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Page3 ———You know.———

 授業を終えたあと、そのまま教室を移動する。

 空きコマではあるが、この時間はゼミに充てている。


 初めて入る教室だった。


「あら、いらっしゃい。ようこそ柴田ゼミへ。」


 声の主はすぐに分かった。


「よろしくお願いします」


「ええ、よろしくね。こちらがうちのゼミ生よ。仲良くしてね。」


 視線が一斉にこちらに向く。


 知らない顔ばかりだった。

 それも当然で、同級生はいない。


 軽く会釈をする。


 その中に、一人だけ。


 こちらをじっと見ている視線があった。


 目が合うと、わずかに口元が緩む。


 理由は分からない。


 ただ、少しだけ引っかかる。


「じゃあ、簡単に自己紹介お願いしてもいいかしら」


 促されて、前に出る。


 名前と学部、それから簡単な志望分野を伝える。


 話している間、特に困ることはなかった。


 言うべきことは決まっているし、それを順番に並べるだけだ。


「ありがとう。じゃあ次」


 名前を呼ばれて、一人の女子が立ち上がる。


 さっき、こちらを見ていた人物だった。


「佐伯です。四年です」


 簡潔だった。


 それだけ言って、すぐに座る。


 視線だけが、またこちらに向く。


 わずかに口元が緩む。


 理由は分からない。


 ただ、少しだけ引っかかる。


「じゃあ、今日は軽く進め方の説明と、簡単なワークをやりましょうか」


 柴田教授の言葉で、空気が少し動く。


 いくつかのグループに分かれることになった。


 近くの席同士で、自然とまとまる。


 特に意識したわけではないが、気づけば中心に近い位置にいた。


「じゃあ、適当に進めてみて」


 課題は簡単なものだった。


 与えられたテーマについて意見を出し、それをまとめる。


 やることは明確だった。


 誰かが口を開くより先に、全体の流れを頭の中で組み立てる。


「一回、意見出してからまとめた方がいいかも」


 自然と口に出していた。


「あ、じゃあそれでいこうか」


 すぐに同意が返る。


 そのまま話が進んでいく。


 特に違和感はなかった。


 むしろ、いつも通りだった。


 それぞれが意見を出し、それを整理して、形にする。


 流れは途切れない。


 時間も無駄にならない。


「慣れてる感じするねえ」


「助かる」


 軽い声が重なる。


 そのどれもが、特別なものではなかった。


 ただ、当たり前のように受け取ることができた。


「へえ」


 少しだけ、間の抜けた声が横から入る。


 視線を向けると、佐伯がいた。


 いつの間にか同じグループに入っていたらしい。


「綺麗に回すね」


 感心したような、そうでもないような声。


「まあ、普通にやってるだけです」


「そう?」


 軽く首を傾げる。


「“普通”ってさ、だいたい後からそう見えるだけなんだよね」


 机に肘をつく。


 姿勢は崩れているが、視線だけは外れていない。


「それ、君にとっての普通?」


 少しだけ間が空く。


「……どういう意味ですか」


「そのまま」


 あっさりと返される。


「毎年こういうの見てるとさ、だいたい同じ形になるんだよね」


 一拍置く。


「気づいたら、“できる人”が回してる」


 その言い方に、断定はない。


 ただ、外から見た事実のように置かれている。


「で、そのまま固定される」


 軽く笑う。


「効率はいいけどね」


 周りの会話は止まらない。


 特に誰も気にしていない。


 流れは変わらず続いている。


「別に、どっちでもよくない?」


 誰かが言う。


「うまくいってるんだし」


「うん、それも分かる」


 佐伯はあっさり頷く。


 その上で、視線だけをこちらに戻す。


「たださ」


 少しだけ間を置く。


「それ、自分で選んでる?」


 言葉が止まる。


 否定も、肯定も、すぐには出てこない。


「……流れで、そうなっただけです」


 曖昧に答える。


「だよね」


 あっさり返る。


 一拍置いて、


「たぶん君、断らないでしょ」


 心当たりがないわけではなかった。


 けれど、はっきり肯定する理由もなかった。


「……断る理由があれば、断ると思います」


「理由があれば、か」


 少しだけ笑う。


「じゃあ今まで、ちゃんと断れたことある?」


 答えようとして、言葉が止まる。


 思い出そうとすると、うまく出てこない。


「まあ、いいけど」


 あっさりと引く。


 深く追ってくる様子はない。


「それ、たぶんだけどさ」


 軽い調子のまま続ける。


「自分で決めてる感じ、あんまりしないんだよね」


 断定ではない。


 ただの印象のように言う。


「流れに合わせるの、上手いっていうか」


 視線だけが残る。


「それって楽だし、たぶん正しいんだけど」


 一拍置く。


「そればっかだと、どっかで分かんなくならない?」


 それ以上は言わない。


 答えを求める様子もない。


 ただ、問いだけが残る。


 会話はそのまま流れていく。


 課題も、問題なく進む。


 やるべきことは変わらない。


 まとめればいい。


 それだけのはずだった。


 それでも。


 頭のどこかに、さっきの言葉が残る。


 ——自分で決めてる感じがしない。


 うまくいっている。


 求められている。


 役に立っている。


 それで十分なはずだった。


 少なくとも、今まではそれでよかった。


 それなのに。


 その前提が、少しだけ揺らいでいる。


「時間だから、そろそろまとめてくれる?」


 教授の声で、現実に引き戻される。


「あ、はい」


 すぐに応じる。


 言葉を整え、全体をまとめる。


 問題なく終わる。


「いい感じね」


 軽く評価される。


 周りも頷く。


 特に違和感はない。


 いつも通りの終わり方だった。


 ただ、


 その中にいるはずの自分の位置が、


 さっきよりも、少しだけ曖昧になっていた。


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