5.探偵への依頼
場所を移して、それぞれ缶コーヒーを片手に腰を下ろした。
銅像のちょうど反対側。
自動販売機のそばにあるベンチだ。
探偵と眼鏡男が並んで座っている。
無理して詰めれば三人座れないこともないのだが、そこまでして座る必要もなく、また三人横並びになってしまうとなんだかおかしな感じがしたので、俺は二人の正面に陣取って、地べたに腰を下ろす。
ひんやりとした感触が、お尻から背中に駆け上がるがそれも一瞬のこと。
まだプルタブの空けていない缶コーヒーを軽く振って、両手の間で転がした。
眼鏡男が、角ばった焦げ茶色の革の鞄から、書類の束を取り出した。
探偵に渡し、仲良く二人で覗きこんでいる。
眼鏡男は、自分のことを佐々木と名乗った。
佐々木は俺と探偵の分のコーヒーも奢ってくれた。
いい奴だ。
探偵なんかよりもずっと。
こいつの悩みが何であれ、上手くいけばいい。
そう思った。
しばらくすると、「はい」と書類の束が手渡された。
何気なく受け取った書類は、とてつもないものだった。
「なんだ、これ」
思わず呟いてしまった程に。
『横沢恵子について』
そんな題名が書かれた書類には、事細かに横沢恵子という女性について記載されていた。
職業、年齢、交友関係。
何時に出社し、ランチをどのお店で食べるか。
仕事の終わる時間。
曜日別に予想された、一日のタイムスケジュール。
様々な角度から撮られた写真。
「なんだ……これ」
再び、同じセリフが口から漏れた。
ヤバイぞ、この男。
「ストーカー?」
空気を読めないのか、探偵がストレートに俺の聞きたいことを聞いてくれた。
嬉しい反面、怖かったりする。
けれど、
「違いますよ。恵子はわたしの彼女です」
犯罪者呼ばわりされたのに、少しも気分を害した様子もなく、佐々木が答えた。
まぁ、みんなそう言うんだよな。
ストーカーの人って。
自分だけはきちんとお付き合いしているつもりというか。
まだまだ気は抜けない。
「証拠は?」
探偵の言葉に、佐々木がすばやく反応する。
持ってるのかよ、証拠。
佐々木は鞄の中に手を入れ、小さなアルバムを2冊取り出した。
ゆっくりと捲り、探偵と俺両方に中身が見えるよう身体の位置をずらす。
そこには仲良さげに寄り添った、佐々木と横沢恵子の姿。
ページを捲るにつれ、景色を変えた二人の姿が現れては消えていく。
三人の内誰も言葉を発しない不思議な儀式が終了すると、満足そうに佐々木が言った。
「これで納得していただけましたでしょうか?」
「納得ねぇ」
クリップで左上を綴じられた書類の束を指先で持ち、揺らしながら探偵が呟く。
写真の中の佐々木と今目の前にいる佐々木を見比べた限り、最近のものと思えるものが確かにあった。
だけど、別れた彼女に付きまとう、という線も忘れてはいけない。
探偵はきっとそのことを考えているのだろう。
「まだわたしのことをお疑いですか? これ以上、何を証拠として提出しろと?」
「いや、ねぇ。いいんだよ別に。証拠なんかなくたって」
「では何がご不満で?」
「ご不満? ご不満なんてないよ、別に」
「では、この仕事、引き受けていただけるのですね」
佐々木が薄らと笑みを浮かべる。
おいおい、受けるのかよ、こんな怪しい仕事。
戸惑いの気持ちを視線に乗せ、探偵に向けて送る俺。
そんな俺に顔を向け、探偵は言った。
「どうしよっか?」
「は?」
「この仕事。受ける? それとも辞めとく? カズ君が決めていいよ」
なんてことを言ってきて、おかげで佐々木の視線が俺に向けられる。
「あなたに決定権があるのですか? これは勘違いをしていたようです。あなたが上司だったのですね」
「いや、上司なんかじゃないし」
「いやいや、ご謙遜を」
なんて、佐々木が期待を込めて近寄ってきた。
探偵は何故か楽しそうに頷いていたりする。
もー、どーすんだよ、この状況。
仕方なく、俺は佐々木に質問をすることにした。
受ける受けないを俺に決める権利があるのなら、当然質問する権利もあるはずだ。
「じゃあ、いくつか質問がある」
「どうぞ。いくらでも」
佐々木が眼鏡の位置を指先で整えた。
臨戦態勢突入。
一瞬、レンズの奥にある瞳が光ったような気がする。
「そもそも、今回の依頼内容はなんなんだ?」
「そこに書いてある通りですが。1ページ目を見てください」
1ページ目ね。
なるほど、確かに太文字で書かれている。
『横沢恵子の浮気疑惑について』
①3ヶ月程前から、時々知らない男から電話がかかってきているようだ。
②メールの着信件数が増えた。
③わたしに対して冷たいような気がする。
「えーと……佐々木さんはあなたの彼女、横沢恵子さんが浮気をしているのではないかと疑っている?」
佐々木が大きく頷いた。
「だから探偵を雇って、それを確かめてほしい。これが今回の依頼内容なのか?」
「ええ、そうです。実はわたしは恵子と結婚を考えているのですよ。ただ、こんな不安な状態では、とてもじゃないが一生を共にする相手には選べない。
何もないとわかればいいんです。わたしの取り越し苦労だったのだと。そうすれば、わたしは安心して恵子と結婚できる。
わたしの人生の伴侶として申し分ない相手だと核心さえできれば」
佐々木は興奮を隠しきれず、早口でまくし立ててきた。
その迫力に押されて、一歩後ろに下がってしまう。
探偵は、自分とはまるで無関係だとでも言うように、無表情で遠くの木々を眺めていた。
無関心を装って、実は一切の会話を余すことなく聞いていたりする。
そうであれば探偵のイメージ通りでかっこいいのだが、なんだか本当にぼんやりとしているだけのように思えた。
「どーすんだよ?」
小声で探偵に問いかけてみるが、探偵は聴こえない振り。
もしくは、本当に聴こえていないのかもしれない。
俺はポケットからタバコを出して火をつけた。
大きく息を吸い込んで、細く煙を吐く。
そんな俺の様子を、佐々木が食い入るように見つめてくる。
「受けるぞ」
ため息をつくように呟くと、探偵がゆっくりと振りかえる。
「いいよ。受けよう」
まるで最初から受けることを決めていたかのようだ。
まぁ、探偵が仕事の依頼を断っていたら仕事にならないわけだし。
積極的に受けるのが本来のパターンなのだろう。
例え、浮気調査等という、あまり楽しくない種類の仕事だとしてもだ。
「ありがとうございます」
佐々木が唇の端を歪めて笑った。
断られるかも。
そんな不安があったのかもしれない。
それを思うと引き受けてよかった。
俺はちょっとだけいいことをした気分になった。
まだ何も始めていないのだけど。




