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第3話 ヴィラン王と魔性の王子

「あ、あ……あの時の迷子の人!?」


 俺は思わず大きな声でそう叫んでしまう。

 緊張していたことや、まずは挨拶をしようと考えていたことも、一瞬で忘れてしまった。

 俺の驚いた顔を見て、あの時の迷子の人――黒瀧暁(くろたき あきら)さんは満足そうに笑っている。


 そして、そんな俺たちを見てユウキさんと、もう一人――黒瀧さんと一緒に居た人は、驚いたようにそれぞれ口を開いた。


「鳴海、暁さんと知り合いなのか?」

「珍しいね、タッキーが自分から声掛けるなんて」


 俺は、ユウキさんの言葉になんと答えたら良いのか分からず、ただひたすら首を左右に振った。

 知り合いと呼べるような大それた関係値ではない。ただ一度、道案内をしただけの仲だ。

 一方黒瀧さんに声を掛けた人は、俺やユウキさんより少し歳上だろうか。

 俺が最低限覚えている共演者の情報からして、この人は恐らく――霞鳥宗介(かとり そうすけ)さんだろう。


 耳よりも長い髪をハーフアップに結び、服装からもヤンチャな雰囲気が漂う霞鳥さんは、硬派な印象の黒瀧さんと真逆のように見える。

 しかし黒瀧さんは親しげに微笑みながら、隣に座る霞鳥さんに対して俺のことを簡単に説明した。


「5月の舞台のとき、劇場へ行く道が分からなくて迷ってたら、香坂くんが助けてくれたんだよ」

「出た、タッキーの方向音痴。5月って言うと、例の主演やってた舞台?」

「まあね」


 主演。いま、主演と言っただろうか。

 俺は思わず、あの日の自分が黒瀧さんとどんな会話をしていたか思い出してしまう。

 「メインとかやるんすか?」と気軽に聞いた自分に、黒瀧さんはどんな気持ちで「それなりに」と答えたのだろう。

 礼儀も無ければ、主演をやるような俳優の顔も知らない同業者だと、きっと呆れたに違いない。


 俺はみるみる内に青ざめていく。

 どうしよう。初めてメインを演る舞台だから、共演者に迷惑を掛けず、出来れば仲良くなりたいと思っていた。

 それなのに、顔合わせの前から印象が最悪なんて、あんまり過ぎる。


 固まってしまった俺の隣で、ユウキさんは気を取り直すように二人と向かい合う。

 そして爽やかな笑顔と共に、改めて二人と挨拶を交わした。


「辻ユウキです、よろしくお願いします。霞鳥さんとは、初共演ですね」

「よろしく〜。タッキーは共演経験あるの?」

「辻くんとは……たしか二、三年前?」

「はい、覚えていてくれて嬉しいです。今回は敵同士の役ですけど、また色々教えてください」


 先輩の社交能力を見て、どうにか自分も挨拶をしなくてはと俺は口を開く。

 しかし、ミュージカル界で活躍する三人の話はテンポよく進み、なかなか俺が口を挟むチャンスは巡ってこない。


「霞鳥さんと暁さんは、何回共演経験あるんですか?」

「ソウちゃんとは……4回目?」

「今回で5回目だよ。でもBL作品で共演するのは、初共演ぶり」

「ああ、覚えてます。二人舞台の『ラブ・ソング』ですよね。お二人が初演で、その後何度も再演していて。俺も再々演に出たことがあります」

「人気の演目になって俺たちも鼻が高いよね、タッキー」


 すごい。俺のよく分からない話題で、すごく盛り上がってる。

 やっぱりミュージカル界で活躍する人たちの会話についていくには、それなりに演劇の知識が必要かも知れない。

 俺ももう少し勉強しないと。今更ながらそんな反省をしていると、ふと黒瀧さんと目が合った。


 その瞬間、黒瀧さんは安心させるように笑ってくれる。

 話題にも入れないし、無名で無礼な俺に対してこんなに優しい表情を向けてくれるなんて、この人はなんて優しい人なんだろう。

 俺がそんな感動を覚えていると、再び会議室のドアが開いた。


「おはようございます!」


 元気な挨拶と共に現れた人を振り返ると、まるでこの部屋に、太陽が登ったのかと俺は錯覚する。

 それほどまでに、部屋が明るくなった。たった一人増えただけなのに、一瞬で周囲が明るくなるような気がする。

