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「クラスのギャル、放課後は喫茶店で不器用マスターやってます。」  作者: 路地裏の猫


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12/14

十杯目:「ああいう自信満々の人間に、土をつけた時が一番楽しいんだから」

「えー。今年の文化祭まで残り二ヶ月近くありますが、今年からさらに本気を出そうと生徒会で結論が出ました」


 学園内にいくつかある会議室の一つで、「文化委員集会」が行われている。  

 今喋っているのは生徒会長、如月雅貴きさらぎ まさたか先輩。  

 三年生で学年首席、バリバリと仕事をこなす超人だ。

 先生たちの間では「史上最高の生徒会長」とまで称賛されている。

 その広い人脈と圧倒的な発想力で、去年からこの学校の行事を別次元へと牽引してきた立役者だ。


 この会議室には、全学年・全クラスの文化委員が集められている。  

 席は円状に配置され、それぞれの学年・クラスごとに分かれて如月先輩の話を聞く形式だ。

 残念ながらもちろん、椅子に座らされた俺も、ここにいるわけだが……。


「つきましては、手元の資料を確認してください」


 如月先輩の通る声に促され、俺は配られたばかりの資料に目を通す。  

 そこにはでかでかと『全クラス共通テーマ:外部企業・地域連携による「出店」と「クラス別収益勝負」』と書かれていた。

 ……は?  

 どういうことだ?

 

 静まり返っていた会議室が、一瞬で蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 ざわざわと広がる動揺の波は、疑念を持つのが俺一人ではないことを物語っていた。   チラリと横を見ると、いつもは何を考えているか分からない鉄面皮の佐伯でさえ、わずかに目を見開いて絶句している。


「すみません会長! これって……どういうことですか?」


 一人の委員がたまらず声を上げた。

 当然の反応だ。  

 いくら本気を出すと言っても、これは「文化祭」の範疇を完全に逸脱している。

 たかが高校生にできることなど、知れている。  

 大の大人が動かしている「企業」が、学生の遊びに本気で手を貸す?

 収益を競う?  

 本当にそんなことが可能だと、この男は、如月雅貴は本気で考えているのか?


「……そのままの意味だ。クラスごとに企業や地域と連携を取り、出店や演劇、スポーツなどなんでもいい。その売上と集客数で勝負を行う」


 如月先輩は、動じない。  

 

 いやいや、そんな字面通りの意味はわかっている。

 問題はそこじゃない。現実味の話をしているんだ。


「そ、そんな! 俺たちにそんな人脈なんてありません!」


 一年の委員が悲鳴に近い声を上げる。  

 安心しろ。 二年の俺だって、そんなコネクションはどこにも持ち合わせていない。


「その点は安心しろ。我々生徒会も全学年の全クラスに対し、資料提供や交渉のノウハウ、初期投資の一部負担といったサポートを行う」


 サポートすると言っても限界がある。  

 全クラスをバックアップするなんて、いくら如月先輩が超人でも、リソースが足りなすぎるはずだ。


「……具体的に、『サポート』とは何をしてくれるんですか?」


 突如、俺のすぐ隣から鋭い声が飛んだ。  

 横を見ると、佐伯が腕を組み、如月先輩をまっすぐ睨みつけている。

 さっきまでの驚きはどこへやら、彼女の瞳には冷徹なまでの「計算」の光が宿っていた。


「あまりに適当なことなら、うちらは従えませんが」


 ……おいおい、佐伯さん?  

 相手はあの如月先輩だぞ。

 生徒どころか教師さえ一目置く、絶対的な権力者だ。

 気持ちはわかるが、もう少しオブラートに包んだ言い方をだな……。


 会議室の空気が一瞬で凍りつく。

 全クラスの視線が、不遜な物言いをした佐伯莉愛と、その横に座っている俺に突き刺さる。

 ……やめてくれ、俺まで同罪みたいな目で見ないでくれ。


「……君は、佐伯莉愛……といったかな?」


「……はい。二年四組、佐伯です」


「佐伯の質問に答えよう。『具体的に』だったな。結論から言えば、企業へのアポイントメントはすべて私が代行する。責任もすべて私が背負う。もともと他の生徒会役員や教師陣には、死ぬほど反対された案だからな。私が無理やり通した以上、当然の義務だ」


 会議室に、先ほど以上のざわめきが広がる。


「もちろん、自分たちで交渉までやり遂げたいというクラスがあれば許可しよう。好きにやれ。だが、私のリソースは開放されている。それだけは覚えておけ」


 如月先輩は、たった一人で全責任を負うと言い切った。

 いくら先輩が超人でも、限界があるはずだ。

 高校生というレッテルがある以上、社会との交渉はそれだけで不利に働く。


「……それと、一位になったクラスへの報酬だが――」


 如月先輩が不敵に口角を上げた。

 集客数で競う以上、それに見合う『エサ』があるということだ。


「次回の定期テストにおいて、当該クラス全員に『満点』の評価を与える。すでに教師陣との合意は済んでいる」


 ……満点?

