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「クラスのギャル、放課後は喫茶店で不器用マスターやってます。」  作者: 路地裏の猫


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37/43

三十五杯目:「うーん。集中してたと思うけど……あっ! 雲がたい焼きみたいで美味しそうって思った!」

「莉愛は何だと思う?」


 窓から差し込む柔らかな午後の日差しが、教室の床に四角い光の模様を描いていた。   

 グラウンドに少しだけピリッとした空気が流れた、あのリレーの全体練習から二日後。  

 放課後の教室で机を向かい合わせにし、昨日見たテレビ番組や流行りのスイーツなど、他愛のない普段通りの会話をのんびりとしていた時だった。

 いきなり、琥珀は真剣な顔つきで身を乗り出し、唐突にそんなことを聞いてきた。  


「何? 何ってごめん。何が?」


 目を丸くしたうちは、思わず聞き返す。  

 思いついたことをそのまま口に出してしまう、琥珀のこの手の突拍子もない天然っぷりにはもうすっかり慣れっこだし、今更いちいち驚いたりはしない。  

 だとしても、いきなり会話の途中に、主語も目的語もないそんな抽象的な言葉を投げかけられても、一体全体何の事が言いたいのかエスパーじゃあるまいし分かるはずがない。   

 いくら彼女との付き合いが長く、扱い方を心得ているうちであっても、流石にこのノーヒントのクイズは難易度が高すぎて完全にお手上げだ。


「え? リレーだよリレー!」


「……走る……とか?」


 何を当たり前のことを言ってるのと言わんばかりに、琥珀が身振り手振りを交えて力説する。  

 その必死な様子に押され、うちは冷や汗を流しながら、当てずっぽうで一番シンプルかつ物理的な答えを捻り出した。

 しかしその直後、琥珀のパッと明るかった顔が、みるみると分かりやすく曇っていく。


「あっ! 勝つ……と思うよ?」


 しまった、外した。  

 本番のリレーで自分達のチームが勝てるかどうか。  

 彼女は不安になってそれを聞きたいのだと思い至ったうちは、慌ててポジティブな言葉を付け足してフォローするようにこう言ったが、どうやらその予想も盛大に外れているらしい。


「琥珀。……何の話?」


「怜君に言われた事だよ! 私と白河の間にある問題!」


 大きくため息をつき、うちは一度会話のレールを綺麗にリセットする。  

 すると、琥珀は待っていましたとばかりにバンッと机を叩き、前のめりになって言葉を放った。  

 あの日――夕焼けに染まるグラウンドの隅で、全体練習の最後に二人は九条に呼び止められ、確かにそう言えば何か指摘を受けていたはずだ。  

 けど、いきなり『何だと思う?』と唐突に聞かれて、流石にうちもあの瞬間の出来事まで一瞬で遡れるほど、超人的な察知能力があるわけではないのだ。  


「遠慮がどうとかってやつ?」


「そう!」


 記憶の糸をたぐり寄せ、うちは確かそんな単語が出ていたことを思い出す。  

 九条は静かな、けれど鋭い口調で言ったのだ。  

 バトンを繋ぐ琥珀と白河の間には、無意識の『遠慮』がある、と。  

 少し離れた場所で見ていたうちを含め、はたから見ればそんな致命的なズレや問題は一切ないように見えた。

 バトンは確実に渡っていたし、タイムロスをしているようにも見えない。  

 むしろ素人目には、息も合っていて非常に順調そのものに思えた。  

 あくまで、はたから見れば、の話だが——。


「あの後ね! 次の日二人で練習したんだけど、白河がね! 「遠慮してるのは俺だった」って!」


 興奮気味に捲し立てる彼女の言葉は、まるで主語と述語が迷子になっているかのようにめちゃくちゃだ。

 この肝心なところで文章が途切れ途切れになり、感情ばかりが先行してしまうのも、いかにも不器用で一生懸命な琥珀らしい。  

 その舌足らずな説明のせいなのか、それともうちの言語理解力が不足しているのか——いや、純粋にうちの『琥珀の意図を汲み取る力(琥珀力)』が足りていないのかは定かではないが、残念ながら今の時点では、うちは琥珀が一体何を伝えたいのか一割も分からない。


