11.ティオリーの想い
「小人、だったのか」
ドリーダの魔法で、鏡に映し出されたもの。
場所はソティアの森で、ティオリーがゼルアクスと一緒にいたあの池のほとりだ。森の中なので薄暗いが、時間はティオリーが凶行に出る日の昼過ぎ。
さっきレイアードが見た過去の中で、ゼルアクスが座らされていた岩の上に、今はティオリーが座っている光景が見えていた。
そのティオリーの身体は、とても小さい。姿は確かにティオリーなのだが、サイズがレイアードの手のひら程しかないのだ。
ゼルアクスの前に現れた彼女は小柄な人間の女性のように見えたが、正体は小人だったのである。
しかし、小人が人間サイズになれるような魔法を使う、とは聞いたことがない。小人族の魔力は、一般的な人間の魔法使いかそれ以下のレベルでしかないはず。
もちろん、個々によって力の差はあるにしても、あそこまでの巨大化は相当強い魔力がなければ難しい魔法だ。
人間が巨人になる魔法が難しいのと同じである。拡大率を考えれば、難易度はもっと上かも知れない。
「道理で、薬局に現れた時の姿に違和感があるはずだ。見た目は人間に酷似しているが、あの時の彼女は魔法で強引に身体を引き伸ばされたようなもの、ということになる。私達はその歪みを、無意識に感じ取っていたのだろう」
ドリーダはともかく、魔法にうといレイアードでさえ、ティオリーを見て違和感があった。
相当無理な魔法、もしくは腕が悪い者の魔法がかけられていたのだろう。
彼女を監視し続けていると、事件が起きる夜までの間にティオリーに接触する者が現れた。
鏡だけでは声が聞こえないのは、さっきと同じ。
詳しく知るため、ドリーダは再びレイアードを鏡の中へと送り込む。
レイアードは、ティオリーが座っている岩から十歩程離れた場所に立っている自分に気付いた。
姿はさっきまでと変わらないのに、身体そのものが小さくなっているティオリーを見るのは、どうも妙な気分だ。
ティオリーは池の水に自分の姿を映し、大きなため息をついている。その表情は、ゼルアクスと一緒にいたあの夜とは正反対に、とても暗い。
「そんなにあの鬼人が気になるかい?」
小枝を踏み割る音とともに、そんな声がかけられた。ティオリーが、はっとしたように振り返る。
そこには、長く黒い毛に全身が覆われた何かが立っていた。その黒い毛はうねって絡み合い、黒いのに汚れているのがわかるような色をしている。
顔の部分に毛はないが、色黒の肌。その姿は、猿の魔物のようにも見えた。
十歳前後の人間の子どもくらいの背丈で、瞳は黒いが白目は黄色く濁っている。口は裂けている、とまではいかないが、かなり大きい。そこから見える歯も、黄色く薄汚れていた。
「だ、誰? 魔物?」
恐怖に満ちた声で、ティオリーは現れた黒い生物に尋ねた。現れた存在が何であれ、その姿は不気味としか思えない。
「魔物じゃない。ゴブリンの系統さ。色んな種族の血が混じってるもんで、何とも言えないんだがな」
いや、十分魔物だろ。ゴブリンにあんな長毛種、いるのか?
