Page4 ———As usual?———
「恋人ごっこ、私としてみない?」
何を言っているのかわからなかった。
少なくとも、この時は。
この時点では、まだ。
ゼミが何回か行われて、佐伯先輩の研究の手伝いをすることが増えた。
理由はもうわかっている。
面白いからだ。
彼女にとって、僕は面白い。
「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」
そう声をかけられたのは、2回目のゼミの後だった。
断る理由はなかった。
「いいですよ」
「やっぱりね」
軽く笑う。
予想通り、とでも言いたげだった。
内容は難しいものではなかった。
データの整理と、簡単な分類。
指示も曖昧ではなく、やるべきことははっきりしている。
だから、特に困ることもなかった。
「早いね」
横から覗き込まれる。
「慣れてる感じする」
「まあ、似たようなことはやったことあるので」
「ふーん」
興味があるのかないのかわからない声。
ただ、視線だけは外れない。
「君ってさ」
一拍置く。
「頼まれると断れないよね」
否定しようとして、やめる。
事実かどうかで言えば、否定は難しい。
「別に、断る理由がないので」
「理由がないからやる、か」
少しだけ笑う。
「それ、楽だよね」
返す言葉は特に思いつかなかった。
否定するほどでもないし、肯定する必要もない。
「まあ、その分ちゃんと回るけど」
軽く付け足す。
評価なのかどうかは分からない。
ただの観察のようにも聞こえる。
「助かってるよ」
その言い方も、どこか軽かった。
感謝というより、事実の確認に近い。
「ありがとうございます」
形式的に返す。
「うん」
頷く。
それ以上は何も言わない。
視線だけが、少しだけ残る。
試されているような感覚があった。
それから何度か、同じようなことが続いた。
ゼミのあとに呼ばれて、作業を手伝う。
やることは毎回少しずつ違うが、困るほどではなかった。
むしろ、やりやすかった。
何をすればいいのかが明確で、それをこなせばいい。
余計なことを考えなくて済む。
「ほんと、やりやすいよね」
ある時、そう言われた。
「指示通りにちゃんとやるし」
少しだけ間が空く。
「余計なことしないし」
その言葉に、引っ掛かりはなかった。
むしろ当然のことのように思えた。
「まあ、それが普通だと思うので」
「そう?」
軽く首を傾げる。
「普通って、そんな都合よくできてる?」
問いかけるような口調だったが、答えを求めているわけではなかった。
そのまま話が流れる。
特に自覚追求されることもない。
ただ、少しだけ残る。
———やりやすい。
その言葉は、悪い意味ではなかった。
むしろ、評価としては正しい。
実際問題なく進んでいる。
求められていることに応えているだけだ。
それで十分なはずだった。
「ねえ」
ある日の帰り際、呼び止められる。
「はい」
「ちょっと聞いてもいい?」
「何ですか」
一瞬だけ、間があった。
考えているようにも見えたし、そうでもないようにも見えた。
「君さ」
視線がまっすぐ向く。
「困ったこと、ある?」
質問の意図がまるで分からなかった。
「……どういう意味ですか」
「そのまま」
あっさり流される。
「さっきみたいなの」
一拍置く。
「困らないでしょ」
否定はできなかった。
少なくとも表面上は。
「まあ、別に」
「だよね」
納得したように頷く。
「だからさ」
少しだけ、口元が緩む。
「面白いんだよね」
何が、とは言わない。
説明もない。
ただ、それだけが残る。
面白い。
その言葉の意味を、深く考えることはなかった。
———この時までは。
「…恋人ごっこ、私としてみない?」
同じ調子で、そう言われた。
軽い声だった。
冗談のようにも聞こえる。
でも、完全に冗談とも思えなかった。
理由は分からない。
ただ、これまでの流れの延長にあるような気がした。
「それ……どういう意味ですか」
「そのまま」
前と同じ返答。
「役割として、やってみるだけ」
役割。
その言葉が、やけに引っかかる。
「別に本気とかじゃないんだし〜?」
付け足すように言う。
「実験みたいなもの」
納得できるような、できないような説明だった。
「なんで、僕なんですか」
自然に出た疑問だった。
「さあ」
あっさり返る。
「向いてそうだから?」
冗談みたいに言う。
でも、否定する材料はなかった。
「断らないでしょ、君」
言葉が止まる。
反射的に否定できない。
これまでの流れを思い出す。
断る理由は、確かにない。
けれど、
それでいいのかは、分からなかった。
「……考えさせてください。」
「いいよ」
すぐに頷く。
「別にどっちでも」
興味がないような口調。
それなのに、視線だけが残る。
試されているような感覚は、消えなかった。
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