第53話 戦況逆転
「なるほどな……つまり、右腕にはお湯を仕込み、左腕にはサウナの熱をつけていた。そういうことだな?」
大ホールを揺るがしたスバルの不敵な種明かしを聞き終え、ガルドラは怒り狂うかと思いきや、信じられないほどにすっと表情を消した
すべてを冷徹に納得したように喋るガルドラ。その瞳の奥には、恐怖ではなく、底知れないドス黒い悪意が冷ややかに灯っていた
「ああ! その通りだ! これで本当にお前に勝てる!」
スバルは勝利を確信し、熱気と湯気を放つ両拳を力強くガルドラに向けて突き出した
だが、ガルドラの唇は、まるで歪な三日月のようにゆっくりと吊り上がっていく。くくく、と地を這うような、ねっとりとした不気味な笑い声が彼の喉の奥から漏れ出した
「――素晴らしい。実にいい考えだ、小僧。工作用ボンドの特性から、溶解と乾燥という二つのアプローチを同時に仕掛けてくるとはな。俺の弱点を完璧に突くその知略、そこだけは素直に褒めてやろう!」
ガルドラの全身から、先ほどまでの激昂を遥かに凌駕する、オーラが湧き上がり始める。ホールのきらびやかなシャンデリアが、そのプレッシャーだけで狂ったようにガタガタと音を立てて震え出した
「しかし……! そんな子供騙しの対策を一つや二つ用意したところで、お前らがここで無残に死ぬという未来は、何一つ変わりはしないのだよ……!!」
ガルドラが傲然と言い放ち、周囲の空間そのものを威圧する。しかし、スバルはそんなガルドラのハッタリを鼻で笑い、ニヤッと不敵な笑みを浮かべたままであった
「……? おい、どう言うことだ?」
しかし、背後で状況を見守っていたカイトが、ガルドラの妙に余裕のある態度に不穏な気配を感じ取り、怪訝そうに呟いた。
だが、スバルはガルドラの言葉に耳を貸すつもりはなかった。脱獄を成功させ、ここまで仲間と共に勝ち上がってきた自信が、スバルの背中を強く押し上げていた
「終わりだ、ガルドラ! 後ろにみんなも控えてるけど、これまでの因縁も含めて、俺だけでお前を完全に叩き潰してやる!」
自信満々に、これ以上ないほど主人公らしく言い切るスバル
すると、ガルドラは待ってましたとばかりに、再び下劣で不敵な笑みを深く浮かべた
「ふっ……くはははは! 確かに今のまま一対一で戦えば、俺は確かに不利かもしれないな。だが小僧、お前は大きな勘違いをしている。いつから俺が、一人だけだと勘違いしていたんだ?」
「何……っ!?」
リンクがその言葉の不穏さに気づき、驚く声を上げる
まさにその瞬間だった
ガルドラの背後に影のように潜んでいた、重厚な祭壇の幕が左右に激しく弾け飛んだ
そこから飛び出してきたのは、冷たい視線を向ける三人の手練れの刺客たちだった
彼らは人間離れした跳躍力で空中を舞い、目にも留まらぬ電光石火の速度で、無防備なスバルの首筋を狙って一斉に飛びかかってきた
「え!?」
スバルが背後の気配に気づいて反応した瞬間には、すでに刺客たちの放った攻撃が、彼の目の前数十センチにまで迫っていた
「しまっ…!」
あまりの速度に、防御も回避も完全に間に合わない。スバルの首が跳ね飛ばされる――誰もがそう確信した、次の刹那
ドン!!!
鼓膜を激しく引き裂くような、苛烈な金属衝突音がホール全体に炸裂した
スバルの視界に飛び込んできたのは、頼もしい仲間の背中だった
カイトは刺客の一人、屈強な男と腕を交差させ、ジンは一人の刺客と剣を交え、そしてリンクが命がけでチェーンを振り回し、一人の刺客の攻撃を防いでいた
カイト達は刺客たちの放った攻撃を完璧に受け止め、防いでいたのだ
スバルの命は救われた。しかし、ガルドラの用意した刺客たちの実力もまた、並大抵のものではなかった。
攻撃を完全に受け止められたにもかかわらず、刺客三人は一切の体勢を崩さず、むしろその圧倒的な力を利用して、カイトたち三人をごりごりと力任せに押し切りにかかった
刺客たちは連携の取れた一斉の踏み込みを見せ、凄まじい脚力でホールの床を激しく踏み荒らした。その刹那、
ズドォォォン!!!
