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第四話 転落

 街へ戻る前、シロはその場で立ち止まり、クロとの通信を始めていた。

「まだ魂食の反応はここにいるみたいだ。数は四体で間違いないらしい」

「そうか……」

 蒼は短く答える。

 地下での疲労は思っていた以上に重く、まだ完全には回復していなかった。

 それ以上の会話もなく、二人はそのまま中央街へと戻る。

 そして蒼は、まっすぐ家へと帰った。

「……ただいま」

「おかえり〜」

 扉を開けると同時に、ミチルが駆け寄ってくる。

「おかえり。どうしたのよ」

 紗羅は一目で蒼の異変に気付き、声をかけた。

「思った以上にキツイな。狭い通路での単純な作業に、暗闇。それに魂食への警戒……」

「あ〜……それはストレスのオンパレードね……」

 紗羅は苦笑混じりに肩をすくめる。

「そーちゃん……」

 ミチルがそっと抱きついてきた。

 その瞬間――

 温かい何かが、蒼の中へと流れ込んでくる。

 疲労で重かった身体が、じんわりと軽くなっていく感覚。

「ミチル、ありがとう。おかげで元気になったよ」

 蒼は優しく頭を撫で、ゆっくりとその身体を離す。

 ミチルは、大切な誰かを想ったとき、その感情と共に余命力を流し込むことができる。

 他者のために余命力を使う――それは極めて稀で、特異な力だった。

「さぁ、ご飯にしましょう」

「わ〜い」

「腹が減ったぜ」

 いつものやり取り。

 いつもの空気。

 地下の閉塞感とは対照的な、穏やかな時間がそこにはあった。

 蒼は小さく息を吐き、肩の力を抜く。

 日常に戻ってきたという実感が、じわりと広がる。

 また明日から続く地下での作業。

 その厳しさは変わらないだろう。

 それでも――

 こうして戻れる場所がある。

 それだけで、前に進む理由になる。

 蒼は、当たり前のようでかけがえのないこの時間を、静かに噛み締めていた。


 朝――蒼は目を覚ました。

 だが、すぐに違和感に気付く。

「……連日は……初めてだな」

 胸の奥が揺れるような感覚。

 魂そのものが、不安定に波打っている。

 視線が、自然と窓へ向いた。

「窓は、今日も同じ……だよな」

 外の景色は変わらない。

 それなのに――

 身体は動かない。

 視線だけが、勝手に引き寄せられるように動く。

(……何か、呼ばれている……?)

 ふと、昨日の地下を思い出す。

 あの、底の見えない深い空間。

 あの時も、確かに感じた。

 “呼ばれている”ような感覚を。

(偶然……?)

 そう考えながらも、胸の奥に残る違和感は消えない。

 地下で感じたものと、今の揺らぎ。

 それが同じものだと、どこかで確信していた。

(何か、あるんだ……あの地下に……)

 やがて、揺らぎが収まる。

 身体の自由が戻り、蒼はゆっくりとベッドから起き上がった。

「……準備をするか……」

 いつも通りの動作で支度を整え、部屋を出る。

「おはよう」

「あぁ、おはよう……」

 リビングでは、すでに紗羅が起きていた。

 軽く言葉を交わし、朝食を済ませる。

 そして、出かけようとしたその時――

「そーちゃん! おはよー! いってらっしゃ~い」

 ミチルが勢いよく顔を出した。

 寝起きにも関わらず、元気いっぱいの笑顔。

「いってきます」

 蒼は小さく手を振る。

「蒼! 気を付けなさいよ」

 紗羅の声が、少しだけ強く響いた。

 その目は、ただの見送りではない。

 何かを察しているような、そんな視線だった。

「小型の魂食が残り四体だ。……大したことないよ」

 蒼は軽く言い、手を挙げる。

 だが、その言葉とは裏腹に――

 胸の奥では、あの感覚が消えていなかった。

 呼ばれている。

 確かに、あの地下から。

 蒼はそれを振り払うように、家の外へと踏み出した。


 昨日、作業を終えた地点まで――蒼たちは再びやって来ていた。

 洞窟の奥へと進む道中。

 あの、底の見えない空間を通り過ぎる。

 その瞬間、意識ごと吸い込まれるような感覚。

(まだ、ここでやることが……あるんだ……)

