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恋に落ちて眠りに落として  作者: 碧衣 奈美


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15/20

15.森へ迎えに

「先生、無理なさらないでください。今まで強引に眠らされていたんですから。一日半くらい、床に倒れたままだったんですよ」

 シャルリアが、動こうとするゼルアクスを止めようとする。

「そうよ、ゼルさん、座って」

「だいたい、迎えにって、そんな状態で誰を迎えに行くっての」

「森へ……行か……ないと……」

 さっきドリーダが伝えた、ソティアの森のことだろうか。

「そこに何かあるのかも。オレ達にはわからないものに呼ばれてる、とか?」

「あ、ゼルさんの切り取られた魂が、森にあるんじゃないかしら」

「だけど、いつもの先生じゃないから、森へ向かうのは難しいわ。こうして歩くだけでも、足下がおぼつかないのに」

 ゼルアクスは薬局の出入口である扉へ向かおうとしているが、その足取りは酔っ払いのようにふらふらしている。

「さすがに、オレがおぶって行くってのはきついよねぇ」

 シャルリアが止めようとしても、こんな状態なのにゼルアクスは外へ向かおうとしている。

「……あ、そうだ」

 ミクテスがアルルーラを見た。

「アーちゃん、さっきの魔獣、もう一度呼べる? オレを食べたそうに見てた、あの獅子」

「うん、呼べるけど」

 移動時間を少しでも減らすため、山への往復はアルルーラが呼び出した魔獣の獅子に頼った。

 魔法使いに召喚された魔獣が襲って来ることはほぼないが「もうちょっと違う奴を呼んでほしかったなー」とは、ミクテスの正直な感想である。

「じゃあ、先生と一緒にそいつに乗って、ソティアの森へ向かって。ドリさん達が向かった先に先生の魂があるなら、先生が近くにいた方が早く元に戻れるだろうしね」

「アルルーラと今の先生が行って、お二方のお邪魔にならないかしら」

「もし戦闘が起きてるようなら、必要以上に近付かなきゃ済む話だよ。魔法使いなんだから、それくらいの気配は察知できるだろ?」

「た、たぶん……」

 ドリーダ達が向かっている先にいるのは、食欲の本能ばかりで知能がほとんどないような魔物ではない。

 何かを画策し、実行に移すような誰かだ。しかも、たぶん魔法が使える。

 これまで魔物以外に対して魔法を使ったことがないアルルーラは、正直なところ向かいたくない。

 戦闘の気配を察知できたとしても、その攻撃の余波がどこまで及ぶか見当も付かないのだ。

 そんな所へ近寄りたくないし、へたに近寄ったりしたら「邪魔だっ」とドリーダに怒鳴られそうな気がする。

 しかし、ゼルアクスは森がある方角を見詰めているし、ミクテスに言われてシャルリアも「アルルーラが行ってくれるのね」的な視線を向けていて、どうにも断れる雰囲気ではなかった。

 それに、アルルーラ自身もゼルアクスが早く元に戻ってほしい、という気持ちはある。ここは腹を決めて、行くしかなさそうだ。

 アルルーラは一足先に薬局を出ると、さっき薬局とユトモの山を往復してくれた獅子を再び呼び出す。

 アルルーラの前に獅子が現れた頃に、ミクテスとシャルリアに連れられてゼルアクスが出て来た。

 ふらついてはいるが、彼らの助けを借りてどうにか獅子の背に乗る。

「先生、アーちゃんにしっかり掴まって」

 ミクテスが、ゼルアクスの腕をアルルーラの身体に回させる。

「え、あの、ミクテス……」

 ふたりで乗る場合、後ろの者が前の者に掴まっていないと、体勢が不安定で落ちかねない。

 それはわかっていても、抱きつかれるような格好になるのでアルルーラの頬が染まる。

「アーちゃん、先生の手をしっかり掴んでて。今の先生はどこまで自力で掴まっていられるか、わからないんだからね。落ちて大ケガでもしたら、切られた魂がせっかく戻って来ても、そのまま身体から全部抜けておしまいってことにもなるよ」

