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第11話 聖夜の稽古場

 ――稽古は順調に進んで行った。



 もう全てのシーンの稽古を終えて、通し稽古が始まっている。

 この舞台は途中休憩が入り、二幕に分かれていた。


 まだ二幕続けて通したことはないけれど、一幕と二幕をそれぞれ通してみて、演出家から指導が入る。

 今までバラバラに稽古をしていたシーンが繋がるのは、面白さもあるけれど、俺は同時に頭が混乱することもあった。


 シーンとシーンの感情が、上手く繋がらない。

 今までは、稽古するシーンに合わせて感情を組み立てていたけれど、通しで稽古すると物語に合わせて感情も目まぐるしく動くことになる。

 特に俺の演じるルカは、シーンによってコロコロと感情が変わる――感情豊かなキャラだ。


 さっきのシーンでは怒っていたのに、次のシーンでは甘えてきたり。

 はたまた誘惑したと思えば、次のシーンでは冷たくしたりする。


 バラバラのシーンでは違和感なく演技していたのに、俺の嫌に理性的な頭が、ルカの心情をどうにか理解しようとして混乱してしまう。

 通し稽古で演出家からダメ出しを受けるのは、ほとんど俺だった。

 一番歳下だし未熟なのは自覚しているけれど、悔しいしみんなに迷惑をかけているのが申し訳ない。


 そんなことを繰り返していたら、いつの間にかクリスマスだ。


 稽古場に来るメインキャストの順番も、なんとなく固定化されてきている。

 誰よりも早いのはユウキさんだ。早起きしてランニングしてから、そのまま来ているらしい。俺にはとても出来ない。

 次に来るのが、俺。本当は一番最初に来て準備を終わらせておきたいけれど、中々ユウキさんに勝てなかった。


 そして次はだいたい霞鳥さんが来る。早すぎず遅すぎず、丁度いい時間だと思う。

 それから数分後に、暁さんだ。


 クリスマスの今日も、いつもと何も変わらない順番で稽古場へ集まった。

 けれど暁さんは、片手に大きな袋を持っている。


 そしてその袋をテーブルの上に置くと、スタッフさんへ声をかけた。


「これ差し入れです。クリスマスなので」


 その言葉に、スタッフ陣から嬉しそうな声が上がった。

 俺も見に行けば、いつものドーナツが大量に箱の上で並べられている。

 暁さんらしくて、俺は少し笑ってしまった。


 スタッフたちは、写真を撮ってから各々好きなドーナツを持っていく。

 すると覗き込んでいた俺の後ろから、霞鳥さんが肩を叩いてドーナツの方へ駆け寄っていった。


「これ、俺たちも貰っていいの?」

「もちろん、どうぞ」

「やったーありがとうタッキーサンタ! ナルくんたちも貰いなよ!」


 そう言って霞鳥さんは、可愛らしいサンタの顔を模したドーナツを手に取っている。

 俺も暁さんの方を一瞥すると、暁さんは相変わらず、優しい目をして頷いていた。


 その瞳に後押しされるように、俺は一番シンプルなドーナツへ手を伸ばす。

 そんな俺の後ろからやってきたユウキさんが、不思議そうな声色で俺に尋ねた。


「あれ、鳴海って甘いもの苦手じゃなかったっけ?」


 その言葉に、俺はビクッと肩が跳ねる。

 それは隠していたことではないけれど、なんとなく……暁さんが好きな物を、自分が苦手だと言い辛くて黙っていた事実だ。


 俺はシンプルなドーナツを手に、ユウキさんを振り返る。

 そして暁さんを横目に窺いつつ、あたふたしながら言葉を並べた。


「に……がて、ですけど、暁さんがくれるなら、食べます!」

「無理するなよ?」

「無理してないです全然! 沢山は食べられないってだけで、一個なら美味しく食べられますから!」


 困ったように笑っている暁さんに向けて、俺は必死になって声を上げる。

 そんな俺たちを、霞鳥さんはどこか微笑ましそうに見つめながら、サンタの頭に齧り付いていた。



 すると、いつも時間ギリギリの人が、今日も最後に稽古場へやってくる。



「メリーーークリスマーーース!!」


 そう元気な声を上げて入ってきた翔さんは、手に持っていたクラッカーを、パンと破裂させた。

 みんなが驚いて顔を向ける中、翔さんは楽しそうに笑ってスタッフたちにクラッカーを配っている。


「メリクリ! はい、みんなメリクリ! ねえツリー飾らない? セットの中にツリー置こうよ!」

