旅は道連れ
「これが書簡だよ。くれぐれも、なくしたりするんじゃないよ」
「ああ、わかってる」
王都セグナートの冒険者ギルドのマスターへの書簡――蝋で封をされたそれがアイゼンの視線の先で、カタリナからラドニーへと移動する。
そのやりとりは、フォーンゴーン家の門の前で交わされた。
陽光降り注ぐ、穏やかな朝が王都への出立の時間だった。
総出での見送りとなり、ゴームレット、ケニック、ヘルマ、ターニャも家の外に出てきている。
「ケニック。王都の鍛冶屋に行く機会があると思うが、何かあるか?」
あえてケニックの兄の名をぼかして尋ねるラドニー。
過去にケニックが追い出された経緯を考えてそうしたのだが、当のケニックはもはや気にしていないようで、歯を見せて笑うだけだった。
「特にねえが――まあ、達者にやってるってことでも伝えといてくれると、ありがてえかな」
「わかった、そうする」
頷き返したラドニーの横で、アイゼンが少し難しい顔をする。
「すまんな、結局花の世話は頼むことになる」
「気にすんな、ちゃんと面倒みるからよ。が、開花一番を目にするのは勘弁な」
「むう」
珍しく不満げに唸るアイゼンの姿に、ラドニーも同感ではあった。
初めて植えた花なのに、とは思うが仕方なく、ラドニーも飲み込むしかない。
そんな様子がおかしかったのか、ターニャがくすり、と微笑む。
「お嬢様、お身体にはお気をつけくださいませね。昔みたいにお腹を出して寝ていても、私は直しにいけませんので」
「わたしをいくつだと思っているんだ」
アイゼンの前で恥ずかしい過去を掘り返され、ラドニーは赤面するしかない。
ターニャはそんな、妹のように思うラドニーを、目を細めて見つめる。
「そうですね、きっとアイゼン様が直してくださいますものね」
「ターニャ!」
「ゴームレット、これは任されていいのか?」
「お断りください、アイゼン様」
小さな諍いを発生させたラドニーとターニャを、頭痛をこらえるかのような面持ちで横目に見るゴームレット。
彼は咳払いすると、顔に力を込めてアイゼンに詰め寄った。
「くれぐれも、色々とお気をつけくださいませ。特にお嬢様はうら若い女性。そのあたりを常にお含みおきくださいますと、幸いでございます」
「わかった、気をつけよう」
「ゴームレットも何を言っているんだ!?」
「当然の配慮でございます」
ゴームレットの念入りな発言に、今度はそちらに止めに入るラドニー。
ラドニーとしては家族の恥ずかしい発言が続くことに辟易とするしかない。
しかし、あまり騒いでも逆に恥ずかしく、ほどほどで口を噤むしかなかった。
ヘルマはそんな賑やかなやりとりを、目に涙を溜めて眺めている。
「お二人とも、旅先では水にお気をつけくださいね」
「肝に銘じる」
「……ああ、ありがとう、ヘルマ」
涙をこらえてか、言葉少ななヘルマに頷くアイゼンとラドニー。
そうしてラドニーは、門の向こうの屋敷に目を向けた。
しばらく眺めて視線を下すと、大事な家族の姿。
その中で頷くカタリナ。
「気をつけて行っといで」
「――行ってきます」
ラドニーはそう告げて、身を翻した。
それぞれの、行ってらっしゃい、が唱和する。
アイゼンは軽く手を挙げることでそれに返し、ラドニーに続いたのだった。
アイゼンとラドニーの王都行きは、奇妙な縁で知り合った二人――ジェラとロゼッタの護衛も兼ねていた。
その二人とは街の外で落ち合う予定で、アイゼンとラドニーはそこまでの道のり、大通りを歩いている。
「……あの二人に護衛が必要とは思えませんが」
これから会う二人のことを考えていると、ふとそんな感想がラドニーの口から零れ落ちた。
それにはアイゼンも、異論なく頷いたものだった。
「確かにな。が、旅は道連れとも言う。道連れは多いほうが、旅も賑やかになる」
「……そうですね」
少し躊躇いがちに同意するラドニー。
それはかつての経験から、厄介ごとを抱え込んでいる護衛対象にも、足を引っ張る護衛役にも遭遇したことがあるからだった。
だから、必ずしも多ければよいというわけではない、とラドニーは知っている。
しかしそれを、心を弾ませているように見えるアイゼンにあえて説明する必要もなく、
(この微笑ましい感じを守らないとな!)
