19.礼の言葉と彼女の心
ザードレには偉そうに言ってから、レイアードはゼルアクスを見る。
「あれ、本当にお前がやってるのか?」
「うん。山や森で採取していると、自力では手が届かない所に薬草があったりすることはざらだからね。ツルを伸ばして自分を支えながら採ったり、崖から落ちても伸ばしたツルで上がったりするんだ」
「へぇ、必要にかられると、特殊なことができるようになるんだな」
「そ、それより、ゼルさん! ガケから落ちたんですかっ」
聞き捨てならない話に、アルルーラが慌てる。
「え? ああ、よくあることだよ。採るのに夢中で足をすべらせることなんか、ほぼ毎回だしね」
何でもないことのように、ゼルアクスは笑って話す。
「毎回って……」
話を聞いたアルルーラの方が青ざめる。ガケから落ちるのと、階段を一段踏み外すのとは訳が違うのに。
「アルルーラ、何をうろたえている。ゼルアクスは鬼人だから、そう心配する必要もなかろう」
人間なら大ケガもありえるが、人間より身体が丈夫な鬼人なら擦り傷くらいで済むことも多い。こういう部分、種族によって優位な部分の差が出るのだ。
「それで済む話、なんですか……?」
いくら丈夫と言っても、程度というものがあるような気がするが。
「くっ……おい、これをゆるめてくれぇ」
縛られたザードレが、息も絶え絶えという口調で懇願する。
黒いのでよくわからないが、締め上げられたザードレの顔はたぶん真っ赤になっているはず。
「ゆるめたら、すぐ逃げるつもりじゃない?」
どんなに懇願されても、ゼルアクスはツルの力をゆるめるつもりはなかった。
「逃がしても、ここにいる誰かが絶対にすぐ捕まえるだろうけど。それ以前に、ぼくとしても、絶対にお前を逃がすつもりはないからね」
いつもは穏やかなゼルアクスだが、短時間でも自分と関わった者の命を奪われたのだ、拘束の手をゆるめる気にはならない。
「このまま締め上げたいところだけど、そう簡単に楽にはしてあげないからね。ぼくは、命をもてあそぶ奴が嫌いなんだ」
そばで聞いていたアルルーラは、どきりとした。
ゼルアクスの口から、普段なら考えられないような強い言葉が出たことに驚く。
しかし、さっきの状況を考えればそういう気持ちにもなるし、こんなあくどいことをした奴をすぐに楽にしてやるなんて、アルルーラもしたくない。
この魔物には、それ相応の罰がくだされるべきだ。
誰もがそう思っている。
「安心しろ。俺が警衛に連れて行ってやる。お前、ティオリーがゼルの所へ向かった後、今回は、なんて言ってたな。つまり、余罪があるってことだ。調べれば、被害届なんてものも出てるかもな」
「うぐ……。ど、どうして……」
締め上げられて苦しいのと、気付かないうちに色々知られているとわかり、ザードレは言葉が出ない。
「魔法は攻撃と防御だけじゃないってことだ。覚えとけ。……いや、もう覚える必要はないな」
仮に自由の身になれたとしても、それは遠い未来だ。しかし、自由になれる日は恐らく……来ない。
「目的は達したから、戻るか。……この娘は、どこかへ葬ってやらねばな」
身体に大きな焦げ跡が残るティオリー。その目元には涙が光り、見ているとひどく痛々しい姿なのだが、彼女の表情は穏やかだった。
「ゼルさんの言葉で、彼女は少しでも救われたのかな。ゼルさんは、彼女が守ろうとしたことを覚えてるの? 魂だけだったけど」
「うん。ここでのこと、薬局でのこと、両方の記憶があるよ。身体を離れてからは何もできなかったし、しようという気力も起きなかったけど、見ていたことはちゃんと覚えてる」
ティオリーが身を挺して、助けようとしてくれた。
それを認識していたから。まだ完全に元の状態に戻ってはいなかったが、ティオリーの命が消える直前に自然と礼の言葉が出たのだ。
ティオリーはそれを聞いて、どう感じただろう。
彼を守ることができた嬉しさ。自分を間違いなく認識してくれた幸せ。礼を言われた喜び。
どんな気持ちを抱いていたか、それは彼女だけが知る。
