第205話 個性
「……誰の性格が悪いって?」
「詩野ちゃん⁉︎いや待って!待って。違うから、言い訳させて?えっと、詩野ちゃんへの性格が悪いは、褒め言葉だから。褒めてるから!」
「……それ、何が違うの?
別に怒って無いけど、根岸さんが私より100倍性格悪いって、本気で言ってる?」
「……うん。凄く、嫌味な言い方をしていたよ」
優紀ちゃんから根岸さんについて聞いていると、優紀ちゃんの後ろから現れた詩野ちゃんがジト目で優紀ちゃんのことを睨んでいた。
詩野ちゃんが持っているトレーには、大量のアイスが乗ってある。試合に勝ったらアイスを食べるというご褒美的なマイルールを持っている詩野ちゃんは、そろそろ糖尿病に気を付けた方が良いと思う。私もここのホテルの食事はデザートが美味しいから、結構アイスの類を食べているけどね。
「へえ。それにしても、人は見かけによらないね。
……いや、よく考えたら人は見かけによらない筆頭が隣にいたわ」
「……?カノンさんの隣には私しかいませんよ?」
根岸さんの話を聞いて、人は見かけによらないなぁと思ったけど、隣に座っている久美ちゃんの方が見た目と中身は一致しないし、私も乖離していると言えば乖離している方だ。
「あれ?もしかして湘東学園野球部って色物しか居ない?」
「私まで色物扱いされるのは、勘弁願いたいのだけど」
「あ、真凡ちゃんお疲れ。智賀ちゃんはちゃんと答えられた?」
「えっと、あまりちゃんと喋れませんでした」
私もデザートのシャーベットを取って食べていると、真凡ちゃんと智賀ちゃんの凸凹コンビが記者達のインタビューから帰って来た。今日の試合で、抜きん出た活躍をした2人だからね。特に智賀ちゃんは、1打席目の満塁ホームランやらタイムリーツーベースやらで6打点の大活躍。
「智賀は最初「あうあう」としか喋って無かったわよ。記者の方が「頑張れ」って言うレベルだったし」
「だって、あんなに大勢の大人に囲まれたんですよ?」
「あんなにって5、6人じゃない。でも、最後の方は智賀にしては頑張っていたわね」
最近、インタビューや取材を禁止し続けるのが難しくなってきたからある程度の解禁をしたけど、まだ智賀ちゃんは慣れるまで時間がかかりそうかな。逆に中学時代で全国大会経験者の久美ちゃんとか、神奈川の強豪ガールズに所属していた詩野ちゃんは質問に答えるのが上手い。
真凡ちゃんや智賀ちゃんも個性は強い方だと思うし、久美ちゃんに至っては思考が理解出来ない。この前の誕生日には久美ちゃんからスポーツタオルを貰ったけど、その時の言葉はたぶん一生忘れないと思う。
「本当は私自身にラッピングをして『私を食べて下さい』と言ってみたいんですけどね」
「あはは。それは流石に、私も反応に困るよ」
「ですよねぇ。大会前にお腹を壊しても不味いですし、我慢することにします」
「ん?お腹?……はぇ?……!?」
……性的な意味じゃなくて、食的な意味で食べて下さいと言われそうになっていた、ということに気付いた時には、背中に変な冷や汗を掻いていたと思う。聖ちゃんのように真っ直ぐ歪んだ性格ならまだ良いんだけど、久美ちゃんは捻じ曲がって歪んでいるし、献身の程度が違う。
詩野ちゃんは言わずもがなだし、2年生組で1番の真人間は優紀ちゃんかもしれない。その真人間で、基本的に人当たりの良い優紀ちゃんが、思い出すのも嫌そうな顔をしたと考えると、根岸さんがどういう人間なのかもよく見えて来る。
「でも根岸さん対策をしたところで、向こうの先発は藤波さんだし、登板するかも怪しいんじゃない?」
「……登板しなくても、野手としても厄介だよ。打力も大阪桐正で1、2を争うから、弱点が分かっていれば大きい」
優紀ちゃんの発言には、詩野ちゃんが突っ込む。そこに久美ちゃんが口を挟み、優紀ちゃんに話しかけた意図を話した。
「少なくとも試合に出て来るのは確定的な以上、弱点が欲しいのはその通りです。しかし明確な弱点を知っていれば、優紀さんもミーティングの時には話すでしょう。それが無かった時点で、有益な情報には期待していませんでしたけど、性格だけでも大きな情報ですよ。そして優紀さんが、根岸さんのことを憶えていたことも大きいです」
「……流石に、3年連続で負けた最大の要因を忘れるわけないよ」
「向こうはきっと、優紀さんのことなんて憶えていませんよ。……大阪桐正戦、頑張って下さいね」
そして優紀ちゃんのことを、上手く煽る。たぶん言わなくても優紀ちゃんは意識していただろうけど、表面化させたということは追い込ませたかったのかな。大阪桐正戦で、間違いなく鍵になるのは優紀ちゃんが相手打線をどれだけ抑えられるかだ。
藤波さんを打ち崩すのも苦労することだけど、それ以上に大阪桐正打線を抑えることの方が難しい。先発を務める予定の優紀ちゃんが、失点を抑えるならいつも以上の力を引き出す必要がある。
根岸さんを意識させることは、プラスになるかは分からないけど、久美ちゃんはプラスになると判断して踏み切ったんだと思う。勝った側は負けた側のことを、あまり深くは憶えて無いしね。……私も久美ちゃんと対戦経験があったこと、向こうからアプローチがあるまで気付かなかったし。
優紀ちゃんにとって、リベンジの機会にもなるということかな。勝ちたいし、投げ勝って欲しいね。