「琥珀落ち着いて。ゆっくりドードー」


 暴れる仔馬を宥めるように、うちは立ち上がって身を乗り出している琥珀の頭にポンと手を乗せ、サラサラとした髪を優しく撫でる。  

 琥珀はこの、心を許した相手からの直接的なスキンシップがたまらなく大好きだ。

 撫でられた瞬間、ピーンと張っていた緊張の糸が解けたように目を細め、えへへと嬉しそうに笑う。  

 面倒見のいいうち以外にも、日葵や珊瑚といった友人たちにも、まるでお気に入りのマスコットか妹のように、よくこうして頭を撫でてもらったり可愛がってもらったりしているのをよく見る。


「分かった! でね! 私本当に合ってるのか分からなくて」


「琥珀。ごめんなんだけど最初から話してくれない?」


 深呼吸をして一旦落ち着きを取り戻してくれたのは非常によかったが、相変わらず主語が抜けたまま、結末に近い先の物語だけをドヤ顔で話されても、聞き手としては全く理解は出来ないのだ。  

 川上から大きな桃がドンブラコと流れてきて、そこから元気な男の子が産まれて……という最重要の序盤のくだりを完全にすっぽかして、いきなり「そして鬼退治に行きました! どう思う!?」と熱弁されても、困惑するしかないのと同じである。


「えーっとね! 怜君に言われた次の日、白河と二人で練習した時に白河は自分のせいだったって言ったの! 私、本当にそうなのかなって」


 身を乗り出し、机の上に両手をつきながら必死に説明する琥珀の言葉を聞いて、うちは頭の中で散らばった情報を一つ一つ丁寧に整理していく。  


 なるほど。  

 あの日、全体練習の最後に九条に言われた「遠慮」という指摘を、二人はうちが思っていた以上に深く気にしていたのだ。  

 そして、問題だったのはバトンを繋ぐ五走と六走の二人だから、他のメンバーの時間を奪わないよう、問題のある人だけで自主的に集まって練習をしたと。  

 その二人きりの特訓の時に、白河は原因を「自分のせい」だと自責していた。  

 でも、琥珀はそれが本当に正しいのか、彼一人が責任を背負うべきことなのか、素直に納得できず分からない——か。


 そもそも、放課後や休みの日にわざわざ二人だけで会って練習するほどの仲なのか? という無粋な疑問が真っ先に頭の片隅を掠めたが、そんな疑問はシャボン玉が弾けるようにすぐに消え去った。