 つまり、名前を書くだけで全科目が全問正解になるということか。

 破格だ。

 あまりに凄まじい特権だが……同時に危うさも感じる。

 特に三年生にとって、テストは受験に直結する死活問題だ。

 これを機に、勉強を放棄する奴が出てくるのではないか。


「もちろん、無条件で学力を放棄させるわけではない。勝利したクラスには、代替措置として授業ごとに『要点を絞った小テスト』を課す。受験に必要な重点を効率よく学ばせ、実績に影響が出ないよう調整済みだ」


 俺の懸念を見透かしたかのように、如月先輩は完璧なフォローを口にした。

 流石は史上最高の生徒会長。

 この人は、最初から誰も置いていく気などないらしい。


「……わかりました。ありがとうございます」


 鋭い眼光を放っていた佐伯は、すっと目を閉じ、纏っていたトゲを消した。

 

 ……ふぅ。


 とりあえず一触即発の事態は避けられた。

 俺は人知れず胸をなでおろす。


「――今回はこれで解散だ。他に質問がある者はここに残れ。順番に答える」


 如月先輩のその言葉を合図に、波乱の会議が幕を閉じる。

 生徒たちがわらわらと出口へ向かい始めた。

 俺は、人混みに紛れて教室を後にしようとする佐伯の背中を見つけ、急いで後を追った。



「……お、おい佐伯! 待て、待てってば!」


 早足の彼女に追いつくため、なりふり構わず声をかける。  

 なんだよ、お前も一ノ瀬とか同じで、意外とマイペースなところあるのかよ。


「……? ああ、ごめん。少し考え事をしてた」


「……はぁ、はぁ。考え事って……さっきの話か?」


 ようやく追いついた俺は、肩で息をしながら問いかける。


「ええ。どうやって協賛を取りつけるべきか、ね……」


「……取るって……如月先輩を頼るのはダメなのか?」


 わざわざ自分たちで動かなくても、あの超人に任せれば済むはずだ。  

 責任は自分が持つとまで言い切ったんだ。

 なら、思う存分あの人の肩に乗っかればそれで――。


「だって、ムカつくじゃない。 あんな無責任な人に頼り切るなんて。だから考えるの。どうやってあの人を出し抜くかを」


 そう言って不敵に微笑む彼女に、俺は一瞬、如月先輩と似た……強者のオーラを感じた。


「ああいう自信満々の人間に、土をつけた時が一番楽しいんだから」


 俺は、彼女のことをまだ何も知らなかったのかもしれない。  

 クールな仮面の下に、こんなにも熱い好戦的な一面を隠していたなんて。


 だが――その気持ちは、少しだけわかる。  

 勝負に勝った瞬間の、あの脳が焼けるような全能感。  

 料理を褒められた時とはまた違うが、根底にある喜びは似ている。  

 懐かしいな。

 何事にも全力で挑んでいた、あの頃の『感覚』が指先まで戻ってくるようだ。


「……ったく。わかったよ、佐伯。俺も手伝う。あの完璧な眼鏡を割ってやるくらいのつもりで、先輩に挑んでやろうぜ」


 差し伸べられた掌を見て、佐伯は一瞬だけ驚いたように目を見開く。

 だが、すぐに俺の意図を汲み取った彼女は、迷いのない動作で右手を振り上げ――。


 ――パァンッ!


 静かな廊下に、乾いたハイタッチの音が小気味よく響き渡った。


――――――――――――――――――――――――――――――


 会議が終わり、俺と佐伯は学園の食堂に足を運んでいた。  

 席に着いて話し始めると、通りがかる生徒たちが次々に声をかけてくる。


「佐伯、お疲れ!」

「莉愛、あとでLINE送るね!」

 

 そんな光景を目の当たりにして、俺は今更ながらに思い出す。

 そうだ、彼女も学園で一軍に属する人気者だった。


 ……やっぱ、住む世界が違うんだな


 改めて格差を再認識する俺には目もくれず、佐伯は――。


「で。何か案はある?」


購買で買った偉く本格的なカフェラテのストローを咥えながら、事も無げに聞いてきた。


「……案か。正直、まだない。ただ、あの如月先輩に勝つなら、生半可な企画じゃ太刀打ちできないことだけは確かだ」


如月先輩――あの人が本気で盤面を動かし始めたら、一体どれほど恐ろしいことになるのか、想像すらつかない。


「だよね。うちもそう思う。それに、私たちには例年ほど時間が残されていないし」


「ああ、そうだったな……」


 時間がないのは、この学園特有の事情のせいだ。  

 例年、この時期は体育祭が開催される。

 うちの体育祭は本格的すぎて有名だ。

 学園が近隣のスタジアムを丸ごと借り切り、全競技をそこで行うという規格外のスケール。

 

