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第5話 嘘と演技

 歌稽古の期間は光の速さで過ぎていった。

 何故なら、俺にとって初めてのミュージカルだ。

 俺の関わる歌は、メインキャストの中で一番少ないはずなのに、俺が一番先生に指導を受けていたと思う。

 とにかく新しく覚えることと、歌の練習に必死で、気がつけば立ち稽古が始まっていた。


 立ち稽古は、舞台の最初から物語をなぞるように進むわけではない。

 その日の稽古に参加できるメンバーと、稽古のスケジュールに合わせてシーンが飛び飛びで稽古も進む。


 特に主演の翔さんは、11月中は他の仕事があって稽古へほとんど参加が出来ないので、主人公の出てくるシーンはスイングの人が代役を務めつつ、ほぼ後回しとなっていた。

 だから今日の稽古は、俺とユウキさんのシーンから始まる。


「いい加減にしろよルカ! お前の我儘にはもう、うんざりだ!」

「なんだって……? 兄さんはいつもそうだ! 王様だからなんでも手に入るくせに、それを僕に分け与えようとはしないなんて。兄さんは僕を愛してない!!」


 ――物語の序盤で発生する、兄弟喧嘩のシーン。

 ルカの初登場シーンであり、彼の我儘王子らしさと、兄であるノアの手に負えない様子を主人公が目撃するシーンになる。


 普段は優しいユウキさんが、俺に対して声を荒げているのは新鮮だった。

 それに対して、俺も噛み付くように声を上げる。

 正直、喧嘩を演じるのは気が楽だ。恋愛シーンよりも、よほどキャラの感情が分かり易いし演じ易い。


 そうして演出家の指導を何度か受けながら、俺たちは動きや立ち位置を確認しつつ、同じセリフを繰り返す。

 やがて、どうにかオッケーが出ると、次のシーンの稽古へ移ることになった。

 次はヴァルドとディーンのシーンだ。


 俺は少し休憩できることに安心して息をつく。

 まだ立ち稽古は始まったばかりだと言うのに、俺の頭の中は既にパンクしそうだった。

 たったのワンシーン。それでも演出家から入った指導の数は多い。


 俺は忘れない内に言われた事を台本へメモしようと、稽古場に置かれたテーブルへ向かう。

 すると、アクティングエリアへ移動する暁さんとすれ違った。そしてすれ違いざま、俺の頭に何かが置かれる。


 驚いて手に取ってみると、それは俺のタオルのようだ。

 気づかなかったけれど、怒鳴るシーンを何度も演ったせいか、俺の頬には汗がつたっている。

 早く台本へメモを取ろうと必死すぎて、自分の状態に全く気がついていなかった。


 俺は暁さんの背中に、「ありがとうございます……」と小さく返す。

 しかし暁さんは俺を振り返ることもなく、軽く手を振るだけだった。



 あの日から、俺と暁さんは、恋人――の演技をしている。



 と言っても、歌稽古の間は特に関係性の変化を感じていない。

 それは俺が、演技よりも歌のことに必死過ぎて、そっとしておいてくれたのだと思う。

 けれど立ち稽古が始まってから、暁さんはぐんと距離を詰めてきた。


 俺の事を気遣うことが増えたのと、圧倒的に変わったのは俺に向ける表情と声色だ。


 思わずブワッと体温が上昇するような、愛おしむ表情で微笑まれると、俺は演技だと分かっていても勘違いしそうになる。

 俺の名前を呼ぶ声は甘くて、俺に話しかける声はワントーン下がり、距離を詰めて二人だけに聞こえる声量で内緒話のように喋る。

 演技だとわかっているはずなのに、俺は何回も「え、この人俺のこと好きなの?」と思ってしまった。


 それほどまでに、完璧な演技。

 やはり俺の勘は間違っていなかった。暁さんは、演技だとわかっている俺を勘違いさせるくらい、俺の事を愛している――演技をしてくれる。


