15.森へ迎えに
「先生、無理なさらないでください。今まで強引に眠らされていたんですから。一日半くらい、床に倒れたままだったんですよ」
シャルリアが、動こうとするゼルアクスを止めようとする。
「そうよ、ゼルさん、座って」
「だいたい、迎えにって、そんな状態で誰を迎えに行くっての」
「森へ……行か……ないと……」
さっきドリーダが伝えた、ソティアの森のことだろうか。
「そこに何かあるのかも。オレ達にはわからないものに呼ばれてる、とか?」
「あ、ゼルさんの切り取られた魂が、森にあるんじゃないかしら」
「だけど、いつもの先生じゃないから、森へ向かうのは難しいわ。こうして歩くだけでも、足下がおぼつかないのに」
ゼルアクスは薬局の出入口である扉へ向かおうとしているが、その足取りは酔っ払いのようにふらふらしている。
「さすがに、オレがおぶって行くってのはきついよねぇ」
シャルリアが止めようとしても、こんな状態なのにゼルアクスは外へ向かおうとしている。
「……あ、そうだ」
ミクテスがアルルーラを見た。
「アーちゃん、さっきの魔獣、もう一度呼べる? オレを食べたそうに見てた、あの獅子」
「うん、呼べるけど」
移動時間を少しでも減らすため、山への往復はアルルーラが呼び出した魔獣の獅子に頼った。
魔法使いに召喚された魔獣が襲って来ることはほぼないが「もうちょっと違う奴を呼んでほしかったなー」とは、ミクテスの正直な感想である。
「じゃあ、先生と一緒にそいつに乗って、ソティアの森へ向かって。ドリさん達が向かった先に先生の魂があるなら、先生が近くにいた方が早く元に戻れるだろうしね」
「アルルーラと今の先生が行って、お二方のお邪魔にならないかしら」
「もし戦闘が起きてるようなら、必要以上に近付かなきゃ済む話だよ。魔法使いなんだから、それくらいの気配は察知できるだろ?」
「た、たぶん……」
ドリーダ達が向かっている先にいるのは、食欲の本能ばかりで知能がほとんどないような魔物ではない。
何かを画策し、実行に移すような誰かだ。しかも、たぶん魔法が使える。
これまで魔物以外に対して魔法を使ったことがないアルルーラは、正直なところ向かいたくない。
戦闘の気配を察知できたとしても、その攻撃の余波がどこまで及ぶか見当も付かないのだ。
そんな所へ近寄りたくないし、へたに近寄ったりしたら「邪魔だっ」とドリーダに怒鳴られそうな気がする。
しかし、ゼルアクスは森がある方角を見詰めているし、ミクテスに言われてシャルリアも「アルルーラが行ってくれるのね」的な視線を向けていて、どうにも断れる雰囲気ではなかった。
それに、アルルーラ自身もゼルアクスが早く元に戻ってほしい、という気持ちはある。ここは腹を決めて、行くしかなさそうだ。
アルルーラは一足先に薬局を出ると、さっき薬局とユトモの山を往復してくれた獅子を再び呼び出す。
アルルーラの前に獅子が現れた頃に、ミクテスとシャルリアに連れられてゼルアクスが出て来た。
ふらついてはいるが、彼らの助けを借りてどうにか獅子の背に乗る。
「先生、アーちゃんにしっかり掴まって」
ミクテスが、ゼルアクスの腕をアルルーラの身体に回させる。
「え、あの、ミクテス……」
ふたりで乗る場合、後ろの者が前の者に掴まっていないと、体勢が不安定で落ちかねない。
それはわかっていても、抱きつかれるような格好になるのでアルルーラの頬が染まる。
「アーちゃん、先生の手をしっかり掴んでて。今の先生はどこまで自力で掴まっていられるか、わからないんだからね。落ちて大ケガでもしたら、切られた魂がせっかく戻って来ても、そのまま身体から全部抜けておしまいってことにもなるよ」
「縁起の悪いこと、言わないでよ」
それだと、アルルーラがゼルアクスの命を奪ったみたいに聞こえる。
「オレは真面目。頼むよ」
確かに、ミクテスの顔は真剣だ。そうなってしまうことが、本当にありえるから。
「お願いね、アルルーラ」
