14.薬の完成……
倒れていたせいか、ゼルアクスの明るい茶色の髪が少し乱れている。いつもは一つに束ねられているが、倒れた時にその紐が切れたようだ。
いつもとはわずかながら見た目が違い、ちょっと新鮮な気がする。
粉を落としている間に目を覚ます、なんてことは……ないわよね。そうなれば嬉しいけど。それで目が覚めるくらいなら、あたし達は何をしに山へ行ったんだってことになっちゃうし。
そんなことを思いながら、アルルーラは小さなハンカチを取り出した。それでゼルアクスの髪や顔、身体に付いた粉をはたくようにして落としていく。
顔を拭いてると、熱を出した人を看病してるみたいな感じ。だけど……このまま切り取られた魂が戻らなかったら、薬で目覚めても看病しなきゃいけないような状態に近くなるのよね。
そう考えると、ぞっとする。
ゼルアクスの明るい緑の瞳が、今は閉じられて見えない。その色をもう一度見ることができたとしても、そこに彼の意思がどこまで込められるのか。
一体、誰がこんなひどいことを……。どんな恨みがあったとしても、こんなのってひどすぎるわ。
アルルーラ達は、ゼルアクスをこんな目に遭わせたのが誰か、まだ知らない。もちろん、その事情も。
今はこんなことをされて、とにかく怒りがおさまらない。
ゼルさん、みんながあなたのために一生懸命なんだもん、元に戻るわよね。シャルリアとミクテスは気付け薬を調合してくれてるし、師匠とレイアードさんはゼルさんをこんな目に遭わせた誰かを捜してくれてる。あたしは……薬草採取と言うより、ほとんど魔物退治してたような感じだけど。でも、それは薬草を手に入れるためだったんだし。
みんなでこんなにがんばってるんだもん、絶対元気になるわよね。
アルルーラが、ひざ掛けの上からゼルアクスの手に触れようとした時。
「できたわっ」
シャルリアの声にびくっとして、アルルーラは慌てて伸ばしかけていた手を引っ込める。
「え……あ、薬ができたの?」
かなりどきどきしながら、アルルーラは振り返った。
シャルリアが調合室から出てくるところだ。ミクテスも、その後から出て来る。
「ええ。あなた達がモニア草を持って来てくれたおかげ。これで、先生を目覚めさせられるはずよ」
「え……はずって、目覚めるでしょ」
嬉々とした口調の割に、セリフの中身が気弱だ。
「それって、目を覚ますための薬じゃないの?」
「ええ、そうよ。だけど、もし先生に使われた薬が鬼の眠り粉じゃなかったら、この気付け薬もどこまで効果があるか、わからないもの」
「ええっ? 鬼の眠り粉が大前提じゃなかったのっ」
アルルーラの声が、知らず大きくなる。
「これだろうっていう、あくまでも推測よ。現物が残ってないから、絶対にそうだとは言い切れないわ。私、断定なんてしてないわよ」
ドリーダとレイアードは、薬がどんな状態でまかれたかを魔法で見ている。
しかし、見ていないシャルリア達には、どこに薬がまかれ、どこに残っているかなどはわからない。現場を見ていたとしても、中和剤をぶちまけているのでほぼ無効化されている。
細かく調べれば、中和されていない薬が棚の上や床の隅に残っているかも知れないが、そんな捜査をしている時間はないのだ。
なので、やはり薬の成分については不明のまま。
だから、シャルリアは「目覚めるはず」としか言えないのだ。
驚きの事実が、こんなところであっさりと告げられた。今更なことを言われ、アルルーラは呆然となる。
そう言えば、ゼルアクスの様子と薬の匂いで「考えられる」という言い方をしていたような。でも、ほとんど断定されたものだと思っていたのに。
たまに、いや、頻繁にゼルアクスの言葉には、アルルーラでさえ突っ込みたくなることがある。
だが、その助手も突っ込みたくなるような人だったのだということを、こんな時に知ってしまった。この薬局でしっかりしているのは、ミクテスだけなのか。
いや、彼も一応客であるアルルーラをちゃん付けで呼ぶし(しかも、かなり短縮した名前で)この薬局はちょっと変わり者ばかりがいるらしい。