 その人は、被っていた帽子を脱いで、マスクを外した。その瞬間、余りにも整った顔が現れる。


 男の俺でも、思わずドキッとしてしまうような、中性的な美人だ。

 ただ黙って立っていたら、きっと男性なのか女性なのか分からなかったかも知れない。

 明るい色の髪は、彼の性格まで体現しているかのようだ。


 この人が何者なのか、俺は一瞬で理解できる。

 小日向翔(こひなた かける)――今をときめくミュージカル界の大人気俳優であり、今回俺が出演する舞台『ブルー・アンド・スカーレット』の主演俳優だ。


 小日向さんは、一息ついて会議室の中を見渡すと、俺たち四人の姿を視界に捉える。

 そして俺の顔を見ると、花が開くように明るい笑顔を見せた。

 固まっている俺の方へ小走りで近づいてから、俺の両手をギュッと掴み、満面の笑顔で口を開く。


「初めましての共演者の人だ! 俺は小日向翔。よろしくね!」

「あ、えっと……香坂鳴海です。よろしくお願いします、小日向さん」

「下の名前でいいよ。俺は……じゃあナルくんって呼ぼうかな」


 一瞬で距離を詰められて、俺は黙って何度も頷いた。

 正直、全然嫌じゃない。こんなにパーソナルスペースに踏み込まれて、嫌な気分にならない人も珍しかった。


 きっとそれすら、この人の才能なのだろう。近くで見ると、思ったよりも背が高い。

 細マッチョと呼ぶのだろうか。しなやかな筋肉がついていて、けれどがっしりした印象も与えない。

 俳優ではあるけれど、モデルと言われても納得するようなビジュアルだ。


 翔さんは、俺の手を離すと他の三人と向かい合い、それぞれに親しげな挨拶を送っている。


「タッキーさん、ソウちゃん、ユウくん! 今回も共演出来て嬉しいな。よろしくね!」

「よろしく〜。相変わらずテンション高いね翔くん」

「よろしくお願いします、翔さん」


 そうか、俺以外みんな翔さんと共演経験があるのか。

 また少し疎外感を感じてしまうけれど、むしろ発想を逆転させる。

 ミュージカル界で活躍するこんなにすごい俳優たちといきなり共演出来るなんて、俺はラッキーだ。


 ユウキさんも、霞鳥さんも、翔さんも。そして黒瀧さんも。

 みんな凄い俳優に違いないのだから、盗める技術は全部盗む気持ちで、この2ヶ月の稽古に喰らいつくぞ。

 そう前向きな覚悟を決めて、俺は黒瀧さんへ視線を向ける。


 特にこの人は、俺の理想とするような俳優だ。


 背が高くて、年齢もたしか俺より一回り上だ。声も低くて落ち着いていて、どこか陰もある実力派。

 そんな完璧で男らしい俳優になりたいと、俺も憧れている。


 すると、黒瀧さんは翔さんを見ながらニコッと微笑む。

 けれどその表情に、俺はほんの僅かな違和感を覚えた。

 言葉で上手く説明できない。ただ、さっき俺に向けてくれた笑顔とは、少し違う。そんな微かな違和感に過ぎない。


「よろしくな、翔」


 黒瀧さんの声は優しくて、なにも間違っていない。

 そのはずなのに、やはり俺はどこか違和感を感じてしまうのだった。





 役者とスタッフが全員揃うと、それぞれの自己紹介の後、今回の舞台の内容について簡単に認識合わせが行われる。

 ブルスカは小説が原作のBL舞台で、圧倒的に女性人気が高く、原作ファンの熱量も高い。


 舞台は、剣と魔法のファンタジー世界だ。

 そこには二つの王国が存在する。蒼の王国『ルミナス』と紅の王国『カルナージュ』は長年戦争を続けている。

 ルミナスの若き国王『ノア』を演じるのがユウキさん。カルナージュの冷酷な王『ヴァルド』を演じるのが黒瀧さんだ。


 俺が演じる『ルカ』は、兄であるノアに対するコンプレックスを抱えた我儘王子で、国を裏切りヴァルド側につく。

 そして霞鳥さんの演じる『ディーン』はヴァルドの元恋人で、今では王を補佐する騎士団長だ。


 両国の戦争は泥沼化している。そこに現れるのが、翔さんの演じる主人公の『フィン』。

 旅する勇者だが、その正体は亡国の王子様である。


 フィンとノアはやがて恋人になり、愛の力で国を守る。

 一方ルカを愛したヴァルドは、冷酷さを失い戦争を続けることを辞め、国が滅びる選択をする。


