一杯のコーヒーと少しのデザート
これは水野と偶然出会った後日のとある喫茶店での話である。
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「一ノ瀬?」
カラン、と氷のぶつかる涼しげな音が静かな店内に響く。
カウンターの奥で、常連客から注文の入ったアイスコーヒーを作りながら、白河は少しだけ声を潜めて相方を呼んだ。
マドラーでグラスの中の黒い液体をかき混ぜる音が、カシャカシャとリズミカルに静かに鳴る。
その口元には、何故かひどく自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「何?」
カウンターの端で、洗い終わったグラスをふきんでキュッキュッと拭いていた一ノ瀬が、不思議そうに顔を上げる。
「シュヴァルツァー一つ頼む」
白河はマドラーから手を離すと、わざわざ前髪をかき上げ、片手を額に当てて斜め下を向くという、どこで覚えてきたのか分からない謎に格好を付けたポーズを取りながら、渋い声色を作って依頼をする。
「シュ……な……なに?」
純喫茶のセピア色な空間にはあまりにも似つかわしくない、聞き馴染みのない異世界の単語。
それに明らかに動揺を見せる一ノ瀬は、ふきんを持つ手をピタリと止め、誰が見てもわかるぐらいの見事な二度見をして白河の顔を凝視した。
「シュヴァルツァー。一つ頼む」
彼女の困惑ぶりを「素人め」と内心で面白がりながら、再度無駄に格好を付けながら言う白河。
まるで、自分こそがコーヒーの真髄を知る玄人であるかのような、堂々たる振る舞いである。
「だからシュ……ジュバル?」
眉間に皺を寄せ、慣れない舌の動きで必死に未知の単語を復唱しようとする一ノ瀬。
「……これだから素人は」
そのたどたどしい様子を見て、白河はわざとらしく「やれやれ」と大袈裟なため息をつき、首を横に振ってみせた。
「はぁ?」
突然の理不尽な上から目線の悪口に、当然一ノ瀬はカチンときて機嫌が悪くなる。
手の中のふきんをギリッと強く握りしめた。
「分かるように言ってよ!」
「シュヴァルツァーはシュヴァルツァーだ。分からないなら俺がやるけど。そっか。一ノ瀬は知らないか」
怒る一ノ瀬を前にしても、白河は余裕の態度を崩さない。
それどころか、口角を片方だけ吊り上げ、薄気味の悪い笑顔を見せる白河。
その顔はどこか、コーヒー屋の孫娘である一ノ瀬の事を「え? まさかそんな基本も知らないの?」と露骨に馬鹿にしたような、最高に腹の立つそんな表情だった。
「教えてやろう。シュヴァルツァーとは……」
ついにこの時が来た。
先日、あの水野に圧倒的な知識の差を見せつけられて恥をかいた時の無念を、今ここで晴らすのだ。
白河はたっぷりともったいぶり、世界の真理を語る賢者のようなトーンで口を開いた。
「えーっと、ドイツ語で黒い物と言う意味であり、コーヒーの名前として知られている……。なるほど」
白河がいざ壮大な種明かしの説明をしようと意気込んで姿勢をピシッと直したが、彼がドヤ顔で語り出すよりもコンマ数秒早く、一ノ瀬はエプロンのポケットからサッと自らのスマホを取り出し、爆速のフリック入力で無慈悲な検索をした。
画面に出たWikipediaの「シュヴァルツァー」なる物の説明を淡々と読み上げ、それがただのブラックコーヒーを表している事を、一ノ瀬はあっさりと、そして完全に自力で知ってしまった。
「先に言うなよ」
溜めに溜めた前振りを最新のテクノロジーによって見事にぶち壊され、意気揚々と語りを聞かせようと考えていた白河は、肩をガックリと落とす。
構えていた手が行き場をなくして宙を彷徨った。
「白河」
スマホの明るい画面に視線を向けたまま、一切の感情を排した絶対零度の声で名前を呼ぶ一ノ瀬。
「ん?」
「きもい」
突然浴びせられた、唐突かつ一切のオブラートに包まれていない真っ直ぐ過ぎる悪口。
予想外のクリティカルヒットに、白河は目を丸くして硬直した。
「めちゃくちゃ悪口じゃねぇか!」
先ほどまでの気取った態度は一瞬で霧散し、素の男子高校生に戻って声を荒げる白河。
「コーヒーでいいじゃん! 何で格好つけるの? てか絶対何かあったでしょ! そんな言葉言った事ないじゃん!」
カウンターから身を乗り出し、バンバンと机を叩きながら鋭い名推理で問い詰めてくる一ノ瀬と、たじたじになりながら目を逸らす白河。
二人のワイワイとした、漫才のような賑やかな会話が、コーヒーの香る店内に明るく響く。
テーブル席で新聞を読んでいた初老のお客さんや、パフェを食べていた女性客は、まるで孫たちの戯れを見るかのように、その様子をニコニコと温かい目で見守っていた。
今日もこの喫茶店は、変わらず平和でした。
すみません。
W杯が始まってしまったため今回はスピンオフ的な物です。
後々もっと追加しますのでお待ちください。
あとこの小説の略称を募集します(笑)




