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第一話 未知

 蒼は、“神の使者”である白鹿のシロと共に、城壁の外を見回っていた。

 乾いた風が吹き抜ける荒野。

 見渡す限りの岩場と、わずかな起伏だけが広がっている。

「この辺だよな?」

 蒼は足を止め、周囲を見渡しながら呟いた。

「クロの報告では、小型の魂食が複数いるはずだ」

 隣に立つシロが、落ち着いた声で答える。

「二手に分かれるか?」

「そうだな。蒼、駒を少し連れて行け」

 シロはそう言って、自身の配下である駒を数体、蒼へと預けた。

「分かった。何かあれば連絡する」

 蒼は頷くと、鹿の姿をした駒の一体に飛び乗る。

 次の瞬間――

 カッ

 カッ

 カッ

 軽快な音を響かせながら、鹿は地面を蹴り、跳ねるように駆け出した。

 蒼はその背の上でバランスを取りながら、慣れた様子で手綱を操る。

(この動きにも、だいぶ慣れたな……)

 視線を巡らせながら、周囲を警戒する。

 魂食――特に小型は、“神の使者”であっても感知が難しい。

 そのため、こうして目視での調査が必要になる。

「十体位いるって言ってたよな……」

 蒼は岩陰へ回り込み、さらに高い岩山へと登る。

 視界を広げ、あらゆる方向へ目を向けるが――

「いないな……」

 気配すら感じられない。

 その時だった。

 バサッ、と羽音が響く。

 一羽のカラスが、蒼の前に舞い降りた。

「蒼。聞こえるか?」

「あぁ、聞こえる」

 それは、“神の使者”であるカラスのクロの駒だった。

 クロ本人が、遠隔で操作している。

「魂食は移動していた。お前のスマホに座標を送ったから向かってくれ。シロも向かっている」

「分かった」

 短く返すと、カラスは再び空へと飛び立っていった。

 蒼はポケットからスマホを取り出す。

 地図アプリを開くと、少し離れた場所に光るポイントが表示されていた。

「ここか」

 進路を定めると、再び鹿を走らせる。

 カッ

 カッ

 カッ

 乾いた地面を蹴り、一直線に目的地へと向かう。

「この辺だな」

 蒼は足を止め、スマホで現在地を確認する。

 表示された座標と、ぴたりと一致していた。

 周囲を見渡すため、近くの岩山へと登る。

 そして――

「いた……けど、数が少ないな」

 視線の先。

 黒い霧のような存在が、ゆらゆらと漂っている。

 ズズズッ……

 三体。

 報告よりも、明らかに少ない。

 だが――油断はできない。

 蒼は岩山を降り、静かに距離を詰める。

 ザッ……ザッ……ザッ……

 足音だけが、静寂に響く。

 魂食たちは、まだこちらに気付いていない。

「よし……」

 蒼は銃を構えた。

 狙いを定め――引き金を引く。

 ドンッ

 ドンッ

 ドンッ

 乾いた銃声が、荒野に響いた。

 サァァ……――

 光に貫かれた魂食は、霧のように消えていく。

 完全な消滅。

「……」

 蒼は銃を下ろさず、周囲を見渡す。

「まだいるはずだ……探そう」

 警戒を緩めることなく。

 蒼は再び、荒野へと足を踏み出した。


 カッ――

 カッ――

 カッ――

 乾いた地面を蹴る軽快な音が、向こう側から近づいてくる。

 振り向くと、白鹿のシロがこちらへと駆けてきていた。

「蒼。どうだ?」

 足を止めたシロが、短く問いかける。

「三体は見つけて消したが、他は見当たらないな」

 蒼は銃を下ろしながら答えた。

「クロの座標はここで間違いないが……」

 二人は同時に、広がる荒野へと視線を向ける。

 何もない。

 風に削られた岩と、乾いた大地。

 そして――気配のない静寂。

「いないな……」

 蒼の呟く。

 空は雲が存在しない空間。

 視線は自然と下を向く。

「……ってことは、下?」

「そうなるな」

 シロはそう言うと、前足で地面を軽く蹴った。

 コンッ――と、鈍い音が返る。

「地下なんかあったんだ?」

「珍しいがな」

 淡々と答えながら、シロは駒たちへと意識を飛ばす。

 周囲に散らばった駒たちが、一斉に動き出した。

 地面を探り、岩の隙間を覗き込み、見えない入り口を探していく。

 その様子を見ながら、蒼は口を開いた。

「地下には何があるんだ?」

「俺は存在だけは知っているが、詳しくは知らん」