「『ルミナス』にクリスマス文化はありません」

「けちー」


 演出家に一蹴されると、翔さんはしょんぼりと項垂れている。

 相変わらずのムードメーカーっぷりだ。


 初めは骨組みだったセットも、いつの間にか本格的に仕上がってきて、アクティングエリアにはファンタジー世界が出来上がりつつあった。

 確かに、その中にクリスマスツリーを置くのは、いくら稽古とはいえ気が散ってしまいそうではある。


 俺は、翔さんの変わらない様子に、思わず笑ってしまった。

 すると翔さんは、俺たちが集まっていることに気がついたのか、鞄も置かずに俺たちの方へ駆け寄ってきた。


「みんなメリクリ! え、ナルくん……なに食べてるの!?」

「ドーナツです。暁さんが差し入れしてくれて」

「いいなあ! 俺も貰っていい!?」


 翔さんはバックハグのように、俺の後ろか抱きついて身を乗り出しながらドーナツを見ている。

 相変わらず、距離が近い。それに20cmの身長差を見せつけられて、俺は複雑な気分だった。


 役のイメージ上仕方がないけれど、五人の中で俺が圧倒的に低身長だった。

 俺が162cmで、次が霞鳥さんの170cmになる。

 霞鳥さん曰く「いつも俺が小さいって揶揄われるけど、今回はナルくんがいてくれてよかった〜」らしい。

 正直、不服だった。


 そしてユウキさんが178cm、翔さんが182cm、暁さんが188cmだ。

 この巨人たちめ。

 けれど物語上この三人が並ぶシーンは、圧巻である。


 主人公のフィンとノアのラブシーンも、すらっとした高身長の男性同士なので、とても絵になっていた。

 最近は仮衣装で稽古しているので、二人のスマートさがより際立っていると思う。


 一方ヴァルドとルカのシーンは、俺から客観的に見ることはできない。

 それでも演出家曰く、俺たちのような『身長差カップル』も、需要があるそうだ。

 よく分からないけれど、翔さんとユウキさんとは違う魅力がある。と、いう意味だと解釈している。


 俺がそんなことを考えていると、突然腕を掴まれて、力強く引っ張られる。

 驚いている間に、俺は翔さんの腕の中から抜け出していて、いつの間にか暁さんの両手が俺の肩に乗っていた。


「もちろん、翔も食べていいよ」

「やったー! どれにしようかな……」


 暁さんが、助けてくれたのだろうか。

 そう思っていると、今度は暁さんが後ろから俺の身体をギュッと抱きしめてきた。


 正真正銘のバックハグに、俺は驚いて一瞬身体が強張るけれど、正直もう慣れてしまっている。

 初めて駐車場でハグをしてからというもの、暁さんはほぼ毎日のようにこうしてハグをしてきた。


 舞台上の演技としてではなく、日常の何気ないシーンで、こうしてハグをする。

 初めの頃は驚いたり、胸がドキドキしたし、周りも揶揄うように茶化してきたりした。


 しかし最近になると、もうスタッフたちも飽きてしまったらしく、茶化してくる人もいない。

 俺も、ハグをされてもドキドキするというよりも、温もりに包まれる安心感の方を感じていた。


 それになんとなく法則がわかったけれど、暁さんは俺が翔さんと仲良くしていた直後に、ハグをしてくる。

 俺は当初、ハグのことをストレス軽減だと思っていたけれど、最近はマーキングのようだと思っていた。


 もうここ数週間は、ランチへ行くメンバーも固定ではなかった。

 みんな各々、その日話したいメンバーを誘ってランチへ行く。

 俺も、何度か翔さんと食べに行っていた。もちろん、二人きりではないけれど。


 翔さんが提案して、五人一緒に食べたこともあった。

 俺はどうしても暁さんが翔さんへ向ける作り物の笑顔が気になって、食事の味に集中できなかったのを覚えている。




 とにかく、稽古場の空気はとても良かった。

 翔さんが稽古に合流した直後は、どうなることかと思ったけれど、少なくとも表面上はみんなが仲良く稽古に取り組んでいる。




 もう、本番まで二週間を切っているという不安や焦りも、思ったより感じていない。

 まだまだブラッシュアップは出来るけれど、ひとまず形にはなっていた。


 すると翔さんがトナカイのドーナツを齧りながら、クリスマスらしいこんな提案をする。


「はい! 今日の稽古終わり、クリスマスパーティがしたいです!」

「クリスマスパーティ? なにするの?」

