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恋に落ちて眠りに落として  作者: 碧衣 奈美


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12/20

12.善意にくるまれた悪意

 愛してほしい、とは言わない。いや、愛してもらえれば、どんなに嬉しいか。

 でも、彼の子を……なんて不可能だし、家族になどなれない。

 だったら、せめて話をしたい。そばにいたい。

 けれど、相手にしてもらえない。

 ティオリーはずっとこんな思いを抱いて、苦しい日々を送っていた。

 それを、なぜこんな猿もどきの魔物のような、ザードレが知っているのか。

 成就は無理。

 そんなことは、最初からわかっている。わざわざ追い打ちをかけないでほしい。

 最初は驚いたものの、ティオリーは強い怒りと不快さを初対面の相手に覚えた。

 だが、次の言葉に、怒りが消える。

「わしなら、多少の条件があるが、あの鬼人とお前さんが一緒にいられるようにしてやれるぞ」

「え……どういうこと?」

 鬼人の彼と小人の自分が、一緒にいられる。そばにいられる。

 そんなことが、本当に可能なのか。

「相手の魂を、ほんの少し切り取るんだ。本体と一緒になれる訳じゃないが、本体と遜色はない」

「魂を切り取るって……そんなことができるの? できたとしても、それじゃあ本体はどうなるの? 魂を取ったら、本体は死んでしまうんじゃ」

 当然だが、ティオリーはゼルアクスの死を望んでなどいない。まして、それを自分の手でやるなんて、冗談ではなかった。

 誰かのものになるくらいなら、いっそ自分の手で……と考える者がいる。

 そんな話を聞いたことがあった。だが、ティオリーには、その気持ちが全くわからない。

 なぜ、好きな相手の死を望むのだろう。

「ほんの少し、と言ったろう。半分以上なら危険だが、少しくらいなら問題はないさ。取られた方の魂は、時間が経てばそのうち回復する。一方で切り取った魂は、ずっとお前さんと共にいられるのさ。肉体がないから、小人のお前さんと釣り合うように、身体を小さくすることもできるぞ」

 見ているだけしかできなかったゼルアクスが、自分と共にいてくれる。そばに、隣にいてくれる。

 それは、ティオリーがずっと夢見ていたこと。

「でも……条件があるって」

 こういう話に出て来る「条件」は、大抵が無理難題ということが多い。ここまで話を聞いて「できそうにない」となったら、悲しすぎる。

 ティオリーは、ザードレの次の言葉を待った。

「ああ、条件と言うか、準備……みたいなもんさ。まずはその一部を手に入れるために、お前さんに魔法をかけるということ。その大きさのままじゃ、切り取れないからな。人間の女と同じくらいまで、大きさを変えるんだ。一時的にな」

「ずっとその大きさではいられないの?」

 それができれば、あれこれ悩まずに済むのに。

「それは厳しいな。魔力の高い竜族にでも頼まないと。それに、切り取った魂が今のお前さんと同じ大きさになるんだから、そこは問題ないんじゃないか?」

 そう言われれば、そうかも知れない……と思う。

 人間サイズであれ小人サイズであれ、ゼルアクスが「自分と同じ大きさ」になってくれれば済む話だ。

「それから、魂を切り取るのはお前さん自身がやるんだ。相応の大きさになったら、あの鬼人の所へ行ってな。条件と言えば、これが条件みたいなもんか。わしはやり方を知っているんだが、使う方はできんもんでな」