 俺はなんとなく、愛される感覚というのが掴めてきたような気がする。

 自分を見つめる目に愛情を感じると、嬉しくなる。自分と話すときだと声色が変わると、ドキドキする。

 まだまだ分からないことも多いけれど、一歩だけルカに近づけたような気がした。


 まだ小さな一歩かも知れない。

 それでも一歩ずつ前に進めば、きっとヴァルドに愛されたかったルカの気持ちが、もっと理解できるようになる。

 それから俺も、ルカがヴァルドを愛する気持ちを、理解できるようにならなくては。

 まだ難しいかも知れないけれど、俺が暁さんを好き――な演技も、出来るようになる。それが目標だ。



 俺はタオルで汗を拭いながら、せっせと台本に演出家の指導内容を書き写していった。

 すると立ち位置の確認が終わったのか、暁さんと霞鳥さんの稽古が始まる。

 ここは二人の関係性を説明する、大事なシーンだ。


 他の兵士の前では、完璧な騎士団長の姿を見せるディーンは、ヴァルドと二人きりになると素の表情を見せる。

 二人が元恋人で、関係は終わっているけれど、ディーンにはまだ未練があることをはっきりと感じ取ることが出来るシーンだ。

 真面目な会議を終えて、兵士たちを下がらせると、ディーン――霞鳥さんの表情はふわっと柔らぐ。

 その表情の変化だけで、俺は思わず息を呑んだ。


 完璧な、表情管理。兵士たちへ見せる騎士の顔から、一瞬で『元恋人』へ見せる甘い表情に変わる。

 すごい。俺は少し興奮しながらメモを取る。

 台詞が無くても、表情ひとつで演技に説得力が生まれている。


「ご機嫌斜めじゃないか、ヴァルド?」

「……うるさい」


 どこか甘味のある声色。まだディーンにはヴァルドへ未練があるのだとわかる。

 ほんの軽いボディタッチ。なんてことはないけれど、必要でもないのに肩に触れる。

 けれどヴァルドは、そのどれにも動じず、ただ目の前の会議資料に視線を落としている。


 冷たい声、冷たい表情。

 冷酷な王ヴァルドは、少し素の暁さんに似ている気がした。けれど、ヴァルドの方がもっと感情は希薄だ。

 表情が、全く動かないのだ。それを、演技でやっている。


 ヴァルドは、前半の冷酷さと、後半のルカと出会ってからのギャップが美味しいキャラだと思う。

 だからこそ暁さんは、そのギャップに大きな落差をつけるため、元恋人に見向きもしない完璧に冷酷な王を演じていた。


 そんな暁さんの演技を見ていて、俺は緊張で身が強張るのを感じる。

 (ルカ)が、変えるのだ。この冷酷な男が、愛を選ぶ存在になる切っ掛けとならなくてはいけない。

 俺の演技がお粗末だと、物語の説得力が欠ける。


 そうして俺が緊張しながら二人の演技を見ていると、ふと肩を叩かれる。

 見れば、ユウキさんが微笑みながら、俺の耳元でこう言った。


「まだ俺たちの出番まで掛かりそうだから、ジュース買いに行こう。奢ってやるよ」

「本当ですか!?」


 俺は、奢るという言葉に釣られるように、椅子から立ち上がった。

 演出家が二人に指導している間、俺とユウキさんは二人で廊下へ出る。

 先ほどまで、怒鳴り合いの兄弟喧嘩をしていたことが嘘のようだ。


 当たり前か。だってあれは、演技なのだから。


 俺は遠慮なく、スポーツドリンクを奢ってもらう。

 するとユウキさんは稽古場へ戻ろうとせず、少し遠慮がちに俺に尋ねてきた。


「あ、あのさ鳴海……」

「はい」

「その、大丈夫か?」

「……? 稽古ですか?」


 俺が緊張していることや、演出家から何度もダメ出しを受けた事を気にしてくれているのだろうか。

 しかし、ユウキさんは少し言いづらそうに視線をそらす。

