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「クラスのギャル、放課後は喫茶店で不器用マスターやってます。」  作者: 路地裏の猫


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一杯目:「あんたが淹れてみなさいよ」

「……え、えっと。一ノ瀬さん、ここで働いてるの?」


「……っそうよ! 悪い!? っていうかなんでアンタがここにいんのよ。学校から結構あるじゃん、ここ! なんで!?」


 先ほどまでの神妙な態度はどこへやら。

 猫を被っていた化けの皮が音を立てて剥がれ、そこには完全にいつもの「クラスのギャル・一ノ瀬」が降臨していた。

 矢継ぎ早に飛んでくる刺々しい言葉の弾丸に、俺は気圧されながらも、どうにか言葉を絞り出す。


「最近、喫茶店で勉強するのにハマってるんだよ。ここを選んだのは……まあ、なんとなく、かな」


 正直に答える。

 一週間前、偶然この路地裏でオープンの看板を見かけ、喧騒を避けるための隠れ家として目をつけていたのだ。

 だが彼女は納得がいかない様子で、苛立ちを隠そうともせず、手元の伝票をプラスチックのペンでコツコツと苛立たしげに叩く。

 その硬質な音が、静かな店内に不協和音を響かせた。


「偶然? 嘘でしょ、そんなことある……? ……はぁ、もういいわよ。最悪」


 思考を巡らせる俺を置き去りにして、彼女は吐き捨てるように毒づいた。

 高く結い上げた金髪が不機嫌そうに揺れる。

 夕闇が迫り始めた店内で、彼女の纏う棘だらけの空気が、さらに鋭さを増したように感じられた。


「……で。何にすんのよ」


「えっと……その、メニューが、まだなくて」


 恐る恐る、消え入りそうな声で指摘する。その瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。


「あぁもうっ! ……っはい! これでいい!? 早く決めてよね!」


 机に叩きつけられたメニュー表が、乾いた音を立てて滑る。


 (いや、忘れたのはそっちだろう……)という正論は、般若のように吊り上がった彼女の眼光を前に、静かに胃の奥へと飲み込むことにした。

 急かされるまま、俺はメニューをめくる。


 ブレンド、キャラメルラテ、アイスティーにゆずティー。

 意外にも本格的なラインナップが並んでいる。

 ページをめくると、厚焼きのトーストやナポリタンといった、喫茶店らしい軽食の写真が目に飛び込んできた。


「食べ物とかもあるんだな……」


 これ以上彼女の導火線に火をつけないよう、慎重に、会話の体裁を保ちながら呟く。


「喫茶店なんだから、あるに決まってんでしょ。……いいから早く頼んで、さっさと飲んで帰ってよね」


 客に向かって放つ言葉とは思えない暴言だ。

 だが、毒づく彼女の頬が、白いエプロンとの対比で耳の付け根まで鮮やかな赤色に染まっているのを、俺は見逃さなかった。

 強気な言葉とは裏腹に、彼女の指先は落ち着きなくエプロンの端を弄っている。


「は、はい。ブレンドのアイス、お願いします」


 手間もかからず、失敗も少ないだろうという俺なりの精一杯の気遣いだった。


「……了解」


 一ノ瀬さんは短くそれだけ残すと、踵を返してカウンターの奥へと消えていった。

 それにしても、あの一ノ瀬さんがこんな隠れ家のような場所で。

 心を落ち着かせるために窓の外を眺めれば、薄暗い路地を野良猫が欠伸をしながら横切っていく。

 平和な光景だ。

 さっきまで般若と対峙していたのが嘘のように。


「……。はい、お待たせ」


 不意に、不貞腐れた声と共にグラスが置かれた。

 琥珀色の液体にカランと氷が浮かぶ、見た目だけは至って普通のブレンドコーヒー。

 早く帰ってほしそうな彼女の無言の圧力が痛い。

 俺は逃げるようにストローを咥え、一気にそれを吸い込んだ。


「……っ、っぶ、ぐっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっず!!」


 あまりの衝撃に、喉が、鼻が、脳が、全力で拒絶反応を示した。

 ぬるい。

 そして、コーヒーという概念からは到底かけ離れた、殺人的な渋みと、泥水を煮詰めたような濁った苦味。

 舌の上にまとわりつく不快なざらつき。

 これはもはや、精製を間違えた毒の類ではないだろうか。


「い、いやっ……! い、いまのは、その……!」


 しまった、口が勝手に真実を叫んでしまった。

 慌てて口を押さえたが、時すでに遅し。

 カウンターの向こうで、彼女の額にピキリと鮮やかな青筋が浮かぶのが見えた。


「い、いやー! めちゃめちゃ美味しいな、これ! 一ノ瀬さんが心を込めて(?)淹れてくれたからかな! ハハハ……!」


「……。」


 目が、笑っていない。

 獲物を屠る直前の猛獣のような冷徹な瞳が、じりじりと俺の精神を削っていく。


 気まずい。


 死ぬほど気まずい。

 クラスの一軍ギャルの「隠したい秘密」と「致命的な欠点」を同時に踏み抜いたこの状況。

 一人カラオケや一人焼肉で鍛えた俺の鋼のメンタルですら、この密室の圧迫感には耐えられそうになかった。


「あ、あの! お会計、お願いします!」


 撤退。

 それが今の俺にできる、唯一の防衛本能だった。しかし――。


「……だって、やったことないんだもん」


 消え入りそうな、微かな呟きだった。

 顔を上げれば、そこには牙を剥いた猛獣の姿はなかった。

 あるのは、今にも泣き出しそうな、あまりにも弱々しい一人の少女の横顔。


「し、仕方ないでしょ......! いきなり喫茶店なんて、無理だもん!」


「いきなり? ……一ノ瀬さん、今日が初めてのバイトなのか?」


 今日が初日なら、この惨劇もすべて「新人のミス」として飲み込める。

 ……だが、彼女から返ってきたのは、俺の淡い期待を粉砕する衝撃の一言だった。


「……バイトじゃないわよ。私、て……っ」


「て?」


「店長! 私が、ここの店長なのよ!」


「…………てんちょ?」


 思考が停止した。


 店長。


 店舗の全責任を負い、スタッフを統括する総責任者。

 この、メニューを忘れ、毒に近いコーヒーを出すドジっ子の擬人化のようなギャルが、一城の主?


「さすがに、悪い冗談だよな……?」


「本当よ! 一週間前のオープンから、ずっと私がやってるの! ……っ、何回言わせんのよ!」


 必死に食い下がる彼女の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。

 地獄である。

 一週間、彼女はこのクオリティで孤軍奮闘してきたというのか。


「えっと……それは、大変……だったな」


 語彙力が霧散し、ありきたりな言葉しか出てこなかった。


「大変なんてもんじゃないわよ! 無理! やめたい! コーヒーの淹れ方なんて今だにわからないし、料理も下手、掃除も苦手! オープン初日に来てくれたお客さん、みんな二度と来てくれないんだから! もうイヤっ!」


 一ノ瀬さんは、堰を切ったように叫んだ。

 溜まりに溜まった泥を吐き出すようなその声に、この店に客がいない理由がすべて詰まっていた。


「た、確かに、コーヒーがこの味じゃ……リピーターは厳しいかもな」


「…………っ、じゃあアンタが淹れてみなさいよ!」


 捨て台詞のように、彼女は俺を指差した。

 潤んだ瞳の奥には、世界に見捨てられたような絶望と、それでも誰かに縋りたいという、言葉にならない悲鳴が混ざり合っているように見えた。


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