「お酒飲んでピザ食べたいです!」

「あんまりクリスマス関係ないじゃん」


 そう言って笑いながらも、演出家が諸々の手配を進めてくれることになった。

 強制参加ではないけれど、ほとんどのスタッフが稽古終わりに参加するらしい。


 当然のように、翔さんは俺の目を見て真っ直ぐにこう尋ねてくる。


「ナルくんはどうする?」

「えっと、俺は……」


 予定は、無い。

 けれど参加して良いのだろうか。二人きりではないし、問題ないだろうか。

 俺が暁さんの様子を窺うと、暁さんは俺の方は見ずに、翔さんへ向けて笑顔で答えた。


「もちろん、()()()も参加するよ。なあ鳴海?」

「は、はい! 参加させてください!」

「やったー嬉しい! ソウちゃんとユウくんは?」

「俺は彼女と予定があるのでパス!」


 霞鳥さんは当然のようにそう言って片手を振っている。

 霞鳥さんって、恋人いるんだ……。と、俺はしみじみとしてしまった。

 いてもおかしくないけれど、普段そういう話は一切しないので、意外に感じてしまう。


 一方で、ユウキさんは少し迷っってからこう言った。


「じゃあ……俺も――いや、……俺は参加しますね」


 どこか歯切れの悪い様子で、ユウキさんは困った顔で笑っていた。

 どうしたのだろう。ユウキさんの性格的に、こういう行事は好きそうだと思っていた。



 こうして普段より少しだけ浮かれた雰囲気の中でも、稽古はいつも通り始まるのだった。







 今日は珍しいこともある物だと思った。

 一幕と二幕、それぞれ休憩しつつ1日かけて通してみたのだが、演出家から最も指導を受けていたのはユウキさんだった。

 俺も、なんとなくユウキさんが集中していない気がしていたけれど、やはり演出家の目は誤魔化せなかったらしい。


 本番まで残り二週間とは思えないようなミスが続いてしまい、ユウキさんは演出家に呼び出されて二人で長いこと話し合っているようだ。

 叱られているというよりは、事情を聞かれているように見える。

 ピザやお酒が届いてクリスマスパーティが始まっても、ユウキさんはずっと演出家と話をしていた。


 俺はその様子がずっと気になってしまい、目の前のパーティに集中できず、横目にちらちらと見てしまう。

 そしてユウキさんは話を終えると、一人で稽古場を後にした。


 俺は、一滴も飲んでいない紙コップを置いて、ユウキさんの後を追う。

 いつも俺を助けてくれる優しい先輩を、放って置けなかった。

 ここ数日、ユウキさんの様子がたまにおかしいことにも、気づいていたはずなのに。


 俺自身、周りを気に掛ける余裕は無かったし、今も自分のことで一杯一杯なのは変わっていない。

 それでも、なにも出来ないかもしれなくても、俺はユウキさんの後を追った。


 ユウキさんは、更衣室を兼ねた休憩室へ入っていく。

 このまま帰るつもりなのだろうか。

 俺は少し迷ってから、ノックの後扉を開けた。


「……ユウキさん」





 ユウキさんは、ソファの上で膝を抱えてうつむいていた。





 泣いて、いるのかも知れない。

 俺が声をかけても、ユウキさんは顔を上げない。

 それでも、自嘲気味に笑ったのが伝わってくる。


 そして、独り言のようにこう言った。


「鳴海……だよなあ」

「はい、えっと……」

「そうだよな。こういうとき、心配して追って来るとしたら、お前だよ……。良いやつだから、鳴海は」


 その言葉に、俺はなんと答えたら良いのか分からず、口を閉じる。

 ユウキさんが、こんなに弱っている様子は初めて見た。


 それに今の言い方だと、俺じゃない――別の人に追ってきてほしかったように聞こえる。

 俺が反応に困っていると、ユウキさんは俺の返事など待っていないかのように言葉を続けた。


「鳴海は良いよな、才能がある。そのうち、俺なんかすぐに追い越される。もう認められてる。愛されてる……」

「ユウキさ…――」

「翔さんに」


 最後の言葉で、俺は言葉を飲み込んだ。


 ユウキさんの言葉を、俺が全て理解し切る前に、ユウキさんはゆっくりと顔を上げた。

 涙に濡れた瞳で、ユウキさんは自嘲と共にこう告げるのだった。




「俺さ、翔さんが好きなんだ……ずっと前から」

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