 正に両極端な愛の物語が繰り広げられて、そして両極端な結末を迎えるのだ。

 ファンの間では、フィンとノアが好きな勢力と、ヴァルドとルカが好きな勢力で真っ二つらしい。

 どちらの愛の物語が好きかで、性癖が分かると専らの噂だ。


 原作をしっかり読み込んだ俺から言わせれば、ヴァルドとルカの二人にはどうにも共感できなかった。

 ルカは魔性の王子と呼ばれるほど、可愛くて人を誑かす才能がある。

 その力でヴァルドに取り入り、我儘とヒステリックでヴァルドから金物や愛情を毟り取っていく。


 その果てに待っているのは、ヴァルドの破滅だ。

 一人残されたルカはヴァルドの死を嘆いて泣くけれど、俺は「え、自業自得では……」としか思えなかった。

 自分が演じる役だというのに、こんなに感情移入出来ないことに焦りさえ覚えた。


 半年ほど時間をかけて、ようやくルカの感情を論理的に解読出来るようにはなってきたけれど、まだ頭で考えている段階だ。

 本当はもっと心で理解して、俺自身がルカになれるくらい、演じられるようにならないといけない。


 そうして物語の説明が終わると、今度は台本の読み合わせを行う。

 役者は全員椅子に座ったまま、台本の台詞を読んでいくだけだ。

 俺は、そう理解していた。



 そのはずなのに、俺は全員の完成度に圧倒される。



 まだ、稽古は始まっていない。

 ただ台本の台詞を読み合わせるだけ。そのはずなのに、全員言葉に感情が乗っている。

 台詞の一つ一つ、理解した上で言葉にしているのが理解できた。

 まるで舞台が、既に始まっているかのようだ。


 俺は、自分の台詞を読むことに緊張してくる。どうしよう、みんなのように上手く出来ない。

 そして回ってきた俺の番で、俺が微かに震えながら読み上げた台詞は、正に『読み上げ』だった。

 自分でもわかる。全然感情が入っていない。

 自分の台詞は全部暗記した。でもこれでは、ただ用意された台詞を口にしているだけだ。


 他の役者はみんな、自分の中から湧き出るかのように、自分の言葉として台詞を口にしている。

 既に圧倒的な格差を感じてしまって、俺はどんどん気分が沈んでいった。


 どうしよう、このままだとみんなの足を引っ張ってしまう。


 その中でもやはり異彩を放つのは、主演の翔さんだった。

 あの人が台詞を一つ口にする度、この舞台の世界が広がっていくようだ。

 翔さんは、顔や見た目だけで役を勝ち取っているのではない。圧倒的な実力者なのだと思い知らされる。


 俺はそんな翔さんとユウキさんのシーンで、二人を興味津々に見つめていた。

 しかしふと、俺はピリッとする空気を感じて、隣に座る黒瀧さんを見る。

 すると黒瀧さんも、二人を――いや、翔さんを見ていた。




 その表情を見て、俺は先ほど感じた違和感の正体を理解することになる。




 黒瀧さんは、とても冷たい目をしていた。

 先ほど挨拶していたときに見せていた、優しい笑顔ではない。

 暗い感情を押し殺すような、とても人間臭い表情だ。


 俺は、少しだけ寒気がする。

 どちらが、本当の黒瀧さんなのだろう。

 優しくて、無邪気な笑顔を見せる黒瀧さん。翔さんのことを、暗く冷たい表情で睨みつける黒瀧さん。


 そんなことを考えながら見つめすぎていたせいか、俺の視線に気がついた黒瀧さんが振り返る。

 目が合った瞬間、俺は思わず目をそらして台本へ目を落とした。

 いけない、もっと読み合わせに集中しなくては。


 そうして俺が落ち込んでいる間に、物語は終盤に差し掛かっていた。

 ヴァルドが愛を選び、剣を捨てるシーン。

 すると俺の隣に座っていた黒瀧さんが、机の下で俺の膝をトントンと軽く叩く。


 膝に触れられて、俺は驚いて一瞬肩が跳ねる。嫌ではないけれど、こういうスキンシップは慣れていない。

 俺は、うつむいていた顔を上げると、再び黒瀧さんの方を見た。

 すると黒瀧さんは、俺の目を優しく真っ直ぐ見つめながら、台詞を口にする。


「この身が滅びても構わない。君を失うくらいなら、王である意味などない」


 その言葉に、俺は思わずドキッと心臓が跳ねる。

 みんな台本を見ながら台詞を言っているから、急に目を見て台詞を言われると、急激に体温が上がった。

