06.アルルーラの気持ち
「そんなことより」
そんなこと扱いされた。
「アーちゃん、本当に魔法の方は頼むよ。この山、ちょくちょく出るからさ。以前来た時は先生と一緒だったから、先生が何とかしてくれたけど」
ゼルアクスは人間の魔法使い程ではないものの、多少なら魔法を使える。
これまで、植物をずっと扱ってきたからだろう。魔物が現れたりすると、周辺の植物のツルや根を一気に伸ばすなどして撃退するのが得意だ。
他に大した魔法は使えないのだが、山や森での採取においては、この力があれば十分。
「でも……あたし、自信ないもん」
アルルーラは、見習いという立場からなかなか先へ進めない。ドリーダの元で修行しているが、上達しているかと誰かに言われれば、自分でも首をかしげてしまうレベル。
「何を弱気なこと、言ってんのさ。大好きな先生のために、がんばらないとね」
ミクテスの言葉に、アルルーラはびくっとする。
「えっ、だ、大好きって、な、何言ってんのよ、ミクテス。あ、あたしは別に……。いつも薬草をもらって、あ、ちゃんと代金は払ってるけど、調達してもらってお世話になってるんだし、何かの形で……その、何をすればいいかわかんないけど、とにかくお返しできたらいいな、とは思ってるけど」
ごまかしようがない程に取り乱すアルルーラに、ミクテスは堪えきれずに笑う。
「アーちゃんって、やっぱり面白い」
「お、面白いって何? か、からかわないでよねっ」
「だって、あまりにも素直すぎてさ。気付かれてないって、本気で思ってる?」
「え……? えーと……」
絶対に顔が赤くなってるな、というのが自分でもわかるので、アルルーラはすぐにミクテスの言葉に反論できない。
「あのさ、アーちゃんを知ってる奴なら、ほぼみんな知ってるよ。たぶん、気付いてないのは、当事者の先生くらい」
「……」
それは安心していいのか、がっかりして泣くべきなのか。
「さっき、レーさんが言った時にアーちゃんは『ゼルさんはぼんやりしてない』って言ってただろ。でも、先生って薬のこと以外は、かなりぼんやりしてる方だと思うよ。確かに、穏やかって言い方もできるんだろうけどさ」
この症状にはこの薬を、と的確に処方できるのに。
調合する時の手際はいいのに。
同じ薬学雑誌を、二冊買って来る。
定休日に薬局を開け、次の日に出勤したシャルリアとミクテスに「休むって聞いてたっけ?」と尋ねる。
読み書き計算はちゃんとできるはずなのに、お釣りを間違えて渡してよく客に指摘される。これについては何度もあったので、今はシャルリアが会計を引き受けるようになった。
とにかくゼルアクスは調合の作業や薬の説明以外、こういった小さなミスをしょっちゅうやらかすのである。
レイアードに言わせれば「昔からこんな感じ」らしいので、さっきの「いつもぼんやりしている」発言は、彼の正直な感想なのだ。
「気持ちを察してほしい、なんて思ってるなら、先生相手だとぜーったいに無理だよ。ちゃんと言葉にしないと、ね。それも、直接的な言葉。間違っても、遠回しなんてのは駄目。先生を知っていれば、みんなそう言うよ」
言うなら「好きです」とはっきり言う。あいまいに「前から気になっていて」みたいな言い方をしたら、ゼルアクスなら「何か問題でもあった? 相談にのるよ」といった返しが来るだろう。
「あ、それをしないってことは、実はアーちゃんもぼんやりさんかな」
「ちょっと! 勝手に決めつけないでよねっ」
放っておいたら、好きなように言われてしまう。……いや、もう十分言われたが。
「アーちゃんは、先生のどこが好きなのさ」
完全に決めつけられた。……間違っていないので、否定はできない。
「薬草のこと、いつも優しく教えてくれるでしょ。わからない点も、丁寧に説明してくれるし……」
「ああ、学校で生徒が優しい先生を好きになるパターンだね」
「そ、そういう例えを出さないでよ」
似たようなものだが、誰かに指摘されると恥ずかしさが倍増する。
