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38 使い魔

 翌日の早朝、ソフィは一人で薬草を摘んでいた。

 近くでは、カラスのクーがソフィを真似て薬草を摘んでいる。器用に嘴を使って一本摘んでは、チョンチョンと跳ねてソフィに渡しに来る。

 「ありがとう」と頭を撫でると、胸を反らせて「カァ!」と鳴くのがなんとも可愛らしい。薬草園で過ごす時間は、慌ただしい日々の中で数少ない癒やしのひとときだった。

 ソフィは空を見上げ、太陽の位置を確認する。まもなく王妃の朝の往診に出かけたアルマが戻ってくる頃だ。そろそろ朝食の準備に取りかかった方がいいだろう。


「クーちゃん、そろそろおしまいにしようか」


 そう声をかけて立ち上がったときだった。


「クゥ……!」


 クーが突然ソフィの胸めがけて飛びついてきた。慌てて抱き留めると、クーは何かに怯えたようにぷるぷると震えている。


「ど、どうしたの? クーちゃん、大丈夫? どこか痛いの?」


 ベリンダ達から攻撃を受けたときですら、ソフィを守ろうと勇敢に立ち向かったクー。そんなクーの、見たことのない姿におろおろしていると、「やあ、ソフィ嬢」と聞き覚えのある男の声がソフィを呼んだ。

 振り向くと、王宮へと続く道の向こうから、ジークベルトが歩み寄ってくるところだった。すぐ後ろには、紅茶色の髪の護衛騎士が付き従っている。

 ソフィはクーを両腕に抱いたままその場に跪き、深く頭を垂れた。ジークベルトがわずかに眉を寄せる。


「そんなに畏まらないで、顔を上げてくれないかな」


 しかしソフィは動かなかった。ベリンダの扇子の感触は、今もはっきりと首筋に残っている。


「いえ……わたしのような者が殿下の御前で――」


 畏れ多いことです、と続けようとしたが、クーが腕の中でバサバサと暴れ出したことでソフィの言葉は中断された。


「あっ、クーちゃん、落ち着いて! 本当にどうしたの……!?」


 落ち着かせようと体をトントンと優しく叩いてみるが、クーは頭をソフィの右脇に突っ込んだ体勢で足をバタつかせている。

 そんな一人と一羽の様子を見て、ジークベルトがふむと首をかしげた。


「そのカラスは、もしかして君の……」

「は、はい、友達です。いつもはこんな風に暴れることはないのですが……」

「なるほど、友達か……」


 ジークベルトが唇に小さな笑みを乗せる。


「すまない。君の友達が怯えているのはおそらく私のせいだ」


 首をかしげて見上げるソフィに微笑んで見せ、ジークベルトは右腕をすっと高く上げた。


「おいで、シュネー」


 ジークベルトの腕の動きにつられて視線を上げたソフィの前に、どこからともなく白いフクロウが姿を現した。白フクロウは大きな翼を優雅に広げて飛んでくると、音もなくジークベルトの肩に降り立った。

 丸い大きな頭、金色の目、小さな鋭い嘴。ジークベルトの頭より一回り大きな体は真っ白。初めて見るフクロウの姿に、ソフィの目は釘付けになる。


「これはシュネー。私の使い魔だよ」

「使い魔……」

「フクロウはこう見えて猛禽類でね、フクロウにとってカラスは獲物なんだ。おそらく君の友達は、シュネーの気配を察して怯えたのだろう」

「え、獲物!?」


 ソフィはぎょっとしてクーを抱え直す。


「いいかい、シュネー。あのカラスはソフィ嬢の友達だ。……わかるね? 決して襲ってはいけない。色々と教えておあげ」


 ジークベルトはフクロウとまっすぐに視線を合わせながら言う。フクロウはぐるんと首を回し、丸い大きな目でじっとソフィを見つめてから、了解したとでもいうように「ホゥ」と短く鳴いた。


「よし、いい子だ」


 ジークベルトが白フクロウの頭を撫でると、フクロウは心地よさそうに金の目を閉じた。


「……クーちゃん、もう大丈夫みたいよ」


 声をかけるとようやく、クーがソフィの脇に突っ込んでいた頭を引き抜いた。小首をかしげてジークベルトとフクロウを見上げていたが、もう危険はないと理解したのか、バサリと飛び上がり、フクロウに対抗するようにソフィの肩に乗った。

 ソフィはほっと胸を撫で下ろし、ジークベルトとフクロウに向き直った。使い魔だという美しい白フクロウを前に、好奇心が抑えきれない。

 嘴と爪は鋭いけれど、金色の丸い目は神秘的ながら愛嬌がある。もっふりとした真っ白な体はいかにもさわり心地が良さそうだ。


「あ、あの……少しだけ、フクロウさんにさわらせていただけないでしょうか……?」


 そう言うと、ジークベルトが意外そうな目をソフィに向けた。その反応にソフィは、なんて図々しいことを言ってしまったのだろうと青ざめる。

 初めて会ったときからそうだ。ジークベルトを前にすると、いつも張り詰めているものがなぜかゆるんでしまいそうになる。


(お母さんと同じ匂いだから……?)


