一杯目のコーヒーと一粒の砂糖
「えーっと。次はこうして……ああッ!」
静まり返った店内に、キッチン道具が派手な音を立てて崩れ落ちる。
「……あちゃー。またやっちゃった」
ここは、とある街角の喫茶店。
古風な内装に、焙煎された豆の香ばしさと、どこか懐かしい埃の匂いが静かに沈殿している場所。
「……失敗ばかりだな、私」
一人、散らばった道具を拾い上げながら、ぼそりと独り言が漏れる。拾い集める手元が、視界の端で少しだけ潤んで見えた。
……ダメ、泣いちゃダメ。しっかりしなきゃ。
私は涙をこぼさないように「フンス!」と鼻を鳴らして気合を入れ直し、せっせと片付けを再開した。
カランコロン。
その時、入口のドアに取り付けられたベルが、非情なほど軽やかに鳴り響いた。
(お、お客さん!? 嘘、今!?)
驚きのあまり、私はスプリングのように弾けて立ち上がった。
「い、いらっしゃいませ……っ!」
ドアの近くに立っていたのは、一人の男子高校生だった。 制服こそ着ていないけれど、独特の落ち着いた雰囲気が同年代であることを物語っている。
「す、すみません! い、いま手が空いてなくて……お、お好きなお席へどうぞ!」
「わかりました」
彼は短く答えると、店の一番奥、窓際の角にある席を選んで腰を下ろした。
その席に飾られているのは、紫色の小さな花——ハーデンベルギア。
花言葉は『運命的な出会い』。
もちろん、パニック寸前の私がそんなロマンチックな事実を知るはずもなかった。
彼の方に視線を送ると、きょろきょろと店内を見渡しているのが見えた。
店員を探しているんだ! と思った私は、一目散にテーブルへと駆け寄る。
「す、すみません! お待たせしました。……ご注文、お決まりでしょうか?」
勢いよく尋ねた私を、彼はキョトンとした顔で見上げた。
「えーっと……」
まるで、何かを——そう、肝心な何かを探すような視線。
「あ! メ、メニュー忘れた! す、すぐにお持ちしますっ!」
私はいつもそうだ。一つのことに集中すると、他のことが一瞬で脳内から消去されてしまう。直そうとは思っているけれど、私の「ポンコツ仕様」はなかなかアップデートされてくれない。
けれど、メニューを取りに走りながら、胸の奥で小さな違和感が膨らんでいた言葉では表せない、潜在的な何か。
(なんか、見たことあるな……。どこだっけ?)
私は私の、あまり頼りにならない記憶を必死にたどった。
今まで来てくれた数少ないお客さん。通学路。……学校?
唯一、パズルのピースが噛み合った「学校」という単語を頼りに、朝の昇降口や、廊下ですれ違う顔ぶれを検索していく。
(……あっ!)
脳内の検索エンジンが、一人の生徒で停止した。
(嘘でしょ? よりによって、クラスメイトが来た……!?)
私がここで働いていることを、誰にも言えない理由がある。
けれど、目の前の彼が本当に「あの、――」なのか、確かめずにはいられなかった。
私は勇気を振り絞り、メニューを握りしめたまま、震える声で尋ねた。
「あ、あの……間違ってたら、ごめんなさい。……私たち、どこかで会ったこと、ある?」
これは、そんな二人が出会い、そして——不器用な日々を重ねていく物語。
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