 そして言葉を選びながらこう言った。


「……暁さんと、なんかあった?」

「えっ!? な、何かとは!?」

「いやだって、あの人がお前を見る目とか、ちょっと変じゃないか?」




 ユウキさんが何を心配しているのか、俺は完全に理解した。




 そうか、確かにそうだな。と、俺は頭を抱える。

 俺たちは互いに演技をしていることを理解しているけれど、周りはそうではない。

 暁さんが、突然俺に対して変な感情を持っているように、見えているのだろうか。


 俺は、どう答えれば良いのか頭を回転させる。

 正直に、話しても良いのか。

 「俺から頼んで、俺の事を愛している演技をしてもらっているんです」、と。


 どうなのだろう。正直に言ったほうが、みんなを混乱させたり、不安にさせることはないだろう。

 でも、正直に話すには少し抵抗がある内容だ。

 それに、暁さんが普段から自分を演技で固めていることが知られてしまうかも知れない。

 暁さんが、翔さんのことを嫌っていることも。


 それは、舞台を作っていく上できっとみんなは知らない方がいい情報だろう。

 そうして俺が返事に困っていると、ふと会議室のドアが開く。

 すると暁さんと霞鳥さんが並んで出て来て、俺たちを見つけるとゆっくりと歩み寄ってきた。


「お疲れ〜、ちょっと休憩だってさ。再開は15分後ね」

「あ……了解です!」


 俺は、ユウキさんから逃げるように、二人へ向けて返事をする。

 そして助けを求めるように、暁さんを見ながら大きく手を振った。

 すると暁さんは察してくれたらしく、相変わらず俺の事を愛情たっぷりの目で見つめながら近づいてきた。


「鳴海、ちょっと良いかな?」

「あ、は……はい!」

「じゃあ、あっちで話そう。二人きりで」


 そう言いながら、暁さんは自然な動作で俺の腰を抱き、裏口の方へ歩き出す。

 俺はくすぐったくて少し逃げ腰になってしまうけれど、どうにかぎこちない足取りで暁さんについていくのだった。





「なにかあったのか?」


 暁さんが裏口から外へ出ると、俺のことを見る目からふっと熱が消える。

 声のトーンも平坦で、甘さも感じない。

 腰に回していた手を解くと、暁さんはその手でタバコに火をつけ始めた。


 本当に、演技が上手で感心する。

 俺は渇いた笑いを浮かべながら、事の経緯を説明した。


「実は、ユウキさんに心配されてしまって……。暁さんの様子が急に変わったから、俺に変な感情があるんじゃないかと思っているみたいです」

「へえ」

「ちょっと、良いんですか!? ユウキさんだけじゃなくて、他の人たちもきっと勘違いしてますよ!?」


 しかし暁さんは、興味なさそうにタバコを吹かし続ける。

 必死に訴えかける俺を観察しながら、やがて首を傾げてこう言った。


「俺は特に困らないけど?」

「な、なんでですか!? 俺の事好きだと思われてるんですよ!? ちゃんと説明した方が…――」

「みんながそう思っているなら、俺の演技がそれだけ完璧ってことだ」


 その言葉に、俺は絶句した。

 暁さんの言っていることは、理解できる。でも、言っている意味が理解できない。

 俺は、衝動に任せて言葉を続けた。


「良いんですか!? 好きでもない俺のことを好きだって、みんなに勘違いされてるんですよ!?」

「そんなの今まで通りだろ。俺は翔のことが胸糞悪いけど、誰もそんなこと知らない。むしろ俺と翔は仲良しだと思ってるんだ、翔自身でさえな」


 そう言われて、俺はグッと言葉が喉に詰まる。

 確かに、そうだ。暁さんはずっと、好きでもない人を好きな演技をしている。ただ、その『好き』の度合いが異なるだけに過ぎないのかも知れない。


 でも、このままみんなが勘違いしていて、本当に良いのだろうか。


