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恋に落ちて眠りに落として  作者: 碧衣 奈美


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05.現れた女

 術者以外となれば、今の場合はレイアード以外にいない。言外に「お前が行って来い」と言っているようなもの。

 何でもはっきり言うタイプのドリーダがあえてはっきり言わないのは、レイアードが彼女の弟子ではないからだろう。

 ここにいるのがアルルーラなら、はっきり「行け」と命令しているはず。

「言っておくが、俺の魔力なんてカスみたいなレベルだぞ。そんな奴が、鏡の中へ入れるのか。それ以前に……もったいぶって言い出すってことは、それをすると何かしらのリスクがあるんだろう」

「リスクと言っても、別に死ぬ訳ではない。たまに戻れなくなるくらいだ」

「おいっ、すっげぇリスクだろ、それ! 超ハイリスク!」

 鏡の中に入ったまま、出られない。それをリスクと呼ばずに何と呼ぶ。

「そうがなるな。たとえ戻れなくなったとしても、この世界から消える訳ではない。実際に起きた現実世界には違いないからな。そこで過ごして、今の時間になるまで待てばいい。ここにいるレイアードが鏡に入った瞬間、それまで鏡に入っていたレイアードが元の時間の中へ戻ることになる。これだと同じ時間を二度過ごすことになるので、計算上寿命が一日か二日縮むことにはなるが」

 昨日、もしくは一昨日という時間をもう一度過ごすことになるので、その分の寿命が削られる訳だ。

「俺の寿命が何歳かはともかく、一日や二日くらいなら……まぁ、許容範囲って奴だな」

 ずっと鏡の世界に閉じ込められることを考えれば、寿命一日を消費する方が絶対にいい。

「あくまでも、戻れなかった場合の話だ。私は、そんなへまをするつもりはない」

「つもりはなくても……。じゃ、どうしてこの話をしたんだよ」

 失敗しない、という自信があるなら、そういう恐い可能性の話を聞かせないでもらいたい。

「私が術を失敗しなくても、地震が起きて鏡が割れるなどのトラブルがあったりすれば、同様のことが起きる。その時、レイアードにはちゃんと過去の世界で過ごし、鏡に入った直後を見計らってここへ戻って来てもらわねばならない。ゼルアクス達の会話内容によって、その後の行動も変わってくるのでな」

