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第13話 未完成のジグソーパズル

 俺はまるでジグソーパズルを組み立てるように、自分に集まった情報を組み立てていく。


 ユウキさんの話。翔さんの無邪気さ。暁さんの、気持ち。

 まだ分からないことも多いけれど、驚くことにピッタリとピースが嵌るときもある。


 そうやって俺は、何日もかけてゆっくりと、情報を整理した。

 組み立てていけばきっと、俺が出すべき答えも見えてくると思ったから。


 俺は、自分の手にあるピースを全て嵌め終えると、出来上がった『絵』を眺めてみる。

 けれど、笑えるほど何も見えてこなかった。


 それはそのはずだ。

 だってこのジグソーパズルには、真ん中がぽっかりと空いている。


 ――そこは、俺の気持ち。


 俺の気持ちが、最後のピースだ。

 俺が暁さんのことをどう思っているのか。どうしたいのか。どうなりたいのか。

 それらの答えが見つからない以上、ジグソーパズルは完成しない。

 真ん中が抜けているから、どんな答えが正しいのか、見えてこない。


 答えはまだ、見つからない。









「年末年始、みんなで年越し旅行へ行かない!?」


 その日は、12月28日。

 俺たちはランチの時間に、翔さんに誘われて5人で食事へ来ていた。

 何か話がありそうだったので覚悟はしていたものの、翔さんの口から出てきたのは、やはり突拍子もない提案である。


 俺たちの稽古は30日まで続き、そして年始の稽古は1月4日から始まる。

 4日は稽古場で行う最後の稽古。5日は休みで、6日の午後から劇場入りだ。

 その日は舞台監督と軽く動きを確認して、7日が劇場で行う本番さながらの最後の通し稽古と、ゲネプロ。


 そして、8日が初日だ。


 つまり、年が明けてからの俺たちはほぼノンストップで、この舞台を地方公演まで駆け抜けることになる。

 もちろん所々休演日はあるけれど、それは本当に身体を休める日だ。

 だから親睦を深める機会は、この年末年始が最後のチャンスなのは間違いない。


 俺はまだ経験が浅いので、他の舞台のことはあまり知らないけれど、同世代の役者だけでメインキャストが固まっているのは珍しいのかも知れない。

 いや、俺と暁さんを同世代と呼べないとは思うけれど、普通はもっと遥かに大先輩がいるものだ。

 ランチにみんなでご飯を食べるような――少なくとも表面上は仲の良い関係も、もしかしたら稀なのだろうか。


 翔さんの提案に、各々周りの出方を窺うような気配がある。

 するとその中で、霞鳥さんが真っ先に手を挙げた。


「俺は年末年始、彼女と予定があるのでパス」

「ソウちゃんには聞いてませーん」


 相変わらず恋人を大事にしている霞鳥さんに対して、翔さんはいじけたように半眼でそう言った。

 確かに年末年始なんて、みんな予定があるかも知れない。

 俺はそう思って、純粋な疑問を翔さんに投げた。


「翔さんは、年末年始の予定は平気ですか? 実家へ帰ったり……」

「旅行は12月31日から1月1日の予定! 家族のところには2日と3日で帰るよ」


 なるほど。と、俺は納得してすぐにその話題から撤退する。

 よほど実家で年越しを過ごすことに拘りがない限り、実家を言い訳にするのは少し難しくなった。


 そうして俺が考えている間に、俺の隣の暁さんは穏やかな作り笑顔でこう答える。


「俺は、鳴海が行くなら行く」


 その答えに、俺はドキッと心臓が跳ねた。

 クリスマス以降、暁さんは何も隠さなくなった。俺にも、周りにも。


 とは言えこの人は、ずっと俺のことを愛している演技をしていたので、周りからすれば大して変わっていないかも知れない。

 案の定、周りはそういうものとして暁さんの発言の異常さに対して、特に気に留めていないらしい。


 俺がなにも言えずにうつむいていると、俺の目の前でユウキさんがこう答えた。


「……俺は、行きます」


 その答えで、俺はハッと顔を上げる。