 俺が押し黙るのを見ると、暁さんはため息を落とす。

 そして俺の前に歩いてくると、うつむいている俺の顎を人差し指で持ち上げて、暁さんの顔を見上げさせた。


 暁さんは、つまらなそうな目で俺を見ている。

 そしてまるでヴァルドのような、感情の乏しい低い声で、こう続けた。


「お前こそ、魔性の男を演じる気があるのか? もっと本気で誘惑してこいよ。そうじゃないと、俺も演技をする甲斐がないだろ」

「…――っ!」

「……休憩は終わりだ。戻るぞ」


 暁さんは吸殻を携帯灰皿に捨てて、裏口の扉を開く。

 ――その瞬間から、再び演技は始まった。

 暁さんはふっと優しく微笑んで、俺に手を差し伸べる。

 手を繋ごうとしてくることに、俺は戸惑いながら恐る恐るその手を握り返した。


 これは、演技だ。


 だから、手を繋ぐのも別に恥ずかしくない。

 みんなに恋人同士だと思われるなら、それは俺たちの演技が上手くいっている証拠だ。

 そうだ、別にネタバラシは最後でも良いかも知れない。

 誤解を解くのは、この舞台が無事千秋楽を迎えて、俺たちの契約が満了してからでも遅くはないだろう。


 俺たちが揃って稽古場に戻ってくると、スタッフたちの視線が妙に集まるように感じた。

 気のせいかも知れない。自意識過剰かも知れない。

 それでも俺は恥ずかしくなる。いや、恥ずかしがってはいけない。


 ルカならどうする。こういうとき、きっと彼は自信満々に胸を張るだろう。

 ヴァルドに選ばれたことを、彼なら誇りに思うはずなのだから。


「ああ、おかえり。次はヴァルドとルカの出会いのシーンをやるよ」

「はい」


 演出家の言葉に、暁さんは自然な動作で手を離して、アクティングエリアへ向かう。

 霞鳥さんは、何も気にした様子もなく暁さんの隣へ並び、「タバコなら俺も誘ってよ」とぼやいていた。




 ――ヴァルドとルカの出会いのシーン。

 ノアと大喧嘩をしたルカは、家出をして敵国との戦線を目指す。

 祖国を裏切り、身分を偽って敵国へ亡命しようとしたルカは、そこでヴァルドに捕まるのだ。


 まさか前線に王がいるとは思わず怯むルカだったが、むしろこれを好機と捉える。

 ルカはヴァルドを誘惑して、利用しようと企むのだ。


 ヴァルドは自分を誘惑するルカを、面白いと笑い、ルカの亡命を受け入れる。

 久しぶりに笑顔を見せるヴァルドに、ディーンはショックと嫉妬を覚えるのだった。




 とうとう、暁さんとのシーンが来てしまった。

 緊張してしまうが、むしろヴァルドに捕まる部分については、緊張している方が感情が演技に乗るかも知れない。

 けれど、ルカはヴァルドが王だと知ると、豹変するのだ。


 俺は、冷酷な王を演じる暁さんを見つめた。

 それと同時に、先ほど暁さんに言われた言葉が脳裏に過ぎる。



 ――お前こそ、魔性の男を演じる気があるのか? もっと本気で誘惑してこいよ。そうじゃないと、俺も演技をする甲斐がないだろ。



 その通りだ。暁さんが何のために、俺を愛している演技をしてくれていると思っている。

 俺がルカを、理解するためだ。魔性の男を、悔いなく演じ切るためだ。

 その為の、演技だ。


 ――俺は深く息を吸うと、微笑んだ。


 本気で、この男を堕としにいく。

 俺はいま生死の境目だ。この男が俺を好きにならなければ、殺される。そう思い込む。

 大丈夫、俺は美しい。何人もこうやって誑かしてきた。そう言い聞かせる。


 俺は、暁さんがそうしていたのを真似るように、熱の籠もった瞳を意識する。

 誘うように、瞬きもせずじっと彼の瞳を見つめる。

 そして一歩踏み出す足先まで、全てを暁さんへ向ける。


 感情を、意識全てを、この人へ注ぎ込む。