「とにかく、試してみるわね」
シャルリアは彼女の人差し指サイズの小瓶を持ち、フタを取ったそれをゼルアクスの鼻の近くへ持って行く。
どうやら薬は液体のようだが、飲ませるのではなく、香りをかがせるもののようだ。
使われたのが鬼の眠り粉ではなかった場合、逆にその薬は問題ないのか、とアルルーラとしては疑いたくなる。
ゼルアクスは鬼人で人間より丈夫だし、毒ガスでもない限り、香りで体調がおかしくなることはないだろう……たぶん。
ここまで来たら、そう思うしかない。
「わ……離れてても、臭うわね」
強い刺激臭がする。薬草や野菜などで目や鼻が痛くなる香りのものがあるが、それを何倍にも濃くしたような臭いだ。
「鼻をつまんでも臭いがわかるって、つらいよ」
妙な声がして振り返ると、ミクテスは洗濯バサミのようなもので鼻をつまんでいる。人間の彼女達より鼻が利くので、鼻呼吸なんてしていられないらしい。
持ち帰ったモニア草は特にひどい臭いとは思わなかったのに、何をどう調合すればこんな臭いになってしまうのだろう。
アルルーラは、何だか目までつらくなってきた気がした。
鼻の近くでそんな薬の臭いを嗅がされ、意識はなくとも臭いと感じるのか、ゼルアクスが眉をひそめる。次の瞬間には、むせ始めた。
シャルリアは、すぐに瓶のフタを閉める。ミクテスが窓を開けて外へ臭いを逃がすように、フェイスタオルをぱたぱたと動かした。
「先生?」
咳き込んでいたゼルアクスに、シャルリアが声をかける。
「何だっけ、この臭い……」
「モニア草が主成分です」
思わず発したゼルアクスの言葉に、シャルリアは律儀に答える。
だが、その問いが目を覚ましたゼルアクスのものだと気付き、アルルーラはミクテスと顔を見合わせた。ミクテスが、笑顔でうんうんとうなずいている。
やはり、使われていたのは鬼の眠り粉だった。これでそのことが証明されたが、とにかくおかしな作用が起きなくて、アルルーラはほっとする。
劇薬の効果は、これで消し去ることができたのだ。
「先生、具合はいかがですか」
「ん……」
ゼルアクスは、目を覚ました。
確かにその目は開いて、アルルーラの待ち焦がれていた緑の瞳が現れたものの、その開き具合は半分程。
その瞳も、光が鈍い。正気に戻ったようには……見えなかった。
「すっきり……しないね」
口調にも、やはり覇気がない。腹に力がこもっていない音量の声だ。
ドリーダが「目を覚ましても夢現の状態になる」と話していたが、まさにそんな感じに見える。半覚醒だ。
「あ……」
ふいに気配を感じ、アルルーラは自分のポケットに手を突っ込んだ。そこから、アルルーラの手にもすっぽりおさまる程の水晶を取り出す。
「師匠? アルルーラです」
水晶を通じて、ドリーダが通信魔法で連絡を入れてきたのだ。
(そちらの首尾はどうだ)
「成功です。たった今、ゼルさんは目を覚ましました。でも、師匠がおっしゃった通り、すっきりしないみたいで」
(やはりそうか。こちらはやった奴の居所がわかったので、今からレイアードと向かう。ソティアの森だ)
まだ半日くらいしか経っていないのに、もう犯人が見付かった。さすがは師匠、とアルルーラは思わずにはいられない。
「先生がよく行く森じゃないか」
横で聞いていたミクテスがつぶやく。
(取っ捕まえて、ゼルアクスは取り返す。以上だ)
言うだけ言うと、ドリーダは通信を切った。
急いでいるためでもあるだろうが、本当に必要最低限の質問と行動報告だ。
「あのお二方が向かってくださるってことなら、私達はおとなしく待っていた方がいいわね」
どういう輩がしでかしたかは知らされなかったが、魔法使いと犯罪者を捕まえる警衛の鬼人が一緒なら、こちらの応援は必要なさそうだ。
むしろ、のこのこ出て行けば足手まといになる。
「迎えに……行かないと……」
ゼルアクスがそんなことをつぶやきながら、ゆっくりとソファから立ち上がった。