「ああ、そういうことか」

 リスクの話をしたのは、想定外のことが起きた時のため、ということだ。

 何も知らずに鏡へ入り、戻れなくなれば。さすがにレイアードもパニックになってしまう。

 話を聞いてもそれはそれで少し怖いが、本来の時間が流れる世界へ戻れるのであれば、一応安心できるというもの。

「わかった。とにかく、俺が鏡に入って、ゼル達の会話を聞いてくればいいんだな」

「任せた。ゼルアクス達にレイアードの姿は見えていないが、触れようとしたり声をかけたりするな。場合によっては、過去が歪むことがある」

「ああ。余計なことをして帰れなくなるのは、俺だっていやだからな」

 ゼルアクスをあんな目に遭わせた輩が現れれば、飛びかかりたくなるかも知れない。だが、もう起きてしまったこと。過去は変えられない。

 自分がすべきは、どこかにいるその輩を現在の時間で捕まえることだ。

「では」

 ドリーダは鏡に向かい、呪文を唱え始める。魔法がほとんどできないレイアードには、意味不明な音の羅列にしか聞こえない。

 だが、それまで自分達が映っていたはずの鏡に、違うものが見え始めたことに気付いた。確かに、鏡の中で魔法が働いているのだ。

「ノンシュ薬局の……これは店の方だな」

「シャルリアから、一昨日薬局を出た時間を聞いておいた。これは、その直後の局内だ」

 鏡の中のゼルアクスは、シャルリアとミクテスを見送ると店の扉に鍵をかけ、そのまま調合室へと入って行く。室内の片付けか、研究をするつもりか。

 シャルリアの話では、調合室はゼルアクスが倒れている以外に、帰る前と変わったところはなかったらしい。

 なので、これから彼が何かする前に、悪事を働く誰かが来たはず。もしくは、調合室の掃除などをした直後くらいか。

 ふたりがゼルアクスを見ていると、彼は棚から何か取り出そうとしたようだが、その顔が扉の方へ向けられた。

「さっそく、容疑者が現れやがったか」

 店へ通じる扉の他に、調合室から直接外へ出入りできる扉があり、ゼルアクスが向いたのはそちらの方だ。

 ミクテスが「鍵はかかっていなかった」と話していた扉である。やはり、ここから中へ入られたのだ。

「そのようだな。こちらとしては、好都合だ」

 思った以上に早い登場である。シャルリア達が帰ってすぐ、が犯行時間だったようだ。

 ゼルアクスだけになるのを待っていたのだろうか。

「え……女?」

 ゼルアクスが扉を開けると、そこには女性が立っていた。シャルリアより少し若い、つまりは二十代前半くらいの、小柄な女性だ。

 砂色の真っ直ぐな髪が胸まで伸び、瞳も髪の色に近い金色。細身と言うには、かなりやせている。

 淡い草色のシンプルな長袖ワンピースを着ている以外、これと言って装飾品の類は見えない。

「あの子が、ゼルを眠らせたのか? そんなことをしそうには見えないが」

「使ったのは薬だ。子どもにだって持てる。あの女、人間のように見えるが、瞳の色を見る限りでは違うようだ。それ以前に……何か違和感があるな。レイアード、会話を聞いて、この女がその後どこへ向かうか追え。目的地が判明したら、こちらへ戻す」

「あんたの口調を聞いてると、俺の上司みたいだな」

 魔法を使うという状況だから、魔法使いの指示が必要ではあるのだが。

「私の口調にこだわるな。年上だから、ということで納得しておけ。ゼルアクスが扉を開く少し前に送るぞ」

「わかった。……ちゃんと引き戻してくれよ」

「そちらこそ、会話をしっかり聞いて来い」

 ドリーダが新たな呪文を唱えたと思った直後、レイアードはノンシュ薬局の調合室に立っていた。

☆☆☆

 ミクテスとアルルーラは、ユトモの山へ来ていた。

「詳細は資料を確認しないとわからないけれど、とりあえず解毒剤で絶対に必要なのはモニア草よ。あとは調合室にある薬草で、どうにかまかなえると思うわ。あの草は、ユトモの山に生えてるはずよ」

 シャルリアにそう言われ、ふたりはこの山へ向かったのだ。

「あたし、師匠に言われて一緒に来たけど、必要?」

 アルルーラは不安げな顔で、ミクテスに尋ねた。

 ドリーダから「ミクテスと薬草の採取」を指示されたものの、ミクテスだけで行った方が早いような気がする。

「そりゃ、探し物する時は目が多い方がいいよ。手分けすれば、早く見付けられて採取できるんだしね。それにアーちゃんがいれば、魔物が現れても対処してもらえるし」

「ええっ、あたしは魔物退治役?」

 ドリーダの指示よりすごいことを、さらっと言われた。

 アルルーラは魔法使いと言っても見習いだし、魔物退治の実戦なんてしたことはない。

「火や風の魔法くらい、多少はできるだろ。オレはいざとなれば自分の脚で逃げられるけど、アーちゃんはオレみたいな足腰のバネなんてないよね?」

「そりゃ、あたしは足が遅いけど」

 うさぎの跳躍力なんて、人間とは比較にならない。その獣人となれば、雲泥の差だ。魔物が現れても、ミクテスが本気になればほぼ楽勝で逃げ切れる。

 だが、人間一人を担いでいたら、同じようにはできない。小柄であっても重荷には違いないし、どうしたってスピードは落ちる。

 足が遅い魔物なら何とかなるだろうが、そんな都合よくはいかないだろう。

 そうなると、自分でどうにかしてもらうしかないのだ。

「……以前から気になってたんだけど。どうしてあたしの呼び方は、アーちゃんなの。他のみんなにはさん付けか、普通にちゃんと名前を呼んでるのに。こう見えてもあたし、ミクテスより年上よ」

「たかだか六ヶ月じゃん。それに、どう見てもアーさんと言うよりは、アーちゃんって雰囲気だしさ」

「まず、アーで済ませようっていうのがどうかって思うけど」

 ミクテスの呼び方が子ども扱いみたいで、以前から少々不満だったアルルーラ。仮にもこちらは客なのに。せめて「アル」にならないのか。

 さりげなく抗議してみたが、相手は全く気にしてないようだ。

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