 ユウキさんは、いつもと何も変わらない笑顔を翔さんに向けていた。

 自分の胸の内の感情は全て隠して、笑っている。


 翔さんは嬉しそうにユウキさんの手を握り、「さすがユウくん!」と言いながら上下にぶんぶん振っていた。

 そして自然と、みんなの視線が俺に集まる。


 予定は、ない。行こうと思えば、行ける。

 でも本当に俺は、行っても良いのだろうか。



 俺が行かなければ、暁さんも行かない。

 そうすれば、翔さんとユウキさんは二人で旅行へ行くのだろうか。それとも中止になるのだろうか。


 二人きりなら、きっとユウキさんはその方が嬉しいかも知れない。

 でも中止になるくらいなら、俺も行った方がいいかも知れない。


 そこまで考えて、俺はハッとする。

 また、こういうところだ。

 こうやって俺はすぐ、自分の行動を他の人の感情に委ねようとする。

 だからいつまで経っても、俺自身の気持ちが分からない。


 俺は、考える。

 翔さんにもユウキさんにも暁さんにも気を遣わない、俺自身の気持ちを。

 俺は、旅行へ行きたいのかを、考える。


 これが、本番前に親睦を深める最後のチャンス。

 この機会を逃したら、きっとみんなで旅行へ行くような機会は巡ってこない。


 本番が始まったら、ノンストップで終わりを迎える。

 終わりを迎えたら、俺と暁さんの恋人期間は、終了する。


 そう思うと、俺は胸がズキっと痛んで、その痛みに突き動かされるようにこう言っていた。


「……俺も行きます」

「じゃあ俺も行く」

「やったー! じゃあタッキーとナルくんも参加ね! あとで空き時間に良い宿探しておく!」


 翔さんは幹事として、嬉しそうにスマホを取り出していた。

 俺は自分の出した答えに、少なからず困惑する。俺はユウキさんの気持ちを考えない、こんな自分勝手な人間だったらしい。


 それでも俺は暁さんと恋人の間に、旅行へ行ってみたいと、そう思ってしまった。

 それが例え、偽りの恋人だったとしても。


 俺は、チラッと暁さんの様子を窺う。

 すると暁さんは俺のことを見つめていて、目が合うとどこか満足そうにニコッと微笑まれるのだった。









 暁と宗介は、みんなと一緒にランチから戻りがてら、一服すると言って二人で喫煙所へ向かった。

 しかし暁は喫煙所の前で立ち止まると、裏口の方で吸わないかと宗介へ提案する。

 その提案で、暁が何か相談したいことがあるのだと、宗介はすぐさま理解した。


 宗介が了承して、二人は裏口から外へ出ると、タバコを吸う。

 そして落ち着いたところで、痺れを切らした宗介から先にこう尋ねた。


「で、ナルくんとなんかあった?」

「別に、何もない」

「本当に? もう告白しちゃったかと思った」


 宗介は、冗談と本気を半分ずつでそう揶揄う。

 なんせ暁はずっと、『鳴海のことを好きな演技』をしている。二人の契約上は、恋人同士だ。

 だから、いつの間にか本当の恋人になっていても、周りがそれに気がつくことはないだろう。


 今日の旅行の話も、暁の気持ちを知っている分、宗介は内心ハラハラしていたのだ。

 一方で暁はどこか呆とした様子で、タバコを吹かし続ける。

 そして自分のタイミングで、宗介にこう答えた。


「告白はしてないけど、鳴海がよほど鈍感じゃなければ気づくようなことは言った」

「え」

「なのにあいつ、旅行……行くんだってさ」


 暁はどこか他人事の様子でそう言いながら、宗介を見る。

 眉間に皺を寄せて、暁は深刻な様子で宗介に尋ねた。


「これは、脈があるのか……それとも鳴海が気づいていないのか、どっちだと思う」

「いや知らん!!」


 宗介は素直にそう叫んでしまう。

 けれど暁が本気で悩んでいることもわかっているので、宗介は一度咳払いをすると、もう一度真剣に思考を巡らせた。


 鳴海は鈍感ではあるけれど、バカな子ではない。と、宗介は思う。

 それに以前宗介が、暁のために契約を解消してくれないか鳴海に頼んだとき、鳴海はそれに応じなかった。

