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第二話 準備

 中央街へ戻った蒼とシロは、そのまま管制樹へと向かっていた。

 荒野とは違い、整えられた街並み。

 だが蒼の頭の中には、先ほどの地下の闇がこびりついたままだった。

「今回は小型だけど……大型が潜んでたりするのか?」

 歩きながら、蒼が問いかける。

「これまで大型の反応はすべて消してきた。だから現時点では、潜んでいる可能性は低いと思うが……」

 シロは淡々と答える。

「調査できないなら、分からない……か」

「あぁ」

 短いやり取り。

 だが、その“分からない”という事実が、妙に引っかかる。

 そんな会話をしているうちに――

 巨大な樹が、二人の前に現れた。

 管制樹。

 中央街の中枢ともいえる存在だ。

 その一本の枝に、一羽のカラスがとまっていた。

 神の使者――クロ。

「まさか、地下に潜んでいる魂食だったとは……」

 クロは低く呟く。

「地下があるなんて聞いてなかったぞ」

 蒼は少し不満げに言った。

「本来、普通の魂にとって地下など関係のない場所だからな。説明は省いていた」

 クロは平然と答える。

「でも確かに、お前には教えておくべきだったな」

「そうだろ……」

 蒼は肩をすくめた。

「で、その地下だが――調査したくても出来ない場所だ」

「そこまでは聞いた」

「以上だ」

「……え?」

 一瞬、空気が止まる。

「聞こえなかったか? 以上だ」

「いやいやいや、終わりかよ!」

 蒼は思わず声を上げる。

「神様に何か聞くとか、そういうのはないのかよ?」

「神はそんなに暇ではない。現場のことは現場で処理する方針だ」

 あっさりと返される。

「何だよそれ……ブラック企業みたいじゃないか……」

 蒼は呆れたように呟いた。

 だがクロは気にする様子もなく、話を続ける。

「そこでだ。我々神の使者では出来なかったことを――蒼に依頼したい」

「何だよ……また面倒ごとか?」

 嫌な予感しかしない。

 その予感は、見事に的中した。

 クロの駒であるカラスが、丸く束ねられた紐状のものを蒼の前に落とす。

「それを地下に設置してくれ」

「何だよ、これ」

 蒼はそれを拾い上げる。

「コードだ。それと……」

 さらに別の駒が、箱を運んできた。

 蓋を開けると――

「照明……か?」

「そうだ」

 蒼は眉をひそめる。

「試したんじゃないのか? 照明は」

「それは余命力を使った、電力不要の照明だ。結果は――全て魂食の餌食になった」

「……そうかよ」

 納得はする。

 余命力に反応するなら、当然そうなる。

「だったら、お前たちでこの照明を設置すればよかっただろ?」

 蒼の当然の疑問。

 だがクロは、わざとらしく翼を広げた。

 バサッ――

 シロもまた、蹄をカッ、カッと鳴らす。

「そんな細かい作業、出来ると思うか?」

「……あ」

 蒼は一瞬、言葉を失った。

 目の前にいるのは、カラスと白鹿。

 普通に会話しているせいで忘れがちだが――

 どう見ても、人間ではない。

「……無理だな」

「だろう」

 クロは満足げに頷く。

「というわけで、頼んだぞ」

「軽く言うなよ……」

 蒼はため息をつきながら、コードと照明の箱を持ち上げた。

 再び、あの地下へ行くことになる。

 あの、何も見えない闇の中へ――。

(……面倒ごとにも程があるだろ)

 そう思いながらも。

 蒼は、その役目を受け入れるしかなかった。


 作業は明日からに決まり、蒼はそのまま家へと向かった。

 肩には、いくつものコードの束。

 見た目以上に重く、じわじわと負担がかかる。

「これ……いったい何束必要になるんだ?」

 ぽつりと漏らす。

 地下全体に張り巡らせることを考えると、終わりが見えない作業だった。

(……気が遠くなるな)