 足が止まりかける。

 だが、蒼は歯を食いしばった。

 優先すべきは、魂食の排除だ。

 その目的を果たすまでは――

 進むしかない。

「続きを始めよう」

 短く告げ、作業を再開する。

 ケーブルを伸ばし、照明を設置していく。

 昨日と同じ、単調な作業。

 そして、常に続く魂食への警戒。

「…………」

 だが、蒼の意識は別の場所にあった。

 目の前の作業ではない。

 魂食でもない。

 洞窟の――底。

 あの見えない闇へと、引き寄せられていた。

「……ぞ」

「…………」

「お……い……蒼!」

「……………………」

「蒼!」

「え!?」

 シロの声で、蒼は我に返る。

「ぼーっとするな! 魂食だ!」

「え?……クソッ!」

 視線を前に戻した瞬間――

 闇が、すぐそこまで迫っていた。

 ズズズッ……

「ヤバい!」

 一瞬の遅れ。

 その隙を埋めるように――

 シロの駒が一体、魂食へと体当たりを仕掛けた。

 ドンッ――

 そのまま、魂食と共に消滅する。

「……!」

 蒼は即座に銃を構え、距離を取る。

「すまない……」

「言い訳は後で聞く。いるぞ」

 シロの声は冷静だった。

 だが、その緊張は明らかだ。

 闇の中で、黒い影が蠢いている。

 先ほど一体が消え――

 残りは三体。

 ズズズッ……

「見えた!」

 ドンッ!

 一体を撃ち抜く。

 残り、二体。

 しかし……

「残りは小型二体で、合ってるよな……?」

「そのはずだが……」

「……あれは?」

 蒼が指差す。

 闇の中から現れたそれは――

 明らかに異質だった。

 小型のはずの魂食。

 だが、目の前にいるのは――

 中型に近い大きさの個体が、二体。

「……おい、話が違うぞ」

 蒼の声に、緊張が混じる。


「銃弾、足りるか?」

 蒼は低く呟く。

 小型二体であれば問題なかった。

 だが――中型が二体。

 状況はまるで違う。

「しかも二体……一体に集中したら、もう一体にやられる……」

 ジリジリと後退する蒼。

 だが――

「蒼! これ以上は下がれないぞ!」

 シロの声が鋭く響く。

 背後には、あの底の見えない深い空間が広がっていた。

「……ここで、二体同時に消すしかないか……」

「出来るのか?」

「溜めが必要だ。シロ、駒たちを引かせてくれ」

 一瞬の沈黙。

「……分かった」

 細い道。

 一度に退かせることはできない。

 それでも、少しずつ駒が後退していく。

 その間に――

 蒼は銃を構え、静かに余命力を込め始める。

「中型……二体分……」

 重い負荷が、身体にのしかかる。

 それでも、構えは崩さない。

 魂食との距離を保ちながら、じりじりと後退する。

「……もう少し……」

 やがて――

 すべての駒が下がりきった。

「蒼。後は我々だけだ」

 シロの視線が、蒼の銃へと向く。

 そして、その異様さに気付いた。

「その銃……お前自身の余命力を込めているのか?」

 本来、零命銃は余命力で形成された弾を撃つ武器。

 使い手自身の余命力を、直接込める必要はない。

 だが今、蒼はそれをやっている。

「大したことはない。お前も下がれ」

「……大丈夫か?」

「消し損なったら……頼む」

 短い言葉。

 だが、そこに迷いはなかった。

「……分かった」

 シロもまた、細い道へと下がる。

 蒼の背後は、深淵。

 前方には――

 ズズズッ……ズズズッ……

 中型の魂食が二体、確実に迫っていた。

 蒼は、銃口を真っ直ぐに向ける。

 呼吸を整え――

「……溜まった……」

 引き金を引く。

 ドンッ――!!

 轟音と共に放たれた一撃。

 それは、二体の魂食をまとめて貫き――

 その存在ごと、完全に消し去った。

「蒼!」

 シロの叫びが響く。

 しかし――

 遅かった。

 強大な反動が、蒼の身体を弾き飛ばす。

「――っ!」

 足場を失い――

 そのまま、後方へ。

 深く、果ての見えない空洞へと――

 蒼の身体は、飲み込まれていった。

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