「は、はい……」
何だか急に責任重大なことを任された……ような気がする。
実際のところ、ゼルアクスの命はソティアの森へ行くまで、アルルーラにゆだねられたようなもの。
「さ、行って」
ミクテスに言われ、アルルーラは獅子にソティアの森へ向かうように指示する。獅子は地面を蹴って、宙を駆け始めた。
ミクテスとシャルリアが、それを見送る。すぐに獅子の姿は見えなくなった。
「あとはもう、それぞれに任せるしかないよね」
「ええ。それじゃ、掃除をしましょうか」
「は?」
普通のことを普通に言われ、ミクテスはきょとんとなる。
「だって、中和剤をまいたままでしょ。調合室のあちこちが白いままだもの。歩き回った所は踏まれて粉が黒くなっちゃってるし、棚はほこりがたまってるみたいに見えるもの。本当のほこりじゃなくても、見た目が衛生的じゃないわ。ここは薬局なんだから、きれいにしておかなきゃ。たとえ、薬を買いに来てくれた人達には見えなくても」
「あ……そ、そうだね」
任せるしかない、と言いながら、心配で落ち着かないと思っていたミクテスだが……シャルリアはもう通常モードに戻っているようだ。
うーん、オレもまだまだかな。
ミクテスはこっそり苦笑した。
☆☆☆
森の中で、女性の短くも大きな悲鳴が聞こえた。その後に、何かが倒れたような音も。
ソティアの森の中、鏡で見た池のほとり。
そこまで来たドリーダとレイアードは、ティオリーがあの岩のそばで倒れているのを見付けた。
その横にはぼんやりと立っている半透明のゼルアクスが、少し離れた所にはザードレの姿がある。
「ゼル!」
レイアードの声で、ゼルアクスがゆっくりとこちらを向く。鏡の中で見た、半透明の緑のゼルアクスだ。
「な、何だ、お前達は」
突然の第三者の乱入に、ザードレが焦ったように言う。
「私達は、そこにいる鬼人を迎えに来た者だ。お前には聞きたい事がいくつかあるが……まず、彼女に何をした」
ゼルアクスのそばで倒れているティオリーの腹部は、黒く焦げていた。
淡い草色のワンピースは焼け焦げ、破れた部分から見える肌も黒くなってただれている。明らかに、火の魔法による攻撃を受けた跡だ。
今のゼルアクスにこんなことはできないし、そうなれば位置関係からみても、このザードレしかいない。
「わ、わしは……」
完全な予想外の展開に、ザードレは戸惑いまくっている。
だが、急に開き直ったようにしゃべり出した。
「そこの娘がその鬼人によからぬことをしているようだったので、注意しておったのだ。どういう方法でか、鬼人の魂を一部奪っておるようだし、それはよくないからすぐに戻すように、とな。だが、いくら説得しても、娘は言うことを聞かん。それで、わしは少し脅かすつもりで火を放ったのだが、娘が思いがけん動きをしおって当たってしまった。本当なら少し火傷をするくらいの力だったが、その娘は思いのほか身体が弱いようで……」
「へぇ、そのよからぬことをそそのかしたのは、お前なのにな」
「なっ……」
レイアードに言われ、ぎょっとなるザードレ。レイアードから彼が知っているはずのないことをはっきりと言われ、言葉に詰まる。
驚きすぎて、何のことだ、とすぐには言い返せなかった。
「脅かすつもり? 娘の身体が弱かったとしても、この力は火傷くらいで済むものではないぞ。魔法を使う者なら、見ればわかる」
「お、お前は魔法使いか」
相手が魔法を使うかどうかはともかく、とりあえずそう言っておけば、一瞬でも「そうなのかな」と思うかも知れない。
ザードレは、そんなことを考えたのだろう。
だが、魔法使いのドリーダが、そんな言葉でごまかされるはずがなかった。
ザードレは「相手が死んでも構わない」と考えたであろう強い力を、ティオリーに放っている。
火に強い種族や、レイアードのように身体を鍛えた鬼人ならともかく、普通の人間や魔力の弱い獣人などはまともな防御もできず、重傷になる程の力だ。
もちろん、小人も。