 相手は気安く接していい人ではないというのに。ソフィは自分自身に戸惑いながら頭を下げる。


「申し訳ありません、魔法大国の王弟殿下に向かってなんて失礼なことを……」

「いや。君は怖がらないんだなと思っただけだよ。……シュネー、ソフィ嬢が君に触りたいそうだが、構わないかい?」

「ホゥ」

「少しだけなら、だそうだ」


 ソフィは目を丸くした。


「フクロウさんの言葉がわかるのですか?」

「魔法使いと使い魔は特別な絆で結ばれているからね。シュネーは私の言葉を理解できるし、私もシュネーの鳴き声の意味がわかる」

「すごい……! わたしもクーちゃんとお話ができたらなぁ……」


 ソフィが目を輝かせてそう言うと、肩に乗ったクーがまるで返事をするように「カァ」と鳴いた。こんな様子を見ていると、クーにはソフィの言葉がわかっているのではないかと思えてくる。残念ながらソフィにはクーの言葉がわからないのだけど。


「さぁどうぞ、ソフィ嬢、触ってごらん」


 ジークベルトが腰をかがめ、肩に乗った白フクロウをソフィに近づけてくれた。


「は、はい。シュネー様、失礼いたします……」


 こてんと首をかしげてソフィを見つめる金の目にドキドキしながら、そろそろと手をのばす。丸い頭のてっぺんをそっと撫でると、想像していた以上に柔らかかった。


「わぁ……」


 そのふわっとしたさわり心地に、ソフィは思わずうっとりしてしまう。白フクロウは嫌がるそぶりも見せず、大人しくソフィに撫でられている。


「シュネーは顎の下あたりを撫でられるのも好きだよ」


 フクロウの顎というのはどのあたりなのだろうと戸惑いつつ、嘴の少し下あたりに触れてみる。もふもふの羽毛の中に指を差し入れてくすぐるように撫でると、白フクロウは気持ちよさそうに目を閉じ、「ピィー」と甘えたような声で鳴いた。


「か、可愛い……!」

「へぇ……珍しいな。シュネーが私以外の人間に触れられてこんな声で鳴くなんて」


 ジークベルトが目を瞠る。その後ろでは護衛騎士も驚いたような顔をしている。

 そのとき、ソフィの肩の上でクーがバサバサと羽根を広げ、「ガァガァ」とけたたましい鳴き声を上げ始めた。


「く、クーちゃん? 今度はどうしたの?」


 するとその様子を見ていた白フクロウが、ジークベルトの方にぐるりと顔を向け、「ホゥホゥ」と静かに鳴いた。


「ふむ。シュネーの通訳によると、そのカラスくんは焼きもちを焼いているようだよ。ソフィ嬢がシュネーを可愛がるものだから」

「えっ、そうなのですか? クーちゃん……。あのね、確かにシュネー様は真っ白で美しくてもふもふでとっても可愛らしいわ。でもクーちゃんの黒い羽根だってとっても綺麗でかっこいいし、もふもふ……ではないけれど、滑らかでとっても素敵なさわり心地よ。それに、わたしにとって一番大好きで可愛くて大切な鳥さんはクーちゃんなんだから……」


 クラプトン家で孤独に過ごしていたとき、クーの存在にどれだけ慰められたか。再会できてどれだけ嬉しかったか。

 そんな気持ちを込めて何度も頭を撫でると、ようやくクーは納得したらしい。ソフィの肩の上で何やら誇らしげに胸を張り、白フクロウに向かって「カァ!」と鳴いて見せた。

 白フクロウは「やれやれ」とでも言いたげに目を閉じ、そのまま置物のように動かなくなった。


「ところで、今日私がここに来たのは君に話があって……ああ、跪く必要はない。楽な姿勢で。……そうだな、そこの椅子をお借りしよう。君も座ってくれないかな」


 慌てて再び礼を取ろうとしたソフィを制し、ジークベルトはすたすたとリンデンのふもとのテーブルセットに向かった。わずかな逡巡の後、ソフィも後に続いた。

というわけで、クーちゃんは実は男の子でした!

白フクロウのシュネーは女の子です。

ちなみに本編に入れられなかったこぼれ話ですが、護衛騎士ギードにも一応使い魔がいまして、ギードの使い魔は茶色のたれみみウサギの女の子です。国でお留守番しているので登場の予定はありませんが……。

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