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8.床屋の秘密

 

 床屋を出ると、探偵はまた歩き始めた。

 ふらふらと蛇行して進み、信号では止まり、時折振り返って俺がいることを確かめ、にへらっと笑った。

 

 腕時計で確認すると、二時半を過ぎていた。


「さっきの床屋、なんだったんだ?」


 探偵の隣に追いつき、疑問をぶつけた。


「カズ君には何に見えた?」

 

 質問に質問で返してくる。

 まったく礼儀がなっていない。

 ただそんなことを言ってもしょうがないので、


「床屋」

 

 正直に思ったままを答えた。


「正解」

 

 探偵が笑いながら手を叩き、


「ただし、それは副業だよ」

 

 と付け加える。


「本業は情報屋さん。ほら、刑事ドラマとかで見たことないかな」


「あの床屋がか?」


「そうだよ。この辺りでは腕利きのね」

 

 片目を瞑って、探偵が人差し指を一本立てる。


 ウィンクのつもりなのだろうが、とてつもなく下手糞だ。

 もう片方も半分閉じかけている。

 

 俺は不満そうな顔を浮かべていたのだろう。

 探偵が苦笑交じりに説明をする。


「ならさ、カズ君。君の中での情報屋さんのイメージってどんな? 町の外れにあるガード下かなんかで、ボロボロの服を着ていて、深く帽子なんか被っちゃってコソコソと人目を気にしながらの密会とか?」

 

 なんとなく想像通りだったので頷いた。

 すると、


「バカだなぁ、カズ君は」

 

 探偵が跳ねるようにスキップしだす。


「古いよ、そんなの。もちろん、そんな人達もいないことはない。けどね、情報は集まるところに自ずと集まるもんなんだよ。カズ君は床屋に行ったことがあるかい?」


「子供の頃だけどな」


「今は?」


「美容室かな」


「どこの?」


「原宿とか渋谷とか、いろいろ」


「ふーん、割とオシャレさんなんだね」

 

 まじまじと上から下まで眺められる。

 なんだか少し恥ずかしい。


「でもさ、カズ君だって昔は床屋に行ってたでしょ? なんで?」


「父親が床屋に行っていたからかな。ついでに一緒に連れて行かれてたような」


「ふむ。ならカズ君のお父さん、今はどこに髪の毛を切りに行ってるか知ってる?」


「たぶん、昔から行きつけの床屋じゃね?」


「ずっと同じ場所に通ってるんだ」


「かもな。いつも同じ髪型で帰ってくるよ。飽きもせずに何十年間もずっと」

 

 昔の記憶に残る父親と今の歳とった父親を、頭の中で照らし合わせた。


 肌の張り艶、皺の数、髪の毛の量。

 少しずつ当時とは変化が見られるが、髪型だけはあまり変わりばえしないような気がする。


「そこなんだよね。面白いのは」


「面白い?」


「男の人はね、あまり床屋をころころ変えないものだったんだよ、昔は。

 カズ君達世代だと今は美容室とかに通うわけだけど、お父さん達は|ここ≪・・≫って決めた床屋に通い続けている。だからね」

 

 探偵はもったいぶるように言葉を切った。


「集まるんだよ、情報が。ここら辺のことならね、床屋が一番詳しいのさ。長年通いなれた床屋のマスターには、みんな安心して話すんだ。愚痴だったり噂話だったりをね」


「けどよ」

 

 俺は探偵の言葉に疑問を覚えた。


「佐々木の家って、ここら辺じゃないぞ。横沢恵子の職場だってここから結構離れているし」


「そう! ナイスだね。よく気がつきました、カズ君」

 

 難しい算数が解けた生徒を褒める小学校の先生のように、探偵が俺の頭を撫でようとする。

 それを片手で振り払い、


「ナイスじゃねー!」

 

 と睨んだ。


「床屋にはね、床屋の組合がある。美容室にも美容室の組合があるのだよ」

 

 初耳だった。

 組合という言葉から連想されるのは、作業着を着た労働者の寄り合いのようなもの。


 床屋ならまだわかるが、お洒落な美容室で働く美容師達が集まる組合。

 六本木辺りのオープンテラスででも開かれるのだろうか。


「でね、さっきのマスター。彼が東京の床屋連合組合の会長さん。彼が動けば、全国の床屋や美容室から情報が集まる。どんなものでもね」


「凄い人なんだな。さっきの人」


「まね。そこそこ凄い人みたいだよ。床屋としても、情報屋さんとしても」


「でもよ。なんであんたみたいな奴が、そんな凄い人と知り合いなわけ? しかもかなり親しげだったし」


「カズ君さぁ、忘れてない?」

 

 探偵が疲れたようにため息をついて足を止めた。


「ボクって探偵さんなんだよ。それも結構凄い探偵」

 

 だとしたら、五千円で弟子にしてもらった俺も、結構凄いのだろうか。

 弟子一号なわけだし。


 

 結局その日はそれで終わり。

 帰っていいよ、なんて言葉を残して、探偵は去っていた。


 俺はやることもなく、休んでいるコンビニに足を運んでみた。

 すると何故か、閉まっている。

 

 自動ドアは俺の顔を忘れたかのようにその口を頑なに閉じ、俺を一歩たりとも中に入れてはくれなかった。


 一面カーテンロールに遮られた店内は暗く、人の気配がない。

 

 今日は休みなのか? 

 二十四時間営業が売りのコンビニエンスストアーが定休日。

 そんな話聞いたことがない。


 俺は首を傾げ、ちょっと離れてコンビニを眺めながら携帯電話を取り出し、登録してある番号にかけた。

 

 店の中から、呼び出しのベルが聴こえる。

 誰も受話器を取ることはなく、俺は回線を遮断した。

 

 オーナーや店長に連絡を取ろうにも、電話番号がわからない。

 

 明日になれば、何かの見間違いだったかのようにコンビニは営業を再開しているだろう。

 そう信じて、その場を後にした。




お読みいただきありがとうございます。


ご意見ご感想、評価等頂けると嬉しいです。


今後とも宜しくお願い致します。


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