 そんなことを考えているうちに、家の前へと辿り着く。

 そこには――

「ほっ、ほっ、ほっ……」

 ミチルの姿があった。

 推定七歳児の姿のミチルは、外見相応に縄跳びで遊んでいる。

 しかも――

 シュン、シュン、シュン――

 かなりの速度で跳んでいた。

「よーし、こっから本気だ〜!」

 その瞬間。

 ミチルの身体が、ふわりと光る。

 次の瞬間には――

 すらりとした、推定十七歳の姿へと変わっていた。

「うりゃりゃ〜!」

 掛け声はそのままだが、動きは段違いだった。

 縄の回転速度が一気に上がり、軽々と二重跳びをこなしていく。

「まだまだ〜!」

 さらに勢いを増し、三重跳びに挑戦――

 だが。

「あっ――」

 パシッ。

 縄が足に引っかかる。

「わ〜!」

 ドスンッ――

 そのまま盛大に転んだ。

「いたた〜……」

「大丈夫か、ミチル?」

 蒼は苦笑しながら声をかける。

「そーちゃん! おかえり〜。大丈夫だよ」

 ミチルはにこっと笑い、元気よく手を振る。

「ただいま。気を付けろよ」

「は〜い」

 返事をすると、ミチルの身体は再び光り――

 元の七歳児の姿へと戻った。

 そして、身体に絡まった縄をほどき始める。

 ミチルは“擬態”ができる。

 姿を変えることで身体能力も変化する、余命力による特殊な現象だ。

 まだ完全に扱いきれてはいないが――

 確実に、普通とは違う余命力の使い方だった。

「そーちゃん、それなに?」

 ミチルは蒼の肩に担がれたコードを指さす。

「あぁ、明日からの仕事で使うやつだ」

「コード?」

「電気を使うために必要なんだ」

「でんき……?」

 首を傾げるミチル。

 街の動力は基本的に余命力発電所で出来た電気を使っている。

 スマホのように余命力自体を動力に使うこともある。

 その辺の仕組みを、よく分かっていないようだ。

「まあ、難しいことはいい。中に入るぞ」

「うん!」

 二人は一緒に家の中へと入る。

「ただいま〜」

「そーちゃん、帰ってきたよ〜」

「おかえりなさい」

 紗羅はノートパソコンに向かったまま、顔も上げずに返事をした。

 カタカタとキーボードを打つ音が止まらない。

 蒼はコードの束を玄関に置き、ソファへと腰を下ろす。

「……疲れた」

 短く呟く。

 すると、紗羅がようやく視線を向けた。

「何よ、それ」

「コードだ。明日からの仕事で使う」

「また面倒な仕事?」

「まあな……」

 蒼は頭をかきながら答える。

「この荒野に、地下があったんだよ」

「地下?」

「チカ?」

 紗羅とミチルが、同時に反応する。

 だが――

 ミチルは意味が分かっていない様子で、ただ紗羅の反応に釣られているだけだった。


 朝。

 蒼は、ふとした違和感に目を覚ました。

「……また、か」

 胸の奥が、わずかに波打つ。  心臓とは違う、もっと深い――魂そのものが揺らぐような感覚だった。

 原因は分からない。  ただ、こうして時折、同じ現象が起きる。

「窓……」

 自然と視線がそちらへ向く。

 一瞬、身体の自由が利かなくなる。

(……また、この感じか)

 意識ははっきりしているのに、指一本動かせない。  時間にして、ほんの数秒。

「……よし」

 感覚は元に戻り、ゆっくりと身体を起こした。

 蒼は剣と銃を装備し、ケーブルの束を肩に担いで家を出た。

「行ってくる」

「いってらっしゃ~い」

「気を付けてね」

 ミチルと紗羅に見送られながら、蒼は城門へと向かう。

 朝の空気は冷たく、どこか張り詰めていた。

(いよいよ、か……)

 自然と、昨日見た地下の闇が頭に浮かぶ。

 城門に到着すると、すでにシロが駒たちを率いて待機していた。

「待たせたな、シロ」

「問題ない」

 短い返答。

 蒼は肩のケーブルを下ろし、作業に取りかかる。

 まずは一本、既に発電所から城門付近まで引かれているケーブルへと接続する。

 カチッ――

「よし。これで地下の入り口まで引っ張っていこう」

 城壁の内側であれば、一般の魂でも作業が可能なため、すでに中央街の各所には電力網が広がっていた。

 だが――

 城壁の外、荒野は別だ。

 すべてを自分たちで敷設する必要がある。

 蒼はケーブルの束を持ち、ゆっくりと歩き出した。

 それに合わせて、駒たちも動く。

 カッカッカッ――

 蹄で地面を掘り、

 ズルズル――

 ケーブルを引き、

 ザッザッザッ――

 土をかぶせていく。

 単純だが、気の遠くなるような作業だった。

 ……。

 ……。

 ……。

「ケーブルが終わったか……」

 蒼は手を止める。

 一本分が、ようやく尽きた。

 すぐに新しい束を取り出し、接続する。

 そして、また同じ作業の繰り返し。

 どれだけ繋げたのか、もう分からない。

 時間の感覚も曖昧になっていく。

 ――どれくらい進んだだろうか。

 ふと顔を上げたとき。

 見覚えのある岩陰が、視界に入った。

「……見えた」

 地下への入り口だ。

「やっと、ここまで来たか……」

 蒼は小さく息を吐く。

「本番はこれからだぞ」

 シロの言葉が飛ぶ。

「分かってるよ」

 蒼は苦笑しながら答えた。

 ケーブルを入口のすぐ手前まで伸ばし、一度手を止める。

「はぁ……」

 深く息を吐く。

 そのときだった。

 ――ぞわり、と。

 背筋に、奇妙な感覚が走る。

 暗闇。

 入口の奥から、何かに“引かれる”ような感覚。

(なんだ……?)

 目を逸らせない。

 気を抜けば、そのまま足が勝手に動き出しそうになる。

(……今にも、吸い込まれそうだ)

 蒼は小さく首を振り、その感覚を振り払う。

「……気のせいか」

 自分に言い聞かせるように呟き、作業を再開する。

 駒が運んできた照明を一つ手に取る。

 ケーブルと接続し、スイッチを入れる。

 カチッ――

 パッ――

 白い光が、暗闇を押し返すように広がった。

「よし、いけそうだ」

 蒼は照明を入口付近に固定し、奥へ向けて角度を調整する。

 わずかだが、地下の内部が見えるようになる。

 だが、その先はまだ深い闇に覆われていた。

 光が届かない領域。

 何が潜んでいるか分からない領域。

 蒼は剣の柄に手を添え、銃の位置を確認する。

 そして――

「さぁ、いよいよ地下へ入るぞ」

 一歩。

 その闇の中へと、足を踏み入れた。

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