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恋に落ちて眠りに落として  作者: 碧衣 奈美


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13/20

13.魂が戻るには

 ザードレに励まされ、ティオリーは街の方へと向かう。夜には時間がまだ早いから、薬局が見えるどこかで待つつもりか。

 そして、あの凶行を実行してしまうのだ。

 彼女の薬をまく動きに全くちゅうちょがなかったのは、何の問題もなく幸せになれる、と本気で信じていたからだろう。

 嬉しそうなティオリーの後ろ姿をザードレは見送っていたが、のどの奥で引きつった笑い声を出す。声はやがて高笑いに。

「思ってた以上にちょろいもんだな。小人だからか。それとも恋なんてものに浮かれて、まともな判断もできないようになったか。あの女、肉体のねぇ相手と何するつもりなんだ?」

 ザードレは、黄色い歯をむき出しにして嗤っている。その声を、街へ向かったティオリーが聞くことはなかった。

「無知な奴をからかうのは、本当に面白いぜ。これだからやめられねぇ。今回、バカをみるのはあの女と鬼人だけか。ちょっと少ないが、鬼人の周りにいる奴が色々騒いでくれそうだな」

 こいつっ!

 もう我慢できない。ザードレの言いように、かっとなったレイアードは思わず右手の拳を振り上げた。

 そのままレイアードが見えていないザードレに拳を叩き付けようとしたが、ふっと身体が浮くような気がして動きが止まる。

 気付けば、殴りかかろうとしている自分が鏡に映っていた。

「あれ……?」

「触れるな、と言っておいたはずだ」

 横から静かな声が聞こえ、見れば腕組みをして冷めた視線を向けるドリーダがいた。

「右手を挙げたからもういいのかと思ったら、黒もじゃを殴ろうとしただろう」

「う……ああ」

 ドリーダは、レイアードが右腕を挙げたのを見て「戻すための合図を送られた」と思った。

 だが、握られた拳がザードレへ向かったのでその意図を悟り、急いでこちらへ引き戻したのだ。

「すまん。ついかっとなって」

 自分の居場所が過去の世界だということを忘れ、ゼルアクスをあんな目に遭わせた、いや、遭わせるように仕向けた輩に激しい怒りを覚えた。

 そして、手が出そうになったのだ。

 たまたま鏡から出る時の合図を「右手を挙げる」にしておいたため、ドリーダがすぐに引き戻したので何もなかった。そうでなければ、間に合わなかったかも知れない。

 本当にザードレを殴れるのか、殴った結果がどうなるのか。

 もちろん、レイアードは知らない。だが、何かの歪みができて、戻れなくなったりすることだってある。

 それを止めてくれたドリーダには、ひたすら感謝だ。

「で、詳細はどうだった」

 ドリーダは何もなかったように尋ね、レイアードは聞いた会話を伝える。

「なるほど。奴がどういう存在であれ、ティオリーの感情を利用し、周囲に迷惑をまき散らしているゲスだ、ということだな」

「ティオリーのやったことは許されるものじゃないが、あの子も被害者には違いない。余計なお世話でも誰かの応援をしてあげたい、なんてふざけたことを言ってたんだぜ。あの外見からじゃとてもそうは思えない奴を、安易に信じるのもどうかとは思うが。なぁ……ゼルの魂を取り返せば、ゼルはちゃんと元に戻るのか?」