「縁起の悪いこと、言わないでよ」

 それだと、アルルーラがゼルアクスの命を奪ったみたいに聞こえる。

「オレは真面目。頼むよ」

 確かに、ミクテスの顔は真剣だ。そうなってしまうことが、本当にありえるから。

「お願いね、アルルーラ」

「は、はい……」

 何だか急に責任重大なことを任された……ような気がする。

 実際のところ、ゼルアクスの命はソティアの森へ行くまで、アルルーラにゆだねられたようなもの。

「さ、行って」

 ミクテスに言われ、アルルーラは獅子にソティアの森へ向かうように指示する。獅子は地面を蹴って、宙を駆け始めた。

 ミクテスとシャルリアが、それを見送る。すぐに獅子の姿は見えなくなった。

「あとはもう、それぞれに任せるしかないよね」

「ええ。それじゃ、掃除をしましょうか」

「は?」

 普通のことを普通に言われ、ミクテスはきょとんとなる。

「だって、中和剤をまいたままでしょ。調合室のあちこちが白いままだもの。歩き回った所は踏まれて粉が黒くなっちゃってるし、棚はほこりがたまってるみたいに見えるもの。本当のほこりじゃなくても、見た目が衛生的じゃないわ。ここは薬局なんだから、きれいにしておかなきゃ。たとえ、薬を買いに来てくれた人達には見えなくても」

「あ……そ、そうだね」

 任せるしかない、と言いながら、心配で落ち着かないと思っていたミクテスだが……シャルリアはもう通常モードに戻っているようだ。

 うーん、オレもまだまだかな。

 ミクテスはこっそり苦笑した。

☆☆☆

 森の中で、女性の短くも大きな悲鳴が聞こえた。その後に、何かが倒れたような音も。

 ソティアの森の中、鏡で見た池のほとり。

 そこまで来たドリーダとレイアードは、ティオリーがあの岩のそばで倒れているのを見付けた。

 その横にはぼんやりと立っている半透明のゼルアクスが、少し離れた所にはザードレの姿がある。

「ゼル!」

 レイアードの声で、ゼルアクスがゆっくりとこちらを向く。鏡の中で見た、半透明の緑のゼルアクスだ。

「な、何だ、お前達は」

 突然の第三者の乱入に、ザードレが焦ったように言う。

「私達は、そこにいる鬼人を迎えに来た者だ。お前には聞きたい事がいくつかあるが……まず、彼女に何をした」

 ゼルアクスのそばで倒れているティオリーの腹部は、黒く焦げていた。

 淡い草色のワンピースは焼け焦げ、破れた部分から見える肌も黒くなってただれている。明らかに、火の魔法による攻撃を受けた跡だ。

 今のゼルアクスにこんなことはできないし、そうなれば位置関係からみても、このザードレしかいない。

「わ、わしは……」

 完全な予想外の展開に、ザードレは戸惑いまくっている。

 だが、急に開き直ったようにしゃべり出した。

「そこの娘がその鬼人によからぬことをしているようだったので、注意しておったのだ。どういう方法でか、鬼人の魂を一部奪っておるようだし、それはよくないからすぐに戻すように、とな。だが、いくら説得しても、娘は言うことを聞かん。それで、わしは少し脅かすつもりで火を放ったのだが、娘が思いがけん動きをしおって当たってしまった。本当なら少し火傷をするくらいの力だったが、その娘は思いのほか身体が弱いようで……」

「へぇ、そのよからぬことをそそのかしたのは、お前なのにな」

「なっ……」

 レイアードに言われ、ぎょっとなるザードレ。レイアードから彼が知っているはずのないことをはっきりと言われ、言葉に詰まる。

 驚きすぎて、何のことだ、とすぐには言い返せなかった。

「脅かすつもり? 娘の身体が弱かったとしても、この力は火傷くらいで済むものではないぞ。魔法を使う者なら、見ればわかる」

「お、お前は魔法使いか」

 相手が魔法を使うかどうかはともかく、とりあえずそう言っておけば、一瞬でも「そうなのかな」と思うかも知れない。

 ザードレは、そんなことを考えたのだろう。

 だが、魔法使いのドリーダが、そんな言葉でごまかされるはずがなかった。

 ザードレは「相手が死んでも構わない」と考えたであろう強い力を、ティオリーに放っている。

 火に強い種族や、レイアードのように身体を鍛えた鬼人ならともかく、普通の人間や魔力の弱い獣人などはまともな防御もできず、重傷になる程の力だ。

 もちろん、小人も。

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