とも思うのだった。
ラドニーにとっても心弾む会話をしているうちに、通りは街の外縁部へと続き、それを抜けると足元は石畳から地面へと変わる。
草原を横切る形でむき出しの地面が旅人の行きかう街道となり、そして脇によける形で一頭立ての馬車が止まっているのが見えた。
見覚えのある紺色をまとった御者が手を振っており、それが目当ての二人のうちの一人だと判別できた。
「おはようございまーす、アイゼン様」
「おはよう、ロゼッタ」
「おい、わたしに挨拶はなしか?」
「……あー、はいはい。おはようございますです」
「……おはよう」
(喧嘩を売られているのか、わたしは?)
馬車に近づく間で交わされる応酬に、心がささくれていくラドニー。
なんとか挨拶は返して、双剣に伸びそうな手を我慢する。
諍いを好まないアイゼンのためにそうするしかなく、気を紛らわせるために馬車へと視線を巡らせる。
それは幌付きの小ぶりな馬車だった。
足となる車輪は丈夫そうで、幌も上質さを伝えてくる。
荷物もそこそこ積めそうで――となにげなく幌の中を窺うと、荷物に埋もれるように、眠れる金髪の少女がいた。
「ジェラ様ジェラ様ー。アイゼン様とラドニー様、いらっしゃいましたよー」
御者席から手を伸ばしたロゼッタが、ジェラの身体を揺する。
反応はすぐにあり、気だるげに身体を起こすジェラ。
「……なによ、昨日は寝不足で――」
語尾は欠伸で消えた。
不誠実な態度の護衛対象に、呆れの色を滲ませるラドニー。
その横に並んだアイゼンは、ジェラのその態度を気にしていないようだった。
「おはよう、ジェラ」
ジェラは、とろん、とした目のままで反応は緩慢だった。
「……おはよ、アイゼン。……と、ラドニー」
「さっきからわたしの扱いが軽くないか!?」
ついに叫んでしまったラドニー。
その激しさに驚いて肩を跳ねさせたジェラは、それでやっと目を覚ましたようだった。
そうして改めて知性ある瞳にラドニーを映したが、そこに宿るのは冷ややかさだった。
「だったら、軽く扱われないように振る舞うことね」
「……なっ!?」
「怒るってことは、実際そうだからでしょ」
図星を突かれ――それ以上言えないラドニー。
「ジェラ」
諫めるような気配のアイゼンの声。
そちらに視線を移したジェラは、アイゼンをどこか呆れたように眺めやって、鼻を鳴らしてから。
「――護衛、お願いね」
そっけなく、そう言ったのだった。
がたごと、と馬車は行く。
「やはり本物の馬ではなく、ゴーレムだったか」
「たまには驚きなさいよ、あんた」
それは御者席に並んで座るアイゼンとジェラの会話だった。
「生き物の魔力の流れではなかったのでな」
「そこまで読み取る奴が稀なのよ。だから後回しになってたところだけど……改善してみせるわ」
二人が話しているのは、馬車の先頭となっている馬――に見えるジェラ謹製のゴーレムのことである。
「大きいと怖いし、言うこと聞かないこともあるし、あと臭いし。だったら、自分の思う通り動くようにしたほうがいいでしょ?」
「それを実現できてしまうのが、ジェラの力量というものだな」
「ふふん、そうでしょすごいでしょ、アイゼン。崇めていいのよ、さすがジェラ様、ってね!」
「さすがジェラさまー」
「棒読みはいいのよ、ロゼッタ!」
馬車の向こう側を歩くロゼッタを交えての、軽やかな会話。
それを聞きながら、護衛として馬車の傍らを歩くラドニーの心境はまるで逆で、沈み込んだものだった。
(――軽い、か)
思わず自分から出た表現、そしてそれを図星と言われ、忸怩たる思いに包まれるとともに、どこか納得もしていた。
ジェラとは奇妙な縁だった。
そもそもはアイゼンと出会ったダンジョンにいたマテリアルゴーレムが、ジェラの作成したものであり、自分は死地に追いやられ。
次いで襲い掛かってきたグラウンドモールもそうであり、歯が立たないことを悟らされ。
リベンジと称して繰り出してきたグランガドンゴーレムもそうで、炎との相性のこともあり勝てはしたが、その前の従者ロゼッタに対しては防戦一方だった。
ジェラ自身の身体能力はそれほど高くないようだが、連綿と蓄えた知識と技術は格を伝えてくるには十分だった。
要するに、自分はそれらと渡り合えるアイゼンをはじめ、ジェラともロゼッタとも差がありすぎる。