 日常の些細な場面でも、気がつけばあの二人が一緒に居ることは多々あった。

 凸凹コンビのようでいて、なんだかんだと波長が合っているのはうちもよく知っている。  

 だから、二人が一緒にいること自体にうちは何の疑問などない。  

 ただ私は——。


「うーん。琥珀は違うと思うの?」


「分かんないの。ただ私は白河だけが本当に悪いのかな?って」


 自信なさげに眉尻を下げ、自分の指先を見つめる琥珀。  

 彼女がそうやって悩む理由も、痛いほどよく分かる。  

 大抵、人と人との間でこういう連携のミスや問題が起きる時、どちらか一方だけが悪いということはなく、両方に何かしらの非や原因がある事が大半だ。  

 たとえその責任の割合が半々ではないとしても、どれだけ少なく見積もっても、もう片方にも一割くらいは改善すべき点があるものだ。  

 だから、優しい琥珀が「彼だけが悪いわけじゃないはずだ」とそう考えるのも深く納得できるし、うちも全く同じように考える。


「あの時。えーっと、全員で練習した時の話ね。琥珀は何か考えてた?」


「え? いつ? 何してる時の事?」


「走ってた時」


 記憶を呼び起こすように、うちは琥珀だからこその単純な質問を投げかける。  

 琥珀は、大体何かしらの行動中、目の前のタスクとは全く違う突拍子もない事を頭の中で考えている事が多い。

 注意力が色々なところに散漫してしまう彼女の性質。  

 だからうちは、その集中力の欠如こそが、バトンパスのズレを生んだ根本的な原因なのではないかと推測したのだ。


「うーん。集中してたと思うけど……あっ! 雲がたい焼きみたいで美味しそうって思った!」


「……そう」


 ポンッと手を叩き、まるで世紀の大発見でもしたかのように無邪気な笑顔で言い放つ琥珀。  

 その斜め上をいく回答に、うちは半眼になりながら、一切の感情を込めずに相槌を打つ。  

 流石に、空に浮かぶたい焼き雲に気を取られていたからバトンパスが上手くいかなかった、なんていう漫画みたいなオチにはならないだろう。   

 本人は集中してたと言うし、彼女なりに本気で走っていたのはグラウンドで見ていたうちにも伝わっていた。  

 なら、原因は別にある?  

 それとも、二人の無意識の領域に何かが潜んでいるのだろうか。


「……」


 頭の中で情報のピースを動かしていると、チクリとする何かの小さな違和感がうちの中で引っかかった気がする。


「莉愛も分かんないか」


「白河は自分のせいって言ってたの?」


「そんな感じのこと言ってた」


 うちが沈黙したのを見て、匙を投げられたと思ったのか、琥珀がしゅんと肩を落とす。

 しかし、うちは思考を止めず、確証を得るために矢継ぎ早に質問を重ねる。

 自分のせい。  

 リレーのバトンパスにおいての、無意識の遠慮。  

 琥珀と白河という、二人の間にある決定的な違い。  

 そして、白河は琥珀のことは全く悪くないと思っている。  

 これらの散らばったピースを繋ぎ合わせ、論理的に導き出される答え、考えられることは——。


「……経験?」


「どうしたの?」


 ふと口からこぼれ落ちたその単語。  

 急に黙り込んで色々と考えていたうちの真剣な顔を見たのか、琥珀は不思議そうに小首を傾げ、心配そうに声をかけてくれた。


「ごめん。こっちの話。白河さ、「手加減」とか言ってなかった?」


「言ってた! うん、言ってたよ!」


 ガタッと椅子を鳴らして身を乗り出す琥珀。  

 その勢いのある肯定を聞いて、私の考えはどうやら完璧に合っていたみたいだと確信する。  

 だとすると、このバトンパスの不調において、白河に大きな原因があるのは間違いない。  

 でも、かと言って、経験不足の琥珀に全く問題がないとは、うちは思わないのだ。


「莉愛! 何で分かったの?」


「多分なんだけど——」


 目を丸くして感心する琥珀に向けて、うちはゆっくりと息を吸い込み、頭の中で組み上がった推論を言語化していく。

 白河は二年前まで、本気でタイムを競う陸上部に所属していた。  

 それも、ただの部員ではなく、短距離を専門とし、リレーのアンカーや要を任されるほどの実力を持った本場経験者だ。  

 対して、目の前にいる琥珀は、運動部とは無縁の完全など素人。  

 それに、身体の作りや筋力、一歩のストライドの長さだって、男女という性別が根本から違う。  

 いくらグラウンドから離れて月日が経っていたとしても、骨の髄まで染み付いた「経験」という絶対的な違いは、素人目にも分かるほど果てしなく大きい。  

 きっと白河も、全力で走れば琥珀は追いつけないかもしれない、あるいはバトンを落としてしまうかもしれないという恐怖から、無意識のうちに琥珀の事を考え、彼女のスピードに合わせて本気を出していなかったのだろう。  