 後日宗介は鳴海からこっそり「契約のこと、ちょっと考えたんですけど、暁さんから直接言われるまでは解消しない方が良いと思いました」と言われたのだ。


 そのとき宗介は鳴海のことを、自分の決断の責任を他人に押し付けるタイプか。と思ったのを覚えている。

 それは別に、悪いことではない。「誰かのために。誰かが言わないから」。そう言い訳をしつつ、結局は自分の取りたい選択を取ることは、人間らしくて良いと思う。


 問題なのは、鳴海が無自覚なタイプという点だ。


 自分が選んできた選択なのに、彼の中で自分の選択になっていない。

 それはある日立ち止まって振り返ったときに、鳴海自身を苦しめることになるだろう。


 それにこういうタイプは、いざ自分の意思で選択をしようとすると、大抵間違える。

 鳴海がそうならないことを願いながら、宗介は暁にこう尋ねた。


「タッキーは、旅行なんて行ってどうするつもり」

「別に、どうもしないよ」

「ナルくんに、好きって言わないの?」

「もう十分伝えてる」


 それは演技なのか、暁の本心なのか、鳴海にちゃんと伝わっているのだろうか。

 この二人は、関係の始まりが歪すぎて、面倒臭いことになっている。

 宗介はそう思って、深くため息をついた。


 正直、男同士の恋愛なんて、自分は舞台の上でしか分からない。

 用意されたキャラクターがいて、彼の気持ちしか知りようがない。

 だから現実で友達が男を好きになってしまった場合、どのようにアドバイスをすれば良いかなんて知りようがなかった。


 だから宗介は、当たり障りのないようにこう尋ねた。


「タッキーはさ、ナルくんとはこの舞台の間だけ、恋人でいられたら満足なの? それともこの舞台の後もずっと……恋人でいたいの?」


 宗介の質問に、暁は口を閉ざす。

 そして結局、暁が宗介の質問に答えることはないのだった。







 今日の稽古は、通しではなく演出家と話し合ってブラッシュアップをかけたいシーンを重点的に稽古していた。

 そして演出家の提案で、次は俺と暁さんのシーンをやることになる。


 ヴァルドが剣を捨て、ルカを選ぶシーン。

 俺と暁さんは立ち位置について、見つめ合う。そして音楽が流れて、シーンが始まった。

 まずは、暁さんの台詞から始まる。



「この身が滅びても構わない。君を失うくらいなら、王である意味などない」



 その台詞と共に、赤い衣装に身を包んだ暁さんは、俺の目の前で剣を捨てた。

 まだ仮衣装なので、細部まで整っていない。それでもこの人が着ると、まるで本物の王様のようだ。


 軽い金属が、床の上で跳ねる音。俺はその音を冷静に聞きながら、目の前の男(ヴァルド)を見つめることしかできない。

 俺を見つめる瞳はどこまでも熱を帯びていて、身体の芯から焼き尽くそうとしてくるようだ。

 その瞳から、目が離せなかった。


 見つめられるだけで、俺の身体は熱くなる。

 ずっとその瞳を見ていたくて、目が離せなくなる。

 こんなに愛情の籠もった瞳で見つめられたことなんて、今までの人生で一度もなかった。


 ハッとすると、俺は自分のセリフを言おうと、口を開く。

 けれど、まるで焼き尽くされたように喉が掠れていて、声が出ない。

 俺は言わなくてはいけない。『(ルカ)』のために、自分の全てを差し出そうとしている、目の前の男に。

(ルカ)』の返事を。用意された台詞を。


 そう。俺の返事は、「うれしい」だ。何故なら俺は、彼の愛を手に入れて、満足そうに微笑む魔性の男だ。そういう役だ。

 そのはずなのに、俺の口から上手く言葉が出てこない。




「…――はい、ちょっと休憩しようか」




 演出家の声で俺はようやく、無意識に詰めていた息を吐き出した。

 とんでもなく狭くなっていた視野が広がって、俺たちの周りで仕事をしていた、大勢のスタッフや共演者たちも各々動き出すのが視界に入る。


 そうだ、ここは稽古場だ。

 戦場でもなければ、ファンタジー世界の中でもない。

 俺は目眩を感じて、片手で頭を抱えると、少しだけよろけてしまう。

 急に現実に引き戻されたような気分だ。