初めてゼルアクスに会ったのは、薬草を調達するためにドリーダに連れられて、ノンシュ薬局を訪れた時。一年半くらい前のことだ。
その時は、挨拶程度だった。
「あの……この薬草とあの毒草の見分け方がよくわからなくて」
「ああ、それは根っこの部分を見れば、見分けやすいよ。あとはね……」
後日、一人で薬局へ行った時に軽い気持ちで質問し、話をしているうちに気付けば薬草講義になり……。
時計を見て「ゼルアクスの話が長かった」と知ったが、アルルーラには不思議と長いとは感じられなかった。
ドリーダの教えは特別厳しいものではないが、言い方が男口調なので時折きつく聞こえる。今はもう慣れたが、師匠の口調を聞いてゼルアクスの口調を聞いたら、激辛料理と甘々なスイーツくらいの差を感じた。
鬼人が持つ、独特の威圧感みたいなものや強さみたいなものが、ゼルアクスにはない。少なくとも、アルルーラは感じられなかった。
それが鬼人であるゼルアクスにとって、いいのか悪いのかはともかく。
「あたし、鬼人の知り合いってあんまりいないんだけど」
「オレもそんなにはいないよ。でも、先生みたいなタイプは、珍しいかもね」
角さえなければ、人間の男性とほとんど変わらないゼルアクス。太く先の尖った二本の角だって、好きになってしまえばその存在など気にならなくなる。
アルルーラにとってのゼルアクスは「若木のような明るい茶色の髪に、新緑のような明るい色の瞳をした、白衣が似合う背の高い男性」でしかない。
一度「ゼルアクスという存在」を好意的に受け取れば、あとは簡単に恋の道へ転がる。
意識するようにはなったが、アルルーラは自分の気持ちを周りには黙っていた。
ゼルアクスは鬼人で、アルルーラは人間。異種族同士だ。
世の中に、鬼人と人間のペアや夫婦がいない訳ではない。とは言うものの、十五も歳が離れているし、薬草を売る店主と客という関係以外にこれと言って何もないのだ。
何をどうすれば関係が発展するかも、アルルーラにはよくわからなかった。師匠には何となく相談しづらく、シャルリアにも言いにくい。
相談以前に、シャルリアがもしアルルーラと同じ気持ちだったら。
ライバル宣言されてしまうかも知れないし、そうなったら薬局へ行きにくくなってしまいそうだ。
あれやこれや考えすぎて、結局アルルーラはずっと黙っていたのだが……まさか周知の事実とは。
「じゃあ、師匠も……知ってる?」
「一番そばにいて、知らないはずないんじゃない?」
隠しているのに、周囲には全部ばれている。
片想いで一番恥ずかしいパターンかも知れない。このまま山にこもりたい気分になってきた。
「先生に好きな女性がいるなんて聞いてないし、先生が起きたら告白して番っちゃえ」
「つが……ミクテス、絶対面白がってるでしょっ」
乙女の恋を笑うようなうさぎなんて、狼に喰われてしまえ、と心の中で思ってしまう。
ミクテスに相談する気など、これっぽっちもなかったが、もし相談していたらきっと今のようにからかわれていただろう。
「そういう訳じゃないよ。よくシャルがぼやいてるんだ。先生は研究に没頭するのはいいけど、没頭しすぎるのが困るって。しっかりしたパートナーが先生のそばにいれば、身体を壊すまで研究する前に止めてもらえるのにってね」
「ミクテス、話を飛躍させすぎよ」
「うさぎだから、躍ぶのは好きなんだ」
「意味が違うでしょ」
ミクテスの言葉にあきれながらも、シャルリアはゼルアクスについて何も思っていないらしい、とわかって、少しほっとするアルルーラである。
「アーちゃんの場合、しっかりって部分がちょっと不安だけど」
「余計なお世話よっ」
今はゼルアクスを助けるために動く仲間だが……今後、ミクテスとの付き合いは考えるべきかも知れない。
「アーちゃんがこのままの状態でいいって言うなら、それはそれでオレは構わないよ。結局は恋愛なんて、個々の自由だからね。その話はともかく、ちょっとあいつに風のかたまりでもぶつけてくれない? これからあっちの方へ進みたいからさ」
「は?」





