6.報酬は五千円ぽっきり
「それでは、依頼内容を確認させていただきます」
佐々木が決定した商権を取り纏めるように続けた。
「あなた達は、わたしの婚約者、横沢恵子が浮気をしている証拠を見つけ出す。そしてそれを余すことなくわたしに報告する。
そうですね……とりあえず一週間。来週の今日、同じ時間にここで会いましょう。その時に調べられた結果を報告してください。
もちろん、一週間かからずに浮気の証拠が掴めれば、その場で連絡をいただいても構いません。かかった必要経費については領収書を提出していただければお支払いします。
報酬はどうしましょう? ここでいくらか決めますか? それとも成功報酬という形で決めますか?」
やり慣れている。
漠然とそう感じた。
探偵に依頼をするのは、これが初めてではないのかもしれない。
そうなると、ここでは俺の方が初心者な分不利になる。
取引条件を決めるのは探偵に任せた方がいいだろう。
俺は探偵を指差し、交渉はあちらで。
そう伝えようとした。したのだけど……、
「いいよ。なんでも」
書類の束を捲りながら探偵が言った。
「必要経費? あんまりかからないから大丈夫。成功報酬? それって、どうなれば成功なの?」
確かにこの場合、浮気の証拠を見つければ俺達の勝ち。
つまり成功ということになるのだろうか?
ただし、佐々木にとってそれは喜ばしいことではないだろう。
だって結婚を考えている彼女が、自分以外の人を愛しているのかもしれない。
そんな悲しい現実を突きつけられるわけだから。
そうなると、浮気をしていない証拠を見つけなければならないのだろうか?
浮気の証拠を見つけるのはまだわかる。
テレビでよく観るように、尾行したり聞き込みをしたり、ターゲットに張り付いて調べればそんな証拠が見つかるかもしれない。
でも、浮気をしていない証拠。
そんなものは、ないのかもしれない。
だって浮気をしていなければ何も出てくるはずがない。
ないものはないのだ。
そうなると、成功報酬……なんだか不思議な感じがする。
「あれかな。浮気の証拠が出てくれば成功? それとも出てこなければ成功? どっち?」
俺が考え始めていた答えの出ない疑問を、探偵が聞いてくれた。
佐々木は動揺したように眼鏡を触り、
「もちろん、浮気調査なわけですから……」
そこで黙り込んだ。
「ま、いいよね。じゃあ、こうしよう。あなたの言う必要経費。領収書があるものだっけ? それはもらうことにする。
それで成功報酬? なんだかよくわかんないけど、浮気の証拠が見つかっても見つからなくても、一週間だっけ? それまでで何か見つかれば終わり。そこまでで何も見つからなくても終わり。これでどう?」
「どう、とは?」
「だからそれで終わりだよ。依頼終了。調査完了」
「そうなると、依頼料の方は?」
不安気に尋ねる佐々木に探偵は言った。
「五千円」
どこかで聞いたセリフだ。
たぶん、佐々木はこう尋ねるだろう。
「それは、日給ということですか?」
「違うよ」
「では時給?」
佐々木の腰が少し引ける。
無理もない。
時給五千円。
一日八時間働けば四万円。
一週間で二十八万円。
かなりの高額になる。
ぼったくりだ。
でも、探偵はこう言うだろう。
たぶん、そう。
俺の予想が確かならば。
「違うよ。五千円は五千円。五千円ぽっきりだよ。安いよね」
ほら、やっぱり。
俺はタバコを足元に落とし、スニーカーの底で踏み消した。
「それで?」
ベッドでうつ伏せに寝転がって足をバタつかせている一美が、楽しそうに聞いてきた。
「それで終わり。今日はな。仕事は明日からだってさ。とりあえず、昼の一時に集合。そんで仕事開始。そこの横沢恵子について調べるんだろうよ」
書類の束を指差した。
「ふーん」
一美がベッドの上に置かれていた書類を手に取り、パラパラと捲ると、クリップで留められていた写真が滑り落ちた。
「でもさぁ、なんかキモイよね」
「だろ? なんだかきっちり纏めすぎてるような気がしてさ。最初はストーカーかもしれないって疑ったんだけど」
「そうでもなさそう? わかんないよ。最近の世の中は物騒だからね」
ダブルベッドの上を、ごろごろと芋虫のように転がる。
その勢いで書類の束を放り投げので、空中でバサバサと音をたてて白い紙が舞った。
「お前、投げんなよ」
俺はフローリングの床を膝立ちで進み、散らばった紙と写真を拾い集め、転がっていたクリップで左上を綴じた。
「でもさー」
ベッドの上から転がり落ちてきた一美が、そのまま転がって移動してきた。
「なんか面白そうだよね」
「そうか?」
「そうだよ。コンビニなんかよりずっとさ」
「かもな」
一美の身体を押し戻すと、ころころと転がり、壁に当たって戻ってきた。
いったいなんの遊びなのだろう?
時々こうやってわけのわからない遊びを始めるのだ、こいつは。
「コンビニのバイトは? 辞めたの?」
「とりあえず、休みもらった。一週間」
「そのまんま辞めちゃえばいいのに」
また俺の身体に当たるまで戻ってきて、頬を膨らませる。
いったいこいつは、どこまでコンビニが嫌いなのだ?
コンビニに行くこと、買い物をすること自体は好きそうなのに。
一日一回は必ず足を運ぶし、新商品のデザートは俺より早く食べていたりする。
コンビニのバイトという職業自体が気に入らないのだろうか?
訳がわからん。
一美は俺の身体に寄りかかったまま、
「ん? なに?」
下から見上げてきた。
「なんでもねーよ」
両手でよいしょっと持ち上げ、勢いよく転がした。
あははは、と笑い声をあげ、また転がっていく。
楽しそうでいいな、こいつは。
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