彼女の心を知ることができないゼルアクス達は、この最期の表情のように、ティオリーが穏やかな心持ちで逝った、と願うしかない。
「あの……」
小さな声が聞こえた。気のせいでなければ、地面の方から。
みんなで辺りをきょろきょろしていると、岩陰から小さな影がいくつか現れた。小人だ。
見たところ、みんな若い。アルルーラくらいの年齢だろうか。
男女数名の小人が、ゼルアクス達に声をかけたらしい。
「俺達、ティオリーの仲間で……」
この森にティオリーだけが棲んでいる、ということはない。同族がいる、というのは、十分に考えられること。
「あ、彼女は……」
ゼルアクスは言葉に詰まる。
ことの顛末を、どう説明したものか。ちゃんと話さないと、自分達がティオリーを殺したように思われてしまう。
「ずっと……見てました」
一歩前に出た青年の小人が、つらそうな表情で告げる。
「どうしてだか、ティオリーが大きくなっていて、あなたと一緒にいるのを見付けて。最初はティオリーとよく似た誰かだと思っていたけど、あの黒い奴が現れて本当にティオリーだったんだって知りました。ティオリーが何をしたのかよくわからないけど、あなたに迷惑をかけたみたいで……ごめんなさい」
青年の小人が頭を下げると、他の小人達も頭を下げる。
「謝らなくていいよ。見ていたなら、ティオリーも騙されていたってわかるでしょ。だから、ぼくは彼女がしたことを怒ったりしていないよ。それに、最後は助けられたから」
ゼルアクスの言葉に、小人達はほっとしたような表情になる。
ティオリーがしたことで鬼人の怒りを買い、自分達まで何かされるのでは、と不安だったのかも知れない。
「ティオリーは、ぼく達で埋葬します」
「そう……。じゃあ、お願いします」
彼らには、彼らなりの弔い方があるだろう。それなら、同族にしてもらった方が、ティオリーもきっと安心する。
「たぶん、ぼく達は一緒に行かない方がいいね」
「そうですね。遠慮していただければ」
手伝えたら、とも思うが、小人の墓地に大きな身体の種族が大勢向かったりするのは……あまり歓迎されないだろう。
小人達がティオリーを大切に運んで行くのを、ゼルアクス達は見送った。
「では、私達も帰るか。シャルリアとミクテスも、ゼルアクスが元に戻れたか心配しているだろうからな」
ふたりはもう心配してない、と彼らが知るのは、帰ってからのこと。
「ゼル、こいつを木から下ろしてくれ。正直なところ、こんな奴を連れて歩きたくはないけど」
いっそ、ここに放置して、鳥や魔物に喰われてしまえ、なんてことを思ったりもするが、本当にそうする訳にはいかない。
「ああ、わかった」
「ぐへっ」
するするとツルを伸ばして下ろすのではなく、ゼルアクスがわざと途中でツルを切ったので、ザードレは自分の身長の何倍もの高さから落とされることになった。
カエルがつぶされたような声が出たが、誰も気にしない。唯一、アルルーラが気持ち悪そうに顔をしかめた。
顔以外のほぼ全身が、ツルでぐるぐる巻きにされているので、ザードレは歩くこともままならない。
レイアードは「いっそ、蹴り飛ばしながら帰ろうか」とも思ったが、それだと自分の足が疲れる。
「だったら、こうしてやろう」
ドリーダがふわふわ浮かぶ透明な球体に、ザードレを入れた。捕縛しているツルの先だけが出ているので、それをレイアードが持って引っ張れば連れて帰れる。風船みたいなものだ。
「おー、これいいな」
一見、ザードレは歩かなくて済むので楽そうだが、自力でそこから出られない。連行中から小さな檻に閉じ込められたようなものだ。
往生際悪く、ザードレは足で球体を蹴り割ろうとしたが、柔らかな球体はザードレの足が当たった分だけ外へ伸びるので、傷一つ付かない。
黒幕の連行もうまくいくようになり、ゼルアクス達はここへ連れて来てくれた魔獣にそれぞれ乗って帰路につく。
乗った獅子が走り出し、ゼルアクスは少し振り返ったが、静かな水面の池が見えるだけだった。