故に、どこかで感じていた差が、「軽い」と言語化された、というだけのこと。
そしてジェラとロゼッタは遥か前から、それを認識していたということで、だからこそ感じた距離感だったのだろう。
アイゼンがせっかく繋いでくれた縁だというのに――。
そこまで考えて、ラドニーは首を横に振った。
(いや、違うな。繋いだらそれでもう終わり、のわけがないか)
偶然繋がっただけであり、それを維持するには努力が必要、そう学んだのではなかったか。
そう努力したから、今もアイゼンのそばにいられるのではなかったか。
そのアイゼンが手繰り寄せてくれたこの縁を、ないがしろにしていいわけがない。
だから大事にしたい、わけだが。
(……まずは話してみるか)
悩んだあげく、ラドニーが考え出した手段はそんなシンプルなものだった。
それも当然で、長く人付き合いを断ってきたラドニーは人との距離の詰め方を知らない。
「ジェ、ジェラ。少し話をしたいのだがっ」
だから、そんな唐突な呼びかけになってしまった。
それは、アイゼン、ジェラ、ロゼッタの会話を中断させるどころか、馬の歩みまで止めてしまっていた。
そうしてラドニーに投げかけられる、三者三様の視線。
ジェラは怪訝、ロゼッタは不思議そう、アイゼンは――いつもの真摯なまなざしだった。
それらにさらされ、ラドニーは次の言葉を言い出せない。
いつまで続くか、と思われた沈黙は、「仕方がないわね」と言わんばかりのジェラのため息によって終わった。
「アイゼン。ここからはそんなに危険もないから、御者と警戒、任せたわよ」
「任された」
手綱を取るアイゼンを尻目に、ラドニーに向けて顎で馬車の幌を指すジェラ。
そしてそれはロゼッタへの目配せに転じる。
ジェラは、その姿を御者席から幌へと移動させた。
ロゼッタは面倒くさそうな雰囲気で馬車の後ろに回り込むと、同じく幌へ乗り込んだ。
唐突な動きにしばし呆気にとられていたラドニーは、慌ててロゼッタの後を追う。
全員が乗り込んだのを見計らったアイゼンの手綱が振るわれると、静かに馬車は動き出す。
上下に揺れる幌の中。
改めてラドニーが見渡すと、所狭しと木箱や布袋が積まれていて、足の踏み場もない。
そうしていると、御者席と隔てるカーテンが引かれ、わずかに視界が暗くなる。
カーテンを引いたのはロゼッタで、ジェラは木箱の一つに腰掛けていて、短いスカートから覗く足を組んでいた。
「女子会開始っぽいのでー」
「……ロゼッタにしては気が利くわね」
褒めているのか貶しているのか、そんなジェラの発言を気にせず、ロゼッタは布袋の隙間に身体を割り込ませて無理やり腰を落ち着けていた。
どうするか、とラドニーが思っていると、大きく荷台が跳ねた。
馬車の車輪が石にでも乗り上げたのか、それが生み出した不意の衝撃と乱雑な足場はラドニーの足を取り、木箱に腰掛けさせた。
「わっ、と……!?」
「大丈夫よ、そんなやわじゃないし」
人の荷物に体重を掛けてしまった、と慌てるラドニーに、思いのほか優しい調子のジェラの声がかかる。
「あ、ああ、ありがとう」
ジェラの様子に、なんとか落ち着けたラドニー。
見ると、ロゼッタが笑いを噛み殺していた。
それに気分を害しながらも、さて、何を話そうか、と思うラドニー。
しかし、それは先んじられた。
「さっきは悪かったわね、きつく当たって」
「え、あ」
無意識に忘れようとしていた話題を掘り返され、ラドニーは答えに詰まった。
思わずジェラと顔を合わせると、大きな青い瞳が見つめ返してくる。
その真っすぐさと、海のような深さはアイゼンのそれとは質が違い、理知的な色を強く秘めているように思える。
強者に共通する姿勢に思わず仰け反りそうになり――何を言われたか思い出す。
「……いや。わたしのほうこそ、いきなり怒鳴って悪かった」
「律儀ね」
ジェラはおかしそうにしながら、かたわらに手を伸ばした。
そこにあったのは、アイゼンが置いていた背負い袋。
それを引き寄せると膝の上に乗せ、ジェラは何気なく聞いてきた。
「律儀ついでに教えてもらえる? どうしてアイゼンがリーダーじゃないのか」
不意に切り込まれ、ラドニーは身構えることもできなかった。
その質問に含まれた意図は明白だ。
――アイゼンより弱いあなたが、なぜ?
