を使用する意思を見せていた。
「さすかがに、万全ナぁ『白夜』お、アイテにするのア、無理だっかあ。ヨナな」
「散れ」
アンズが中位光魔法『光芒』を、アラシの『ツインレイ』に向かって放つ。弱々しい光の粒が集って短い線となり、短い線が勢いよく首らしきものを貫いた。
アラシの『ツインレイ』の首らしきものに、空洞ができる。黒い血が一定のペースで流れ続け、アラシの『ツインレイ』は最後の抵抗力を手足らしきものに込めた。
規則的に流れ続ける血とは対照的に、手足らしきものは規則性なく暴れ続けたが──、
「…………」
動かなくなるまで、そう時間はかからなかった。
「討伐完了ですか」
「だろォな。『ツインレイ』討伐、なかなかに手こずった」
駆け寄ってまで慎重に確認しに来たメイズの言葉に、アンズがため息を吐く。
メイズは、口を開けたまま動かなくなったアラシの『ツインレイ』を見下ろした。メイズは右手を前に突き出して、中位風魔法『斬』を発動させる。
手足らしきものを一回ずつ、丁寧に、全て切り落とした。
「オイオイ……」
「首らしきものが弱点とは限らないでしょう? 万が一のために、切り落としておいた方がいいかと」
「あんだけ血ィらしいもん流してりゃァ、弱点判定で良いと思うがなァ。変な『紅い花』とやらも、綺麗サッパリ消えちまったしよ」
「『紅い花』、サンプルとして持ち帰りたかったんですがね。流石に高望みでしたか」
メイズとアンズはアラシの『ツインレイ』の残骸を置いて、踵を返し、ロルフと『独行の羽根』の様子を確認しに行った。
「どうだ。間に合うか?」
「問題ない。傷口が開かないよう丁重に扱えば、まず死ぬことはありえないだろう」
「そうですか。大切な証左を失う羽目にならなくてよかったです」
「危うく、無駄足になるところだったからなァ」
アンズがルカを手招きする。
ルカは困惑しながらもアンズの手招きに応えて、隊員達の護衛から抜け出した。
「背負ってけ」
「あ、はい。確かに、僕が一番適任そうですね」
元々保護対象で後方に居ること、『固有魔法』の内容が内容であることを踏まえ、『独行の羽根』を預かるのはルカが最も適任だろう。
ルカはアンズの判断に従い、ロルフのもとで横たわる『独行の羽根』を背負う。
「傷口開きそうで怖いな。この運び方」
「ガキは筋力的にその持ち方しかできねェだろォが。つべこべ言うな。……そもそも、ご本人が糸で傷口塞いでんだ、そこまで気にしてやる必要も義務もねェ」
「ごもっともで」
ルカはメイズに肩を貸していた際の重みを回顧して、どちらの方が楽だったかを比較した。
メイズの方が重かったが、傷口を気にかけてしまうという精神的な負荷を含めると、『独行の羽根』の方が重い気がしてきた。
ルカは無言で、揺らさないように努めながら、『独行の羽根』を背負う力を強める。
隊員達が皆それぞれアラシの『ツインレイ』の残骸を確認し終えると、負傷者に重症者がいないことから、撤退の準備を手早く始めた。
包帯を巻いたり、現状の魔力消耗率がどれくらいか、隊員達は話し合う。
「──それにしても。『独行の羽根』が先にやられちゃってるとは、考えもしませんでしたね。どうやって不意打ちしたんでしょう」
「多分、テメェにしたのと同じ手口だろ。例の『紅い花』の爆発的な能力向上だ」
「あー、なる……いや、待ってください。それだと『独行の羽根』が、『紅い花』の力を警戒していなかったことになりません? まさか、何も知らないオチなんてありませんよね……?」
「ありえなくはねェな。あくまで依頼をこなすだけの『独行の羽根』相手に、わざわざ手札を晒しまくる必要はねェし。共同作業なら話は別だろォが、そういう訳でもなかったんだろ?」
「はぁ……」
「とっかかりを得られただけでも十分、そう思っとけ。実際、第一部隊副隊長も似たような思考回路だろォよ」
撤退の準備を終えた隊員達に、アンズは抜け出している者がいないか、隊員一人一人の顔を窺った。
抜けている者はいないと一度頷いて、蹴り飛ばされた玄関ドアに向かった。
*****
「そろそろ、頃合いだネ〜」
道化師は芝居がかった口調で、天蓋付きベッドで寛ぐ幼い少女へ話しかけた。少女は、話しかけてきた背後の道化師に振り返る。
二人は共に、濁流の如く押し寄せるこの世の一場面を観測し終えていた。
「アラシの『イデア』くんは死んじゃったカ〜。いやァ、残念残念」
「……ややこしーからさぁー。イデアくん呼び、やめてちょーだい? 呼称は統一しないとー、私。こんがらがっちゃうのー。ぱらぱらあー、ってぇ」
幼い少女は頭を指差したり、掌を開いたり閉じたりと、道化師に抗議の意味を孕んだ身振り手振りを見せつける。
少女は仕草も口調も、全てが見た目に相応の幼さで、如何にも子供らしい。
「悪かったヨ〜、呼び慣れてなくってネ〜。ついん……ついん?」
「『ツインレイ』」
「そうそう。アナタ達は、ついんれいって呼ぶんだったネ〜。覚えておくサ」
「そう言うけどねー。教えるの、何回目だと思ってるのー?」
「ははは。いやァ〜、痛い痛い、痛いとこ突くな〜。謝る、謝るサ。……でもネ、お嬢様。今はもっと、注目すべき点があるんじゃないかな〜?」
「むー」
幼い少女は、道化師から優しい声色で諭され、頬を膨らませる。
道化師からそっぽを向いたが、少女は道化師との戯れに僅かな時間で飽きる。沈黙を破って、道化師の望む本題へと移った。
「そろそろ、使いたいのー?」
「うんうん。このタイミングが一番適してると思ってネ〜」
「そーぉ? もっともっと温存しておいても、良いなぁって思ったけどなー?」
「温存しても悪くはないけどネ〜。ワタシ達の目標を鑑みれば、ここら辺が妥当かな〜って、思っただけサ」
「──ふーん」
幼い少女は目を細める。横目で道化師を見た。
「本当に、それだけぇ?」
「ええ、ええ、そうだとも〜。まさか、仲間意識を疑われているのかい? カナシイなぁ〜」
道化師は大仰に顔を伏せて、顔を両手で覆いながら、嘆いて、嘆いて、嘆いて。首を振った。
幼い少女は、見慣れた道化師の芝居を見届けて、小さくため息を吐く。
「まー、いいやぁ。いいよー、使ってあげるねー」
「あっはは〜、頭が上がらないネ〜。ありがとう、ありがとう、心の友ヨ〜!」
「はぁーい」
幼い少女は実行する。




