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恋に落ちて眠りに落として  作者: 碧衣 奈美


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09.薬草を求めて

「え……あ、そうか。本来の時間に戻ったんだな」

 失敗はしない、と言っていたが、本当にちゃんと戻れたのだ。

 これまで疑っていた訳ではないが、ドリーダの魔法使いとしての腕は本物だ、とレイアードは身をもって知った。

「こちらで見ていた限り、そんなに言葉を交わした様子はなかったが、実際はどうだったのだ?」

「見ての通りだ。会話らしい会話はなかった。もっとも、まともな会話をする前に、ゼルは眠らされたからな」

 過去のゼルアクス達がしていた会話を、レイアードはドリーダに伝える。

「あの女はティオリーという名前らしいが、本名かは確認しようがなかった」

「ゼルアクスがあの状態になるとわかっているなら、偽名を名乗る必要もあるまい」

「ああ、なるほどな。ゼルにまともな判断力がなくなるなら、本当のことを言っても問題はないってか」

 まさか、こういう形で第三者に会話を聞かれているとは、ティオリーも想像していなかっただろう。

「とにかく、あの様子だと今でもソティアの森にいる、と考えてよさそうだ。後をつけられてるとは思ってないだろうから、さっさと行ってゼルを取り戻して来る」

「待て。あの女が他に魔法を知っていたら、対処に困るだろう。私も行く」

「おっ、そうしてもらえれば助かるぜ」

 レイアードは鬼人や獣人など、あまり魔法を使わない種族の犯罪者を捕まえる仕事が中心。魔法を使われると、多少の防御はできると言ってもやはり心(もと)ない。

 魔法使いのドリーダが同行してくれるなら、こんなに心強いことはなかった。

「だが、その前に」

「何だ」

「なぜあの女が、あんな薬を所持していたかを知りたい。シャルリアは、あれが調合禁止薬物だと話していた。そういった薬は、それなりに薬学の知識を持つ者でなければ調合は簡単ではないだろう。だとすれば、あの女が薬剤師という推測もありだが、ゼルアクスはあの女を知らない様子だったのだろう?」

「ああ、どこかで会ったか、みたいな言い方だったぞ」

 ここフーランの街には、ノンシュ薬局以外にも数件の薬局があり、当然ながらそれぞれに薬剤師がいる。

 飲食店などと違い、その数など知れたものだし、ゼルアクスは同業者として薬剤師の顔や名前を知っていそうなもの。

 だが、彼はティオリーを知らなかった。新人かとも考えたが、それなら「やっと会えた」というティオリーのセリフはおかしい。

 ゼルアクスは薬学の分野で超有名という訳ではないし、会うのが困難な地位にいる、という訳でもないのだ。

 特別なことをしなくても、薬局へ来て頭痛でも腹痛でも適当に言えば、彼が症状に見合った薬を調合してくれる。薬を求めて来局すれば、子どもでもすぐ会えるのだ。

 恥ずかしくて来られない、というのもありだろうが、あんなことをする女がそこまで臆病だろうか。

「誰が何のために、あの薬を調合したのか。あの女が調合したのでなければ、自分で入手しようと動いたのか、もらったのか。もらったとすれば、少なくとももう一名、調合した者が絡んでいる、と考えられる。もしかすると、ティオリーは利用されていて、別の誰かの陰謀に巻き込まれているのかも知れない。もちろん、単独犯の可能性もゼロではないが」

「じゃあ、どうするんだ? そんな細かいところまで、調べてる時間の余裕なんてないぞ」

「名前と顔がわかったのだ。今度はティオリーの過去を見る」

 鏡の向こうとは言え、顔を認識して名前も教えられた。これで大量の魔力を消費することなく、ドリーダはティオリーに対して過見(かけん)の術を使えるようになった訳だ。

「お、おう……じゃ、頼む」

「一昨日の夜から、さらに少しさかのぼってみる」

 薬は手に入れたものの、使うべきかうじうじ悩む……という性格なら。さかのぼるのにも時間がかかりそうだが、ドリーダはそんなに前まで戻る必要はないと考えた。

 ゼルアクスに薬を使った時のティオリーが、ちゅうちょなく動いていたからだ。

 レイアードが聞いた言葉から推測するに、それまでずっと「彼を見ているだけだった」らしい。だが、薬を手にして一緒にいられる方法を得たとばかりに、今回の凶行に及んだ訳だ。

