「ゼロの残響」
【観測者ゼロ 再起動】
白いログが、
レンの瞳を流れていく。
空気が震える。
街灯が点滅する。
止まっていた風が、
一気に吹き荒れた。
神代レン
は、
自分の右手を見る。
指先に、
白い文字が浮かんでは消えていた。
消えたはずだった。
終わったはずだった。
それなのに。
身体は、
この力を覚えている。
クロウが呆れたように笑う。
クロウ
「ほんと、
バグだなお前」
レンは苦笑できなかった。
頭の奥へ、
大量の記憶が流れ込んでくる。
図書館。
最終観測者。
白紙領域。
そして。
“終わりを選んだ瞬間”。
ユイが、
不安そうにレンを見る。
白銀ユイ
「……レン」
レンは頷いた。
「大丈夫」
そう言った瞬間。
修正者が動く。
【矛盾増加を確認】
緊急修正を実行
三体の修正者が、
同時にレンへ迫った。
速い。
人間じゃ反応できない速度。
だが。
レンの視界には、
全て“ログ”として見えていた。
軌道。
目的。
修正内容。
全部。
レンは、
静かに呟く。
「《再定義》」
白い文字が展開。
【修正者は、
“絶対”ではない】
瞬間。
空間が歪む。
修正者の動きが、
僅かに止まった。
クロウが笑う。
「ハッ!」
「それだよそれ!」
彼は一気に踏み込む。
黒い剣閃。
一体の修正者が吹き飛んだ。
だが。
身体が崩れない。
白いノイズを散らしながら、
再生していく。
クロウが顔をしかめる。
「再生持ちかよ!」
修正者が、
感情のない声を響かせる。
【観測者ゼロを確認】
危険度:
最上位
修正方法を変更
その瞬間。
レンの周囲の景色が、
突然変わった。
教室。
夕暮れ。
静かな放課後。
レンが目を見開く。
「……は?」
そこには。
普通の高校生活があった。
友達の笑い声。
部活帰りの生徒。
窓際で寝ている自分。
違和感のない、
完璧な日常。
そして。
教室のドアから、
ユイが顔を出す。
「レンー」
彼女は笑っていた。
いつものように。
何も知らない顔で。
レンの胸が揺れる。
この世界には、
異世界も戦いもない。
苦しみもない。
普通の日常だけ。
修正者の声が響く。
【矛盾を除去】
“観測者ゼロ”を削除します
レンは理解する。
これは。
誘惑だ。
“普通”へ戻るための。
ユイが近づいてくる。
「どうしたの?」
「帰ろ?」
レンは、
彼女を見つめる。
胸が痛い。
これでいいのかもしれない。
戦いも。
崩壊も。
全部忘れて。
普通に生きる。
それが一番幸せかもしれない。
その時。
教室の窓へ、
小さなヒビが入った。
パキッ。
レンの表情が変わる。
ユイも気づいていない。
周囲の生徒も。
でも。
レンには分かった。
この世界。
“作り物”だ。
さらに。
窓の向こうに、
誰かが立っていた。
黒いパーカー。
白い瞳。
白紙アキ
アキは、
窓の外から笑った。
口だけ動く。
『選べよ』
その瞬間。
レンの中で、
何かが決壊した。
普通の日常。
それは確かに幸せだ。
でも。
“本物じゃない”。
誰かに用意された、
終わり方だ。
レンは、
静かに目を閉じた。
そして。
呟く。
「《観測拒否》」
白いログが、
教室中へ走る。
窓が砕ける。
世界が割れる。
ユイの姿も、
教室も。
全部。
ガラスみたいに崩れていく。
修正者の声が、
初めて乱れた。
【ERROR】
【ERROR】
レンが目を開く。
そこは再び、
ヒビ割れた現実世界だった。
修正者たちが、
わずかに後退している。
レンは、
静かに息を吐いた。
そして。
白いログを纏いながら、
ゆっくり言った。
「俺は、
“都合のいいエンディング”には戻らない」




