十二杯目:だからだからだからだからだからだからだからだからだからだから
「体育祭の話が終わったところだけど……本題に戻ってもいい?」
リレーの熱狂がようやく冷めかけ、空気が落ち着きを取り戻したタイミングで、佐伯が口を開いた。
「体育祭に本気出すのはいいんだけど、文化祭の方が相当ヤバいことになってて――」
佐伯は少し眉間に皺を寄せ、苦々しい表情で語り出す。
そうだ。
元々は、生徒会との会議で突きつけられたあの無理難題を相談するために集まったんだった。
俺たちは、文化祭の実行委員会で起きた一部始終を包み隠さず伝えた。
「なんだそれ? ……流石に状況がヤバすぎねえか?」
それまで自信満々だった山波の顔に、焦りの色が混じる。
文化祭でも頂点を獲ると豪語していた彼も、突きつけられた条件の厳しさに、ようやく事の重大さを悟ったようだ。
「なに? そんなにヤバいの?」
「琥珀ちゃん! これはヤバいよ。やっと貯金して買いに行った限定リップが、目の前で売り切れちゃった時くらいヤバいんだよ!」
一ノ瀬は相変わらず、どこか他人事だ。
状況をいまいち理解していない彼女に対し、水野が必死に、けれど独特すぎる例え話で危機感を伝えようとする。
……いや、その例えで合ってるのか?
「ええっ、何それ! 超ヤバいじゃん!」
……何故か伝わったみたいだ。
一軍女子の感性、恐るべし。
「……流石の僕でも、今回ばかりは手詰まりだね。コネも人脈も、その分野には持ち合わせていない。でも……」
「神崎なら、いけるんじゃない?」
「だからうちら、神崎に聞きに来たんだよね」
「え? それなら蓮君に聞けば一発解決じゃない?」
九条、佐伯、そして意外にも一ノ瀬までもが、同時に神崎の名前を挙げた。
どうやらこのクラスの誰もが、「神崎なら何とかしてくれる」という絶大な信頼を置いているらしい。
「は? ……俺か?」
まぁ、当然の反応だろう。
当の神崎は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
「神崎なら心当たりがあるんじゃないかって、うちらは踏んだんだけど。……どう?」
佐伯が、射抜くような視線を神崎へ向ける。
「いや、どうって言われてもな……。あー、うん。……多分、行けると思う」
……いや、行けるんかい! ホント何でも持ってんな、この主人公野郎!
驚く俺を余所に、神崎は「大したことじゃない」と言いたげに、あっさりと解決の糸口を持っていることを明かした。
「なら、この話はまた後でもいいかな。うちらは、その『行ける』って一言を聞きたかっただけだから」
……いや、もう解決!?
内心で激しくツッコんでいるのは、どうやら俺だけらしい。
みんなは納得した様子で手際よく帰宅の準備を整えると、部活や生徒会、あるいは遊びの予定へと、それぞれ足早に教室を去っていった。
「本当に……文字通り化け物集団だな、あいつら」
圧倒的なスペックと、迷いのない決断力。
一軍たちが持つそれぞれの才能に振り回される日々を思い返し、俺は小さく吐き捨てた。 ようやく訪れた静寂。
俺も鞄を手に取り、どっと押し寄せた疲れを引きずるようにして教室を後にした。
廊下に出て、数歩歩いたその時。
視界の端に、壁に背を預けて立っている九条の姿が映った。
「はいはーい! 白河くん、教室に戻って戻って!」
「ちょっ! おい、九条!?」
抗う間もなかった。
九条はまるでおもちゃでも扱うような軽やかさで、俺の背中を押して再び教室へと放り込む。
カチャン、と。
無機質な音を立てて九条が教室の扉を閉め、ゆっくりと振り返る。
西日に照らされた彼の顔には、全てを見透かしたような……それでいて、何か重大な秘密を共有しようとする時のような、含みのある笑みが浮かんでいた。
―――――――――――――――――――――――――
「な、なんだよ九条!」
唐突な足止め、挙句の果てには密室での監禁状態。
意味が分からなかった。
あの場で話はすべて完結したはずだ。
九条が、わざわざ俺を呼び止める理由なんてどこにもないはずなのに。
「……」
九条は無言のまま、ゆっくりと距離を詰めてくる。
その瞳には、先ほどまでの「優しい優等生」の影は微塵もなかった。
「ちょ、九条? おい、聞いてるのか!」
ガタン――!