 その行動力からして、薬を手にして動き出すまでにそう時間はかかっていない、と考えたのである。

 そして、思った通り、事件を起こした日の昼間に手掛かりが見えた。

 ゼルアクスの横でまいた、例の薬が入っていた小瓶。それを手渡された光景が、鏡に映ったのだ。

「レイアード、もう一度行ってもらうぞ」

「……わかったよ」

 こうなっては断れない。それに、レイアード自身も気になる。

「さっきよりもずっと、有益な会話が聞けそうだ。これでだいたいの情報が得られたと思ったら、右手を挙げろ。それを見たら、こちらへ戻す」

 さっきは戻す時の合図を決めていなかったので、今回はそういった取り決めをしておく。

「よし。じゃあ、送ってくれ」

☆☆☆

 気付け薬に必要なのは、シャルリアによればモニア草という薬草だ。

 以前にミクテスは、ゼルアクスと一緒にこのユトモの山へ来たことがある。どの辺りに薬草があるかを教えてもらっていたので、そちらへ向かう。

 中和剤や解毒剤に有効な他の薬草も、途中で見付けるとミクテスは手早く摘み取った。もし「これも必要だったけど、在庫がない」と言われた時のためだ。

「ミクテス、まだ着かないの? モニア草が生えてる場所に」

「あそこ。あの岩場の陰に生えてるんだ」

 ミクテスが指差す方には、岩の壁がある。見上げれば、かなり高い壁だ。彼らは現在、崖の下にいるようなものらしい。

 ミクテスはそちらへ近付くと、ごつごつした暗い灰色の岩陰を覗き込んだ。

「あれ……ないなぁ」

「え、ない?」

「おかしいな。前回来た時、採り尽くした訳じゃないのに」

 根が必要な場合を除き、必要な葉の部分だけを選択して全部は採らないようにしていたのに、今は何もない。

「本当にここで合ってるの? 別の似たような場所とか」

「いや、ここのはずなんだ。あそこの岩の出っ張り具合とか、しっかり覚えてるしね。辛味成分が含まれてるから、草食の奴でもあまり手を出さないはずなんだけどなぁ。物好きな奴がいたのかも」

 草なら何でも食べてしまう生物が、この周辺にいたのかも知れない。

 薬草が生えているエリアの周辺にいる生物に関しては、ざっくりながら把握しているつもりだ。

 しかし、生物学者ではないので、あまり詳しくない、もしくは全く知らない生物がいても、スルーしてしまうことはありえる。

 そういったミクテス達の知らない生物が、今回必要な薬草を食べてしまった……のかも知れない。

「どうするの? 他に生えていそうな場所、ミクテスはわかる?」

「んー。オレ、ノンシュ薬局に来て、まだ三ヶ月だからなぁ。ソティアの森に一回と、この山に一回しか来たことないんだよね」

 そして、この山での第二回目講習が、まさに今日の午後だったのだ。本当なら今頃、こういう場合はね……と、ゼルアクスから教えてもらうはずだったのに。

 まいった、というように、ミクテスは天を見上げた。

「あ」

「な、何?」

「あそこの岩陰にあるのって、モニア草じゃないかな」

 ごつごつした岩肌が上へと伸びる壁を見上げると、わずかに緑色が見える。岩が出っ張ったりくぼんでいたりでうまく陰になった所に、ひっそりと生えているようだ。

 そこに見える細長く、濃い緑の草は、求めているモニア草のようにも思われた。

「植物の生命力って、やっぱりすごいなぁ」

「ああ、あれがそうなの? だけど、かなり高いわよ。ミクテスの身長の、五倍は軽く超えそうに思えるけど」

「あれくらいなら、どうにでもなるよ。人間が思うより、うさぎの脚力ってあるんだからね」

「え、あんな高い所なのに?」

 ミクテスの言葉に、アルルーラが目を丸くする。

 はしごがあっても、一般の人間には気楽に上がれない高さだ。それを道具なしでなんて、すごすぎる。さすがは獣人、か。

「とりあえず、採ってみるよ。違えば、似たような岩陰を探すしかないね」

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