ということだろう。
責められている気がして、ラドニーは唾を飲み込んだ。
咄嗟に視線を泳がせると、舟を漕いでいるロゼッタが視界に入る。
そんなのんきな光景が、質問とのギャップを浮き彫りにする。
そして、そんな答えられないラドニーを待っているのか、興味をなくしたのか、背負い袋を分析しているように見えるジェラ。
まるで暇つぶしのようなそれから目をそらすように、自分の内心をラドニーは掘り返していく。
冒険者としての知識が、自分のほうが豊かだったから。
第一に思いついたのは、アイゼンのその言葉。
頼られたのが嬉しくて、勢いのまま承諾した。
そうしてなんとかリーダーとして多少はやってきたけれど。
――落ち着け、リーダー。
肝心なところでそう言われてしまう自分に、不甲斐なさを感じることもあった。
だからより、一層励もうと思っていたけれど。
いつの間にか落ちていた視線を上げ、ちらり、とジェラの顔を盗み見る。
年端もいかない少女にしか見えない彼女は、膝の上に視線を注ぎ、好奇心を満たそうとしていた。
けれど、その実は深い年月を生きてきたらしい強者からすると、やはり力不足ということなのだろうか。
落第を突きつけられたようで投げ出しそうになって、アイゼンに譲ろうか、と思い始めて。
――自分たちは対等だと思い出した。
「アイゼンが望んでいないからだ」
その言葉に、ジェラの動きが止まる。
ゆっくり上がった視線がラドニーとかち合い、見定めるような色に染まる。
ラドニーは気圧されず、それを静かに見返した。
「わたしがアイゼンから託された立場だ。それをどうこう言われる筋合いはない」
「――そう」
ジェラはつまらなさそうに目を細めた。
それは期待外れ、底の浅い回答に満足していないような素振りだった。
負けるものか、と見返すラドニー。
ジェラは肩をすくめて、そして――小さく舌を出した。
「残念ね。隙あらば、かっさらってあげようと思ってたのに」
「……は?」
意外な反応に言葉を詰まらせたラドニーに、ジェラは赤い唇に微笑をひらめかせる。
「つまんないところもあるけど、割といい男よ? ほしがらないわけないじゃない」
「お、お前……! まだアイゼンに、下につけなんて言うつもりか!?」
「失礼ね、同じ交渉はしないわよ。ただまあ、頼りないリーダーの元じゃ物足りないんじゃない? とは思ったけど」
「頼りなくない! ……はずだ!」
言い切れないラドニー。ごまかすため、背負い袋が乗せられたジェラの膝に視線を突き刺す。
「だいたい、さっきから何してるんだ!? それはアイゼンのだぞ!?」
「寸暇を惜しんで研究してるだけよ。これだけの一品、分析せずにはいられないもの」
「分析というか、くんくんしてるだけだったりしてー」
寝ぼけ眼のロゼッタの指摘に、ラドニーとジェラの言動が止まった。
一瞬後、視線を落とすジェラ。
そして背負い袋を持ち上げると、それに鼻先を近づけようとする。
「な、なにをしようとしてるんだあっ!?」
叫び荷物をかき分け近づこうとしてくるラドニーに、鬱陶しそうな視線をジェラは向けた。
「分析よ」
「だからなんのっ……! ええい、やめんかっ!」
「や、ちょっと……! ロゼッタ、ロゼッタ! あたしを守りなさい、ロゼッタ!」
とうとうラドニーにつかみかかられて、分析を止められてしまったジェラ。
ロゼッタは先ほどの一言を残して完全に夢の世界へ旅立ったようで、寝息で返事をしてくるだけだった。
「って……!? なんだジェラ、そのイヤリング!? ま、まま、まさか、アイゼンとお揃い……!?」
もみ合いの中見えた、金髪に埋もれるようなそれに、愕然とするラドニー。
動きが止まったその一瞬に背負い袋とともに逃げ出したジェラは、ロゼッタの後ろに自分の身体をねじ込んで盾にした。
「起きなさい、ロゼッタ!」
その呼びかけと、もぞもぞする感触に、
「ほわ?」
と顔を上げたロゼッタ。
眠気に目を擦った拍子に薄水色の髪が流れ、水色のきらめきが覗く。
「え、ロゼッタまで……!?」
アイゼン、ジェラ、ロゼッタと、色の違う、しかし同じ形のイヤリングを見とめてしまい、信じられない面持ちのラドニー。
寝起きのロゼッタは、状況がつかめず自分の主人とラドニーを交互に見た。
そのラドニーは、わなわなと震えながらロゼッタの耳元を指さす。
「そ、そのイヤリング……!」
「……ああ」
その一言で納得したロゼッタは、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「アイゼン様は、私が頂きましたー」
「そこは『私たち』でしょ!?」
「み、認めるかあっ! アイゼンはわたしのパーティメンバーだぞ!?」
「んふー、負け犬たちの遠吠えですねー」
「ロ、ロゼッタ、あんた……!」
「も、もういい! その耳からむしり取ってしまえば、それで全部解決だ……!」
「えー、できますー?」
「え、ちょ、ちょっと、こんな狭い中暴れ……!」
どたんばたん。
馬車の幌の中から、そんな騒ぎが響いてくる。
御者席でのんびりと手綱を操るアイゼンは、のどかに流れる風景を楽しみながら呟いた。
「仲良きことは、美しきかな」
アイゼンは、一人マイペースだった。