「そうなのか」

 蒼は軽く息を吐いた。

 ――魂楽界。

 それは、神によって作られた世界。

 その構造や環境は、創造主である神の性格に大きく左右される。

 蒼がいるこの世界は、荒野を基盤としたシンプルな大地だった。

 起伏は少なく、広く、何もない。

 現世とは違い、この世界では自然環境が生活を脅かすことはない。

 森も、川も、山も――

 それらは“必要”だから存在するのではなく、ただ“安らぎ”として用意されているに過ぎない。

 だからこそ、そういった自然は基本的に城壁の内側――街の中にしか存在しない。

(……神の使者すらよく知らない地下……か)

 蒼は足元の地面を見つめる。

 この荒野の下に、未知の空間が広がっている。

 そう思うだけで、わずかな緊張が走った。

「蒼、入り口が見つかったぞ」

 シロの声が、静寂を破る。


「行こう」

 蒼とシロは、駒を引き連れて発見された入り口へと向かった。

 しばらく進むと、先行していた駒たちが一箇所に集まっているのが見える。

 その先――

 岩陰の奥に、不自然に口を開けた闇があった。

 ぽっかりと空いた穴。

 そこだけが、この世界から切り取られたように黒い。

「どうするんだ?」

 蒼は入口を見つめながら問いかける。

「ここで待つ」

 シロは即答した。

 その声に迷いはない。

 シロは周囲に駒を配置し、入り口を囲うように陣形を整える。

「魂食を誘導するのか?」

「あぁ。準備もなしに突入するには危険すぎるからな」

 シロは視線を闇へ向けたまま言った。

 その奥には、何が潜んでいるか分からない。

「暗闇で魂食に襲われたら、対応できないよな……」

 蒼もまた、地下へと続く闇を覗き込む。

 ――何も見えない。

 ただ、冷たい空気だけがゆっくりと流れ出てくる。

 魂食はエネルギーの集合体。

 明確な気配を持たないそれは、闇に紛れれば“神の使者”でさえ察知が困難になる。

 それはつまり――

 見えない敵に囲まれる、ということだ。

「駒を突入させればいいんじゃないか?」

 蒼は提案する。

 だが、シロは首を横に振った。

「急を要するならそうする。だが、今はまだ駒が足りん」

「足りない?」

「残りの魂食の数を考えれば、数体は確実に消える。それは避けたい」

 冷静な判断だった。

 駒も無限ではない。

 無駄に消耗すれば、その後の対応に支障が出る。

「じゃあ、なんでここを放置してたんだよ」

 蒼は少し不満げに言う。

 これほど危険な場所を、なぜ今まで放っておいたのか。

 シロは一度だけ、わずかに息を吐いた。

「照明を設置したことはある」

「あるのか?」

「あぁ。だが――知らない間に消されていた」

「……魂食に?」

「そうだ」

 シロの視線が、再び闇へと向けられる。

「照明には余命力を使う。その反応に魂食が集まり、結果として照明ごと消滅する」

「……なるほどな」

 蒼は納得する。

 光を灯せば、敵を呼び寄せる。

 だが、灯さなければ何も見えない。

 完全なジレンマだった。

「それで探索が進まなくてな。結果、放置だ」

「そうなのか……」

 蒼は再び闇を見つめる。

 静かすぎる。

 何も出てこない。

 だが、それが逆に不気味だった。

 ……。

 ……。

 ……。

 時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。

 しかし――

 入り口から魂食が現れる気配は、まったくなかった。

「……来ないな」

「……あぁ」

 その時だった。

 シロの耳がわずかに動く。

「今、クロから連絡が入った。一時撤退だ」

「そうか……」

 蒼は短く答える。

 だが、その視線はまだ入口から離れない。

 闇の奥。

 そこに何かが“ある”と、直感が告げていた。

 だが――今は引くしかない。

 蒼はゆっくりと背を向ける。

 シロと共に、駒を引き連れてその場を離れた。

 中央街への帰路。

 蒼は何度も振り返りそうになるのを堪える。

(……なんだったんだ、あの感じは…)

 あの地下に広がる、未知の空間。

 そして、そこから感じた“何か”。

 胸の奥に残る違和感を抱えたまま――

 蒼は中央街へと帰還した。

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