第50話 リーダーの我儘
「ボンドの弱点……。それは、熱と風だ」
ジンの口からぽつりと飛び出したその言葉は、静まり返った病室の空気を一瞬にして切り替えるだけの重みを持っていた
ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に深く腰掛け、腕を組んでいたカイトが、わずかに眉をひそめる
窓際に寄りかかっていたリンクは、まるで理解が追いつかないといった様子で、大袈裟に首をかしげてみせた
「熱と風? ジン、それがガルドラの弱点だってのか?」
リンクが不思議そうに尋ねる。 カイトもまた、鋭い眼差しをジンに向けていた
それもそのはずだ。彼らはついさっき、スバルの実体験をもとに
「あいつの粘着物質はお湯でふやける」
という驚きの事実を聞かされたばかりだったからだ。水に弱いというロジックを理解した直後に、今度は
全く逆の性質を持つ「熱」と「風」が弱点だと言われては、頭の中が混乱するのも無理はなかった
三人の視線を一身に浴びながら、ジンは静かに語り出した
「さっき、昔に玩具を親父が作ってくれたって話をしただろ? その時のことだ。工作の途中で玩具を作り終わって、仕上げに塗りたくったボンドを早く乾かそうとした時、うちの親父がめんどくさそうに俺に言ったんだ
『ジン、ボンドを早く乾かす方法があってな、それは熱を与えるか、風とか空気を当てることだ。わかったか?』
ってな」
ジンの淀みのない解説を聞いた瞬間、ベッドの上で上半身を起こしていたスバルの表情が、パッとひまわりのように輝いた
「って言うことは……めちゃくちゃ有能じゃねえか、お前の親父!」
身を乗り出しながら、嬉しそうにツッコむスバル。
そう、ジンの父親が残した工作の知恵こそが、ガルドラのチート能力を完全に攻略するための第二の鍵だったのだ
つまり、ガルドラが誇るあの忌々しい粘着能力のもう一つの弱点は、他でもない「熱と風」によって、強制的に乾燥させられてしまうこと
ボンドという物質は、完全に乾燥して硬化してしまえば、ただのプラスチックのような個体へと変化する。
ガルドラの強みは、あらゆる攻撃をネチョネチョとした流動体で受け流し、あるいは相手の身体を粘着させて拘束することにある
だが、相手を拘束する前に、熱と風を浴びせてガチガチに固めてしまえば。流動体としての防御性能は完全に死ぬ
「なるほどな……。お湯で溶かすだけじゃなく、逆に乾燥させて固めちまうってわけか」
カイトが顎をさすりながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる
その瞳には、ガルドラへのリベンジの絵図がはっきりと描き出されていた
「じゃあ、その弱点を使って、具体的にどうやってあの化け物と戦うんだな?」
スバルがさらに一歩踏み込んで尋ねると、ジンは不敵に口元を歪め、静かに立ち上がった
「そこでなんだが、俺に確実な策がある。……俺らの能力を、極限までうまく使えばいい」
ジンはそう言うと、カイトの顔をじっと見つめるジンの意図を察したリンクが口を開く
「あぁ、それはカイトの能力を使うんだな!?」
と嬉しそうに叫び、身を乗り出すような仕草をする。
「確かに、カイトの『風の能力』を使えば、ガルドラのボンドも乾燥させられる! そうなれば、あいつがどんなに粘着物質を出してこようが、攻撃が簡単に通るようになるかもな!」
リンクの言葉通り、カイトの操る風であれば、ガルドラの白粘質を瞬時に乾燥させて無力化することが可能だった
これさえ決まれば、あの圧倒的だったガルドラを、一切の危険をおかさずに簡単に倒すことも決して夢物語ではなかった
「作戦は完璧だ。これなら確実に勝てるじゃねえか! なぁ、スバル!」
リンクは興奮気味にスバルへと同意を求めた
勝機が完全に見えたのだ。これで勝てないはずがない
