Page10 ———Still?———
待ち合わせ場所に着いた時、佐伯先輩はまだ来ていなかった。
駅前の時計を見る。
約束の十分前。
少し早かったらしい。
近くのガラスに、自分の姿が映っている。
特に変わった様子はない。
少なくとも、外側は。
昨日からずっと、考えている。
好きとは何なのか。
楽しいとはどういう感覚なのか。
考えれば分かるものだと思っていた。
でも実際は、考えるほど曖昧になっていく。
「また早い」
声がして振り向く。
佐伯先輩がこちらを見て笑っていた。
「すみません」
「真面目だねえ」
軽い調子で隣に並ぶ。
「待った?」
「そんなに」
「優秀」
いつもの会話。
問題なく返せる。
歩き出す。
隣との距離も、自然だった。
前と何も変わらない。
変わらないはずなのに。
今日は妙に、自分のことばかり意識してしまう。
今、僕は何を感じているのだろう。
隣にいることを、どう思っているのだろう。
考える。
けれど、答えは出ない。
「今日静かだね」
不意に言われる。
「そうですか?」
「うん」
佐伯先輩は前を向いたまま続ける。
「なんか、ずっと考えてる顔してる」
一瞬だけ言葉に詰まる。
最近、それをよく言われる気がした。
「……そんなに分かりやすいですか」
「分かりやすいよ」
少し笑う。
「普段ちゃんとしすぎてるから、余計に」
また、その言葉だった。
ちゃんとしてる。
安心できる。
ズレない。
そういう言葉ばかりが頭に残る。
店に入る。
落ち着いたカフェだった。
注文を済ませ、向かい合って座る。
会話は自然に続いた。
大学の話。
ゼミの話。
教授の話。
笑うタイミングも、相槌も、問題なく噛み合う。
ちゃんと成立している。
そのはずだった。
「……ほんと器用だよね」
佐伯先輩がふと呟く。
「そうですか」
「うん」
ストローを揺らしながら言う。
「恋人っぽいこと、普通にできるし」
一瞬だけ、言葉が止まりそうになる。
「できてますか」
「できてるよ」
あっさり返される。
「手も繋ぐし、ちゃんとエスコートするし」
「会話も自然」
「優秀優秀」
冗談っぽく笑う。
その言葉に違和感はなかった。
実際、問題なくできていると思う。
求められていることをやっているだけだ。
それなのに。
「……先輩」
「ん?」
「普通、どうなんですか」
「何が?」
「恋人って」
少しだけ沈黙が落ちる。
佐伯先輩は数秒こちらを見て、それから小さく笑った。
「それ聞く?」
「……変でしたか」
「いや」
頬杖をつく。
「ほんと面白いなって」
また、その言葉だった。
面白い。
観察するみたいな目。
「普通はね」
佐伯先輩がゆっくり言う。
「そんなこと考える前に好きになってると思う」
胸の奥が少しだけざわつく。
好きになる前に、考える。
確かに、僕はずっとそうしている気がした。
「でも君って」
一拍置く。
「ちゃんと恋人しようとするよね」
その言葉に、うまく返せなかった。
恋人しようとする。
その表現は、妙に正しかった。
好きだから、ではなく。
そうあるべきだから。
成立させるために。
そんな感じがした。
「……また考えてる」
佐伯先輩が少し笑う。
「恋愛中に分析始める人、初めて見たかも」
「分析してるつもりは」
「あるでしょ」
即答だった。
「今、“これが正しい反応かな”って考えてた顔してた」
図星だった。
否定できない。
気づけばいつも、
正しいかどうかで考えている。
どう感じるかじゃなく。
「……変ですか」
小さく聞く。
佐伯先輩は少しだけ考えるように視線を逸らした。
「変ではある」
正直に言う。
「でも」
そこで笑う。
「だから面白い」
その言葉を、今度は否定できなかった。
帰り道。
並んで歩く。
手を繋ぐ。
温かい。
柔らかい。
嫌ではない。
でも、それ以上はまだ分からない。
分からないまま、歩いている。
隣との距離だけは、
前より少し自然になっている気がした。
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