 思ったより難題なことは言われなかった。

 レアなアイテムを持って来いとか、誰かの命を奪え、なんてことを言われるのではないか、と心の中で構えていたのだ。

 身体が大きくなる魔法をかけられるくらいなら構わないし、切り取っても問題ないのなら、魂を切り取ることだってやる。

「あの、切り取るって言うのは……」

 ただ、ティオリーはこれまで魂を切り取ったことなどないので、方法がわからない。

「もちろん、教えてやるよ。ただ、魂を切り取らせてくださいと言っても、どうぞと言ってくれる奴はそうそういるもんじゃない。だから、ちょっとばかり眠ってもらうんだ」

「先に眠りの魔法を使うってこと?」

「いや、もし効果がなかったり、途中で魔法の効果が切れると困る。切り取ってる最中に目が覚めると、術が失敗するばかりか本体にまで影響が出るんでな」

 ザードレはそう言いながら胸元の毛の間に手を突っ込むと、小瓶を取り出した。親指と人差し指で瓶の上下を挟むようにして、ティオリーに見せる。

 中には、瓶半分くらいまで入っている白い粉。

「これは、鬼人だけを眠らせる薬だ。これをあの鬼人の横でまけば、すぐに眠る。強力な薬なんでな。切り取る途中で目を覚ますことは、まずない。どうだい、やってみるか?」

「本当に、彼に影響はないの? 苦しんだりとか、魂を取った後で具合が悪くなるとか」

 ザードレの話は、ティオリーにとってひどく魅力的だ。しかし、魔法や薬を使うことで、もしものことがあるのは絶対にいやだった。

 ゼルアクスに悪影響が出るのは、ティオリーが一番望まないことだから。

「言ったろ、魂は回復する、と。薬だって、効果が切れれば目を覚ます。どこにも問題なんてありゃしないさ」

 近くで聞いていたレイアードは、ザードレの胸ぐらを掴みたい衝動を抑えるのに苦労した。

 何が問題ない、だ。こいつ、何を考えていやがるんだ。一体、ゼルに何の恨みがあって、こんなことを……。

 あの薬は、気付け薬がなければ目覚めない強力なものだ。気付け薬で目覚めたとしても、今のまま魂が戻らなければ、まともな状態にはならない。

 ザードレは、そのことをわかっているはずだ。

 少なくとも、薬を差し出すということは、どんな薬かを把握している。知った上で、渡しているのだ。

 魂を切り取る魔法にしても、その魔法を知っているなら結果もわかっているはず。

 これらを実行すれば、ゼルアクスがどんな状態になってしまうのか。

 わかっていながら、凶行に及ぶよう、ティオリーをそそのかしているのだ。よりによって、ゼルアクスに好意を抱いている彼女に。

 どれだけの悪意が、この魔物の中に渦巻いているのか。

「どうして……あなたは私に、そんなことを教えてくれるの」

「偶然あんたを見て、その恋に協力したいと思っただけさ。単なるお節介な奴ってだけでな。余計なお世話でも、誰かの応援をしてあげたいんだよ。少しでも幸せな奴が増えれば、世界も幸せになるってもんだ」

 誰かの幸せを望んでいる、親切な奴。

 そう言いたいようだが、実のところはその姿と同じで腹の中は真っ黒だ。

 ザードレの目的が何であれ、この後のゼルアクスは大変な状態になる。本来の時間のティオリーは、ザードレの悪意に気付いただろうか。

 この事実を知れば、彼女は半狂乱になりかねない。

「やるかい?」

「……ええ」

 何も問題がなく、自分の想いが叶うのなら。誰でもうなずくだろう。

 気持ちが強ければ強い程、素直であればある程、裏に何かあるのでは、と疑う余地はない。

「じゃあ、まずは身体を大きくしないとな。わしより少し背が高くなれば、そう疑われることもない」

 ザードレは、ティオリーの身体を大きくする魔法をかけた。

 無理に身体を大きくされたティオリーは少し苦しそうだが、この魔法は一時的なもの、と聞かされてがまんしているようだ。

 さっき見た時に顔色が悪かったのは、この魔法のせいだろうか。

 それでも、今まで見上げていたザードレが自分より身長が低い、とわかると、本当に大きくしてもらったのだと嬉しそうな表情になる。

 ザードレが小柄と言っても、当然小人とは比べるべくもない。

 ゼルアクスの隣にティオリーがいても、おかしくない身長になったのだ。

 ティオリーにすれば、それだけでも満足に違いない。彼の前に立てば必ず目に入る大きさになり、気持ちが高ぶっているだろう。

 その後、ザードレから薬の入った小瓶を受け取り、魂を切り取る呪文を教わる。

「薬局にいるんだったな。魔法は、その鬼人がひとりになってからやるんだぞ。邪魔が入っては、魔法を使い慣れてないお前さんでは失敗するかも知れないからな。中へ入る方法は……お前さんにまかせるが、素直に好きだからって言えば一番早いだろう。何だったら、今夜一晩だけでも付き合ってくれ、とでも言えば、男なんてほいほい受け入れ……あ、いや、気持ちを汲んでくれるさ。がんばりな」

「ありがとう」

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