 だから、そんな僅かなスピードの殺し合いに気がついた、或いはグラウンド全体を俯瞰して感じ取った九条が、あえて鋭く口に出したのが「遠慮」という言葉だったのだ。  

 少しだけど、絡まっていた糸がスルスルと解け、確かな理屈として何か繋がった気がする。  

 うちは、『琥珀側の一割の非』について、彼女自身にきちんと確かめる事にした。


「白河は陸上経験者でしょ? だから力加減してたんだと思う。意図的にじゃ無くて無意識に」  


「それだよ莉愛! 白河はそう言ってた!」


 ビシッと指を差して同意を求める琥珀の様子に、うちはホッと胸をなで下ろす。  

 どうやらうちの言語理解力は低く無かったみたいだ。  

 でも、彼女の支離滅裂な話から白河の意図を正確に汲み取ったのだから、これじゃあ『琥珀力』じゃなくて『白河力』の発動だけど。


「で、話を戻すと。琥珀は自分にも責任があるかもって思ったんでしょ?」


「そう! 白河だけのせいじゃないと思うんだよね」


 机に伏せていた体を起こし、うちは一つ咳払いをして仕切り直す。  

 ようやく、本当にようやく本題だ。  

 白河の無意識の遠慮が原因の一つだとして、次は琥珀の思考について深掘りしていく必要がある。


「琥珀は普段何考えてる?」


「え? ご飯とか、路地裏で見た猫とか、今日のお昼ご飯とか、最近だと体育祭と文化祭とか、甘い物とか、莉愛と日葵と珊瑚とどこか買い物行きたいなとか、ご飯食べに行きたいとか、遊びに行きたいとか」


「もういい! もういいよ!」


 指を折りながら、まるで底なし沼のように次から次へと欲望の羅列をひたすらに口にし続ける琥珀の勢いに、うちは吹き出しそうになりながら両手を振って笑いながら止めるよう伝える。  

 にしても、出てくる単語の半分以上が食べる事ばかりだな、というツッコミどころ満載な点は一旦横に置いておいて。


「——白河とかは?」


「……」


 私は少しだけ声のトーンを落とし、思い切って核心を突く質問を投げてみる事にした。  

 白河とのバトンパスで、息の合わない問題が起きた。  

 なら、走っている最中、あるいは日頃から、彼女の頭の中に白河に対する何かしらの意識や感情が入り込んでいて、それがパスのタイミングを狂わせている可能性がある。    


 ——だけど、私の言葉を聞いてピタリと動きを止め、うーんと眉間に皺を寄せて顔を悩ませる琥珀を見ると、唐突にプライベートに踏み込みすぎたかと、「あ。やってしまった」と後悔の念が押し寄せてしまった。


「ごめ——」


「白河かー。うーん、友達? お手伝いさん? うーん……仲のいい男子!」


 私が慌てて謝ろうとした言葉は、懸命に頭を回転させている琥珀の耳には全く聞こえていなかったみたいだ。  

 ポンと手を打って出た答え。

 琥珀曰く、白河は『友達』であり『お手伝いさん』であり、総じて『仲のいい男子』らしい。

 そこには特別な感情の重みや、意識の偏りなどは微塵も感じられない、カラッとした明るさがあった。  

 その言葉を聞いた瞬間、少し、ほんの少しだけ、うちの胸の奥にあった砂糖一粒くらいの小さなチクリという違和感のような感覚が、風に吹かれたように綺麗に消え去った。


「お手伝いさんって……流石に可哀想だね。でもなら尚更分かんないや」


 苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。  

 琥珀がポロポロと挙げた『普段考えている事』の中に、リレーのバトンパスを狂わせるような致命的な原因はなさそうだった。  

 それが、余計にうちを悩ませる。彼女に非があるとすれば、それは一体何なのだろう。


「だから莉愛に聞いたんだよぉー。エンリョの意味が分からなくてさぁー」


 机にぺたりと突っ伏し、またしても見るからにしゅんと落胆する琥珀。  

 肩を落として嘆くそのオーバーなリアクションが小動物のようで可愛らしく、うちは堪えきれずに吹き出し、クスリと笑ってしまった。


「何で笑うのー!」    

 