 本当のことを聞けば、ティオリーはすぐにゼルアクスから切り取った魂を返してくれるだろう。

 彼女は、ゼルアクスがおかしくなってしまうことを望んではいない。それは、ザードレとの会話でもわかる。

 だが、ティオリーが素直に返してくれたとしても、それでゼルアクスはちゃんと元に戻るのか。

 その辺りのことが、レイアードは気になった。

 身体の方はシャルリア達が気付け薬で何とかしてくれるだろうが、魂の方は。

 切り取られた魂が戻った時、身体に残っていた魂と一つに融合してくれるのだろうか。

「戻る。術者が死ぬか、力を失えば」

「え……」

 ドリーダの言葉に、レイアードは息を飲んだ。

「死ぬって、ティオリーはゼルに悪意があってやったことじゃないんだぞ」

「あの娘が教えられたのは、黒魔術の類だ。いわば、呪いのようなもの。普通の魔法に、魂を切り取るものなどないからな。そういった術は、だいたい術者が死ねば解ける」

「それは……いくら何でも、ティオリーがかわいそうだろ。やったことは悪いが、騙されてしたことなのに」

 レイアードは、彼女に強い同情を覚えた。

 何てことをしたんだ、とは思うが、全ては恋愛感情から起こしたことだ。被害者であるゼルアクスの気持ちにもよるが、情状酌量の余地はある。

 彼女はゼルアクスを傷付けるのが目的ではなかったのだし、レイアードはティオリーの死を望んではいない。

「あの娘が戻れと命令すれば、戻る可能性はある。あの黒もじゃが、呪文の中に余計な細工をしていなければ、な」

 ティオリーが教えられた呪文をレイアードは聞いたが、ちゃんと覚えていない。ドリーダが聞いていれば細かい点もわかるのだが、過見(かけん)の術者であるドリーダには、鏡に入ってその呪文を聞くことができないのだ。

 なので、推測しか言えない。あくまでも、一般論。

「今はゼルアクスの魂と、ティオリーの身柄確保優先だ。戻す方法は、後で検討する」

「そうだな。それについては、ドリーダに頼るしかない」

 二人はドリーダが召喚した馬の魔獣に乗ると、ソティアの森へ向かう。

 まだティオリーがあの場所にいることを願って。

☆☆☆

 アルルーラが召喚した獅子の魔獣に乗り、薬草調達組はノンシュ薬局へ戻って来た。

「シャル、持って来たよっ」

 調合室の扉を開けながら、ミクテスが叫ぶ。

 シャルリアは調合する作業机に、薬辞典と調合に必要な器具を並べているところだった。

「よかった。モニア草、あったのね」

「うん。調合方法は見付かった?」

「ええ。特殊な薬だから、すぐに見付かったわ」

「他に必要な薬草は?」

「いえ、これだけ。他のものは在庫があったから、それで調合できるわ」

 ミクテスから薬草を受け取ると、シャルリアはすぐに調合を始める準備をする。

「あの、シャルリア……ゼルさんは?」

「さっきのままよ。店の方に」

 気付け薬ができれば、すぐに使いたい。何より女性のシャルリア一人では、長身のゼルアクスを二階にある彼の部屋へ運ぶことはできない。

 なので、アルルーラ達が薬局を出た時から、ゼルアクスはそのままの状態にしてある。病気ではないので、ずっとそばについている必要はない。

 と言うより、シャルリアも気付け薬について調べなければならなかったので、付き添っている余裕も部屋へ動かす時間もなかった。

 まず大丈夫だろうが、風邪をひいたりしないよう、大きめのひざ掛けを胸元から掛けておいただけだ。

「じゃ、あたしは店の方へ行くね。何か手伝えることがあったら、言って」

 アルルーラも薬の調合をすることはあるが、それは魔法使いが使うもの。一般的な薬の調合手順などはわからないアルルーラが横にいても、邪魔になるだろう。

 調合はシャルリアとミクテスに任せ、アルルーラはゼルアクスのそばへ行った。

 万が一にも目を覚ましそうな気配はないか、と思ったが、やはり彼は眠ったままだ。

 こうして見てると、ゼルさんって人間とあんまり変わらないわよね。口を閉じてたら、牙も見えないし。見えたって、どちらかと言えば八重歯っぽいもん。これって、鬼人が聞いたら失礼になるのかしら。だけど、人間と鬼人の違いって、見た目だけで言えば、角と牙くらいだもんね。

 その角だって、普段は調合する時のために三角巾を付けてるから、ほとんど見たことがないくらいだし。今は見えてるけど、そう気になる程ではないもんね。あ、人間ぽいから好きになった訳じゃないけど……。

 普段なら、周りにいつも誰かがいる。いなかったとしても、こんな間近でしっかりと顔を見られない。ドリーダの後ろで彼の話を聞いている、という(てい)で遠慮がちに見ている程度。

 アルルーラにとって今の時間はある意味、ゼルアクスに近付き、じっくりと顔を見られるチャンスだ。

 でも、望んでいるのは、こんな状況ではない。

「これって……あ、中和剤ね」

 中和剤の白い粉がゼルアクスの髪や顔、服などに付着していた。シャルリアには、これを払い落とす余裕がなかったのだろう。それは仕方のないことだ。

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