 指先で肩に触れてから、ゆっくりと撫でるように手のひらで腕に触れる。

 すぐ胸元へ顔を寄せると、大きく目を開いて上目遣いに見上げる。

 そして、吐息を含んだ甘い声を意識した。


「お願い、僕を助けて。『カルナージュ』へ行きたいんだ、貴方の役に立つよ。約束する」


 俺の言葉に、暁さんの表情は動かない。

 それでも構わず、俺は腕を伸ばして、暁さんの頬へ触れる。

 そして自分の方へ顔を引き寄せながら、俺は目を細めて笑った。


 艶やかに。妖艶に。

 ――そんな笑顔を作れていて欲しいと願いながら、俺は次の台詞を口にする。


「貴方のためなら、なんでもする」


 俺の台詞を全て聞き終えても、暁さんはじっと俺を見つめていた。

 何秒だったのだろう。きっと、3秒くらいだったはずなのに、俺には数分にも感じる。


 そして暁さんは、まるで雪が溶けるようにゆっくりと笑った。

 満足そうに、頬に触れている俺の手を握る。

 その手を引いて自分の方へ抱き寄せながら、暁さんは冷たく言い放った。


「なんでも……か、いいだろう。ようこそ、カルナージュへ」






「…――カット! いいね、一回止めようか」






 演出家の言葉で、俺はハッとする。

 視野が狭くなっていた。いま、俺の目には暁さんしか見えていなかった。

 集中し過ぎていたかも知れない。俺は少し目眩を覚えて、片手で頭を抱える。


 すると演出家は、マイクで俺たちへ声を投げた。


「香坂くん、初めてのシーンにしては良い感じだったね! 細かい動きとか確認するから、その後また最初から通そう」

「は、はい!」


 俺は、褒められたことが嬉しくて、思わず満面の笑顔になる。

 そんな俺の後ろから、暁さんも俺の頭に大きな手を置いて、乱暴に頭を撫でてきた。


「良かったよ、鳴海」

「あ、ありがとうございます」

「……ちゃんと、誘惑できてたじゃん」


 そう言われると、俺は途端に恥ずかしくなってくる。

 確かに、俺は誘惑していた。演技とはいえ、暁さんを絶対に堕としてやるつもりだった。

 そして、暁さんを自然に微笑ませることに成功したのだ。


 でも、所詮は演技だ。俺はそのことをしっかり理解している。

 俺がどんな下手くそな演技をしたとしても、暁さんは笑うのだ。そういう演技だから。


 とは言え褒められたことで、俺が気分よくスポーツドリンクを飲んでいると、すぐ近くで演技を見ていた霞鳥さんも俺たちを褒めてくれる。


「良かったよ二人とも! 初共演だから心配したけど、もうラブラブって感じだね!」

「そ、そんなラブラブとかじゃ……」

「これなら、キスシーンも上手くやれそうじゃない?」





 霞鳥さんの言葉に、俺は思わずペットボトルの蓋を取り落とした。





「え……?」

「俺は今回唯一キスシーンが無い役だけど、ヴァルドとルカって何回するの?」

「さあ。演出家次第だろうけど、原作だとそれなりにしてたと思う」

「ま、待ってください。キスシーン……あるんですか!?」


 俺の悲痛な叫びに、近くでスタッフへ指示を出していた演出家が振り返る。

 そして不思議そうにこう尋ねてきた。


「あれ、香坂くんってキスは事務所NGだっけ?」

「い、いやそんなことは……ないですけど……」

「良かった。今回ヴァルドとルカは3回キスシーンを入れる予定だから、よろしくね」


 その言葉に、俺は硬直する。

 3回も。キスをする。舞台上で。暁さんと。

 その情報量に、俺が完全にフリーズしてしまうと、暁さんはニヤニヤと笑いながら、俺の落としたペットボトルの蓋を拾うのだった。

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