という大爆発のような破壊音と共に、大ホールの頑丈な床が完全に突き破られた
崩落する瓦礫。巻き上がる大量の土煙
刺客たちはそのままカイトたち三人を受け止め、道連れにするような形で、突き破られた床の穴から、はるか下の階層へと一気に落下していってしまった
戦場は、強制的に分断されたのだ
「みんな――っ!!」
スバルは突如として起きた仲間の危機に、思わず大声を上げてカイトたちの落ちていった床の穴の方へと顔を向けてしまった
仲間を何よりも大切にするスバルだからこそ、彼らの安否を心配して、ほんの一瞬だけ、意識をそちらに持っていかれてしまったのだ
――しかし、悪党であるガルドラが、その致命的な一瞬の隙を見逃すはずがなかった
「こんな命がけの戦いの最中に、よそ見か……? どこまでも甘いんだよ、青二才がァァァ!!」
ガルドラの冷酷な嘲笑が、すぐ目の前から響く。 気がついた時には、ガルドラの白粘質に変形した巨大な右腕が、スバルの視界を完全に覆い尽くしていた
「やばっ!…」
スバルは咄嗟に防ごうとするが、ガルドラはお湯で溶かされる隙を与えず、打撃力と質量のみを爆発的に高めた白き右腕をスバルに向かって容赦なく喰らわす
それを喰らってしまい、吹っ飛ばされるスバル
ドォォォォン!!!
大ホールに、肉体が激突したとは思えないほどの、凄まじい爆音と衝撃波が吹き荒れた。
ガルドラの白き右腕から放たれた一撃は、スバルの無防備な側頭部へと正確に叩き込まれていた
「グエッ……!?」
スバルはカエルの潰れたような情けない悲鳴を上げながら、凄まじい勢いで真横へと弾き飛ばされた
彼の身体はホールの床を何度も激しくバウンドし、豪華なテーブルや椅子を何脚も粉々に破壊しながら、10メートル先にある大理石の柱に背中から激突して、ようやくその動きを止めた
どさりと、大の字になって床に倒れ伏すスバル。その身体からは、先ほどまでの圧倒的な覇気が嘘のように消え失せ、ピクリとも動かなくなってしまった
「ははは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ! 確かに右腕と左腕に姑息な対策をしてきたようだが、当たらなければ、そして当てる前に叩き潰してしまえば何の意味もないと言っただろう!」
ガルドラは、自分の右腕に付着したわずかな湯気を忌々しげに振り払いながら、勝利を確信した高笑いを大ホールに響かせた
「まずは、そのお節介な仲間どもから、下の階で一人ずつじわじわと血祭りにあげてやる。そしてその後で、お前を絶望の中でじっくりと噛み殺してやろう!」
完璧に見えたスバルの「温泉とサウナの秘策」だったが、ガルドラの底知れない狡猾さと、用意されていた伏兵の存在によって、戦況は一転して最悪の絶体絶命の危機へと叩き落とされてしまった
カイト、ジン、リンクの三人は、それぞれ強力な刺客と共に下の階層へと完全に分断され、生死すら分からない
そして、唯一ガルドラに対抗できるはずのスバルは、痛烈な一撃を受けて意識を失ったかのように倒れている
ステージの上、純白のドレスの裾を強く握り締めながら、エリスは絶望に顔を青ざめさせ、悲痛な声を上げた
「スバル……! 嘘でしょ……スバル、立ち上がって……!」
引き裂かれた戦場、孤立無援となった仲間たち
ここからどう巻き返すスバル!
次は明日の18時ごろに投稿します!
下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをお願いします!執筆の励みになります!できるだけ押して欲しいです!




