12.善意にくるまれた悪意
愛してほしい、とは言わない。いや、愛してもらえれば、どんなに嬉しいか。
でも、彼の子を……なんて不可能だし、家族になどなれない。
だったら、せめて話をしたい。そばにいたい。
けれど、相手にしてもらえない。
ティオリーはずっとこんな思いを抱いて、苦しい日々を送っていた。
それを、なぜこんな猿もどきの魔物のような、ザードレが知っているのか。
成就は無理。
そんなことは、最初からわかっている。わざわざ追い打ちをかけないでほしい。
最初は驚いたものの、ティオリーは強い怒りと不快さを初対面の相手に覚えた。
だが、次の言葉に、怒りが消える。
「わしなら、多少の条件があるが、あの鬼人とお前さんが一緒にいられるようにしてやれるぞ」
「え……どういうこと?」
鬼人の彼と小人の自分が、一緒にいられる。そばにいられる。
そんなことが、本当に可能なのか。
「相手の魂を、ほんの少し切り取るんだ。本体と一緒になれる訳じゃないが、本体と遜色はない」
「魂を切り取るって……そんなことができるの? できたとしても、それじゃあ本体はどうなるの? 魂を取ったら、本体は死んでしまうんじゃ」
当然だが、ティオリーはゼルアクスの死を望んでなどいない。まして、それを自分の手でやるなんて、冗談ではなかった。
誰かのものになるくらいなら、いっそ自分の手で……と考える者がいる。
そんな話を聞いたことがあった。だが、ティオリーには、その気持ちが全くわからない。
なぜ、好きな相手の死を望むのだろう。
「ほんの少し、と言ったろう。半分以上なら危険だが、少しくらいなら問題はないさ。取られた方の魂は、時間が経てばそのうち回復する。一方で切り取った魂は、ずっとお前さんと共にいられるのさ。肉体がないから、小人のお前さんと釣り合うように、身体を小さくすることもできるぞ」
見ているだけしかできなかったゼルアクスが、自分と共にいてくれる。そばに、隣にいてくれる。
それは、ティオリーがずっと夢見ていたこと。
「でも……条件があるって」
こういう話に出て来る「条件」は、大抵が無理難題ということが多い。ここまで話を聞いて「できそうにない」となったら、悲しすぎる。
ティオリーは、ザードレの次の言葉を待った。
「ああ、条件と言うか、準備……みたいなもんさ。まずはその一部を手に入れるために、お前さんに魔法をかけるということ。その大きさのままじゃ、切り取れないからな。人間の女と同じくらいまで、大きさを変えるんだ。一時的にな」
「ずっとその大きさではいられないの?」
それができれば、あれこれ悩まずに済むのに。
「それは厳しいな。魔力の高い竜族にでも頼まないと。それに、切り取った魂が今のお前さんと同じ大きさになるんだから、そこは問題ないんじゃないか?」
そう言われれば、そうかも知れない……と思う。
人間サイズであれ小人サイズであれ、ゼルアクスが「自分と同じ大きさ」になってくれれば済む話だ。
「それから、魂を切り取るのはお前さん自身がやるんだ。相応の大きさになったら、あの鬼人の所へ行ってな。条件と言えば、これが条件みたいなもんか。わしはやり方を知っているんだが、使う方はできんもんでな」
思ったより難題なことは言われなかった。
レアなアイテムを持って来いとか、誰かの命を奪え、なんてことを言われるのではないか、と心の中で構えていたのだ。
身体が大きくなる魔法をかけられるくらいなら構わないし、切り取っても問題ないのなら、魂を切り取ることだってやる。
「あの、切り取るって言うのは……」
ただ、ティオリーはこれまで魂を切り取ったことなどないので、方法がわからない。
「もちろん、教えてやるよ。ただ、魂を切り取らせてくださいと言っても、どうぞと言ってくれる奴はそうそういるもんじゃない。だから、ちょっとばかり眠ってもらうんだ」
「先に眠りの魔法を使うってこと?」
「いや、もし効果がなかったり、途中で魔法の効果が切れると困る。切り取ってる最中に目が覚めると、術が失敗するばかりか本体にまで影響が出るんでな」