 それに、台詞が飛ぶことなんて一度もなかったのに。こんなミスをしてしまい迷惑を掛けたことが、悔しかった。

 ――いや違う。次の台詞は分かっていたのに、俺は言えなかったのだ。

 目の前の男が自分を選んで、自ら犠牲になることを、肯定できなかった。


 これは、ただの演技のはずなのに。




「ナルくん、大丈夫そう?」


 そう優しく声をかけてくれる翔さんに、俺はどうにか引き攣った笑顔をむけて頷いて見せる。

 気を取り直すと、もう一度視線を暁さんへ戻した。


 暁さんは、演出家からカットが入ったにも関わらず、変わらない表情で俺を見つめている。

 俺より20cm以上高い身長。数々の舞台で主演を演じるほどの実力と人気を併せ持つ、トップ俳優。

 俺が、こうなりたいと憧れる、全ての理想を詰め込んだような人。


 そんな人に、こんな熱い瞳で見つめられると、演技と現実の境目が、わからなくなりそうだ。


「黒瀧くん、序盤よりずいぶん感情が乗ってきたね」


 少し離れたところから、演出家が演出助手と話している声が聞こえてくる。

 ほら、貴方がそんな目で見つめてくるから、やっぱり周りが変に思ってるじゃないですか。


 俺は精一杯、暁さんを睨み返した。

 そうして俺がようやく反応を返すので、暁さんはどうやら満足したのか、優しく笑う。


 ヴァルドとしての演技と素の暁さんとしての境目が曖昧で、まるで地続きのようで、俺は混乱した。

 どこまでがこの人の演技で、どこからが素の感情なのか、分からない。




 こんなはずじゃなかった。




 俺が大きく息を吐くと、演出家の「いけそう?」という声が聞こえてくる。

 一度眼を閉じて、もう一度眼を開き、俺は気合いを入れ直すと大きな声で返事をした。


「いきます!」


 また、周囲の音が静まり返る。スタッフも、共演者も、誰もが俺たちを見ている。

 俺は大きく息を吸って、精一杯妖艶に微笑むと、甘さを乗せた声色で台詞を続けた。


「うれしい。僕のために、あなたは全てを捨ててくれるんだね。国も、地位も、自分の命でさえも。でもそれで本当に、後悔しない?」


 俺の台詞に、目の前に立つ暁さんは、ふっと微笑む。

 そしてどこまでも愛おしそうに、俺を見つめた。

 その視線を浴びると、俺の心臓はギュッと鷲掴みにされる。



 違う。これは、演技だ。



「君を失う方が、俺はきっと後悔する」


 知っている台詞のはずなのに、手が震える。体温が上がる。

 まずい、本当に現実と演技の境目が、わからなくなってくる。

 こんなはずじゃ、なかったのに。




 ――こんははずじゃ、なかったのに……っ!




 こんなつもりで、契約をしたわけではなかった。

 本気で好きになって欲しいわけじゃなかった。

 こんなに胸が苦しくなるなんて、知らなかった。


 俺は人生で初めて、誰かを『好きになる』感覚を知ったような気がする。

 でもそれは、あまりにも苦しい。

 きっと恋は、こんなに苦しいものではないはずだ。

 それなのに、(ルカ)の恋はこんなにも――苦しい。


 こんなに苦しいなら、知りたくなかった。



 暁さんが、ゆっくりと近づいてくる。

 俺の頬にそっと手を添えて、俺も縋るように暁さんの両肩へ手を置いた。



 これは、別れのシーン。

 二人は互いの愛情を確かめて、互いを唯一愛していることを確認する。

 そしてこれが、二人の永遠の別れになるのだ。



 俺たちは、そっと唇を重ねた。

 優しくて――でも激しく。愛おしいけれど、壊してしまいたくなるような。

 永遠に、貴方のものであるという、誓いの口付け。



 何度もしているはずなのに、俺はキスをしていると、自然と涙がこぼれてくる。

 それは演技ではない、俺が泣きたいと思って泣いたわけではない。



 ――それでも俺は、暁さんのキスから全ての感情が伝わってくる気がして、涙を止めることが出来なかった。

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