 だからこそ、例年の文化祭は文字通り「お祭り」程度のクオリティに留まっていた。

 ……あくまで、これまでは。


 だが、今年は違う。  

 如月先輩の独断により、今年は体育祭と文化祭、二つの巨大イベントを全力で連続開催することが決定したのだ。


「とりあえず!」  

 

 パンと一度手を叩いて思考を切り替えた彼女が、身を乗り出して続ける。


「とにもかくにも、出し物のジャンルを決めないことには始まらない。白河、何か案はある?」


「そうだな。如月先輩の言う通り、集客がキーになる。佐伯の方は何か考えてるのか?」


 文化祭の王道といえば、やはり飲食店だろう。  

 安価で手軽、かつ確実に人を呼び込める。

 そこにプラスアルファの付加価値を加えれば、さらなるブーストも期待できる。

 よくあるのはメイドとかだ。


 あるいは、演劇などのステージ系か。  

 収益面では飲食に劣るが、その分「無料」という強みを活かした集客が可能だ。

 幸い、俺たちのクラスには美男美女が揃っているらしい。

 そのビジュアルを前面に押し出せば、客足は自ずと伸びるはずだ。


「……飲食に劇、選択肢は色々あるけれど。やるなら『珍しいもの』がいいよね」


 佐伯は、奇遇にも俺と同じ結論に達していた。  

 『珍しさ』は、それだけで強力な誘客フックになる。

 「これは何なんだ?」という好奇心を刺激し、正体を確認させるために足を運ばせる。

 言い方は悪いが、初見殺しに近いインパクト。

 それが勝利を掴むための、最低条件になるだろう。


「……やっぱりそうだよな。ちなみに先輩は『スポーツ』とかも例に挙げてたけど、あれはどう思う?」


「スポーツは、ダメ」


「……なんでだ? 集客の仕方がイメージできないか?」


 なぜか頑なに、佐伯はスポーツという選択肢を拒絶した。  

 プロモーションの難しさを懸念しているのかと思ったが、彼女から返ってきたのは予想の斜め上の理由だった。


「……できないの」


「できない? 何がだ?」


「スポーツを『出し物』として成立させることが、私にはできない」


 ……?  

 どういう意味だ。

 スポーツ体験コーナーとか、やり方はいくらでもあるはずだが。  


 佐伯の言う「できない」の真意を測りかねていると、彼女はカフェラテのカップを弄びながら視線を逸らした。


「例えばバスケをすることになったら……私、手加減ができないから」


「……なるほどな」


 忘れていた。

 目の前の少女は、バスケ界の超新星だった。  

 万年予選落ちだったこの学園のバスケ部を、たった一人で「全国常連」へと押し上げた怪物。

 世間の認識を根底から覆した天才だ。


 そんな彼女にとって、スポーツとは常に真剣勝負を意味する。  

 文化祭の「お遊び」で、素人相手に手を抜いてボールを回すなんて芸当、彼女のプライドが――いや、その本能が許さないのだろう。


 ちょっとくらい手を抜いてやれよ……

 とは思うものの、これは凡人には理解できない「天才ゆえの不器用さ」なのだと納得し、俺はその意見を素直に受け入れることにした。


「……でも、その『できない』って話も、あいつを頼ればなんとかなると思う」


 どうやら佐伯には、この状況を打破する心当たりがあるらしい。


「なんとかって、どうするつもりなんだ?」


「そっか。白河は知らないのか」


「……? 何がだよ。そんなに特別な奴なのか?」


「神崎。彼に協力を仰げば、解決するはず」


 神崎。

 噂では聞いたことがある。  

 実家がとんでもない資産家で、あらゆる方面にコネクションを持っているとか……。   ただの都市伝説だと思っていたが、佐伯の口ぶりからすると、どうやら本当だったみたいだ。


「とりあえず、神崎に話を通してみる?」


「ああ、そうだな。俺たちだけじゃ限界がある。頼れるカードがあるなら、使わない手はない」


 方針が決まり、俺たちは食堂を後にして教室へと戻ることにした。  

 その途中、佐伯が飲み干したカフェラテの空容器を、数メートル先のゴミ箱へ向かって軽く放り投げる。

 空容器は綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように「ストン」と中心に収まった。  何気ない動作に宿る、圧倒的なバスケの実力。

 俺は改めて、彼女が本物の天才であることを思い知らされた。


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