 バッと顔を上げ、抗議の声を上げながらうちの背中をポコポコと軽く叩く琥珀。  

 こうしてすぐに感情を表に出し、自由に、気の向くままに生きている琥珀の飾らない姿が、うちは心の底から大好きだ。


「ごめん。面白くって」


「酷いよぉー! 悩んでるのに!」


 涙目になりながらも、背中を叩くポコポコというリズミカルな音をやめない琥珀。


「でもきっと何とかなるよ。それに琥珀と白河が失敗しても皆んなが、何より一番最初に走るうちがぶっちぎるからさ」


 笑いを収め、うちは彼女を安心させるように力強く宣言する。  

 二人が呼吸を合わせ、バトンパスが上手くなるのがチームとしては一番いい。  

 それが最も勝率の上がる堅実なプランだ。  

 でも、もし二人が躓いたとしても、二人の前にはうちを含めた頼もしいメンバー達がいるのだ。  

 なりより、第一走者であるうちが、後のメンバーのプレッシャーを全て吹き飛ばすくらいに後続を引き離して独走してしまえば、多少のタイムロスなんて何の問題もなく済む話。


「それはもちろんしてもらわないと困る」


 すると、さっきまでの泣きべそはどこへやら。

 琥珀はキリッとしたドヤ顔を作り、親指を立ててビシッとグッドの形を作った。  

 ここはキリッとするんかい! という鋭いツッコミが思わず口から飛び出そうなくらいの、あまりにも見事な感情の切替の早さだ。


「こんのーお調子者め!」


「痛い痛い莉愛! やめてよぉー」


 背中を叩かれたお返しとばかりに、うちは笑いながら彼女の脇腹を優しくくすぐってやり返す。  

 「あはは!」「やめてー!」と、夕暮れの教室から漏れ出た二人の仲の良い笑い声が、誰もいない静かな廊下に明るく響き渡った。    


 大丈夫。  

 焦らなくても、もがいて前に進んでいけば、必ずいつか答えは見えてくるのだから。   

 今は、この楽しくてかけがえのない時間のままでいい。  

 琥珀は無理に変わろうとせず、いつもの琥珀らしく笑っていてくれれば、自ずとそのうち正解は見えてくるよ。

 

 無邪気に笑う琥珀の顔を見つめながら、うちは彼女に悟られないように、そっと小さな息を吐き出した。  

 放課後の教室に差し込む西日はさらに傾き、オレンジ色の濃い光が、木目の机の上に二人の影を長く、どこまでも寂しげに伸ばしている。

 窓の外からは、遠くのグラウンドで汗を流す運動部のかけ声や、走る足音が微かに響いていた。    

 琥珀が白河のことを「ただの仲のいい男子」だと迷いなく言い切った時、自分の胸の奥ですっと引いていった、あの砂糖一粒ほどの奇妙なざわめき。

 喉の奥に小さな棘が引っかかっているような、この言葉にできないモヤモヤとした余韻は一体何なのだろう。  

 自分が第一走者としてぶっちぎればいい。

 そう言って胸を張ってみせたものの、本当にそれだけで全てが解決するのだろうか。

 琥珀の隣に立ち、彼女のためを思って無意識にブレーキをかけてしまったという白河の走りが、なぜだか頭の裏側に焼き付いて離れない。    

 それが、単なるリレーのチームメイトとしての純粋な心配からくるものなのか。

 それとも、自分でもまだ名前のつけられない、もっと別の歪な感情の芽生えなのか。

 今のうちには、それを確かめる術も、その正体に向き合う勇気もなかった。  

 けれどうちは、胸の奥底で燻る熱いざわめきに気づかない振りをしながら、それで本当にいいのかどうか、深い深い「無意識」の暗闇の中でただ静かに考え続けていた。

 そんな自分自身の心の揺らぎを、隣で無邪気に笑う大好きな親友はもちろん、自分自身も、そしてこの世界の誰も知るはずがなかった。


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