 愛を伝える少し恥ずかしい台詞ばかりの舞台だから、感覚が麻痺していたけれど、いざ自分がこの台詞を言われることを自覚すると、急にドキドキと心臓が早鐘を打つ。


 すると、演出家の小さな咳払いが聞こえてきて、俺はハッとした。

 次は、俺の台詞だ。

 俺はもう台詞を暗記しているので、そのまま黒瀧さんの目を見返して、台詞を口にする。


「……うれしい。僕のために、あなたは全てを捨ててくれるんだね。国も、地位も、自分の命でさえも。でもそれで本当に、後悔しない?」


 その言葉に、黒瀧さんは満足そうに微笑む。

 その笑顔の意味が、少しだけ理解できた。

 だって俺の今の台詞は、今日俺が読み上げた台詞の中で、一番感情が乗っていたのが自覚できる。


 助けられた。俺が緊張して、上手くできなくて落ち込んでいるのが見透かされて、手助けをしてくれた。

 黒瀧さんは、冷たい人じゃない。きっと、優しい人だと思う。


 そして黒瀧さんは――ヴァルドは、俺にこう返事をする。


「君を失う方が、俺はきっと後悔する」


 本当に、なんて台詞だ。

 俺は原作に悪態をつく。あの、戦争に勝つためなら手段を選ばなかった冷酷なヴァルドに、ここまで言わせるなんて。

 ルカには、それほどの価値があるのだろうか。いや、価値がなくてはいけないのだ。

 俺が――俺の演じるルカが、物語に説得力を与えなくては。


 この魔性の王子なら、ヴァルドが愛してしまうのは仕方がない。自分の命を捨てても仕方がないと、観客を納得させるのだ。

 俺の演技にそれだけの魅力がないと、きっと観客は冷めてしまう。

 本当に恋をする必要はないけれど、恋をしていると思わせるような説得力。これは役者として、必要なことだ。


 改めて、俺は自分の重責を思い知る。

 何故なら俺の目を見つめるこの完璧な男に愛されるなんて、今の俺には到底……そんな魅力があるとは思えなかった。





 台本の読み合わせが終わると、そのまま親睦を深める食事会へ行くことになった。

 みんな楽しそうにガヤガヤと話しながら、お店へと移動していく。

 その中で、俺はぼんやりと荷物を片付けながら、考え事に耽っていた。


 原作は読み込んだつもりなのに、全然感情が追いついていないことは理解できた。

 それなら、次はどうすれば良いのだろう。

 どうすれば、もっとルカのことが理解できるのだろう。どうすれば、もっとヴァルドを愛せるのだろう。


 どうすれば……。


「香坂くん、大丈夫?」


 声を掛けられて、俺はハッと物思いから返ってくる。

 すると、俺の隣に立っていた黒瀧さんが、心配そうに俺を見ていた。

 少し背中を丸めて話すのは、この人の癖なのだろうか。いや、きっと背が高いから、無意識にこうするのが癖になっているのだろう。


 俺は、慌てて荷物を雑に詰めると、鞄を持つ。

 そしてなるべく明るい声を装いながら、黒瀧さんに答えた。


「は、はい! すみませんお待たせして!」

「……大丈夫なら良いけど」


 そう答えると、黒瀧さんは少し遠慮するように視線を彷徨わせた。

 大丈夫そうに、見えなかったのだろうか。

 でも、実際に俺は大丈夫じゃない。


 もう既に焦っている。

 まだ初日なのに、どうしたら良いのか分からなくなっている。


 その時、俺は先ほどの黒瀧さんの表情の変化を思い出した。優しい表情と、冷たい表情。

 この人なら、俺に教えてくれるかも知れない。

 どうすれば、観客を――周りを騙せるような演技ができるようになるのか。


 逃げたくない。

 俺が目指したい役者像とかけ離れたBLの舞台で、可愛い男の子の役だとしても、俺は悔いなくやり切りたかった。


「あ、あの黒瀧さん!」


 俺は、背中を向けて行こうとしている黒瀧さんを呼び止める。

 不思議そうに振り向いた黒瀧さんの他に、会議室には誰もいない。

 俺は、自分の焦りに突き動かされるように、なりふり構わず黒瀧さんにこう尋ねていた。




「黒瀧さんって、男と付き合ったことありますか!?」

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