無機質な音が教室に響き、机が大きく擦れる。
気づいた時には、俺は九条にネクタイを掴まれ、机の上へと押し倒されていた。
「な、何を――っ!?」
「……ねぇ。白河くん、君は何か『隠し事』をしてるよね?」
耳元で、吐息が触れるほどの至近距離から囁かれる。
ゾクゾクと背筋に走る悪寒と、跳ね上がる鼓動。
静まり返った教室に、二人の重なり合う心音だけが不自然に響く。
「……隠し事!? な、何のことだよ、そんなの……っ!」
あまりの状況に、思わず裏返った声が出る。
九条は、俺が何かを隠していると言った。
……心当たりが、全くないわけではない。それは体育祭、とりわけリレーに直結する内容で、おそらく九条が『アンカー』という人選にこだわった理由にも繋がっているはずのこと。
「……僕、思うんだ」
九条の手がゆっくりと動き、邪魔な髪を耳にかける。
「白河くん、嘘をついているよね?」
「う、嘘……!?」
九条が俺に執着する理由。
それは、俺がどこかで『嘘』をついたからだというのか。
だが、一体いつだ? 今日か? それとももっと前からか?
混乱する頭で必死に記憶を辿るが、正解は見つからない。
「……これも『勘』なんだけど。僕は君が嘘を吐きながら、自分を騙して笑っているように見えるんだ」
九条の『勘』。
どこまで理不尽で、どこまで暴力的な直感なのだろうか。
「九条……なんでもかんでも『勘』で済ますのは、流石に飛躍しすぎだろ……」
「いいや、当たっているさ。これは僕の本能が、状況が、君という人間そのものが語っていることだ。だから、この勘は正しい」
とんでもない理不尽だ。
本能だの状況だの、そんな曖昧なものを根拠に、こんな体勢で攻め立てられては堪ったもんじゃない。
何より、この状況を誰かに見られたら、取り返しのつかない誤解を招く。
男同士でこんな……冗談じゃない。
「と、とりあえず離してくれないか? ……苦しいんだ、物理的に」
「いいや、離さない。君が本当のことを話してくれるまで、このままだ。知ってる? 僕、こう見えて結構、我慢強いんだよ?」
我慢強いとかそういう問題じゃない。
話したくても、九条が何を求めているのかが分からないんだ。
本当に、見当も――。
「……話せって言われても、九条が何を疑ってるのか言ってくれないと、答えようがないだろ」
「……」
気まずい無言の圧が、仰向けの俺にのしかかる。
やがて、九条は獲物を追い詰めた肉食獣のような冷徹な声で、本題を切り出した。
「……単刀直入に言おう。君がリレーをやりたくない理由――『僕たちに迷惑がかかるのが嫌だ』。そう言ったよね?」
「っ! いや、それは……嘘なんかじゃ……」
「――あれ、全部嘘だよね? 君が本当に恐れているのは、足を引っ張ることじゃない。……そうでしょ?」
「っ……」
正直、薄々わかっていた。
九条が俺に『勘』を押し付ける意味を。
嘘を吐いていると突きつけられる、その本当の理由を。
言葉にできなかった、リレーが嫌だという感情の正体。
俺が俺自身にさえ隠していた、本心の奥底に沈めたはずの嘘。
窓から差し込む夕日が、俺の心を抉るように冷たく照らす。
風が吹き込み、カーテンが激しく揺れた。
「……当ててみせようか? ――あの時と同じように」
あの時。
文化委員を決める際、こいつが俺を見透かした瞬間のことだろう。
「……っ」
「……だんまりか。いいよ、当ててあげる。君が本当に恐れているのは、過去の――」
......やめてくれ俺は忘れたんだ。
もう、あんな思いは嫌なんだ。
思い出したくない。
思い出したくない。
思い出したくない。 思い出したくない。 思い出したくない。
あんな過去は、とうの昔に封印したんだ。
だから、俺はあきらめたんだ。
だから、あんなに嫌だったんだ。
だから。
だからだからだからだからだからだからだからだからだからだから――!
「……もう、やめてくれッ!」
喉が裂けるような叫びが、口から溢れていた。
九条に対して、明確な拒絶と、剥き出しの敵意を込めて。
「へぇ。……そんなに大きな声、出せたんだね」
「……頼む。もう、やめてくれ。お願いだ。これ以上、俺の……俺の過去を、無理やり引きずり出さないでくれ……」
タイミングを合わせるように、夕日が厚い雲に遮られ、教室は急速に薄闇に包まれていく。
聞こえるのは、風に揺れるカーテンの掠れる音と、重なり合う二人の心臓の鼓動だけ。
白河 奏の口からは、今まで出したこともないような、震え、怯えきった声が漏れていた。
今回の話少なくて本当に申し訳ございません。
いつも楽しみにしていただいている皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
フォローしてくだっさたり、レビューしてくださったり、コメントくださったり、もちろん読んでくださる方々にはいつも大変うれしい気持ちでいっぱいです。
ただ今回の話、今回の話だけは白河の為にもここで終わりにしてあげてください。
続きは明日上げます。
ぜひ、白河を応援して待っててあげてください。
最後に改めて今回は短い内容で本当にすみません。
そしていつも読んでくださりありがとうございます。
これからも精神誠意この不器用な物語を描いていきますので応援よろしくお願いいたします。
路地裏の猫