しかし、当のスバルは、リンクの期待に満ちた声とは裏腹に、どこか浮かない顔をして俯いていた。その拳は、ベッドのシーツをぎゅっと握り締めたまま固まっている
異変に気づいたリンクが、怪訝そうにスバルの顔を覗き込んだ
「どうしたんだよスバル? せっかく完璧な攻略法が見つかったってのに、なんでそんな浮かぬ顔してんだよ?」
ジンもまた、奥の瞳を細め、心配そうにスバルの表情の変化を観察している
部屋を包む沈黙の中、スバルはゆっくりと頭を上げると、気まずそうに、しかし引き下がれない頑固さを宿した声でぽつりと言った
「……悪ぃけど……カイトの能力は使わずに、勝ちてえんだ……」
その突飛な要求を聞いた瞬間、リンクは、驚いた顔を見せた
それに対して名前を出された当人であるカイトにいたっては、スバルがそう言うとわかっていたかのような顔をする
病室の温度が急激に下がったかのような錯覚さえ覚えるほどの、強烈な威圧感だった
「なんでだよ、スバル! 目の前にあいつを簡単に、しかも安全に倒す方法があるんだぞ!?」
リンクには、スバルの意図が全く信じられないといった様子だった
ガルドラは一度、スバルを完膚なきまでに叩きのめしたほどの強敵だ。プライドにこだわっている場合ではない
しかし、スバルはカイトの鋭い視線からも、リンクの正論からも、決して目を逸らそうとはしなかった。その真っ直ぐな瞳は、ただ一つの覚悟だけを映し出している。
「俺は、一回あいつに負けたんだ……」
スバルは静かに、しかし一言一言に魂を込めるように言葉を紡いだ
「あいつのあの力に、俺は手も足も出ずに敗北した。それが悔しくて、情けねえ!だからこそ、あいつには絶対に、次こそ俺自身の力で勝ちてえんだ
それに、エリスを助けたいって気持ちに嘘はねえ。
一刻も早くあいつを引っ張り出したい、だけど……これはあいつと、俺の戦いなんだ。だから……手出しはしないでくれ。頼む」
スバルがそう言うと病室に今度こそ重苦しい沈黙が降りた
リンクは何も言えずに口をモゴモゴと動かし、ジンは静かに腕を組んで目を閉じる
張り詰めた空気の中、最初に沈黙を破ったのは、カイトの「フッ」という鼻で笑う小さな声だった
カイトは鋭かった視線をふっと緩め、リンクとジンに向けて肩をすくめてみせた
「お前ら、そこらへんにしとけ。スバルがここまで頑固にこう言ってんだ、今回はこの大馬鹿なリーダーのわがままを聞いてやれよ」
カイトの言葉には、確かな信頼が滲んでいた
その顔には、どこか嬉しそうな部分も含まれていた
「……やれやれ、最初からそのつもりだったんだろうな」
ジンもまた、諦めたように苦笑を浮かべる
「……わかったよ。お前がそこまで言うなら、俺は信じるぜ、スバル」
リンクも最後には、いつもの明るい笑顔を取り戻して力強く頷いた
仲間たちの温かい言葉を聞いたスバルは、一瞬だけ驚いたような顔をした後、これ以上ないほど晴れやかに顔をしたした
「サンキュー、みんな……! 本当にありがとう!」
心からの感謝を述べるスバルに対し、カイトはわざとらしくそっぽを向きながら、ニヤリと口元を吊り上げて最後の言葉を掛けた
「その代わり……もし負けたらただじゃおかねえからな。絶対に勝てよ、スバル?」
カイトの激励を受け、スバルは白い歯を見せてニカッと笑った。その拳には、すでにガルドラを打ち砕くための、熱く、揺るぎない闘志が漲っていた。
「あぁ! 当たり前だ!」
病室の窓から差し込む夕日が、固く結ばれた四人の絆を、黄金色に強く照らし出していた――
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次回は明日の18時ごろに投稿予定です!
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