近くで聞いていたレイアードは、心の中で突っ込んだ。
言いながら、自称「魔物ではない」それが、ティオリーの方へ近寄って行く。
ティオリーは怖いからなのか、逃げてもすぐに捕まると思ってあきらめているのか、その場を動かない。
「わしはザードレ。お前さんは?」
「……ティオリー」
あまり言いたくなさそうだったが、ティオリーは小声で答えた。
「ティオリーか、いい名だ。ティオリー、お前さんは時々ここへ来る鬼人に、気があるんじゃないかい」
「え……」
ザードレに言われ、ティオリーは絶句する。
会ったこともない相手にいきなり心の内を言われ、驚きを隠せない様子だ。
「あの鬼人が来ると、隠れてこっそり見てるだろ。わしは今まで、それを何度か見掛けているのさ。まぁ、お前さんがこっそりしなくても、あっちは気付きもしないだろうがな」
「……」
さっきの様子で「もしかして」と思っていたレイアードだったが、その通りだったことに驚いた。
あの子、本当にゼルを好きだったのか。遠回しとは言え、目の前で告られてることにぜんっぜん気付いてなかった。確かに、小人が隠れて見ていたって、あいつがそれに気付くはずないよなぁ。よくも悪くも、自分の好きなものだけに集中するタイプだから。きっと、あの子の視線もまるっきり感じてなかったんだな。
ティオリーは、こんな得体の知れない相手に「見られていた」と知らされたことで、少し青ざめている。
だが、それは恥ずかしがるより「ゼルアクスが気付かない」とはっきり言われたことに対して落胆しているからのようだ。
さっきの大きなため息は、自分を認識してもらえないことへの切なさから出たのか。
「鬼人相手じゃ、成就なんて無理だぞ」
「わ、わかってるわ。だけど、森へ来る彼を何度も見ているうちに、好きになってしまったんだもの」
薬草を採取するために、ゼルアクスはこの森へよく来る。ソティアの森に棲んでいるティオリーは最初、鬼人が来た、という程度の認識だった。
丁寧に薬草を選別し、必要量だけを採取して森を荒らさないようにし、その日の成果に嬉しそうな顔をするゼルアクス。
そんな彼を何度も見ているうちに、ティオリーは次第に惹かれていく。
ゼルアクスが来たある日、そばにティオリーと仲のいい妖精がいて「時々見かけるけれど、彼は誰なのかしら」とさりげなく尋ねてみた。
「ああ、あの鬼人はね」
好奇心旺盛な妖精はよく街へ行っていて、たまたまゼルアクスを見掛けたことがあったらしく、彼の名前を教えてくれた。
街の薬局にいるということや、薬を調合するために薬草を採取しに森へ来ていることなど。
名前を知れば、今まで以上に近しく思えてくる。まさか小人の自分が鬼人を気にする日が来るなんて、思ってもみなかった。
とは言っても、それが勝手な感情だとわかっているし、それを彼に押し付けるつもりはない。
そもそも、ゼルアクスはティオリーのことを知らないし、話したこともないので押し付けようもなかった。
しかし、存在を知り、名前を知れば、次第に「自分のことを知ってもらいたい」という気持ちがわき上がる。種族は違っても、話をすることは可能なはず。
少なくとも、お互いの言葉は通じるのだから。
「あの鬼人の彼、優しそうな雰囲気ね」
別の日、ゼルアクスの名前を教えてくれた妖精に、さらっと言ってみる。
ちょっと……ほんのちょっとだけ興味を持った、という雰囲気で。
「んー、そうね。鬼人にしては、ゆったりした性格みたい。だけど、鬼人や人間は、妖精や小人なんて小さくて相手にしないわよ」
妖精相手なら。その高い魔力を必要とした時に、人間や鬼人は協力を求めて接触しようとすることがある。
だが、小人は。
鬼人にとって有益なことを、小人は何か持っているだろうか。
ただ小さいというだけで、魔力が特に高い訳でもなく、同じ小さい種族でもノームのように金銀のありかを知っているでもない。
まして、ティオリーのような何の知識もない小人は、薬学やその他の技術を伝えられる訳でもなく……。
本当なら、ティオリーは深く悩む必要はなかった。ゼルアクスが来た時にその姿を現し、挨拶をしてそのままとりとめのない会話をすればよかっただけ。
恋が実るかは別として、自分のことを知ってもらいたいなら、それだけでいいのだ。
しかし、彼女は「ゼルアクスにとって利益となる何かを持たなければ、話しかけられない」と考えてしまった。
妖精の「相手にしない」という言葉に囚われたのだ。ゼルアクス自身が見返りを求めた訳でもないのに。
それからは、ゼルアクスが来るたびに、嬉しい気持ちと苦しい気持ちがティオリーの胸の中でふくれ上がった。
彼の姿を見られて嬉しいが、ただ見ているだけしかできないことが苦しい。
なぜ、小人に生まれてしまったのだろう。鬼人なら、獣人なら……せめて、人間であれば。個々の体格差は別として、近い大きさの種族なら。
彼の近くへ行けたのに。声をかけられたのに。自分がここにいることを、しっかりと認識してもらえるのに。





