Page7———Do I?———
講義終わり、そのまま何となく学食に流れた。
特に約束していたわけじゃない。
空きコマが重なって、気づけばいつものメンバーで同じ席に座っている。
こういう時間は嫌いじゃなかった。
会話に明確な目的がなくて、ただその場にいるだけで成立している感じがする。
「で、最近どうよ」
最初に口を開いたのは高瀬だった。
スマホをいじりながら、ついでのように聞いてくる。
「ゼミとか始まったんだろ」
「まあ、それなりに」
「柴田ゼミだっけ?」
西野が顔を上げる。
「え、あそこって先輩強そうじゃない?」
「強そうって何」
「圧があるってこと」
「それはまあ、あるかも」
思い浮かぶのは教授ではなく、別の顔だった。
「へえ、どんな人いるの?」
何気ない質問だった。
深い意味はなかったはずなのに、少しだけ答えに詰まる。
「……変な先輩がいる」
「何それ」
西野がすぐに食いつく。
「男?女?」
「女の先輩」
「はい来た」
机を叩く。
「絶対なんかあるじゃん」
「ない」
「その否定の速さが怪しい」
高瀬が笑いながら僕を問い詰める。
「いや、でも最近一緒にいるよな」
一瞬だけ、言葉が止まる。
「……まあ」
「ほら」
西野が身を乗り出す。
「何?付き合ってんの?」
「違う」
「じゃあ何よ」
少しだけ考える。
説明しようとすると、余計に分かりにくくなる気がした。
「……恋人ごっこ、みたいな」
数秒、沈黙が落ちる。
「は?」
高瀬が素直に言った。
「いや…待って。意味が分からん」
「そのままの意味なんだけど…」
「そのままが分からんの」
西野も困ったように笑う。
「付き合ってるわけじゃないの?」
「多分、違う」
「多分ってなんだよ」
「普通の意味での恋人ではない、と思う」
「余計分かんないんだけど…」
それはそうだと思う。
自分でも、ちゃんと説明できる気がしなかった。
「じゃあ何してんの」
「普通に出かけたり」
「デートじゃん」
「……そうかもしれない」
「手とか繋ぐ?」
「繋ぐ」
「完全にデートじゃん」
高瀬が即答する。
「いや、普通に羨ましいんだけど」
「羨ましいのそこなんだ」
西野が呆れたように笑う
「で?」
視線が集まる。
「楽しいの?」
その言葉に、少しだけ思考が止まる。
前にも、同じことを聞かれた気がした。
不快ではない。
問題もない。
むしろ、うまくいってる。
ちゃんと成立している。
それは確かだ。
けれど———
「……分からない」
気づけば、そう答えていた。
「えぇ……」
西野が露骨に困った顔をする。
「普通楽しいもんでしょ」
「まあ、そういうもんじゃない?」
高瀬も軽く言う。
「ちゃんとデートして、手も繋いでるんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあいいじゃん」
あっさりとした結論だった。
否定する理由は特にない。
それでも、納得もできない。
「好きじゃないの?」
西野が首を傾げる。
好き。
その言葉は、思ったより重かった。
「……分からない」
「また?」
「分からないものは分からない」
「いや、そんなことある?」
笑いながら言う。
責めているわけではない。
ただ、本当に不思議そうだった。
それが少しだけ、刺さる。
その時だった。
「お前ってさ」
今まで黙っていた三浦が、不意に口を開いた。
珍しく、視線がこちらを向いている。
「“好き”を、自分の感情で考えたことある?」
一瞬、言葉が出なかった。
「どういう意味」
「そのまま」
三浦は静かに続ける。
「ちゃんとやれてる、とか」
「問題ない、とか」
「成立してる、とか」
「そういう話じゃなくて」
一拍置く。
「お前自身が、どうしたいのかって」
逃げ道のない聞き方だった。
胸の奥が、少しだけざわつく。
考えたことが、なかった。
少なくとも、
ちゃんと考えたことは。
「……ないかもしれない」
ようやくそう答える。
三浦が小さく頷いた。
「なら、そこじゃない?」
それだけだった。
強く言うわけでもなく、
答えを押しつけるわけでもない。
ただ、そこに置いただけみたいに。
「でもさ」
高瀬が空気を戻すように笑う。
「それで続いてるなら、別によくね?」
「まあ、それはそう」
三浦も否定しない。
「成立してるってことでしょ」
———成立。
また、その言葉だった。
問題はない。
うまくいっている。
続いている。
それだけの話だ。
それなのに。
「それって、ちゃんと恋なの?」
西野が何気なく言う。
軽い口調だった。
深い意味なんて、きっとない。
でも、その言葉だけが残った。
恋。
好き。
楽しい。
どれも、知っているはずの言葉なのに、
僕の中ではうまく形にならない。
「……分からない」
「分からない多すぎでしょ」
西野が笑う。
みんなもつられて笑う。
僕も、少しだけ笑った。
それで会話は別の話題に流れていく。
教員採用試験の話。
実習の話。
教授の愚痴。
いつも通りの、変わらない時間。
問題はない。
何もおかしくない。
それでも。
さっきの言葉だけが、妙に残っていた。
———“好き”を、自分の感情で考えたことある?
答えは、まだ出ない。
ただ。
今まで一度も、
ちゃんと考えたことがなかったかもしれない。
投稿遅くなってしまい、申し訳ありません…
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