第26話 エリス 偵察
「おっさん! こっちからここまで、肉と魚を全部くれ!」
賑やかな酒場の扉を乱暴に開け放ち、スバルは開口一番にそう叫んだ。
横にいたカイトが呆れたようにため息をつき、店主に向けてひらひらと手を振る
「オヤジ、俺には酒も頼む」
「はいよ、まいど!」
威勢のいい返事とともに、次々と料理が運ばれてくる
「うんめえええ! おっさん、天津飯追加だ!」
「オヤジ、こっちにも白飯をくれ!」
スバルとカイトの二人は、周囲の客が引くほどの勢いで食い、飲み、皿を空にしていった。運ぶ店員の方が冷や汗をかくほどの暴食ぶりである
「ふーっ! 食った食った! 大満足!」
「……スバル、どれだけ胃袋に詰め込めば気が済むんだ」
「いいじゃんか、腹いっぱいになったしさ!」
腹を叩いて笑うスバルを横目に、カイトは最後の一口を飲み干した
二人が席を立ち、店を出ようとしたその時、店主が慌てて呼び止めてきた
「いや、ちょっと待ってくれ君たち。……代金は?」
その言葉に、スバルがピキリと硬直した。額からだらだらと冷や汗が流れ落ちる
スバルは泳ぐ視線を、必死にカイトへと向けた
「あ、あっいやー、そのー……。なぁ、カイト?」
「おい、お前……。まさかとは思うが」
カイトの目が据わる
その冷ややかな視線から逃げるように、スバルは露骨に目を逸らした
「……金…ねえ」
「お前という奴は――!」
カイトが踵を返し、一人で店を出て行こうとする。スバルはその背中に必死で縋り付いた
「おーい! 待てカイト! 俺を裏切るのか!?」
「裏切るも何も、俺はちゃんと考えて食う量考えてんだよ!」
「お金がないのに付き合ったお前も同罪だろ、助けてくれよカイトー!」
「お前のえぐい金額を背負う義理はねえ!手を離せ、服が伸びる!」
二人が醜い押し問答を繰り広げていると、背後に影が落ちた
そこには、額に青筋を浮かべた店主が、巨大な拳を握りしめて立っていた
「……それでお客さん。お金、ないんですかね?」
「あっ、その……カッカイト頼んだ!」
スバルがカイトの方に目を向ける
しかしカイトは目を逸らした
「金がないなら、体で払ってもらうしかねえなぁ……!」
そしてスバルの地獄の皿洗いが始まった
スバルにとって、労働は苦行そのものだった
「俺、皿洗いなんかしたことねえよー!」
「ほら、そこまだ汚れてるぞ! こんな皿、お客さんにお出しできるか! 早く手を動かせ!」
「くっクソー!」
必死に皿をこするスバルの横で、カイトは手際よく作業をこなしていく
しかし、スバルのドジは止まらない
「ほら、そっちの料理の皿早く客席に運んで!」
「はーい! ……おっとっとっと!?」
派手な皿が落ちる音がする
皿を落として台無しにしたスバルに、店主の怒号が飛んだ
またある時には――
「お待たせしましたー!」
元気な声でスバルがお客さんに対して料理を運んでくる
「あれ?てっ店員さん…料理が皿に盛られてないんだけど……」
「あれーおかしいなーてんちょー!ないんだけどー!」
「お前がさっきつまみ食いしたからだろうが! どう落とし前つけてくれんだ、ああん!?」
毎日がそんな調子だった。
そんなある日の夜
同じく仲間のリンクが様子を見にやってきた。 疲れ果てたスバルは、リンクの顔を見るなり、涙目で愚痴をこぼした。
「はぁ……。そういえばさ、カイト、俺たちのパーティー、いつになったら出発できるんだ?」
「店主に言われたろ。スバルの弁償代も含めて、あと『一年』はここで働いてもらう、と」
「い、一年――!?」
スバルは絶望に顔を歪めた
「よし、リーダー交代だ! 今から俺が『カイト・パーティー』を結成する。スバル、お前はここで一生皿を洗っていろ」
「おい! 待ってくれよカイト! 一年なんて無理だ! お前のバカな行動のせいで、俺たちまで一年もここに縛られるんだぞ! お金も底をつく!」
カイトが言い放つと、スバルはついにプライドを捨てて床に膝をついた
「お願いだ、お願いだ! この通り! カイト、見捨てないでくれ!」
手を合わせて必死に懇願するスバルを見て、カイトは深くため息をつき、ガリガリと頭を掻いた。
「……はぁ。ちょっとくらいなら待ってやる。だから早く終わらせろ」
「ほんとかよ!? よっしゃー! 持つべきものは頼れる相棒だな!」
手のひらを返して喜ぶスバルを無視して、カイトはリンクに向き直った
「そういえば、エリスとジンはどうした?」
「エリスはこの街に到着してすぐ、別行動をとったよ。ジンは今、病院だ。でも、明日には退院できるらしい」
リンクの丁寧な説明に、スバルは少しだけ表情を和らげた
「そうか、よかった。ジン、治るんだな。……ああ、本当によかった」
「こらそこ! 無駄口叩いてないで、早く働いてね!?」 背後から鬼の店主が顔を覗かせる。
「わ、わかってるよ、おっさん……!」
スバルは泣く泣くスポンジを握り直した。
その時だった。 酒場の外、薄暗い路地裏の影から、じっと彼らを見つめる視線があった
エリスだ
彼女は鋭い視線を店内に向けていたが、カイトがふと、その違和感に気づいて目を向けた。
「ん……?」
「どうしたんだ、カイト?」
リンクの問いかけに、カイトは目を細めたまま、路地裏の闇を凝視する。エリスの姿は、すでに闇に消えていた
「いや、なんか視線を感じたんだけどな。まあ……気のせいか」
その日の深夜。ようやく過酷な労働が終わり、三人は手配された宿泊地のベッドになだれ込んだ
「ひゃー! やっと終わったー! 死ぬかと思った!」
まだ疲れが残る体に鞭を打ち、スバルは伸びをした。
「よし!飯食わねーか?」
カイトがリンクを誘う
「いいね、行こうか。スバル、お前はどうする?」
「えー! ずるい! 二だけで美味いもん食いに行く気だろ! 俺も行く!」
結局、三人で街へ繰り出すことになった
活気に満ちた大通りには、そそられる香りを漂わせる屋台が立ち並んでいる
「今日は何食おうかなー! ……って、俺、金ないんだった……」
スバルがガックリと肩を落としたその時、カイトの足が止まった。 賑やかな大通りの脇、冷たい空気が滞留する路地裏。そこに、見覚えのある人影が立っていた。 ――エリス。
彼女はカイトと目が合った瞬間、ハッとしたように目を見開き、路地裏の奥へと走り去った
「……?」
カイトの目が、一瞬で鋭い戦士のものへと変わる
「リンク、スバル。ちょっと先に行っててくれ」
「え? どうしたんだよカイト」
「いいから。先に店で席でもとっておいてくれ」
「ああ、わかった。頼むぞ」
リンクはカイトの雰囲気が変わったのを察し、スバルの首根っこを掴んで歩き出した。
「じゃあな、カイト! 美味い店、探しとくからな!」
スバルの能天気な声を背中で聞きながら、カイトはためらわずに、薄暗い路地裏の闇へと足を踏み入れた
次は明日の18時ごろに投稿します!
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