ザードレはそう言いながら胸元の毛の間に手を突っ込むと、小瓶を取り出した。親指と人差し指で瓶の上下を挟むようにして、ティオリーに見せる。
中には、瓶半分くらいまで入っている白い粉。
「これは、鬼人だけを眠らせる薬だ。これをあの鬼人の横でまけば、すぐに眠る。強力な薬なんでな。切り取る途中で目を覚ますことは、まずない。どうだい、やってみるか?」
「本当に、彼に影響はないの? 苦しんだりとか、魂を取った後で具合が悪くなるとか」
ザードレの話は、ティオリーにとってひどく魅力的だ。しかし、魔法や薬を使うことで、もしものことがあるのは絶対にいやだった。
ゼルアクスに悪影響が出るのは、ティオリーが一番望まないことだから。
「言ったろ、魂は回復する、と。薬だって、効果が切れれば目を覚ます。どこにも問題なんてありゃしないさ」
近くで聞いていたレイアードは、ザードレの胸ぐらを掴みたい衝動を抑えるのに苦労した。
何が問題ない、だ。こいつ、何を考えていやがるんだ。一体、ゼルに何の恨みがあって、こんなことを……。
あの薬は、気付け薬がなければ目覚めない強力なものだ。気付け薬で目覚めたとしても、今のまま魂が戻らなければ、まともな状態にはならない。
ザードレは、そのことをわかっているはずだ。
少なくとも、薬を差し出すということは、どんな薬かを把握している。知った上で、渡しているのだ。
魂を切り取る魔法にしても、その魔法を知っているなら結果もわかっているはず。
これらを実行すれば、ゼルアクスがどんな状態になってしまうのか。
わかっていながら、凶行に及ぶよう、ティオリーをそそのかしているのだ。よりによって、ゼルアクスに好意を抱いている彼女に。
どれだけの悪意が、この魔物の中に渦巻いているのか。
「どうして……あなたは私に、そんなことを教えてくれるの」
「偶然あんたを見て、その恋に協力したいと思っただけさ。単なるお節介な奴ってだけでな。余計なお世話でも、誰かの応援をしてあげたいんだよ。少しでも幸せな奴が増えれば、世界も幸せになるってもんだ」
誰かの幸せを望んでいる、親切な奴。
そう言いたいようだが、実のところはその姿と同じで腹の中は真っ黒だ。
ザードレの目的が何であれ、この後のゼルアクスは大変な状態になる。本来の時間のティオリーは、ザードレの悪意に気付いただろうか。
この事実を知れば、彼女は半狂乱になりかねない。
「やるかい?」
「……ええ」
何も問題がなく、自分の想いが叶うのなら。誰でもうなずくだろう。
気持ちが強ければ強い程、素直であればある程、裏に何かあるのでは、と疑う余地はない。
「じゃあ、まずは身体を大きくしないとな。わしより少し背が高くなれば、そう疑われることもない」
ザードレは、ティオリーの身体を大きくする魔法をかけた。
無理に身体を大きくされたティオリーは少し苦しそうだが、この魔法は一時的なもの、と聞かされてがまんしているようだ。
さっき見た時に顔色が悪かったのは、この魔法のせいだろうか。
それでも、今まで見上げていたザードレが自分より身長が低い、とわかると、本当に大きくしてもらったのだと嬉しそうな表情になる。
ザードレが小柄と言っても、当然小人とは比べるべくもない。
ゼルアクスの隣にティオリーがいても、おかしくない身長になったのだ。
ティオリーにすれば、それだけでも満足に違いない。彼の前に立てば必ず目に入る大きさになり、気持ちが高ぶっているだろう。
その後、ザードレから薬の入った小瓶を受け取り、魂を切り取る呪文を教わる。
「薬局にいるんだったな。魔法は、その鬼人がひとりになってからやるんだぞ。邪魔が入っては、魔法を使い慣れてないお前さんでは失敗するかも知れないからな。中へ入る方法は……お前さんにまかせるが、素直に好きだからって言えば一番早いだろう。何だったら、今夜一晩だけでも付き合ってくれ、とでも言えば、男なんてほいほい受け入れ……あ、いや、気持ちを汲んでくれるさ。がんばりな」
「ありがとう」





